「ちゃーん!こっちだよー」
既に観客席に居た椎名愛梨が手を振り、人混みの中存在をアピールする。
同じようにして集合しただろう藤崎と黛も隣りに座っていた。
43.猿の惑星
6月20日。
試合会場である市民体育館は、既に人と熱気に包まれていた。
もその中にいた。
(えーと、みんなどこだ?)
キョロキョロとあたりを見渡すが、この大人数の中ではが見つけるより、が見つけられる方が早かったようだ。
「ちゃーん!こっちだよー」
既に観客席に居た椎名愛梨が手を振り、人混みの中存在をアピールする。
同じようにして集合しただろう藤崎と黛も隣りに座っていた。
「しーちゃん!あんがと」
最前列で席を確保しておいてくれた前・キャプテンには感謝を述べる。
椎名も前・キャプテンらしく、
「よしよし、今日はちゃんと来たね!」
とをほめた。
先週の翔陽戦に来なかったことを言ってるのだろう。
「先週お出かけだったの?」
椎名がに質問する。
「いや?家にいたけど」
練習したりコンビニに行った時間を除けば、は先週家で過ごしていた。
「あれ?そうなの?勝敗の結果教えようと思ってちゃん家電話したら、お母さんが出てきて『は家にいません』って言うからさ」
(あ……)
不思議そうに言う椎名。
それもそのはずだ。
椎名が持っている女子バスケ部の今年の連絡網。
そこには、の家の電話番号が書かれている。
家出をしているが家にいないのはあたりまえのことだった。
(ママ……、今どうしてるのかな……)
は、誰にも気づかれないようにそっと唇を噛んだ。
「ほら、来たわよ」
黛の声に言われるまでもなく、会場中のエキサイトしていく歓声でわかった。
出てきたのだ。
王者・海南大付属のメンバーと、
「我軍のおでましだ」
湘北高校の男子たちが。
「来たー!!!!」
「出てきたぞ!!」
「海南だ!!」
「湘北だ!!」
流石に決勝リーグともなると注目度も高い。
なんせ今日の対戦カードは16年連続神奈川県大会優勝中の海南大附属高校と、その最大のライバル・翔陽高校を破って出てきた新進気鋭のダークホース、湘北高校なのだから。
そこにひとり、元気な男がいた。
「かっかっか!今年の海南は史上最強だぜ!!なぜかは分かっているな!!」
ヘアバンドをつけた、最高にアホっぽい男がひとり、やたらと我が物顔で入場してきた。
「それはこのNO.1ルーキー清田信長が入ったからだ!!かーっかっかっ」
男は、清田信長というらしい。
なのに猿っぽいのはなぜだろうか。
「うわ、バカがいる」
黛が言った。
は海南のメンバーを見て、(うわ、みんなつよそー)と思っていた。
上背のある選手はあまりいないが、どいつもこいつも独特の凄みがある。
強いんだろうな。
少なくとも、その自信を持っている、全員。
(特にあの、老け顔のキャプテンっぽい人……)
が牧紳一を見ていると、偶然か気のせいか、牧紳一と目があったような気がした。
いや、こんな広い会場なんだ、気のせいに決まっている、とは冷静に否定する。
そしてすぐに、桜木花道は清田信長と謎の対決を始めた。
とりあえずバカバカしいので割愛するが、ライバル意識はお互い満点のようだった。
……流川楓に対して、だが。
「てめーにゃ負けねーぞ!!」
猿2匹が同じ言葉で締める。
その瞬間、猿の飼い主こと両キャプテンが、お互いの学校の猿の頭にげんこつをお見舞いした。
海南の方はマネージャーらしき栗毛のボブカットの女の子も出てきて、牧と一緒に清田の頭を無理矢理下げさせている。
ここからでは会話は聞こえないが、とりあえず謝罪は終了したらしい。
牧が、マネージャーの女に何か耳打ちをする。
ベンチに戻ろうとしていた女は弾かれたようにくるりと振り向いた。
牧紳一が、指で方向を指し示す。
やはり、気のせいではなかった。
牧紳一は、を指差していた。
――ゾクリ。
は一瞬肌が粟立つ感触を覚えた。
明確な、敵意、悪意。
牧紳一からではない。
マネージャーの女から発せられたものだった。
だが、それもほんの一瞬のことで、マネージャーの女は牧に何か告げると、そのままベンチに戻っていく。
(何だ今の……。気のせいか?)
「ちゃん、海南の人と知り合いなの?」
藤崎が聞く。
「いや、そんなのいないけど……」
と思ってもう一度会場を見ると、今度は清田信長が、何故かに向かって思いっきりあっかんベーをしてきた。
すかさずマネージャーの女と牧がすっ飛んできて、清田を同時にボコリ、の方面に向かって女は頭を下げた。
「いやぁ……、桜木以外に猿の知り合いはいないわー……」
はブチ切れそうになるのを抑えて藤崎に返した。
(落ち着けアタシ……!争いは同じレベルの者同士でしか発生しないんだ……!)
自分まで猿の惑星の住人になる訳にはいかない。
拳を握りしめ、猿同士の対決からの突然の飛び火に、冷静に対処しようとするだった。
さて、謎の一幕が挿入されたが、定刻になり試合が始まる。
ジャンプボールを制したのは赤木だった。
そのボールが宮城の方に向かう、と判断するや否やゴールに向かって走りだす流川。
宮城も流川の行動をしっかり捉え、すかさずショルダーパスを放つ。
それを受け取った流川、すさまじいジャンプ力でそのままダンクを狙う。
しかし、そのシュートをブロックしたのは帝王、牧紳一だった。
流川はブロックされたボールをそのままハイポストまで詰めていた三井にまで下げた。
ボールの支配権はまだ湘北にある、チャンスだ。
と、誰もが思った時、いつの間にか詰め寄っていた海南の⑥番の選手、神宗一郎がそのボールをカットした。
湘北のターンオーバー。
「よーっしゃあ!神さんパース!!」
「あーっ」
猿、こと清田信長がハイスピードでゴールまで駆け上がっていく。
「信長!」
「ほいさぁ!!」
今度は神のショルダーパス。
「コラまてサルーッ!!」
それを追うもう一匹の猿、こと桜木花道。
赤木の声に「任せろい!!」と答え、信じられない跳躍を見せ、ボールをカットする。
(うそだろ、あれ明らかアリウープ狙いのパスだったじゃん……!)
もびっくりする。
そして、一瞬遅れて、気がつく。
(あの猿が、ダンク出来るってこと……?あの身長で?)
でも、確かにそういう感じのパスだった。
桜木はせっかくカットに成功したものの、3歩歩いてしまいトラベリングに。
しかし、試合の立ち上がりはこれ以上ないくらい好調なものになったといえる。
「あの勢いで突っ込んじゃねー。止まるのも難しいか」
まあ、どっちかというと桜木はトラベリングを失念していたっぽいが。
「まゆまゆなら止まれるでしょ?」
最近ピボットの練習に力を入れている黛には尋ねた。
「あんなにジャンプしねーよ」
黛はつれなく答える。
でも、自信ありげだった。
その後もターンオーバーに次ぐターンオーバー。
両者一歩も譲らず、という感じだった。
先取点を得たのは……。
海南の⑥番から、再び清田信長へのパス。
ローポストに詰めているのは桜木のみ。
清田はそのまま、踏み切った。
(やっぱり!あいつダンク出来るんだ!)
まあ、ダンクシュートは身長だけで出来る、出来ないが決まるものじゃない。
160台でもやれる奴はやれる。
だが問題は、試合で入れられるかどうかなのだ。
(どうする気……だ!?)
清田信長は桜木花道のブロックを交わすように、バックダンクを決めた。
先取点を得たのは、海南。
会場中が、湧いた。
「さーん!この清田信長の活躍、しっかり見て……」
「うっさいもどれ!」
清田信長が、マネージャーの女にそのまま手を振ってアピールするが、叱り飛ばされている声がこちらにも聞こえてきた。
「なんか宮城くんとアヤちゃんみたいだねー」
「おさるの求愛」
椎名と藤崎が、2人の関係を的確に表すコメントを残した。