放課後、バスケ部。

「このバカ!声をかけるだけじゃ『勧誘』とは言わないのよ!」

今朝のことを話したら、いきなり先輩にハリセンで叩かれた。



02.ストリートバスケ




「あ、流川くん!勧誘どうだった?」

1年生と同じようにモップがけしていた女子部部長の椎名が、体育館に入ってきた流川を見るなり話しかけてきた。

「キョーミ、ないらしいっす。じゃ」

また昨日と同じくさっさと更衣室に着替えに行こうとしたら、これまた昨日と同じく彩子のハリセンが飛んできた。

「『じゃ』、じゃないでしょーが!『じゃ』じゃ!ごめんなさいね、椎名先輩!こいついつもこーなんです!」

彩子は、中学の頃からこうして、ともすれば無礼とも思われてしまう流川と他人の仲介役を買って出ていてくれた。

「いいよいいよアヤちゃん、気にしてないから!でもでも、そんなことより『キョーミない』ってどーいうことー!?あ、もう他の部活入ってるとか?」

(知らん)

とにかく、そう言われたのだ。
バスケにキョーミないやつにキョーミを持たせる方法など、流川に知る由はない。

「でも、わざわざ流川を使ってまで誘ったのに断るなんて ……。あんた、一体何言ったの?」

彩子は、流川に部活に誘われて入らない女子はいないんじゃないかと思っていたのだ。
少なくとも見学くらいには来るんじゃないかと。
だったら、問題はその誘い方である。

「『バスケ部入れ』って言っただけっす」
「……まさかとは思うけど、一言一句そのまま?」
「ウス」

そして、冒頭に戻る。

「全く!流川に頼んだアタシが間違いだった!」
「どうしようアヤちゃん~!このまんまじゃ夏の大会出られないよー!」

非常に切実な叫びである。だが、それも流川には関係のないことだった。

「そろそろ行っていいスカ」
「全く、先輩が困ってるってのにしょうがないやつね……」
「じゃ」

今度こそ、流川は更衣室に向かった。



 部活が終わり、流川は自転車で帰路に着いた。……つもりだった。

(やべぇ。どこだココ)

いつものように居眠りで自転車を漕いでいたら曲がるところを間違えたらしく、気がついたらあまり見たことのない所にまで行き着いてしまっていた。
きょろきょろと周りを多少見渡すが、なんとなくしか帰る方角がわからない。
まだ高校に入学して 2週間も経っていない。居眠りしてればこういうこともあるだろう。
流川は特に反省する素振りも見せず、今来た道を戻ろうとした。

(ん?こんなとこにコートあったのか ……。しかも照明つき)

ふと、流川の視界にバスケットコートが入る。
既に日は暮れているが照明設備があるためまだバスケをしている人もいる。
自転車で行ける距離にこんなコートがあるとは知らなかった。たまには迷子になってみるものである。
コートにいるのは大学生くらいの集団だ。

「ミコちゃん今日来れないってさ」
「えー、マジかー。折角久しぶりにお前らとできると思ったのによ」
「つーかミコト来れねーなら一人足んねーじゃん。先言えよな」
「どーすっか ……お」

大学生の一人と目が合う。
彼は流川の格好からバスケットボール経験者と判断したらしい。

「よっ。高校生?今暇?オレらとバスケしねー?ちょっと一人足んなくってさ」

流川は流川で相手が実力者であると見抜き、既に闘志を燃やしつつあった。

「やるっす」
「よし来た。入り口あっちだから。自転車もそこにおけるぜ。あと、一人女子が混じってるけど、いい?」

女子?

「あの子あの子。お前と同じ高校生。ま、強いからあんま気にせずできると思うぜ」

向こうのベンチで他の仲間とダベっている女を指さされる。

(あの金髪……)

金色のポニーテールに前髪の一部分だけの赤メッシュ。あの目立つ風貌は人違いということはないだろう。

そこにいたのは、今朝、流川のバスケ部勧誘を断ったクラスの女子だった。



「あれ、アンタ、クラスの……」

コートに入り、さっきの大学生に「新顔!」と他のメンバーに紹介され、金髪の方が先に流川に話かけてきた。

「お?知り合い?」
「うーん?クラスメート」
「 ……ウス」

まあ、それ以外説明しようがない。

「へー。じゃ、早速始めっか。お前こっちのチームな、ポジションガードでいい?」
「どこでもいっす」

チーム分けは予め決まっていたらしく(欠員のところに補充されたのだろう)、金髪は敵チームのガードだったらしくマークされる。

「お前」
「ん?」
「バスケキョーミねーんじゃねーのか?」
「部活だよ。キョーミないのは」

「ボールそっち行ったぞ!」

金髪のチームのパスがうまく通らず、カットされたボールがこっちに転がり込んでくる。
金髪は素早くボールを拾い、ドリブルして流川を抜きにかかる。

「ああ、そうそう。女子だからって遠慮いらないからっ!」

もとよりそのつもりだ、と前進しようとした金髪のオフェンスコースを塞ごうとしたら、金髪はいつの間にか背後でフリーになっていた味方にドリブルからパスを通した。
見てもいないのにボールはきちんと手元に届いてるあたり、ボールコントロールはなかなか正確らしい。
流川はというと、抜かれると思って金髪の動きに完全につられてしまい、先制点を許してしまった。

!ナイスパス!」
「イェーイ!」

得点を決めたメンバーとハイタッチする金髪。
もちろん、黙ってみている流川ではない。

「高校生!」

流川の味方チームからパスが出る。
手段はひとつ。速攻だ。
だが金髪の方は確実に流川のオフェンスコースを消してくる。

(チッ)

だが、それでも。
流川は無理矢理振り抜き、抜き去られた時の勢いで金髪は転んでしまった。

(吹っ飛びやす)

「よーしワンマン速攻だ!」

流川は言われるまでもなくダンクをゴールに沈めた。

「おおー!ダンク!流石だな高校生!」
ー!だいじょうぶかー?」
「いってぇな!手加減しろよ!アタシ女子だっつーの!」

(さっき女子だからって遠慮すんなっつったのおめーじゃねーか)

しかし実際、女子があんなに吹っ飛びやすいとは知らなかった。

「踏ん張らねーテメーがわりー」
「あ?言ったな?ショウちゃん、こいつシメよう」

ショウちゃん、とは先ほど流川を誘った大学生の名らしい。

「えー、やめとく。しかしホントにお前すげえな。この間まで中学生だったとは思えねー体格してるし。でも、まあ、」
「ほらーさっさと再開すっぞ。お前らのボールだろ」

ショウちゃんとやらにボールが渡る。

「まだまだ、の敵じゃあねぇな」
「当然!」

流石に、カチン、と来る。

(オレがこの見るからにアホそうな女以下だと?)

ゲームが再開する。
流川は若干腹が立っていたので、先程よりキツく金髪をマークした。
だが。

!」
「ナイスパス!」

(な、に……!?)

なぜか、いつの間にかフリーになっていた金髪にパスがあっさり通ってしまい ……。

「うげ、のスリーだ!止めろ高校生!」

走る流川。しかし間に合わない。
金髪は、ポニーテールをゆらゆら揺らしながら、綺麗なフォームでスリーポイントシュートを決めた。

(女子がワンハンドでスリー決めてるとこ、初めて見たな……)

金髪は流川を振り向き「どーだ!」っと指を突き立ててきた。

「……どあほう」

(こいつ、さっきいつの間にフリーになったんだ?)

金髪は自分がマークをしていたはずだった。
得点を決められた以上に、流川が驚いたのはそこだった。
しかし驚きは、それだけでは終わらなかった。

「よし、高校生!行け!」
「甘い!」
「なっ」

流川に投げられたパスは金髪にスティールされる。

(こいついっつもいつの間に移動してんだ)

「ショウちゃん!」

また金髪から大学生にパスが通り、シュートを決められる。
だが、やはり、そこで黙っている流川ではなかった。

「パスくれ」
「お、おう!」

同じチームの大学生に頼み、自分にボールを集めさせる。

「うおおお!!高校生すげえ!ショウちゃんのブロックかわしたー!」

「しかもはえーぞあいつ!」

「やべー!高校生の勢いがとまんねー!」

続けざまに一人で 6点を重ねる流川。

「ちょっと!みんな何してんのよー」
こそちゃんと高校生止めろよー」
「無理!まともにあたったら死ぬ!ちょっとタイムね!作戦会議!」

負けているにも関わらず金髪のチームは楽しそうにふざけている。

「高校生、お前すげえな。そういやなんて名前だ?」

同じチームの大学生が訪ねてくる。

「流川楓 ……」
「ほー、流川か。覚えとくな。将来有名になりそうだし。 ……で、どうよ、お前の相手の金髪の娘。強い?」
「全然」

女子の中では実力者なのは間違いないだろうが、当然のことながら流川の敵ではない。

「あっはっは。素直なやつ!でも甘く見てたら足元すくわれるぜ」
「ほら、すぐ中断すんなってお前ら!続きやるぞー」
「そういや、これどんくらいやるんすか」
「あれ、言ってなかったっけ。 1ゲーム10 分だから、あと 2、3分くらいかな」
「ウス」

ゲームが再開する。
相変わらず流川のマークは金髪である。

(こいつ、確かに強くはねーんだけど ……)

「おお!またスティール!」

妙にスティールと、

「お、!」

「ナイスパス!行くよ!」

フリーになるのが、うまい。

確かにまともに流川がマッチアップしていれば金髪は何もできないのだが。
流川には、そのまともにマッチアップすることが今やできていなかった。

(ボール離れがいいんだな、コイツ。オトコに混じって戦うだけある)

そして、流川にボールが渡ることになればダブルチームで守られてしまい、思うように得点できなくなってしまう。

「くっ」

無理矢理シュートを決める流川。
だが、そういうボールは大概。

――バシ!

ナイスブロック!」 

あの金髪が止める。

向こうのチームは流川の得点力を恐れ、流川にまずボールが渡らないように、そして渡ったら二人掛かりで止める、という作戦に出たらしい。
流川もこれまで幾度もそういう状況になったが、大抵は最終的に一人でタブルチームを突破できた。

そう、最終的に、だ。

先ほどの中断以降、流川はほとんどボールに触れられていなかった。
つまり、最初の段階、流川にボールを渡さないという作戦が成功しているのだ。
これは並大抵のことではない。
ボールが流川に渡れば、流川が何をしようと基本ボールの位置はそう変わらない。
だが、流川に行くボールというものは、本来予想のしようがないものだ。
それでも流川にボールが来ないのは、それを予想しボールを支配する者がいるからだ。

そしてその人物は恐らく……

「よっ、と!」
「だああ!またスティールかよ!」
ちゃんいつの間にかフリーになるから止めにくいんだよ ……」

男たちの泣き言が聞こえる。

その時ちょうど、

「タイムアップ!」

ゲームが終わった。

「オレたちは 26で……」

「アタシたち 33!お、逆転勝利じゃん!」

金髪はぴょんぴょん跳ね、ポニーテールを揺らして喜んだ。

「あー、またショウちゃんと止められなかったかー。でも高校生、お前すげえな。ショウちゃんとまともにやれる奴なんてなかなかいないんだぜ」

大学生がねぎらいの言葉を流川にかけてくる。
そう、男の方は止められた。
強かったが、まだ喰らいつける相手だった。
これがまともな 40分の試合だったらどうなっていたかは分からないが。

(だが、オレが止められなかったのは …)

「おい」

流川は朝と同じように、金髪の肩を掴んで振り向かせた。

――やはり、細い。

「名前は」
。アンタはる ……」
「流川楓だ」

金髪こと、が流川の名前を言う前に、流川は自分の名前を言った。

(オレが止められなかったのは、の方だ)

「お前バスケ部入れ」

朝と、全く同じ台詞。
だが、朝と一つだけ違うのは、その台詞が流川の意志から出たという点だった。
それを知ってか知らずか、

「キョーミないから」

朝と、全く同じ台詞で返した。