のヤロー、マジで来なかった……)

流川楓は、挨拶の前に一瞬だけ観客を見渡し、やっぱりあの目立つ金髪がどこにもいないことを確認した。
そして、湘北の勝利、あるいは翔陽の敗北に湧く体育館を、両校の生徒は後にした。
控室に戻る際、流川は奥の控室に走って向かう女とすれ違った。
恐らく、翔陽の生徒だろう。
普段は気に留めない女の存在を、なぜ流川が気にしたのか。
それは、その女の顔が誰かに似てる、と思ったからであり。
そして、それが誰に似てるかがとっさに思い出せなかったからである。

(あ、化粧落とした時の、

あいつ、けっこーたぬき顔。



42.だってすごいじゃん




 日曜日、第2シードの翔陽高校との激闘を制した湘北高校は、決勝リーグへの参加権を獲得した。

「おかえり!どうだった……?勝った?桜木、退場しなかった?」

家に帰った流川は、のその言葉で出迎えられた。

「テメーなんで来なかった」

引退した椎名ですら観戦に来ていたというのに。
昨日からの様子はおかしかったのだ。
は最近、桜木花道の指導にも力を入れているようで、前から流川には「早く次の試合になんないかな」と言っていた。
自分の教えたことをみるみる吸収する桜木を指導することは、にも楽しかったらしい。
だが、昨日、

『え……?翔……陽……?』

次の対戦校が翔陽と知るや否や態度を急変。
「絶対に行かない」と観戦を拒みだした。
朝は流川の集合時間のほうが早かったので、流川は母親の自転車のカギをに預けていた。
(流川が試合の日は流川は自分の自転車を、は普段2人で乗っている自転車を使うことが当たり前になっている)

『気が向いたら来い』

朝はそう言って別れた。
が、こいつは結局来なかった。流川は沸々と怒りを湧き上がらせる。
こんな風にそわそわと試合の結果と内容を気にしているあたり、も決して興味がないわけではなさそうなのに。

「勝った。桜木は退場した」

流川は質問に簡潔に答えた。

「えええ!?おおう?」

嬉しいニュースと悲しいニュースを同時に聞いてよくわからない反応になる

「と、とりあえずおめでとー。すごいね、勝ったんだね……翔陽に」

『翔陽に』、という言葉を噛みしめるように言う
流川には、がどんな思いを込めてその言葉を言ったのかわからなかった。

「でも、桜木退場しちゃったのか……」

残念そうに言う
まあ、結果だけで言えばそうなのだが、

「ま、割と頑張ってた。スタメンで出て、退場するまでずっと出てたし」
「ふぅん……?残りどんくらいだったの?」
「2分くれー」

その言葉を聞いて、は無い胸を撫で下ろした。
よかったよかった、アタシの時間は無駄じゃなかったんだな、という風に。
事実、流川も桜木のリバウンドに助けられる場面が今日はあった。
だから、桜木花道にはほんのちょっと感謝してた。
そして、桜木花道が退場しないように指導したにも、1ミクロンくらいは感謝してた。

「気になるんだったら来ればよかったじゃねーか」

流川がそう言うと、はいつものようにヘラヘラ笑って、

「次からは行くよ、ホントだって」

結局、今日来なかった理由を答えなかった。



 翌朝。
いつもの様に登校中、流川楓は自転車を漕ぎながら眠りこけていた。

――ドカッ。

「あ、流川ー。桜木のこと轢いたよ?」

校門を通り抜けた直後、何故か突っ立っていた桜木花道が流川の居眠り運転の被害者になってしまった。

「コラァルカワ!!」

当たり前だが桜木はキレた。
流川を自転車から引きずり下ろす。

「おおっ!バスケ部最強メンバーがそろった!!」
「この5人がそろうとスゲエ迫力だな……」
「こわすぎる」
「こりゃいけるぜ……!」

なぜか、にわかに校門前が騒がしくなる。
それもそのはずで、今校門前には男子バスケ部のスタメンが勢揃いしており、更に言うならと流川はまだ受け取っていないが、桜木花道が自身の、ひいてはバスケ部の活躍を報じる新聞紙を無差別に配り歩いていたからだった。
ざわざわと増えていくギャラリー。

「赤木!!今年こそIHにいってくれよ!!」
「ガンバレよバスケ部!!」

観衆がどんどんヒートアップしていく。
はまだ寝ぼけ眼の流川に「自転車置いてくんね」と告げ、その集団を後にした。



 自転車置き場にて、

「あ、朝倉さん、オハヨー。もー肩は大丈夫なの?」

は朝倉光里と遭遇した

「ああ、さん!おはようございます!はい、もうすっかり良くなって、今日から自転車登校です!黛さんには本当にお世話になりました」

何故かにまで深々とお辞儀をする朝倉。

「いやいや、元はといえばこっちが原因だし、治ってよかったよ。この間は悪かったね、あんな大変な試合参加させちゃって」

は約1ヶ月前に行われた県予選初戦を思い出しながら語った。

「いえ、そんな……。試合、楽しかったですから、私も。その……お聞きしてもいいですか?」

朝倉が、不思議そうに首を傾げる。

「ん?なに?」

ベンキョーのこと以外ならなんでも答えるけど、とは思う。

さん、本当に強かったですけど、中学の時はどこまで勝ち残ってたんですか?」

今まで一度も戦わなかったのが不思議なくらいでした!と朝倉は言った。
あれほどの実力を持ったが、神奈川でも無名なのが朝倉には疑問らしい。

「あー、アタシ?大したことないよ。中二の時に県大優勝したくらいかな」
「あら、そうなんですか!意外かも。さんならもっといい成績残してるかと思ってました。じゃあ3年の時は?」

朝倉は矢継ぎ早に聞いてくる
は自転車のスタンドを引っ掛けながら答えた。

「いや、アタシが試合に出たのは、二年の県大の決勝が最後だったんだよ」

そう言って、は自転車置き場を後にした。

「え?なんで……?」

朝倉光里は、更に不思議そうに首を傾げた。



 教室に入ると、既に流川は定位置にいて、

ちゃーん!すごいじゃんバスケ部!」

お馴染みの男子たちがなんか楽しそうにしてた。
こいつら絶対桜木軍団と仲良く出来そうだよな、と思って一度「仲良くしないの?」と尋ねたが、「チューボーの頃喧嘩して負けたことあるからいい」というなんとも情けない負け犬発言をした、我らが三下軍団である。

「なんでそんな盛り上がってんの?」

前回バスケ部の話題が出た時は、確か女子バスケ部の初戦敗退を祝された気がするのだが。

「えー?だってユーメーだぜ?これ見てねーの?」

三下軍団のひとりが紙を一枚持ってくる。
広げて見せてくれるので確認すると、それは新聞の一面だった。

「バスケ部のこと載ってんじゃん!おれ朝登校中に変なやつからもらってさー」

もまじまじと確認。

「えっ!これ、桜木と、……ガッちゃん!?」
「……なんだその機械とか喰いそうなガキみてーな名前は」

気がついたら流川楓が隣に立っていて、一緒に新聞を確認していた。

「だって、この、吹っ飛ばされてるの、『翔陽高校⑤番、花形透選手』って……」

は目を瞬かせる。

「桜木……本当にガッちゃんのこと押しのけて、ダンク、決めちゃったの?」

は呆けたように新聞を指差しながら、流川に質問をした。
流川は(『ガッちゃん』って多分⑤番のことだよな)と思いながらコクリ、と頷く。

「ファウルだったけどな」

しかも、それで退場。
しかし、はそんなことがもう気にならないようだった。

「すごい……!すごい、すごいじゃん、桜木!あー、なんでアタシその現場いなかったんだろう!!え、すごくない桜木!?」

そりゃテメーが勝手に来なかっただけだ、どあほう、と思いながら、流川は興奮するを不思議がりながら見ていた。
意外な、意外な反応である。
少なくとも流川は意外に思った。
バスケの話題をするときのが、こんなに楽しそうにするのは初めて見たからだ。

「だって、だってガッちゃん、めっちゃ強いんだよ?背もあるしね、何よりガッちゃんって骨格がすごいの!ちゃんがそーやって褒めてたの!細身だけどパワーもすごいあるんだよ?それに……!」
「知ってる。昨日戦った」

流川は困惑しつつも興奮するの発言を遮った。
は急に我に返ったように「あ……」と言ってから、更にいつものテンションに戻ってから「なんでもない」と言って流川から目をそらす。

「ね、この新聞もらっていい?」
「おー、いーぜ」

は新聞を貰い、自分の席でじっくり読むことにしたようだった。
三下軍団は小声で話し始める。

「なーなー、さっきのちゃん、可愛くなかった?」
「可愛かった可愛かった!なんかちっちゃい子みたいだったよな!?声も高くてさー。ギャップ?ギャップやばい!」
「『ちゃん』とか『ガッちゃん』とか、あー!おれもちゃんに愛称で呼ばれてー!」
「『財布』って呼ばれてたじゃんお前」



流川楓も、その話に同意しつつ席に戻った。
可愛いかどうかはさておいて、はそういう奴だ、と流川は思った。
いま、男子たちが興奮している『のギャップ』だが、流川は知っている。
ああいう、本当はちょっと声が高かったり、化粧が剥げると普段の気の強そーな顔から、割りとトロン、とした顔立ちになるのがなのだ。
普段、あいつはわざと低めのトーンで喋ったり、流川にはどうやってるのかわからないが化粧で目つきをキツくしている。
流川家でも、急に驚いたりすると、ああいう少女めいた声を出すことがままあった。
だが、あんなふうにはしゃいでいるを見ることは、流川も初めてだった。
隣の席のを見ると、彼女はキラキラした目で新聞をじっくり読んでいた。

(……こっちむけ)

流川は念じてみた。
……無駄だったようだ。
テメー、オレのことそんな目で見たこと一度もねーだろ、どあほう。



「桜木!新聞読んだよ!すごいじゃん!」

放課後、は部活に来てすぐに桜木花道を捕まえた。

「トーゼンですよ!この天才を誰だと思って……!さん……!」

桜木は振り向いて声の主を確認するまではいつもの調子だったのに、声の主がだとわかった瞬間萎縮してしまった。

「も、申し訳ありませんでしたさん……!」
「なに?どーしたの急に?」
「いえ、……昨日、ファウルで、退場してしまいました……」

深々とに頭を下げる桜木。
ああ、そのことを気にしていたのか、とは合点がいく。

「ま、仕方ない。これから少なくしてこう。大丈夫、バスケにファウルはつきものだからさ」
さん……!!」

にこんなに優しい言葉を貰えると思っていなかった桜木が、思わず涙を流す。
でも実際、は退場なんて気にならないくらい興奮していた。

(素人なのに、ガッちゃんを押しのけてダンク決めるなんて……なんていうか)

桜木花道のバスケには、夢がある。
そう思っただった。



 練習後しばらくして、安西がやって来た。
男女ともに集合する。
決勝リーグについての話だった。
安西は、言った。

「緒戦は海南大付属です」