「う、うん。わかったよ!」
(お、おかしい……!今は1990年のはずなのに、この子は1991年以降に発刊されたマンガを持っている……!?)
05.ようこそ、湘北高校女子バスケ部 その1
翌朝。昨晩流川楓に『部活の見学に行く』と約束してしまったは、ある重大なミスに気がついた。
(やべ、今日日曜じゃん!日曜に部活見学来るとか、どんだけやる気あるやつだよ)
勝手に月曜に変えていいかなー。とメイクをしながら考える。
(でもそんなことしたらあいつキレそうだよな、真剣、だったし)
まあ、することも特になかったし、いいか。
日曜の学校って、やっぱ制服かな。
部活入ってりゃジャージでいーんだろうケド……。
制服の袖に腕を通しながらも若干悩む。
(なんか、中学の頃みたい)
キョロキョロと。入っていいのか悪いのか。
居心地の悪そうに体育館の入り口でうろちょろするは、まさに初々しい新入生そのものだった。
ただし、その容姿が派手なメイクと金髪赤メッシュのポニーテールでなければ、だ。
(意外とギャラリー多いな、バスケ部)
そのギャラリーの一部の女子からは、「え、何あの娘?不良!?」「やめなって、さんでしょ。結構やばい人とつるんでるらしいよ!」といううわさ話が聞こえる。
この見た目にしてからは基本、普通の人は話しかけてこない。
クラスの女子と上手くやってるのだって、体育の授業で活躍したからだし、男子もビビってバカっぽい連中以外からは遠巻きに見られている。
だが、そんなに、声をかける者が現れた。
「あ!!あなた!さん!ちゃんでしょ!?待ってたんだよぅ!さあ入って入って!!」
「う、うわ、ちょっと」
より小柄だが押しの強そうな女子に引っ張られ、体育館に足を踏み入れる。
「いやー、流川くんから聞いてたんだけどホントにどキンパだね!地毛?」
「なわけねーだろ」
「だよねー!おーい、サキチィちゃんも来てー!新入部員だよー!」
「まだ入るって決めたわけじゃ……」
多分、聞いてねえな。
サキチィちゃん、と妙なあだ名で呼ばれたのは、ひとりでスリーポイントラインからシュート練をしているショートカットの女の子だった。
(お、キレーなフォーム)
バシュッと、これがなかなかうまく決まる。
きりよく終えたところでその娘がこちらに近づいてくる。
ずいぶん小さい。多分、150もないんじゃないか。
の手を引いている、笑顔が弾ける女子とは対照的に、表情の堅い無口そうな娘である。
「はい、じゃあ自己紹介するね!あたしが部長の椎名愛梨!3年生です!しーちゃんって呼んでね!じゃあ次サキチィちゃん!」
「僕は藤崎 千咲(ふじさき ちさき)。しーちゃんにはサキチィって呼ばれてる。君と同じ1年。よろしく」
「ああ、うん。えっと、です。あだ名は……特にないなぁ」
思わずつられて自己紹介をしてしまう。
(この人3年だったのか……)
ナチュラルハイの椎名に少々押され気味だった。
「他は?後から来るの?」
まだ二人しか女子側のコートにはいない。
あの帽子のおねーさんは男バスのマネっぽいし。
は当然の質問をしたつもりだった。
「ううん!二人だけだよ!」
「は?」
「湘北高校女子バスケ部は、正真正銘二人だけです!だから新入部員鋭意募集中!ね!」
藤崎はコクリと頷いた。
とんでもないところに来てしまったかもしれない……。はそう思った。
「じゃあまずは女子部の案内をします!ついてきてください!」
「は、ハーイ……」
「はい」
の引き気味な様子をよそに、椎名はマイペースに物事をすすめる。
「ちゃーんと女子更衣室もあるんだよー!彩子ちゃんも使ってまーす!」
(誰だよ『彩子ちゃん』……)
ガチャ、と体育館を出て割とすぐ先にある一室のドアを椎名が開ける。
「あ!」
「あ」
椎名と藤崎が同時に声を上げる。
「何。え、何、この壁のシミ……」
「いやー参ったねー。さっきロッカー移動して隠したはずなのに。サキチィちゃん悪いけど、もちょっと!」
「よっこらせ」
女子更衣室の壁に黒っぽい人型のシミがある。
が、椎名と藤崎はそれをロッカーを移動することで隠蔽した。
「いや、待てよ!何しれっとロッカー移動してんだよ!つーかちょっと、何、このシミこそ移動してんじゃないの!?」
さっきの椎名の発言を考えるにそう推測するのが妥当である。
「まあまあ」
藤崎がなだめるように言う。
とんでもないところに来てしまった。はそう確信した。
「えー……、じゃあ、それ何。本棚の上にあるの。人形?」
とりあえず話を壁のシミ以外に移す。
は窓のすぐ下に位置したロータイプの本棚の上にある人形らしき物体を指した。
小さいが、随分と種類がある。
なんだか筋肉自慢っぽい男たちが妙なポーズで飾られており、が幼いころ親しんだ人形とはだいぶ違うようだった。
「ああ、それね、サキチィちゃんがゲーセンとかで集めたフィギュア!サキチィちゃんすごいんだよぉ、クレーンゲームもシューティングゲームも格闘ゲームもなんだってできちゃうんだから!」
椎名が背の低い藤崎の頭をポンポンと撫でながら自慢してくる。
藤崎は藤崎で、満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべている。
本棚の中身をよく見ると、そこにはバスケ関連の書籍もそこそこに、大量にマンガが詰められていた。
マンガを手に取り表紙を見てみると、なるほど、フィギュアとやらはこの漫画の登場人物を模して作っているらしい、とは気がついた。
「読む?僕のバイブル。おすすめだよ。ただし読むなら一部から読むんだ。三部から読むような軟弱な行為は許さないよ」
「ちょーっと絵が濃いけど面白いよ!私もようやく二部読み終えたとこなの!バスケ部入ったら好きに読んでいいからね!」
「読まねーよ」
ひょっとしてこいつら部活に遊びに来てんじゃね?と部外者にもかかわらずは心配になった。
本棚には藤崎によって持ち込まれたであろう大量のマンガ以外には、スコアブックやバスケの教本など、どこのバスケ部でもありそうなものが入っていた。
「ん、これは?」
普通のA4ノートだが分厚く、タイトルには「しょうほくノート」と書かれていて、下には大きく「SURVIVE!」と勢いの良い字で書かれていた。
「あ、それはまだダメ。関係者以外閲覧禁止です」
の手からノートが奪われる。
「ちゃんも部活に入ってくれたら読めるようになるよ!」
「どーせ大したこと書いてねーだろ……」
「しーちゃん、そろそろ集合時間だよ」
「あ、いけない!戻らなきゃ。ちゃんて今日着替えある?」
「ないっす」
見学だけのつもりだったから、着替えは持ってきてなかったのだ。
「そかそか、じゃあ、とりあえず練習見ててね」
そう言って3人共出口に向かう。
しかし、はその途中、あることに気がついてしまった。
(おい、あの壁のシミ……、ロッカーの裏側からまた這い出てるぞ……!)
過去にこの場で何があったのか、知りたくもない。
再び3人が体育館に戻ると。さっきより男子の人数が増えたのか、体育館はにわかに活気づいていたみたいだった。
いや、この元気の良さは人数のせいだけではなさそうだった。
「安西先生!チュース!!!」
「チュース!!!」
キャプテンらしき人が先陣を切って小太りのおっさんに挨拶し、それにつられるようにして他の男子たちも大声でその人に挨拶する。
「あ、安西先生だぁ!バスケ部の監督だよ!ちょっとあいさついこっか」
椎名も、『安西先生』と呼ばれる人物に駆け寄って行く。
も藤崎とともに椎名についていく。
安西は男子のキャプテンに何らかの指示を出している。
どうやら上級生対1年生で試合をするらしい。
向こうで目立つ赤い頭の男がなにか喚いているのが見えた。
その男の視線の先を辿っていくと、流川がいた。
流川は気合十分、といった様子だった。
「おはようございます安西先生!この子は新入部員の藤崎さんです!」
「おはようございます椎名くん。いつにもまして元気そうでなにより」
「はい!後輩ができたので張り切ってます!で、この子が見学者のさんです!何が何でも部活に入って欲しいので猛烈に勧誘中です!」
「そうですか、頑張ってください」
紹介されたのと同時に藤崎とは安西に軽く会釈をした。
「じゃあ、とりあえず椎名くんは藤崎くんと1on1を。男子のゲームが終わったら見ますので」
「はい!じゃあサキチィちゃん練習しよっか!ちゃんも見ててね!駄目なとことかあったら教えてほしいな」
「おっす」
いつの間にかすっかり椎名のペースに巻き込まれているだった。
白熱している男子たちの試合に背を向けて、は二人の1on1を見学する。
体格的には藤崎が不利だが果たして。
「じゃあ先にサキチィちゃんがオフェンスでどうぞ!」
「わかりました」
藤崎は姿勢を低くしてドリブルをする。
20センチほども差がある状態でこうされては、なかなかボールを奪うのは難しいだろう。
(ボールのキープは藤崎に分がありそうだな。でも点に結びつけるにはそれだけじゃダメだ)
運動量では椎名に分があるらしい。
振り切ろうと動く藤崎のオフェンスコースをしっかり消している。
身長的にも椎名が20センチほど高い。さて、どうする気なのか。
「え」
はてっきり藤崎はスリーポイントラインまで向かうかと思ったのだが。
藤崎はセンターラインとスリーポイントラインの中間辺りでシュート体勢に入り、
「うそぉ!?」
一度フェイクを入れ椎名の高さを無効化し、そのままジャンプシュートを放った。
(あのチビ、そんなところから入んのかよ……)
あの藤崎千咲という女、ただのマンガ好きというわけではなさそうだ。