「試合では全然入んなかったんだ、3P。『あんだけ練習したのになんでー!?』て感じ」
「ワカル。オレもそーゆーのあった」
「中学の時は一回だけだったな、公式戦で入れられたの」

と夕飯を一緒に食うようになってから、既に5日経っていた。



09.流川くん、家出少女を拾う。




 部活終わって家に寄って着替えて飯もらってのいるコートに行く。
これが今の流川の放課後の過ごし方だった。
おふくろも今じゃ当たり前のように飯を二人分用意しといてくれる。
息子の帰りがあまりにも遅いことを心配しているようだったが、「まあ男の子だし、高校生だしね」と一応は快く送り出してくれている。
一緒にバスケをしてる奴が女だと知ったら、どういう反応をするだろうか。
で朝は流川から弁当を受け取り、昼が終わったら空箱を返し、夜は流川の到着を待つ、という生活に慣れてきたようだった。
きちんととはまだ言えないが、飯を食うようになったおかげで、あいつは保健室に行くことが格段に少なくなっていた。
やはりあの体調不良は栄養失調からくるものだったのだろう。
そうするとますます気になってくるのが、が流川に出会うまで、どこでどうやって過ごしていたかである。
まあは妙に人懐っこいところがあるから、誰かにおごってもらったり何なりで凌いできたのだろうとは思うが。

(親とか何も言わねーのか)

が見学に来た日曜以降、椎名からの名前を聞かなくなった。
キャプテンから何か聞かされたのが原因だろう。
ああ見えて椎名は大人だ。
を部活に勧誘することを諦めたのかもしれない。
肝心のはというと、あの日以来少し流川に心を許すようになったのか。
意外と、普通に中学時代のバスケ部での話で盛り上がったりもした。
流川も、バスケの話題をとするのはそれなりに楽しかった。

「でもさ、結局上腕三頭筋だよ。あれ鍛えてからシュート入るようになったし足も早くなったもん」

は手羽先の唐揚げをつまみながら腕の筋肉についてを語る。

「オレはそこまで考えてなかったけど、中学の頃から練習で7号使ってた」
「あーだから慣れてんだね」

は見た目にはケバいし金髪で完全なバカギャルなのだが、バスケの知識は意外と豊富なようだった。
飯を食い終わったら2人でバスケの練習を続けた。
そしてが「そろそろ帰る」と言い出したら流川が自転車での家まで送る。
流川はあの日以来、に中学時代何があったのかは聞かなかったし、も語ることはなかった。
それが、2人の暗黙のルールだった。



 そんな生活が続いた、6日目の夜だった。
陵南高校との練習試合に向けてキャプテンの気合もいよいよ高まり、練習が普段より長引いた。
流川はいつもより少し遅れてのいるコートに向かった、そんな日だった。

「離せっ!このバカ!」

流川が入り口に自転車を置いたところで、の悲鳴が聞こえた。
驚いて自転車の荷物も鍵も放置してコートに入ると、が男3人に腕を捕まれ取り囲まれていた。

「おいおい、そんな口の聞き方ないんじゃねぇの~」
「オレたち前からキミと遊びたかったんだよねー。いつもの彼氏今日はいねぇの?振られちゃった?」
「だから声かけたんだけどな。はははは!」

いつも勝ち気なだが、流石に男にこうも取り囲まれては怯え、青褪めている。

「なあ、もっとタノシーコトしよーぜ。玉入れ遊びなんかじゃなくてよ」

男のひとりがのボールを放り投げる。

「あっ!いたっ、離せよっ!」

は慌ててボールを取り返そうと暴れるが、男の力には敵わない。
その時だった。

「あ?なんだてめっぐあっ!」

男のひとりが、突然悲痛な声を上げて倒れる。
顔を手で抑えているが、鼻血が垂れている。
その男の前には、更に一回り大きそうな男が立っていた。

「る、流川っ」

が今にも泣き出しそうな声を上げる。

「ワリィ、遅くなった」
「何だテメェ!舐めやがって!」

もう一人の男が流川に飛びかかるも、流川の敵ではなかったようだ。
流川は長い足で男の腹にローキックをお見舞いし、蹴られた男は腹を抑えてうずくまった。

「なにしやがんだガキ!」

先ほどまでの腕を掴んでいた男が流川に振りかぶるも、それよりも流川のパンチのほうが早かった。
容赦なく鼻をめがけてパンチを炸裂させた流川は、に声をかける。

「逃げるぞ!」
「う、うん!」

も素早くベンチに置いたカバンと投げ捨てられたボールを拾い、流川に腕を引っ張られながら走る。

「テメェらふざけんな!待ちやがれ!」

復活したらしい男の声がしたがそのままコートから出て行く2人。
荷物も鍵もそのままにしたのは正解だった。
流川はを後ろに乗せ、自転車で逃走した。
『この辺ガラの悪い連中もうろついてるし』。
そういえば前、大学生の一人がそう言っていた。と流川は思い出した。



 怖かったのだろう。の抱きついてくる力がいつもよりだいぶ強い。
ずっと黙りこくっていて、その体はかすかに震えていた。

「だから言っただろ。変なことしてねーでさっさと帰れって」

は、更に強く抱きついてきた。
流川の背中に、少し湿った感触がする。
どうやら泣いてるらしい。
流川は、
(テメェ、人をティッシュ代わりにすんな)
とも思ったし、
(抱きつかれてもコレって、コイツ全然胸ねーな)
とも思った。

「今日はもう帰れ。あと、しばらくあそこには行くな」

は、首を縦にも横にも振らなかった。



 自転車を走らせ、踏切の前のマンションに着く。

「今日は、ごめん。ありがとう」

は泣き腫らした目でそう言った。

「別に」

いつもよりだいぶ早い時間だったが、はおとなしく家に帰ることにしたらしい。
それなら安心できる。と、流川も早々に帰宅した。



 家に帰り、「トラブルが合っていつものコート使えなかった」と母親に告げ、家で食事を済ませた流川は、いつもよりだいぶ早い11時に寝床についた。
が、

(寝れん)

に合わせていつも2時頃に眠るようになってしまった流川の目は冴えてしまっていた。
それと、もう一つ……。

(あいつ、本当に家に帰ったんだろーな)

何故か、嫌な予感がする。
取り越し苦労ならそれでもいい、少し見てくるだけだ。
そう思いながら流川はスウェットからトレーナーに着替えた。

(オレは、あのアホ女を見捨てねー)

そう決めてしまったから。



(さすがにコートにはいねぇ、か)

あの男たちももう誰も居ない。
だがああいう奴らは意外と執念深い。
今回高校生相手に全滅させられたことで、無駄にに執着してくるかもしれない。
いっそ逃げ出さず再起不能にしてやればよかったか、と思ったが、あの時引っ張ったの手が震えていたのを思い出し、再起不能にするのはまた今度でいい、と思った。



 そしては。



 流川が念のため、と誰に言い訳するでもなく確認しに行った、あのの家のマンションの前の踏切に、いた。
ただ独りで、立っていた。

――カン!カン!カン!カン!カン!カン!
――ガタン!ガタン!ガタン!ガタン!ガタン!

踏切と電車の轟音が響く。
まさか、まさかあいつ。

この瞬間、は流川楓の中で「アホ女」から「どあほう女」へと格下げされた。

っ!!!」

流川は全速力で自転車を走らせ、の元へ行く。
は驚いたように振り返った。
その瞳からは、涙が流れっぱなしだった。

「る、かわ。なんで」
「オメーこそなんでここにいる。帰るんじゃなかったのか」

自転車に跨ったまま、流川はのすぐ隣に立った。

「どうしたの流川。すごい、怖い顔してる」
「どあほう。当たり前だ」

こっちは、お前があのまま電車に飛び込むかと思ったんだ。
人の気も知らねーで。クソ、なんでまたコイツは泣いてるんだ。

「死ぬ気なのかと思った」

流川がそう告げると、は無理に笑顔を作って言った。

「どうして?別に、死ぬわけ無いじゃん……。アンタに、こんなに親切にしてもらってるのに……」

は俯いて続けた。

「アタシね、ダメなんだ。本当に。よくね、人にそういう怖い顔させちゃうの。優しい人ほど、アタシ、そういう顔させちゃうんだ。そういうのが嫌でバスケ部やめたのに、変なの。おかしいなぁ、なんにも、なんにも、かわって、ないよぉっ!」

それだけ言うと、はとうとうしゃくりを上げて泣き出した。

「おい」

とりあえず眺めてるだけというのもアレだったので、流川は自転車を置いての細い肩を掴んで抱き寄せるようにした。
はますますヒートアップして泣き出し、流川はもうわけのわからないままにの背中をとりあえず擦っていた。

「家、帰らねーのか」
「無理、無理だよ。もう……、あの家には帰れない」
「なんで」

は、グズグズ泣いてるくせに押し黙った。
事情は話したくないらしい。
ほんの数時間前、男に取り囲まれて襲われそうになったというのに、コイツはそれでも家に帰りたくないのか。

「鍵なんて……最初からどこにもなかったのに……、どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだろ……バカみたい」

はしばらく泣いて、そうつぶやいた。
流川はそんなを見て、もう少し泣き止むのを待った後、自転車のスタンドを解除して、言った。

「乗れ」

なんでか知んねーけどコイツは家の鍵をなくして、帰れなくなっちまったらしい。

「……乗ってどーすんのよ……」

は泣き疲れたように声を絞り出した。
家まで送ってもらったって意味ないんだよ、と言わんばかりに。
それに対して流川は、

「お前んちじゃねー、オレんちに行く」

と、事も無げに答えた。

「へ」
「早く乗れ。ねみー」
「どうして、」
「帰る場所ねーんだろ。その代わり、部活入れよ」

コイツの家に帰れない理由と、部活に入れない理由は多分、一緒だ。
だから。

「……まあ、なんとかなるだろ」

姉貴も高校の頃、よく家出したダチを泊めていた。
……流石に異性を泊めたことは無かったとは思うが。
はしばらく迷ったが、結局乗るしかないようだった。

「ごめん、流川、ありがとう……」

数時間前に家に送った時と同じか、それ以上の強さでは流川の背中にしがみつく。

「別に……」

やっぱりコイツほせーな。
とりあえず、メシをいっぱい食わせてやろうと思った。



「コイツ、いつもバスケしてたやつ。しばらく泊まる」

おふくろを起こして簡潔に説明したら、親父も目を覚ましておふくろと一緒に目を白黒させた。

「泊まるって……女の子じゃない……」
「姉貴だってよく家出した女泊めてただろ」
「それとこれとは違うでしょ……!お姉ちゃんはお友達泊めてただけなんだから」
「コイツだって、トモダチ、だ」

詭弁だが、事実だった。
おふくろは釈然としない様子だったが、流石に夜中の一時過ぎに家から女を追い出すようなマネはできないらしく、「お兄ちゃんの部屋貸してあげなさい」とだけ言って、また眠りについた。

「ね、ねえ、ホントにいいの?流川」
「別に。兄貴はもう独り立ちしてるから部屋は余ってる」

そう言って不安そうなを2階に連れて行き、

「ココが兄貴の部屋、オレの部屋は隣、向かいが姉貴の部屋。間違えんなよ。姉貴ウルセーから。風呂場は1階、トイレはその隣。今日はもう風呂入って寝ろ」

と、とりあえず必要なとこだけ説明した。
一度、が今後寝泊まりすることになる部屋に案内し、荷物を置かせ、今度は一階の脱衣所に案内する。

「タオルこれ使え」

綺麗にたたまれてあるバスタオルを流川は投げて寄越した。

「洗濯するモンはこのカゴに入れとけ。着替えは……姉貴に聞いてくる。先風呂入ってろ」

それだけ言って、流川は脱衣所の扉を閉めた。

一人残された

「アタシ、マジでここに住むの?」

と、扉に向かって呟いた。