「あ?」
「いいから、もっと、もっと速く」
11.魂こがして
基礎トレが終わって一旦休憩。
水飲み場に行こうと思ったら、桜木花道に絡まれた。
「おお!さん!やはりバスケ部に入られたんですね!バスケットマン桜木も、この間あなたに教わった技をカンペキに習得しました!見てください!とう!」
「おおー」
ボールもこぼさず姿勢も崩れず、なかなか様になっている。
でも。
ヒョイっとは桜木からボールを奪ってしまう。
「のあっ!?」
「これ、基本フェイクと組み合わせて使うものだから。まだまだ実戦では使えるレベルじゃないね」
「ふぇ、ふぇいく……?」
「ぎゃはは!花道の奴、女子にボール取られてやがる!」
上から、騒がしい男たちの笑い声がする。
「テメーらうるせーぞ!さんはな、あのキツネをコテンパンにやっつけたこともある御方なんだぞ!だからオレが取られ……やっぱ今のナシ!!偶然!!!」
桜木は、遠回しに自分が流川に劣っていることを認めてしまう発言をしそうになって、急に発言を白紙にした。
もっとも、には流川をコテンパンにやっつけたこと等ないはずなのだが。
「ちゃん、前に花道にそのドリブル教えてあげてたよな。オレは水戸洋平。よろしくな」
「ん、よろしく」
水戸洋平と名乗った男に軽く手を振られ、振り返す。
残りのメンバーも気さくに「よろしくー!」と言ってきた。
「ところでさん、フェイクというのは……」
「あー、また今度ね」
桜木花道、ただいますくすく成長中。
「あっ!」
「あ……」
水飲み場に行くと、赤木晴子がいた。
「あの、ちゃん、バスケ部、入ったんだね」
「うん、……あの、この間はゴメン……。八つ当たりしちゃって……」
「全然、気にしてないわ!あたし、それより嬉しいの、またちゃんがバスケ始めてくれて」
そう言ってくる赤木晴子の目は真剣だった。
本当に、喜んでくれているみたいだった。
はなんだか居た堪れなくなり、「ごめん、もうすぐ休憩終わるから」と水を飲んで早々に退散した。
「晴子……、あの子さんでしょ?よくフツーに話せるわよね、あんな不良っぽい子」
晴子の友人の一人、松井が声をかける。
「ううん、ちゃんは、全然悪い子じゃないわよぅ。あたし、知ってるもの」
何もかもが昔通りにはならなくてもいい、少しずつ、仲直りできたらいいな、と思う晴子だった。
部活が終わり。
「吐くんじゃねぇぞ。吐いたら家でその分食わせる」
食べ物を想像してしまい、結局吐いた。
「オマエ、本当に体力ねーな」
「うるせーな……うぷ」
は久しぶりにまともに練習をしてしまい、水飲み場で盛大なグロッキー状態に陥っていた。
「ちゃーん!だいじょうぶー?片付けとかやっといたから、ゆっくり着替えていいからねー。鍵は職員室に鈴木先生いるから預かってくれるよ」
既に制服に着替え終えた椎名と藤崎が心配そうにの様子を見に来た。
二人ともケロッとしてるあたりそんなに練習が特別キツイわけではなかったことがわかる。
どちらかというと、の長きにわたる不摂生のほうが問題だった。
「大丈夫っす、先輩。オレ、こいつ送ってくんで」
同じ家に。とまでは言わなかった。
「本当?ありがとうね、じゃあサキチィちゃん帰ろっか」
「うん、ばいばいちゃん」
そう言って二人は仲良く帰った。
「いけそーか?」
「ん……も、ヘーキ」
まだ少しふらふらしているが、吐いてだいぶスッキリした。
「……アタシさ、ダイブ流川に女として終わってるとこ見られてる気がする……。昨日流川んちで鏡見て引いたもん……」
涙でメイクは剥げ、腫れぼったい目。
そして今なんて思いっきり吐くところを見られた。
「あー」
流川はあまり気にしてないのか、
「なんか、猫が毛玉吐いてるみたいだった」
「うげぇ。あれ見た目にバッチイじゃん。変なこと思い出させないでよ……」
はだいぶ気分を害したようだった。
が着替え終え、職員室に鍵を返しにいくと、時刻は既に7時を回っていた。
自転車置き場に行くと、既に流川がスタンバっていた。
何も言われなくても、は後ろにまたがる。
そしてやっぱり流川も何も言わず、そのまま自転車を走らせた。
しばらくして。
「ねえ」
「あ?」
「一旦、家寄っていい?アタシんち。流石に着替えとか、あるし」
「ん」
流川は自転車の進行方向を、すっかり通い慣れた家へと変えた。
「ちょっと時間かかるかも。先帰っててもいーよ」
「別にいい」
「そ、じゃあ」
流川は自転車に跨がり、の家だと聞いた五階あたりを睨みつけながら待っていた。
昨日ののバッグに詰まっていたのは結局、ボールと化粧道具だけだったらしい。
教科書等は入学式からずっと置き勉にしっぱなしで持って帰ってないと、笑いながら言っていた。
あいつはあの家に帰れないと言った。
理由は知らない。
知らなくていい、と思った。
――オレにもあいつにも、バスケさえあれば、ダイジョウブ。
そんな気がするのだ。
それがいかに子供の発想であるかなど、流川は知らない。
30分ほどで、は降りてきた。
の肩にはボストンバック、一つだけだった。
流川は「貸せ」と言ってそれを背負った。
が何を取りに行ったのかわからないほど、軽かった。
はそのまま、再び自転車に乗る。
お互い、ずっと無言だった。
しばらくして、が急に口を開き、流川の耳元で喋った。
「ねえ、もっとスピード出してよ」
「あ?」
流川としては、いつもと変わらないスピードを出しているつもりだったが。
「いいから、もっと、もっと速く」
「……つかまってろ」
の抱きつく力が強くなったことを確認して、流川はギアを変え大幅にスピードアップをした。
「ねえ!もっと速く!」
風を切る音に負けないよう、は耳元で大声を出した。
「ああ」
――あの家から、お前のことを逃がしてやる。
流川は、そんな思いを無意識に込めて、ペダルを漕いだ。
もうすぐ、5月。
夕日が、眩しかった。