たったひとつの試合が、その後の人生を大きく変えてしまうこともあると思う。


!お願い!決めてっ!」

試合終了直前、先輩からノーマークだったちゃんにパスが飛んだ。
ちゃんはグッとゴールを見据え、きれいなシュートフォームでボールを放り投げた。
――ビ------!!!!!!!!!
試合終了のサイレンが鳴った。
ちゃんの投げたボールはそのままゴールに入り……審判のホイッスルが鳴る。
ほんの数秒前まで64-66であたし達は負けていたのに。
たった一つのスリーポイントシュートが、あたし達に未来を与えてくれた。

「試合終了!勝者!第四中学!」

「きゃーーーーーー!!!県大会優勝だー!!」


あたし達は緊張から一斉に解かれたかのように走りだした。
もちろん、最後にスリーポイントシュートを決めた今日のヒーロー、ちゃんの元へ。
ちゃんはチームメイトに抱きつかれ、口々に「さすがさん!」「あんな逆転NBAでもなかなかないよ!」「信じてたよ!」と、少々大げさな祝言を浴びせられている。
あたしはというと、その勢いに上手く乗りきれず、みんなから一歩離れたところでその様子を眺めていた。
ちゃんにはあとでゆっくりこの時の感動と感謝を伝えよう、次の大会だってあるんだし。そう思ってた。
でも、その日が、あたし達がちゃんをコート上で見た、最後の日になってしまったのだ。



01.湘北高校、春




 その日、流川楓は授業中であるにもかかわらず起きていた。
理由はひとつ、バスケだからだ。
自転車を漕ぎながらでも居眠りをする流川は、体育の授業でも割と寝ている。
サッカーの授業では、身長の問題で勝手にゴールキーパーに選ばれたりもしたが、普通に寝ていたのであっさり点を入れられてしまいメンバーに怒られたこともあった。
そして今日も本来なら、男子はサッカーの予定だった。
しかし、前日降った大雨でグラウンドはとても使える状態ではなく、急遽男子も女子と同じバスケをすることになったのだ。

「キャー!流川くんステキー!」

バスケ部員は利き手使用禁止というハンデをものともせずレイアップシュートを決める流川。
男子と女子で半分に分けられた体育館。
女子の中でも現在ゲームをしていないものは、ほとんど男子の、というか流川の観戦をしていた。

「はーい試合終了ー。次3チームと6チームな」


体育教師の指示の元、適当な整列と挨拶の後、適当に解散し流川の今日の体育の出番は終わった。
男女問わず様々などよめきを残して。
さて、寝るか。と思い体育館の角に座る。
早く部活の時間になりゃいい。早く、ホンモノのバスケがしてぇ。
そう思いながら。


「お、お前のあこがれの黛さん試合出てんじゃん」
「マジ!?どこ!」

寝ようとしてたら近くにいた男子二人組の会話が耳に入る。


「あ、違うチームにさんいるわ!オレさんチョー好きなんだよ~。ちょっと派手だけどすげーノリい~し、おごれば絶対遊びについて来てくれるしさー」
「おめーそれ財布代わりじゃねーか。つーかお前さんの噂しらねーの?中学の頃から放課後イカツイおにーさん達とつるんでるって話。その点、やっぱ9組の黛さんは間違いないっしょ。清楚系で実家も大金持ちって噂。生粋のお嬢様らしいぜ」
「生粋のお嬢様が湘北なんか来るかよ。お、さんと黛さんが対決してるぜ」

男子二人組は口さがない女顔負けのうわさ話に興じ続け、流川はそれを聞き流しながら早くも眠りにつきそうだった。
その時だった。

「きゃー!!!さんかっこいいー!!!」

先ほどの流川に対する声援と同等か、同性に対して遠慮がない分それ以上かもしれない黄色い悲鳴が上がった。
その対象は、先ほど男子の話題にも上がっていた「さん」だった。
素人目にもうまいと思わせる女子がいるのか、と思い、流川も思わず顔を上げる。
女子のコートでは、長い黒髪を1つに束ねた女と、金色の髪に赤のメッシュを入れたポニーテールの女がマッチアップをしていた。
恐らく、黒いほうが「黛さん」、金のほうが「さん」だろうと流川は当たりをつける。
ボールは現在黒い黛の方にあり、なかなかうまいボールさばきを見せている。
授業のバスケであれくらいドリブルが上手ければ誰でも抜かせるだろう。流川は思った。
しかし、金のがうまい具合にコースを塞ぎ、黛を攻めあぐねさせている。
レベルが違うのはこの二人だけで、後のチームの女子はハラハラと、もしくはダラダラと二人の勝負の行く末を見守るだけだ。
動いたのは黛だった。

(スティール!?)

「速攻!」

いや、動かされたのだ。にオフェンスのコースを誘い込まれることによって。
一瞬、ボールを奪われた黛のほうが物凄い気迫と形相でを睨みつけたが、すぐ何事もなかったかのようにボールを奪わんと走りだす。
だが、は残りのメンバーをものともせずあっさりとレイアップシュートを決めた。
その直後に再び黛がボールを手にし、今度はを振り切りゴールを決める。
黛の活躍には、野太い声援が上がった。
黛は自分の容姿と人気を理解しているらしく、男たちにニッコリと笑った。また、声援が上がる。

「えー二人共スゴーイ」


もはや蚊帳の外、と言わんばかりにコート上の他の女子たちがおしゃべりを始めた。


さんスポーツなんでもできるよねー」
「黛さんがバスケできるの意外かも?」

いつの間にか女子のコートを食い入る様に見つめていた流川は思った。

(なんであの二人、本気出してねーんだ?)

相手になる奴が体育ではいない流川と違って、あの二人はどう見ても実力が拮抗している。
それでも、テキトーにやっているのはなぜだ。
つえーやつと戦いたくねーのか。
流川には決して理解できない、女子同士の対決だった。



 放課後になり、流川は部活に向かった。

「チュース!」

「チュース!」

「ウス」

「声が小さい!」

「って」

体育館に入って早々ハリセンの洗礼を喰らう。

「先輩。どうもっす」

マネージャーの彩子だった。それと、

「よっす!流川くん!彩子ちゃんから聞いたよー!すっごく強いんだってねー」

湘北高校女子バスケ部の3年、部長の椎名愛梨(しいな あいり)だった。
いつでもキャンキャンテンションが高い、というのは出会って一週間もしないうちに誰もが彼女に覚える印象だろう。
軽い会釈をし、あいさつも済んだしさっさと着替えに行こうと思ったら、彩子に首根っこを掴まれた。

「ちょっと待ちな流川。頼みがあるのよ」

内心、うっ、と思う。
この先輩には中学の時から世話になっている関係上、頭が上がらない。

「なんすか」
「流川の知り合いに、有望そうな女子はいない?」
「有望…」
「そそ、背が高いとか、足がはやーいとか、なんかそういう子いないかな?もう経験者とかゼータクは言わないからさー!」

椎名は「お願い!」と言わんばかりに流川に拝むように手を合わせた。
思い当たらない、こともない、と今日の授業を思い出しながら流川は考えた。
しかも、授業後に気づいたのだが金髪の方は同じクラスだった。

「ひとり、クラスに。多分経験者っす」
「マジでーーー!!頼むよ流川くん!その子ちょっと連れてきてー!ヤバイんだよホント!うちら今二人しかいないからさぁ!!」

(一人増えても足んねーじゃねーか)

椎名に食いつかれ、彩子の手前邪険にも出来ず流川は頭のなかでツッコんだ。

だが、この先輩が必死になるのもまあわかる。
さきほど先輩が叫んだ通り、湘北高校女子バスケ部は現在3年ひとりと、新入部員ひとりの、二人しかいないのだ。

「わかったわね流川!絶対にその女子を勧誘すること!いいわね!?」

彩子はハリセンをちらつかせ流川に迫る。椎名もジリジリと詰め寄ってくる。
女子の先輩に比べて流川のほうが当然のことながら圧倒的にデカイのだが、その二人からの鬼気迫るオーラに若干たじろいでしまう。

脅しまがいの頼まれ方をして、流川は「ウス」とだけ返事した。



 翌朝、自主練を終え学校に向かい机に座ってさあ寝るか、となった瞬間、金髪のポニーテールが目に入った。

(あ、先輩に頼まれてたやつ……。名前なんだ?)

揺れるポニーテールを眺めながら流川は思考する。

(ダメだ、思い出せん)

なんせ相手は喋ったこともない女子だ。
金髪は朝っぱらからクラスの連中から貰ったであろう棒状の細長いチョコのついた菓子を頬張り、談笑している。

(もういい。さっさと話しかける)

急にムクリと立ち上がったので、周りにいた男子が「うわ!」と悲鳴を上げた。
それを無視して、ずんずんと金髪に歩み寄り肩を掴んで振り向かせた。
その肩が、想像していた以上に細く尖っていたのが少し気になった。

「え、なに?」

突然のことに驚いたように金髪は流川を見上げた。

「お前、バスケ部入れ」



「キョーミないから」



会話は、それだけだった。