(夢って、霞みたいなもんだからなぁ……)
44. まきさんじゅうななさい
海南の清田信長のダンクから一転、勢いを欠くことになった湘北。
しかし、そこは御大将赤木剛憲の力によって再び盛り返しを見せることになった。
前半10分経過したところで、桜木花道は海南相手にリバウンド力を爆発させていた。
(はぁー。試合になるとこうも強いのか桜木は……。やっぱり、あいつのバスケには夢があるな……)
いるんだよね、試合で実力以上の力を発揮できるやつって。
(きっとガッちゃんも、そこを読みきれなかったんだ)
桜木花道の活躍を見守りながら、はそう思っていた。
「桜木くんホントーにすごいね!それに、前よりムチャなことしなくなったみたい!バスケの動きになってきてるよ!」
椎名も桜木の成長を褒める。
「が仕込んでやったんだもの。そりゃ上手くもなるわ」
黛がふーっと溜息をつきながら言う。
黛は現在自分のオフェンスを一から鍛え直している。
きっと彼女が一番、桜木の滅茶苦茶さと洗練されてきた部分の境界に期待と不安を抱いているのだろう。
その時、アウトオブバウンズしかけたボールを拾いに、桜木が安西に特攻した。
なんと桜木、自分の監督をクッションにしてボールを獲得。
「なんて奴……」
「『前よりムチャなことしなくなったみたい!』って言ったけど、ごめん、あれは嘘だった!」
「しーちゃんのせいじゃないよ」
女子4人も桜木の行動に驚きと呆れを隠せなかった。
だが、
「見よ!リバウンド王の実力!!」
桜木のリバウンドだけは、やっぱり確かなようだった。
桜木の活躍に会場が盛り上がる。
盛り上がったのは、会場だけではなかったようだった。
「10番!オレがマークしてやる!!」
帝王・牧紳一が、桜木のマークに付いた。
(すごいな桜木。あんな強い人からも脅威に思われて。多分、ガッちゃんもそんなふうに思ったんだ)
は再び、先週観に行けなかった翔陽戦を悔やんだ。
が桜木に小さな感動を抱いていると、桜木はトンチンカンなことを言い出した。
「……君、何年?高校生?」
牧を勝手にOB扱いした挙句、「何が17才だ!ダマされるか!」と勝手にキレている。
レフェリーが止めたが、桜木のトラッシュトークは牧の「赤木のほうがフケてるぞ!!」というカウンターにより、赤木だけがダメージを負って終わった。
「桜木って敵にはしたくないけど味方にもしたくないわよね」
「まきさんじゅうななさい」
「サキチィちゃん!めっ」
桜木のバスケのポテンシャルはまだまだ未知数だが、馬鹿さ加減にも際限がない事だけはにもわかった。
そして同じ頃、海南の監督高頭も、桜木のポテンシャルを高く評価した。
それと同時に、桜木が「ポテンシャルだけ」でバスケをやっていることも見抜いてしまった。
「チャージドタイムアウト!海南!」
リードしている海南が先にタイムアウトをとった。
そして、⑥番の代わりに、
「なぁに?あのひょろっとしたメガネは」
見た目にはあまり強くなさそーな選手を投入した。
しかも、桜木相手にその選手でボックス・ワンを取る。
「10番オッケー!!」
ひょろっとしたメガネ、こと⑮番の宮益が叫ぶ。
「あんな人、すぐ桜木にふっ飛ばされちゃうような気がするけど……」
藤崎も疑問に思う。
だが、それこそが海南の作戦だった。
宮益のマークに変わった途端、イージーミスを連発し、全くシュートチャンスをモノにできない桜木。
そう、彼は戦う敵が強ければ強いほどポテンシャルを最大限発揮できるが、そうでなければ普段の実力以上のものは出せなくなってしまう、素人なのだ。
会場も海南の優勢を疑わない。
(夢って、霞みたいなもんだからなぁ……)
海南は、あの宮益を桜木につけることで、その霞を見事取っ払ってしまったのだ。
そして、桜木の相手となった宮益自体は、
「よーし!!!」
「ナイッシュウ宮さん!!」
「さすが!!」
残念ながら霞ではなく、本物の実力を持っていたようだった。
(まずいな……。この流れは……)
は宮城を見つめる。
だが、彼は牧を止めるのにいっぱいいいっぱいで、とても桜木のフォローに回れそうな状況ではなかった。
(向こうのガードと宮城センパイじゃまるでタイプが違う……。本当だったらマッチアップの変更をしたいトコだけど、ウチには結局宮城センパイくらいしかあのおっさんを止めれるヒトがいない……)
同じガードとして、は宮城に強いられている試練を理解した。
「なんだっけ、あの人の名前」
は牧を指差す。
「牧くんだよ!もう神奈川じゃ知らない人はいないってくらいユーメー人!」
「宮城センパイまずいかもね。ディフェンスに手一杯で司令塔として機能してない」
それほど、あの牧ってやつがすごいのか、とも理解する。
(でも宮城センパイだって負けてない部分あると思うんだけどなー)
完全に向こうに飲まれてる。とが理解したのは、牧が宮城の平面のマークを振りきって、
「直接ぶちこんでやるくらえっ!!!」
「うああっ!!」
――ドカッ!!
「ぐお!?」
――ピーーー---!!
「ファウル!白④番!フリースロー!」
桜木のダンクをファウルして止めた瞬間だった。
「ああー!桜木くん惜しいー!」
「今のは宮城センパイのミスだよ」
は悔しがる椎名に言う。
「あの牧ってヒト、背はそんなに高くないけどパワータイプのガードだね。宮城センパイはスピードが持ち味なのに、速攻が封じられてマークに専念することしかできてない」
そして、そのマークも抜かされてしまった。
「そっかー。うーん?」
椎名が何か引っかかりがあるようで、不思議そうに首を傾げる。
桜木は、フリースローを外してしまったようだった。
そして、安西から交代が告げられる。
桜木は大変不満そうにベンチに戻っていった。
「あーあ、結局こーなるのね」
黛が苛立たしげに言う。
「しーちゃん、さっきから何をそんなに首を傾げてるの?」
「あー、いやいや、先週もね、最初、湘北のバスケができてなくてね。その時、誰が勢いを取り戻してくれたかなー?って思ってて」
そんなことがあったのか、は知らなかった。
「そしたらね、流川くんだったよ。流川くんが、勢いを作ってくれたの」
椎名は、期待を込めてその名前を呼んだ。
また今回もそういうことをしてくれるんじゃないのかな?という風に。
「流川が?」
の目には、残念ながら流川はゲームメイクという面で期待できる選手には見えなかった。
個人技だけなら上手い選手といえるだろうが、例えばあの、陵南の「でこひろし」こと仙道彰に感じたような視野の広さを感じたことはない。
(できんの?)
はコートに戻る流川を見た。
最前列にいるからだろうか。
カチッと、今日はやたらと選手と視線が合う。
『見てろ』
流川は口の形だけでに伝えてきた。
例の海南の猿が流川とマンツーをする気らしい。
そしてやっぱり何を言っているかわからないが、猿はまたの方を指差して、流川に何か文句を言っているようだった。
マネージャーの女が再び清田に怒っているのが見えた。
「ちゃん、あいつと本当に知り合いじゃないの?」
「小学校の時に動物園で出会ったことのある猿かもしんないね?」
は適当に答える。
だって、本当に身に覚えがないのだ。
「15点差がなんだー!!!」
流川親衛隊の応援もヒートアップした。
前半残り9分。
ここから、流川楓が爆発する。