「流川く~ん!ごめんね~、せっかく誘ってくれたのに、私、ちゃんのこと怒らせちゃったみたい~!」

昼休憩が終わってから、はどこにもいなかった。
しばらく探していたら、3年の椎名にそう言われた。
なんでも昼飯食ってたら突然飛び出していってしまったらしい。

(なんでだよ。あんなに楽しそーにやってたじゃねぇか)

椎名は「やっぱり壁のシミがいけないのかな、食欲が失せたのかなぁ?それともやっぱり私のネーミングセンス!?」などといろいろと原因を考えている。

「大丈夫っす。多分、先輩は悪くねー」

悪いのは多分、あのアホ女だ。

「うー。それにね、ちゃんのお弁当美味しそうだったから、サキチィちゃんと一緒に残り食べちゃったの、ゴメンネ!」
「……そっすか」



08.おいしい生活




 午後練終了後。流川がまたと出会ったコートに向かうと、やはりはそこにいた。
コイツは着替えも教科書も持っていなくても、ボールだけは必ずバッグに詰め込んでいる。
またしても黙々とシュート練を続けるに苛立ち、流川は容赦なく自分の持っているボールをにぶつけた。

「痛っ!何すんだよ!」

跳ね返ったボールを拾い、またぶつける。

「ちょ、ちょっとマジでなんだよ!?」
「ウルセー」

心配させやがって。

「部活、入れよ」
「……ムリ」
「なんでだ。随分楽しそうだったじゃねーか」

少なくとも、こんなところでひとりでバスケしてるよりかは。
もう一度ぶつけてやろーかと思い投げると、今度は流石にキャッチされた。

「……キャプテンから聞いた。キャプテンの妹と、中学の時同じチームだったんだってな」

はその話題を出すと、一瞬ビクリと肩を震わせた。

「随分頑張ってたらしーじゃねーか」
「……そうだね。頑張ってたよ。今思うとバカみたいだ」

はそれだけ言うと、突然その場に座りこんでしまった。
流川から投げられたボールを抱え込みながら。

「おい」
「あーあ、なんであんなに頑張ってたんだろ」

声のトーンは明るかったが、無理をして出したのだろう、震えていた。
そのまま、はうずくまって一言も発さなかった。
流川も本当は少し練習したかったからボールを返して欲しかったのだが……。
言えそうにもない雰囲気だったので、黙っていた。



「椎名、その、のことなんだが……」

椎名に謝られたあと、キャプテンが椎名に話しかけてきた。

「知ってるんすか、のこと」

少し驚いたので、キャプテンに尋ねた。

「ああ、知っているというか……。晴子と、あいつは中学のチームメイトだったんだ。晴子の試合を何度か見に行ったからな。は間違いなくエースだった」

エース。
確かに、の実力を考えればそう呼ばれても不思議じゃない。
だが。
キャプテンは続けてこう言った。

「椎名、のことは諦めたほうがいいかもしれん」

と。
「えーなんでなんでぇ!?」と喚く椎名にキャプテンはため息を付きながら「これはあくまでも噂というか……、晴子の推測の域を出ないんだが……」と続けた。
当然のように一緒に聞こうとしていた流川は、赤木に「すまないが席を外してくれ」と言われてしまい、結局聞けずじまいだった。



 結局、今の流川にわかるのは、「コイツには何かメンドクセー事情があって、そのメンドクセー事情のせいでバスケ部に入れない」ということだけだった。
あたりもすっかり暗くなり、冷えてきた。
普段はバスケをしているから気にならないが、今はふたりともダンゴムシのようにじっとしているのでその寒さが若干堪える。

「練習しねーなら、もう帰るぞ」

もう2時間以上もそうしているにしびれを切らして、流川は声をかけた。
だが、は首を横に振るだけだ。

「本当は別に、バスケの練習がしたいわけじゃない」

がポツリといった。

「時間潰せれば何でもいいの。でもアタシにはバスケしかなかったから……」

「……そうか」

相変わらず、よくわからないことを言う。
だったらなおさら部活に入ればいいじゃねーか。時間潰せるし健全だし一石二鳥だ。

「……飯、持ってくる」

流川は立ち上がり、昨日のように親に何か食べ物を貰ってこようとした。

「どうして?」

は顔をようやく上げ、流川を見つめてくる。

「どうして、そんなに親切なの?」

聞かれても、流川自身にもわからない。
とにかく、コイツを、コイツのバスケを失ってはならない。
そんな気がするのだ。

「アタシね、昔、アンタみたいに優しくしてくれる人がそばに居てくれたよ。でもね、裏切ったんだ、アタシ。その人のこと。アタシはそういう人間なんだよ。だから……」
「オレはテメーが何しようと、テメーに裏切られたとは思わねぇ」

の言葉を遮って、流川は続けた。

「まだテメーのことを信用してねーからだ。そもそも。だから、部活から勝手に帰られよーが、授業サボってよーがなんとも思わねー。好きにしろ。オレも、好きにする」

は流川のあまりの言い草に苦笑いを浮かべている。だが、

「そーゆーの、ゴーマンってゆーんだよ」

苦笑いでも笑ってることには違いなかった。



 その日は結局いつものように深夜までバスケして、その翌朝。

「オハヨー」
「おう」
「昨日弁当の箸返し忘れちゃってた。悪いね」

教室の自分の席で寝ていたら、珍しく朝から教室に来たが、昨日渡した弁当の付属品の箸を寄越してきた。
そういえばおふくろが箸がないとかなんとか言ってた気がする。

「おう。……これ、やる」
「え、いいの?」

箸を受け取った後、流川は箸をバッグにしまうと同時に新たな弁当箱を取り出した。

「どーせロクナモン食ってねーだろ」
「流川、アタシの飼育係にでもなったの?」

確かに、的確な表現である。

「どっちかつーと、餌付け?」
「ふーん。でも、アタシそんなことされてもバスケ部入んないよ」
「好きにしろ」

別にもう、バスケ部に入れたくて親切にしてるわけじゃない。
それに、

(コイツはゼッテーバスケ部に入る、気がする)

なんとなく、そんな確信があった。