「お願い!部活に入ってよちゃん!あなたがいないと私達二人だけなの!」

「アタシがいても足んないじゃん」

「大丈夫!私とサキチィちゃんが二人分頑張るから、ちゃんは一人分頑張って!」

(全くアテにされてねーなアタシ)



07.ようこそ、湘北高校女子バスケ部 その3




 が女子の方に戻ると、例の『安西先生』が女子の様子を見に来たところらしかった。

「えーーー!!女子も練習試合できるんですか!?」
「一応、顧問の先生とはそういう話になってますよ」
「やったね!サキチィちゃん!試合ができるよ!」

椎名がそのままキラリ、とした目でを見る。
は思わず「うっ」となった。
ああいう目には、弱い。
案の定、

「お願い!部活に入ってよちゃん!あなたがいないと私達二人だけなの!」

と、懇願するように椎名は言ってきた。
そんなこと言われても、と思う。
としても、確かにこの人らとバスケするのはなかなか楽しいことがわかったが、部活に入る気はさらさらない。
いや、仮に部活に入って、試合ができたとしても……。

(もう、勝ったって意味、ないし)

その言葉を胸にしまい、は根本的な問題を指摘する。

「アタシがいても足んないじゃん」

と。
そう、ルールを確認するが、バスケットボールとは本来5人でやるスポーツである。
仮にが入部したところで、二人足りない。
その辺のことはどう思ってるのだろうか。
だが椎名はあっけらかんと

「大丈夫!私とサキチィちゃんが二人分頑張るから、ちゃんは一人分頑張って!」

と親指をグッと立ててアピールしてきた。
気のせいか藤崎までノリノリである。

(全くアテにされてねーなアタシ)

それはそれでちょっと寂しいのがオトメゴコロというものであった。

「じゃあ、ちょっと練習成果を見せてください」

安西の言葉に反応し、「はーい!」と元気よく返事をした椎名は、藤崎とともにセンターラインに向かう。

ジャンケンで決めた先攻は藤崎になったらしく、ボールが藤崎に渡される。
藤崎のシュートレンジの広さを警戒した椎名は、サイドステップをうまく使いなかなか前に進ませない。
追いつめられた藤崎は得意のシュートを放とうとするが、放つ直前で椎名にボールを弾かれ、奪われてしまう。

「!」

付け焼き刃のサイドステップでどこまで藤崎が椎名を止められるか。

「ほう、なかなか……」

練習の甲斐あってか、短期間でも割とサマになっていたらしく、藤崎のディフェンスに安西が関心したように声を上げた。

攻めあぐねた椎名のドリブルの音が響く。

(今だ!)

が心のなかでタイミングを読んだ、まさにそれと同時に

「ムチャはやめなさい桜木花道!!」

「ぐわああああああああ!!!」

「え」

なぜか、コートの隅で大人しくドリブルをしていたはずの桜木花道がめがけて突進してきた。
ドタン、バタン、ゴン!!、と。
は為す術もなく桜木の突進を食らってしまった。

ちゃあああん!!!!」

椎名と藤崎が駆け寄ってくる。
桜木はひたすら彩子に怒られてひたすらタジタジしているだけだ。

「あ、すごい、目を開けたまま気を失ってる!」
「スペランカー

は、己でもよくわからないままに失神した。



「まったく、アンタは今日1日角でドリブルしてなさい!」
「ッス……」

流石に女子を怪我させたとなっては、桜木花道もしょぼくれている。
彩子は伸びてしまったの介抱をしてあげていた。

「見学者に怪我させるなんて……。安西先生は大丈夫でしたか?」

再開した椎名と藤崎の1on1を見守っている安西に声をかける。

「まあ、なんとか」

さっき、なぜ桜木がに突進する羽目になったのか。
しゃがみ込み前傾姿勢でのドリブルがそこそこ出来るようになったころ、桜木は無謀にも先ほどが見せたドライブを自分も真似しようとしたのだ。
彩子は止めたのだが、サイドライン上に走り抜ける桜木。
しゃがむところまでは上手く行ったのだが、問題はその後だった。
ポロリとボールをこぼしてしまった桜木は、そのボールに気を取られ、前を見ていなかった。
だが、前を見ていなくても桜木の体は前進してしまう。
立ち上がった時の屈伸運動のバネにより。
それが自分でも予想以上のスピードだったのだろう。
バランスを崩したままセンターラインのサイドコートにいた安西とにそのまま突っ込んでしまったのだ。

、大丈夫すか」

3on3を終えたらしい流川が珍しく声をかけてくる。
彩子はこの二人の間に何があったのかは知らないが、いつの間にか流川のほうが本気で彼女をバスケ部に入れたがっているのはわかっていた。
最初は適当に声をかけただけだったらしいのに、意外な展開である。

「桜木花道の突進をまともに受けちゃってね。キツーク叱っておいたからあとで喧嘩しないように」
「………………ウス」

随分間があった。

「……い、……だ……きが……ら…………」

その時、眠っていたが、口を開き何事か言っていることに彩子は気がついた。

「うん?あれ、起きた?」

彩子はのつぶやきの内容を聞き取るため、耳を口元に近づけた。

「ダメ……先輩……藤崎が……狙ってる……。ボール、奪られる……」
「え!?」

彩子は驚いた。なぜなら、いま、彼女は見てもいないのに椎名と藤崎の現在の状況を言い当て、そして。

――バシッ!

藤崎がスティールを成功したことにより、今後の戦況すら読むことに成功していたのだから。



いてぇ。なんだあの赤頭……。なんか、昔……どっかでこんなことあったぞ……。

――ダン!ダン!ダン!

踏切の音。電車の音。赤い夕焼け。赤い……これはいつの記憶だろうか。

ダメだ……思い出せない。……ダメだ……。

――ダン!ダン!ダン!

ボールが床にたたきつけられ跳ね返る音を聞きながら、は徐々に意識を取り戻していった。

…………ダメだ!

(ダメだ。さっきからドリブルのリズムが一定だ。このドリブルは先輩の悪い癖だ。それに藤崎は気づいている。藤崎はサイドステップを教わる前、明らかにスティールを狙っていた!)

このことを教えてやりたいが思うように体が動かない。
あれ、そういえばアタシなんで倒れてたんだっけ?
色々な考えがぐるぐる巡る。
この人は誰だ?
は誰かが自分の言葉に耳を傾けようとしていることに気づいた。

「ダメ……先輩……藤崎が……狙ってる……。ボール、奪られる……」

なんとかそれだけを伝えて、は痛む頭を抑えながらゆっくりと起き上がる。

――バシッ!

(あ)

結局、のアドバイスは届かず、椎名は藤崎にボールをスティールされてしまったようだが。

「大丈夫?本当ごめんなさいね。あのバカも反省して今はおとなしくしてるわ」
「あー……別に平気っす……」
「でも、アンタすごいじゃない。どうして何も見ずに椎名先輩と藤崎さんの状況を言い当てられたの?」
「ああ、それは……」

彩子との一連の会話を近くで聞いていた安西は、ニコリと笑って言った。

「ドリブルで一番大切なのはリズムです。自分のリズムを把握し、相手のリズムを把握できれば抜き去ることは容易い」

安西は思う。

(彼女がいま、何も見ずに展開を言い当てたのは、そういうことだ。彼女は『音』だけで状況判断ができたんだ)

「あとは今のリズムを藤崎くんがどこまで意識して動けていたか…ですね。これがわかるようになればディフェンスが格段に上達するでしょう」

女子の新入部員も、悪くない。そう言いたげな安西だった。



 しばらくして、昼休憩に入った。
部員たちは各自昼ごはんを持ってきているみたいだった。
しかしはそんな物を用意していなかった。
まあ別に抜いてもいいか、と思っていたところ、

「やる」

と、昨日に引き続き、何故か流川楓にお弁当を渡された。

「へ?なんで?」
「なんも持ってきてねーだろ、どーせ」
「まあ、そうだけど……。なんでアンタが?」
「今日誘ったの、オレだからな。いちおー」

よくわからないところで律儀なやつである。

「あ、ありがとう……」
「どーいたしまして」
ちゃーん!お弁当一緒に食べよう!あ、流川くんも良かったら一緒にどうぞ」
「別にいっす。じゃ」

椎名の誘いを断り、流川は体育館の外へ消えた。
どこか他の場所で食べるつもりだろう。
もしかしたら気を使われたのかもしれない。

「じゃあ部室で食べよっか。ソファもテーブルもあるの!女子更衣室の特権!」

は椎名に連れられて、再び更衣室に戻った。



 更衣室で3人でお弁当を広げる。
のお弁当の中身はおそらく流川と同じだろう、唐揚げと焼きそばとご飯と卵焼きとポテトサラダとコロッケ(いずれもビッグサイズ)という、大変ボリューミーなことになっていた。

「おー、ちゃんよく食べるねー!まあおっきいもんね!身長いくつ?」
「172。バスケ部にしてはそんな高くないっしょ」
「いやー、私に比べたら十分だよ~。160しかないし~。サキチィちゃんは?」
「145」

それであのロングレンジのシュートが打てるのか。とはまた驚いた。
試しに藤崎のお弁当箱を覗いてみたら。四角い弁当箱いっぱいの白米と、中心に梅干し1つという大変男らしいことになっていた。
は大量にある唐揚げとコロッケを1つ藤崎のお弁当に移動させた。

「食え。大きくなれよ」
「うん。大きくなる」

藤崎は大きくなることに意欲的だった。

「よーし、サキチィちゃんいい子だから私もあげちゃう!」

そう言って、椎名も藤崎におかずを分け与える。

「ありがとうしーちゃん」
「そういえばさ、男子と違って女子は結構上下カンケーとか厳しくなさそうだよね。あだ名で呼んでるし」

は午前中から感じていたことを伝えた。

「まーねー。昔は多少あったんだけど、なんせ二人だからさー。そんなに威張り散らしてもねー。お山の大将?」
「確かに」
「ただね、新入部員のニックネームは先輩が決めるってルールはあるよ。私の『しーちゃん』ってのも先輩が決めてくれたの!コートネームってやつ!だから、ちゃんも入ってくれたら私が決めてあげるからね!」
「別にいいよ……」

入んねーし。とは言わなかった。
ルールらしいルールのないこの部活において、「お互いをコートネームで呼ぶ」というのが唯一の決まりらしかった。

(『サキチィ』……?ああ、「ふじ『さきち』さき」、か)

単純に、本人が小さい、ということにも掛かってるらしかった。

「えー、もうちゃんと候補決めてあるんだよー」
「僕は『スペランカー』がいいと思う。先生っぽいところもスペランカー先生っぽくて」
「ええーそんなの可愛くないよぅ!」
(『スペランカー先生』って誰だ)
「実はもうね、決めてあるの!知りたい?」
「興味ねー」
「発表します!」

椎名は無視して続けた。

「『ちゃん』!!……ダメ?」

――ちゃん!バスケ頑張ってね!私、応援してるから!

それは偶然にも、がかつて失った響きだった。
思わず箸を落としてしまう

「そーゆーの……いいから、ほんと……」
「ご、ごめんね、嫌だった?」

の様子がおかしいことに気づき、狼狽える椎名。

「そうじゃなくて!……ごめん、箸、洗ってくる」

落とした箸を拾い、部室を出て行く
取り残された椎名と藤崎は、の急激な変化に戸惑うばかりだった。

「ど、どうしようサキチィちゃん!私、なんか失敗したかなぁ」
「しーちゃんは悪くないよ。……多分」



 しまった。と思う。
動揺してしまった。上手く感情のコントロールが出来ない。
やっぱりアタシに部活入るなんて無理なんだ。ましてやバスケ部なんて。
手洗い場で箸を洗いながらは自己嫌悪に陥っていた。
どうして自分は優しい人を傷つけることでしか自分を守れないんだろう、と。

「……、ちゃん?」

呼びかけられて、肩がビクリと震える。
振り返らなくてもわかる。だが振り向かずにはいられなかった。
その声の主は。

「赤木……晴子……」

今、一番会いたくない人物のひとりだった。
なんでここに、彼女も同じ学校だったのか。
は箸を握りしめこの場から離れようとする。

ちゃん!待って!バスケ部、入るの?もしそうならあたし……!」

「入んないよ!!」

の大声に驚いたように晴子がビクッとした。

(最低だ……アタシ……)

「ごめん、帰る。先輩たちにも伝えといて」

逃げだとはわかっている。でも逃げずにはいられなかった。

は晴子の呼び止める声も聞かずに、体育館においていた中身の入っていない通学カバンを拾い、飛び出していった。