男・桜木花道、この事実は墓まで持っていく所存。
06.ようこそ、湘北高校女子バスケ部 その2
オフェンスの順番が椎名に移る。
椎名は流石に上級生らしく、スピードのあるドライブで藤崎を振り切りレイアップシュート。
藤崎はどうも1on1でのディフェンスのやり方をあまりわかっていないらしい。
「藤崎さん。足さばきを意識したほうがいーよ。相手と対峙するときはサイドステップの方がいい」
「え、ああ、どうも」
が意外なまでに真面目なアドバイスをよこすので、藤崎は少々面を喰らったようだった。
その様子を見た椎名、すかさず提案をする。
「あ、じゃあまた私のオフェンスでいいかな?せっかくだからサキチィちゃんのディフェンス練習しよっか!サキチィちゃんあんまディフェンス得意じゃないもんね!」
「うん」
再びセンターラインから椎名がドリブルをする。
藤崎はサイドステップを意識して行おうとするが、かえって動きが悪くなってしまっている。足の出が遅い。
またもやあっさり椎名に抜かれてしまった。
それを見たは、再び藤崎に声をかける。
「あんまやったことない?サイドステップ」
「中学の頃はそんなに足さばきのこと言われなかったんだ。だいたいディフェンスはクロスステップでって言われてたし」
「それはゾーンの時だよ。ちょっといい?先輩、ボール無くていいからオフェンス体勢に入って」
「はーい」
椎名はに言われたとおりに対峙する。
「確かにクロスステップの藤崎さんのやり方はあってるんだけど、クロスステップは下半身からの重心移動でしょ?サイドは違う。頭をこう、」
は椎名が抜こうとする右側に頭を傾ける。
「そうすると、こう。先輩、左行こうとして」
椎名は言われたとおり逆側を抜こうとするが、ダン!との左足が進路を塞ぐ。
「おお!」
「おー」
「逆を抜かれそうになってもすぐに足が出せる、だろ?」
藤崎も、椎名ですら関心したように頷く。
「すごーい!ちゃんすごいね!わー、そういえばそれ昔安西先生に言われたことあったよぉ、すっかり忘れてたけど!」
「おいおい」
(まあ、忘れてったて言うか、この人の場合、とっくに無意識にそれができるようになってたみたいだから、『教え忘れた』だけみたいだけどね)
「じゃじゃ、サキチィちゃん今の忘れないうちにサイドステップの練習しようか!」
「うん。あ、さんアドバイスありがとう。パンツ丸見えだったよ」
「げ」
は、自分が制服だということをすっかり忘れてしまっていた。
その一連の流れを見ていた者が、二人いた。
「安西先生、あの娘、やりますね」
男子部のマネージャーの彩子が安西に話しかける。
「ほっほっほ。彩子くん、椎名くんにしばらくその調子で練習してください、と伝えておいてください。男子が終わったらその練習成果を見させてもらいます」
「はい!」
赤頭こと桜木花道が念願叶って練習試合に出ているおかげで手が空いていた彩子は、すぐに女子の方に向かった。
(男子もすごいけど、女子もなかなかの逸材が入ってきたんじゃな~い?)
などと思いながら。
「藤崎さん、まだ足の出が遅い!オフェンスは止まった以上向きを変えるしかないんだ。何も考えず逆の足を出していい」
「うん!」
がディフェンス指導をしているところに、彩子がひょっこり現れた。
「ドーモ!見学者さん。マネージャーの彩子、2年よ」
「え?あ、ドーモ」
は彩子に軽く会釈する。
「藤崎さんね……シュートは本当にすごいと思うんだけど、ディフェンスがまだまだなのよね」
藤崎のバスケについて彩子はそう評した。
「ん、そう、ですか?けっこー、やると思いますけど、あの子」
確かに、今はおとなしく足さばきの練習をしているが、多分あの子は……。
藤崎は、真剣な目で椎名の素早いドリブルを捉えていた。
「それにしても、アンタやるじゃない、見てたわよ。さすが、流川がスカウトしてきただけはあるわね」
「アヤちゃん!そうなんだよー、ちゃんすごいんだよー!なんか先生みたいなの!私なんかよりすっごくまともなアドバイスできるし」
椎名がそう言ってきて、はハッとした。
(やべ、癖でガンガン口出ししてた……)
「そーみたいっすねー!向こうで見てましたよー、安西先生あとでこっち来るみたいです、この調子で練習しとけって」
「なんか、すんません。見学なのにでしゃばって」
「ええ!?全然気にしなくていいんだよ!デキる人が出来ることをするのは義務だもん!安西先生も言ってるんだし、この調子で頼むよ!」
「うん、僕もこの足さばき、さっさとモノにしたい」
「そう、なら……いいけど」
そして、引き続きは藤崎と椎名にアドバイスを送り始めた。
しばらくして、男子の試合が終わったらしい。
さすがに新入生たちは勝てなかったらしく、は男子の方を見ていたら流川と目があった。
(あ、なんかクヤシソー)
その近くでは、なぜかゴリラのような主将らしき人が、赤頭にヘッドロックをかけている。
赤頭は「だからわざとじゃねーって!」と何か弁明をしている。
「まったく!彩子!こいつに引き続き基礎を教えてやれ!」
「ハーイ!桜木花道!せっかくだからこっち来なさいよ。先輩、ちょっとこの子借りてっていいですか?」
「はーい、いいよいいよー」
「えっ」
「まあいいから来なさいって。あの赤頭、ちょっと問題児なのよ」
は彩子に手を引かれるままに、体育館の隅で小さくなっている(といってもデカイが)赤頭のところに向かった。
「ですからー、天才にこれ以上ドリブルだなんだのジミーな基礎は必要ないんでありましてー」
そう言いながら、彼は男子たちが3on3練習を始めたコートを羨ましげに見ている。
確かに、桜木花道にとって今の状況は大変面白くないだろう。
試合の後、自分だけ女子のコートに呼び出されて、基礎練、だなんて。
「紹介するわ、桜木花道。この子、さん。あの流川が注目する有力選手よ」
「え」
「ム、ルカワ!?」
多分そんなことはないと思われるが、単純そうな彼には有効な一言だったらしい。
「この女子のどこが……」とのことをくまなく見つめてくる。
「どうもこの子は基礎練が嫌いみたいなの。なのに試合でスラムダンク決めるんだーって張りきっちゃってて……。初心者なのにね。さん、なんとかしてあげれる?」
「はあ……」
まあ、華やかなプレイに憧れる者は多い。
でもそういうスーパープレイに憧れることは自身のモチベーションにも繋がるから、地味で堅実なプレイを好む選手より、派手なパフォーマンスを見せる選手のほうがも好きだった。
もっとも、その派手なパフォーマンスを見せる選手だって、地味で堅実なプレイもできるし基礎を積んでいるのだが。
「わかりました。ボールください」
この赤頭は、そのことをあまり理解していなさそうだった。
「さぁて、楽しいドリブルの時間だ。見てな桜木くん」
「ドリブルなんて楽しくないっすよ」的な顔をしている赤頭こと桜木花道に対しては挑発的な笑みを浮かべる。
「桜木くん、ちょっとサイドラインに立って」
「ヌ?サイドライン?」
「そこよ、その一番端っこの線」
なんと、彼はサイドラインもわからないらしい。
彩子がサポートすることで、彼はサイドラインに立った。
椎名と藤崎は現在ハーフコートしか利用してないので、邪魔にはならないだろう。
「じゃ、アタシは今からアンタの脇をドリブルで抜くから、アンタはアタシからボールを奪ってみろ」
「フン、そんなことでいーんすか?」
桜木は自信満々、と言った風だ。
「やれるなら」
は一、二度ふつうの体勢でドリブルをついた後、一瞬で加速する。
しかし、そのスピードの切替に動じるような桜木ではない。
まっすぐこちらにドライブしてくるを迎え撃とうとする。
「奪る!」
が桜木の脇をすり抜けるその直前、の制服のスカートがフワッと浮いた。
桜木の手は空を切り、の金色のポニーテールを掠めた。
「な、にぃぃぃ!?」
桜木には、一瞬が消えたように思えた。
だが振り向くとはそのままドリブルしたまま自分の後ろを走り抜けていっただけであった。
立ち止まり、は振り向きざまに言った。
「どぉ?カッコいいでしょ、アタシのドリブル」
何が起きたんだ、と口をパクパクする桜木には解説を始める。
二、三度ドリブルをつき、今度はその場で先ほどと同じくらい急激に腰を落とす。
「なっ、ヒ、ヒザが床に」
「ついてないよ」
はヒザが床に着くんじゃないかというくらいギリギリまで腰を落とし、更に前傾姿勢のままで、かなり低い位置でのドリブルを続ける。
「桜木くんとすれ違うときにこの姿勢になって、それで、こう」
こう、と言いながらは屈伸のバネを利用して立ち上がりながら走り抜ける。
もちろん、ドリブルの速さも維持しつつ、だ。
はドリブルしたボールをそのままワンバウンドさせて、桜木の手元に正確に返した。
「やってみな。まずはしゃがんだままでドリブルしてみて。割とそれもキツイから」
「ぐうう……」
今度は大人しくドリブルを始める桜木。
彼なりになにか思うところがあったのだろうか。
「ああ、いきなり前傾姿勢はキツイからやめときな……って」
今度は、が驚く番となった。
(うそ、もうあの姿勢が保ててる……)
ただ、前傾姿勢でしゃがみ続けることができているだけで、ドリブル技術はまだまだのようだが。
ポロッとボールをこぼすと彩子がすかさず拾い、桜木にドリブルを続けさせる。
その様子を見ていたら彩子と目が合い、
「サンキュ」
と、ウインクをされた。