「……オハヨーゴザイマス……。あの、おねーさん、着替え、ありがとうございました」
「いいよ、買ったけど一回も使ってない奴だったから。サイズ合ってた?」
「……胸以外は」
、朝から屈辱を味わう。
10.3人目
朝、目が覚めたら全く違う自分になっていたらいいのに。
はよくそう考えて眠りにつき、朝の陽射しとともに当たり前のように自分が自分である事実に絶望する。
学校に行っても結局保健室登校で。
何をしてても居場所がなくて。
でも、そんな自分を変える力もなくて。
自分はこのまんまなんとなく生きて死ぬんだろーなーなんて思っていた。
そんな毎日だった。
(やばい、ここどこだ)
願望通り、本当に自分は見知らぬ他人へと生まれ変わってしまったのだろうか。
(あ、ちげぇ、ここ、流川んちだ)
昨日、成り行きで家出したんだった。
確か、この部屋は流川のオニーサンの部屋。の割に、妙に女の子っぽいのはなぜだろう。
流川の兄は見たことないが、意外とそういう趣味の人なのかもしれない。
とりあえず、起きなければ。
リビングに行くと、流川以外の流川家の人々がテーブルを囲んでいた。(日本語ってむずかしい)
「あら、おはよう。ええっと、ちゃん、でいいのよね?」
流川のおかーさんらしき人がテーブルで炊飯器からご飯をよそっている。
おねーさんやおとーさんが既にお茶碗を持っているあたり、の分らしかった。
「おはよー。マジで女の子だ。よくあの楓が女連れてきたよね」
流川のおねーさんらしき人がのことをまじまじと見ながら感想を述べる。
「……オハヨーゴザイマス……。あの、おねーさん、着替え、ありがとうございました」
が今身に着けている服は、すべてこの人から借りたものだと聞いた。
「いいよ、買ったけど一回も使ってない奴だったから。サイズ合ってた?」
おねーさんも流川に似てスラっと背の高いモデル体型だ。
だから女子にしては背の高めのにもぴったりだった。
唯一、
「……胸以外は」
誰にも聞こえない声ではそういった。
「うわ、てかあなた細っ。うらやましー」
「ちゃん、この席どうぞ。コーヒーとオレンジジュースどっちがいい?」
「……オレンジジュースでお願いします。あの、るか……楓くんは」
さっきから見当たらない。
流石に友人の家族の食卓に友人抜きで居座れるほどの神経は太くないのだが。
そもそもにおいて、自分はそこまで流川とも親しくない。
「あら、聞いてなかった?あの子もう朝練行っちゃたのよ。最近はあなたと夜練習すること多かったみたいだけど、基本は朝型だから。あの子」
そうだったのか。
知らなかった。
確かに、いつも彼は12時過ぎると眠そうだったし、事実、自転車漕ぎながら寝てたこともあった。
あれには度肝を抜かれた。
(無理して付き合ってくれてたんだ)
きっとそう言ったら、いつものように「別に」って返されるのだろうけど。
「あの、でも、アタシ、本当にいいんですか?」
いつまでとかも特に決まっているわけでもないのに、勝手に家に上がり込んで。
そう言ったら、流川のおねーさんがこう返した。
「あー、いーのいーの。うちんちこーゆーの多いから。最長誰だっけ?ユミコ?あいつ結局2年の終わりから卒業してシューショクするまでウチいたもんね」
「そうよねー。懐かしいわあ。ユミコちゃん元気にしてる?」
「今カレシと同棲中だって。ちゃんが泊まってる部屋あるでしょ。あれほとんどユミコの趣味。兄貴帰ってきてびっくりしてたもんね、最初」
「もうめんどくさいからってそのままにしてるけどね」
ああ、良かった。流川のおにーさんは別にそっち系の人ではないらしい。
あの部屋にはそのユミコさん?とやらの持って帰らなかったであろう私物がたくさんあったのだ。
ドレッサーとか、姿見とか。
「母さん、コーヒーのおかわりをくれ」
ずっと新聞を読んでて石像みたいに動かなかった流川のおとーさんが急に喋り出してびっくりした。
流川のおとーさんは……フツーだった。フツーの、サラリーマン。
流川も将来あんなふつうのサラリーマンぽくなるのだろうか。
ちょっと想像つかなかった。
ご飯が終わったら、もう学校に行く時間だった。
教室について、隣の流川が既に寝ているという見慣れた光景の中に、一部見慣れない物があった。
アタシの机の上に、白い小さな紙切れ。
……入部届。
コイツが置いたんだろうか。
は、眠っている流川を見つめる。
どんだけ世話焼きだよ。
でも、今回だけは。
コイツのおせっかいに、乗ろうと思うんだ。
「四中出身、です。中学んときはPGやってましたー。……特技?特技はー、あ、あれ!アタシ髪切んのチョートクイ!よろしくお願いしまーす」
の自己紹介を聞き、椎名は目を輝かせていった。
「本当に、本当に嬉しいよちゃん!ありがとう入部してくれて!」
「別にお礼言われるようなことじゃないでしょ、入部って」
「でもほんとうに嬉しいんだよ!感無量だよ!ね、サキチィちゃん?」
「うん、かんむりょー」
藤崎はあまりそう思ってなさそうなテンションで言った。
でも、彼女なりに喜んでるらしかった。
「でね、でね」
と、椎名はノートを取り出す。
「あれからいっぱい考えたんだ!ちゃんどんなあだ名がいいかって」
まだそのことを気にしていたのか、と思いながらもそのノートを覗いて見る。
おそらく藤崎と一緒に考えただろう、様々な候補があった。
でもやっぱりアタシは……
「コレがいい」
と、「ちゃん」と書かれている文字を指した。
「ホント?本当にこれでいいの?」
「うん、昔呼ばれてたんだ。……懐かしいね」
「よし、じゃあ、ちゃんに決定!よろしくね、ちゃん!」
「よろしく、しーちゃん」
さてさて、これからどうするのか、と今後の予定を聞いてみる。
「いつだっけ、練習試合?」
「今週の日曜だよー。いやー、ちゃんが間に合ってよかったよ、これで練習試合が出来るもん!」
「へ?」
の記憶では、あと2人必要だったはずだが。
「大丈夫!私とサキチィちゃんが頑張ってスタンドを体得すれば二人分働ける!!」
椎名は藤崎のマンガの影響を激しく受けていた。
「ごめんって、ちょっと言ってみたかっただけだよぉ!」
呆れて帰ろうとするを椎名は必死に引き止める。
「でもさ、ちゃんの知り合いとかこの学校にいないの?バスケしてくれそうな子!」
まあ、一番近くにはチームメイトだった赤木晴子がいるが……、女子部のこの状態を知ってても入ろうとしていないあたり、赤木晴子に入る気はないとみていいだろう。
とすると……、
「あ」
ここまで考えて、はひとり思い当たる人物がいることを思い出した。
「んー?でもなー、あいつやるかー?無理だな……」
「えー誰々!?知り合い?」
「知り合いー?う~ん」
非常に説明の難しい女だ。
「中学の時戦ったことがあって……でもなぁ……」
「えー!てことは経験者じゃん!誘うだけ誘おうよ!」
椎名は既にその気である。
「まあ、聞くだけ聞くよ」
しかし今日は木曜日だ。
日曜までとても時間がない。
部員が突然2人も増えるとは思えなかった。
「よし、それじゃあ練習しよっか!男子には負けてらんないからね!」
そう言って椎名の号令が響く。
「まずは走り込みから!」
(う~ん……、落ちた体力でどこまで走れるか)
若干、不安。
なんせ2年もまともな練習から離れていたのだ。
でも、やる前から嘆いてちゃいけない。
自分のことをここに連れてきた流川のためにも。
そう思いながら、藤崎とともに椎名の背中についていった。
(それにしても……あいつ誘ったところで入るかなぁ……)
の思う、あいつとは……。
「黛さん!今日もお美しいです!その姿はまさに女神!」
「ありがとう」
「黛さん!こちら、黛さんの外履きでございます!綺麗に磨いておきました!」
「まあ嬉しい。ありがとう。それではみなさん、ごきげんよう」
しゃなりしゃなりと廊下を優雅に歩く艶やかな黒髪の美少女。
黛 繭華(まゆずみ まゆか)はその名の通り、シルクのような美しさで学校の男を虜にしていた。
(黛なー。あいつ中学の頃、煙草吸うわ派手な金髪だわで相当気合の入ったヤンキーだったのに……。なんであんなになってんだ?)
男とか、フツーにボコってたけどな、あいつ。