流川はその時、(コイツどんだけやる気がねーんだ)と思った。



03.健康優良不良少年




「悪ぃな、こんな時間まで付きあわせちまって」
「別に平気っす」

本当は、既にだいぶ眠い。

結局その後も何ゲームかして、流川は金髪改めとも同じチームになったりならなかったりした。
敵にしろ味方にしろ、ゲームをするたびにのレベルは高校でも十分通用するレベルだと思ったのだが。

「それにしてもお前……見事にふられてたな!」

かっかっか。と笑いながら大学生のひとりが自転車を押してる流川の背中をバシバシ叩く。

『キョーミないから』

の言葉を思い出す。

「無駄だよ、ちゃんに『部活入れ』なんて」
「オレらだってこの2年間何度説得したことか……」
「勿体ねぇとは思うんだけどな」

大学生たちがしみじみと過去を思い出した様に語る。

「なんで入んねーんですか、あいつ」
「うーん、さあな」
「詳しいことはオレらもよくわかんねえ。お前らと同じ年の妹がいんだけどさ、中学2年の県大会までは普通にバスケ部いたらしいぜ。エースだったってさ」
「ま、ここであったのもなんかの縁だ。同じ高校なんだろ?ちゃんのこと頼むよ。イロイロ心配な娘だし。オレらも大学生になっちまったから、そう頻繁にココ来れるわけじゃねーんだ」

イロイロ心配な娘、とが言われる理由の1つを、既に流川は思い当たっていた。



『明日も授業あるしオレらそろそろ帰るわ』
と、大学生の一人が言ったのを皮切りに、例の『ショウちゃん』と以外は帰る支度を始めた。
その時既に時計は10時を回っていた。

『ん。またねー』

は帰るメンバーに手を振り、ショウさんがベンチで見守る中、黙々とスリーポイントの練習をしていた。

『オメーは帰んねーのか』
『んー。もうちょいしたら』

目も合わせず言ってくる。
『もうちょい』って、もう10時だぞ。高校生の女が外を彷徨くには十分遅すぎる。

『あー、いいって流川くん。オレもしばらく付き合うから』

そう流川に声をかけてきたショウさんは、なんだか諦めたような顔色をしていた。

『あの子いつもああだから。大通りまで一緒に行こうぜ、そしたら自力で帰れるだろ?』

帰るメンバーのひとりが流川に声をかける。
その表情もどこか複雑そうだった。



のヤツ、いつからここいるんすか」

十数分前の大学生達の反応を思い出すに、はずいぶん長いことああいう生活をしていると思われる。

「あー、いつだったかなー。やっぱ2年位前だな。オレらは高校の頃、部活帰りによくここ集って遊んだり練習してたりしてて……。あるときから急にこのコートに現れるようになったんだよ。オレらも『随分夜遅くまでひとりでバスケしてる金髪の娘いるなー』って話題に出してたよな」
「そうそう。まあこの辺ガラの悪い連中もうろついてるし、さすがに心配だからって声かけたら、『中学生だ』っていうんだもんな。色々驚いたよ」

色々、というのはのバスケ技術と見た目の話だろう。

「『もう遅いから帰れよ』って注意したんだけど、ちゃん、『家の鍵無くした』って言うんだもんなー。しょうがねーから親が帰る時間までオレらとバスケしてようかってなって……」
「そのまんま、今に至るって感じ」
ちゃん2年間ずっと家の鍵無くしっぱなしだもんな。ビビるぜ」
「そこじゃねーだろ」

話を総合するに、とは見た目に違わぬ素行不良の問題児らしい。
少し考えて、流川は言った。

「合鍵、作らないんすかね」

「そこじゃねーだろ。マジボケかよ」
「かっかっか!高校生、お前意外とギャグセンあるな。まあ、オレらもが部活なり何なり入ってくれりゃあ多少安心できるからよ、頼んだぜ。ショウちゃんだって、いつもに付き合えるわけじゃねーんだ。なんたってあいつは深体大の……」
「あ、ここまででいっす。道わかるようになりました。じゃ」

自転車に跨がり颯爽と走る流川。

「最後まで言わせろよ……」

大学生のひとりがポツリと呟いた。



 そしてまた、朝が来る。
流川はいつもの様に朝の自主トレをする。
シュートを放つ。入る。またシュートを放つ。入る。

(あいつ結局昨日は何時に帰ったんだ?)

どうでもいいことが頭によぎる。
どうして、あんなに練習してるのに、部活に入りたがらないのかが分からない。
流川にとってバスケをすることは呼吸することと同義だった。
だから、バスケをしない自分というものがまず考えられなかった。
だから、これ以上どう部活に誘っていいか、まるで思いつかなかった。

(あいつ、なんでバスケ部やめたんだ)

中学の途中までは普通にやっていたらしいという話を思い出す。
でもやっぱり、流川には考えてもわからないことだった。



「あ」
「あ。オハヨー」
「おう」

隣の、席だったのか。
朝教室に来て第一の発見がそれだった。
流川には驚くほど印象になかったが、は隣の席だったらしい。

「オメー、隣の席だったのか」
「あれ?今更?ま、あんた寝てるしねー」

あくびをしながらはダルそうに答える。
確かに授業中ほとんど寝てるが、コイツの印象のなさはそれだけではないような気がする。
流川は違和感を覚えるが、その正体がつかめない。
そうこうしている間にHRが始まり1限の体育の時間になる。

さん、体育一緒に行かない?」
「ん、行く行く」
「またバスケで活躍してね」
「任せてよ、アタシ強いから」

クラスの女子に連れられては教室から出て行く。
男子は女子のいなくなった教室でおもむろに着替えだす。

「あーサッカーダリィ。オフサイドとか言われてもわかんねーよ」
「お前HRちゃんと聞いてろよな。3年の先輩たちがグランド穴ぼこだらけにしちまったせいで、今日バスケに変更だって言ってただろ」
「そうなのか」
「おお!?流川!……急に話しかけてくんなよ……」

クラスの男子たちの雑談のお陰で危うくグラウンドに行きかけた流川も体育館に向かった。



 体育での流川の活躍は終わり、また二日前と同じく女子チームに居るのことを流川は観察していた。

(ダメだ。周りがヘタクソじゃ参考にならん)

昨日、どうしてがボールを支配できたのか研究したかったのだが……。
は低い姿勢でドリブルをして、カットイン。
相手の女子はそもそもディフェンスになっていなかったので、抜き去るのは当然のことながら容易であった。
しかし、

さん!!!」

女子を抜き去った後、が急に倒れた。
転んだのではない。意識を失って崩れ落ちたのだ。

「先生!さんが!!」
「男子!ちょっと手伝え!」

とっさに駆け寄る流川。

(貧血か!?)

痙攣しているわけではないので大したことはないだろうが、いかんせん顔色が悪い。

「流川、ひとりで運べるか?」
「ウス」

教師の補助を受けて、流川はを背負い込む。
そのとき、流川は昨日から感じていた違和感を更に強めることになった。

(軽すぎる……!)

の身長は170はある。女子にしては大きいはずなのに、それに見合う体重をどう考えても感じない。
やけに細い、とは思っていたのだ。

「級長!試合を次のチームにやらせておいてくれ。すぐ戻る」
「は、はい」

駆け寄ってきていた男子の級長に教師は指示し、流川はを背負って教師と共に、どよめきの残る体育館を後にした。



 を背負って保健室に向かう道中、流川は思い切って教師に尋ねた。

「コイツ、身体のどっか悪いんすか。やけに軽ーんすけど」
か……。別に病気というわけじゃないんだが……」

体育教師は授業中と打って変わって歯切れの悪そうにゴニョゴニョと喋る。

「まあ、同じクラスになったのも何かの縁だ。のことを助けてやれ。……助けてやれる範囲でいいから」

体育教師は明らかに何かを知っている様子だったが、それを告げようとはしなかった。
流川のことを子供扱いする、大人の対応だった。
保健室に到着し、教師がドアを開け流川がそれに続く。

「先生。申し訳ない、またです。体育の授業中に、恐らく貧血でしょう」
「あら、さんね。えっと、とりあえずあなたは彼女を空いてるベッドに寝かせておいてくれるかしら」
「ウス」

適当なベッドにを下ろす。

(『また』、だと?)

そこで、流川はなぜ今日までが隣の席にいることに気が付かなかったのか、ようやく理解した。
確かに流川が周りに関心を持たなかったせいもあるだろうが、

(コイツ、授業ほとんどいねぇ。保健室に行ってんだ)

授業が始まるごとに教師はいつも

『その席は……か。誰か知ってるか?』
『保健室です』
『……そうか』

『あら、その席は誰?』
さんです。保健室に行きました』
『……そうなのね。では教科書の21Pを開いて……』

こんな会話を繰り広げていた。それも最初の1週間だけで、今はもう当たり前のようにの保健室通いを気に留める教師はいない。
だから、隣の席がどんなやつか、流川は知らなかった。
ただ流川は隣の空席を見て、(4月早々にサボりまくって、コイツどんだけやる気がねーんだ)と思っていただけだった。
だが、この教師や養護教諭の反応を察するに、の保健室通いは単なるサボりとして認識されてるわけではなさそうだ。

「『出れる授業には出ましょうね』って言っておいたんです……。今週は午後からしかこちらに来なかったので、調子がいいのかと……」
「私もです。体育の時は本当によく動いてましたから、油断してました」

教師が小声で何か相談しているのを流川は聞き取る。

(『イロイロ心配な娘』ってレベルじゃねーぞ)

「ああ、流川、ご苦労だったな。もう戻っていいぞ」

体育教師が思い出したかのように流川に声をかける。

「ウス」

ちょうどその時、連絡を受けたらしい流川たちの担任教師が保健室に入ってきた。
それと入れ違うようにして、保健室を出る流川。

(どーせもう試合ねーし……)

保健室のドアの前で、立ち止まる。

『やっぱり……からくる貧血で……』
『家庭……問題が……。……も深夜……』
『連絡は……、……の時も誰も来なくて……』

教師たちが声のトーンを落とし、きな臭い話をしている。
まず、間違いなくの話題だろう。

『中学……、……みたい……』
『……も、栄養失調、と……』

(栄養、失調?)

現代日本で健康優良児をやっている流川には、到底聞き慣れないワードだった。

(部活どころじゃねーじゃねーか)

なんでそんなことになってんだ、あいつは。