たちが取ったタイムアウトが終了した。

「さて、どーなるかなっ」

村上裕子がワクワクとした表情でコートを見下ろす。
村上の隣に座る小野田はやや冷ややかに「向こうのチームもなにか作戦練ってたね。このタイムアウトが裏目に出なきゃいーんだけど」と言った。
宮城リョータも先頭の列で「こっからが正念場だな。気合入れてけよ!」と声援を送る。
三井の隣の席の椎名も「いっけぇ!みんなぁ!!」と応援している。
ジタバタ体を使って応援する椎名がなんとなく気恥ずかしくなり、三井は少し応援するのをためらってしまった。
そして、なんとなく後ろの席が気になり少しだけ振り返ると、

(流川か……。…………つーか、コエーよ!)

後輩の流川楓が、相変わらず鋭すぎる目つきでコートにいるのことを睨んでいた。
そして、試合が再開する・



100.青春ダイナマイト





(やっぱりだ!)

たちがアウト・オブ・バウンズをしたところから試合再開し、まずは藤崎がスティールに成功した。
そして相手の大学生たちはたちがゾーンをやめたと判断するや否やトライアングルツーを行ってきた。
トライアングルツー、即ちシューターの藤崎、長妻をマンツーマンで守り、ゴール下を3人で固めてきたのだ。
大学生チームのキャプテンらしき人は「さあ喰らえ」と自信満々な表情でディフェンスをしているが、予想されていたことであったためたちの動揺は少なかった。

「サキチィ!」

は藤崎に呼びかけ、一旦ボールを戻すように指示を出す。
藤崎は言われたとおりにパスを出し、は「アサヒ!まゆまゆ!」と叫び、ポストに上がるようサインを出した。
そしてもドリブルで駆け上がり、ローポストの朝倉がスクリーンをセットしているのを見て黛にすかさずパスを出した。
インサイドの二人の選手が黛のボールを奪わんと襲いかかる。
だが、

「いけ、まゆまゆ!」
「言われなくてもわかってるっつーの!」

黛はドリブルをして相手を抜く……と見せかけた後、近づいてきた2人を掻い潜るようにして1歩、2歩と軽やかにジャンプしてゴールに近づき、踏み出した3歩目の足が着地する前にボールを放り投げ、レイアップシュートを決めた。

――スパ。

その瞬間、

「うおおおお!!!なんて綺麗なギャロップステップなんだ黛さん!!!!馬になりたい!!!!」

集団でわざわざ応援に来てくれていたらしい黛親衛隊から、本日一番の歓声が上がった。

「よっしゃあ!」

黛も実践でギャロップステップが使うことができて、なにか手応えを感じたらしく拳を上げて喜んでいる。
ディフェンスに戻る中、も黛に「やるじゃん」と声を掛けた。
黛は謙遜もせず、「当然でしょ。どんどん私に回しなさい」と命令してきた。
はそんな黛の態度に呆れること無く、逆に(今まで練習頑張ってたもんな)と少し温かい気持ちになった。

(それにしても……)

は黛親衛隊がいる観客席も方を見た。

(まゆまゆのファンって……なんでちょっと気持ち悪い人多いんだろ?)

『馬になりたい』ってなんだよ……。とが戸惑いながらもう一度客席を見ると、

(あれ?ガッちゃん?来てたんだ……)

花形透らしき人物を発見した。
その近くには、サングラスを掛けた金髪の女とその恋人らしきカップルがいた。

(見に来てんだったら、声かけてくれりゃいいのに)

はそこまで考えたあと、再び試合に集中した。



「おっしゃー!サナいい感じー!!」

観客席では、村上裕子がだいぶエキサイトしていた。
たちのチームが黛のギャロップステップ以降攻撃のリズムが上手く掴めるようになり、長妻も活躍して点差を広げつつあるのが嬉しいらしい。

(ま、シューターが2人もいて目立つチームではあるが……、中からの攻撃もできるからな、あいつらは)

三井はたちのチームをそう評価した。
実際、前半の得点源だった藤崎・長妻に意識を取られていた相手チームは、黛・朝倉を主軸においた展開についていけずにいる。

(こんだけ畳み掛けられたとなっちゃ、勝負あったな)

残り時間は5分少々だが、点差はすでに30点ほど開いていた。
三井も満足気にを見た。
ボールマンのが、ゴール下にいる朝倉へとパスを出す。
高めに放たれたボールは相手のセンターより背の高い朝倉が容易に受け取りシュートを決めた。

「わー!すごいすごい!さっきからあのキャプテンの子!センターの子がマーク外したのよく見てたねー!」

村上が隣に座る小野田の背中をバンバン叩きながらを褒めた。
村上に叩かれまくっている小野田は明らかに不機嫌なオーラを出しているが、それでも村上はテンション高くはしゃいでいた。

「むこうがゾーン仕掛けた時はどーすんのかなー?って感じだったけど結構みんな冷静に対処しててさー!あー良かったー!って感じだよー!!」
「……そーだね」

小野田がバシバシ叩かれながら返事をする。
見かねたが、「裕子、やめなさい」と流石に止めた。
村上は「あ、ごめんごめん」と謝罪する。

「サナたちのバスケ見てたらなんだか楽しくなってきちゃってー!やっぱチームワークって大切だよねー!仲良いなら言うことなしだよ!だってほら国体の時なんかさー」

村上は昨日まで行われていた国体のことを思い出したのか、少しだけ肩を落として椅子にもたれかかった。
その様子が何となく気にかかり、三井は女子3人の会話に聞き耳を立てる。
小野田も何か思い出したように、苦々しく「立花か……」と呟く。
がそんな2人を不思議そうに見て、「何かあったの?」と尋ねていた。
村上は苦笑いを浮かべながら、「うーん?まあ立花さんだけが悪いってわけじゃないんだけどね?もー国体始まった時点から一宮高校の人たちの空気が悪いこと悪いこと……」とげんなりした様子で答えた。
小野田も、「ま、一宮の連中にしても色々思う所あるんじゃないの?1年にあっさりスタメンとられるなんてさ」と、概ね村上に同意する発言をした。
「あら、そうなの……」とは「大変だったわね」と2人に同情した。

「でも立花さんもね、なーんも言い返さないの。それで更に火に油注いでるって感じ」
「なまじ立花の兄貴が一宮の監督だからね。余計に立花ひとりに悪意がしゅうちゅ……」
「あ―――――――!!!!!」
「がぁっ」

突然、村上が立ち上がり腕を振り上げる。
振り上げた腕は小野田の顔面にヒットした。
女子の会話を拾うことに意識が集中していた三井は、村上の行動にハッとして我に返る。

(何を夢中になって盗み聞きしてたんだ、オレ……)

と、少しだけ気恥ずかしくなった。
隣の席では椎名が「ううー!ちゃんすごーい!!」とはしゃいでいる。
どうやら村上が突然大声を出して立ち上がったのも同じ理由らしく、三井はようやくのプレイを見逃してしまったことに気がついた。

「お、おい。今、何したんだ」

恥を承知で宮城に小声で聞くと、「はあ?三井サンアンタ何見てたんすか」と呆れられてしまい、三井は聞く相手を間違えたことを確信した。
その会話が聞こえたのか、赤木晴子がわざわざ振り向いて三井に「ちゃんすごいんです!!」と説明しようとしてくれた。

「あの、今ちゃんがフロントコードに走りこんでて、レイアップシュートかなって思ったんですけど、でもそれにしては距離が遠いなっていう踏切だったんです。でもちゃんは相手を避けながらボールを放ったんです、すごいスピードで!でもそのボールは全然レイアップじゃなくて逆サイドにいる長妻先輩へのパスだったんです!!!」
「お、おう」

しかし、興奮しすぎている晴子の説明ではいまいちよくわからなかった。
だが、晴子以外にもどよめいている周りを見る限り、が何らかのスーパープレイを行ったのは事実だったのだろう。
神宗一郎が、「流石だな、さん」と呟いた。
その瞬間、村上が再び「あ―――――――!!!!!」と叫んだ。
三井が(なんだよ。まだまともにプレイも再開してねーぞ)と呆れながら村上を見ると、村上裕子は続けてこう叫んだ。

「そっか!!あの子さんだよ、!あたし達が3年の時に県の決勝で戦った相手のエース!!」


試合終了のブザーが鳴った。
蓋を開けてみれば試合はたちの圧勝であった。
各チームのメンバーが整列し、挨拶をする。
大学生たちは「高校生チームつよー。完敗だわ~」とへとへとになりながらもたちの実力を褒めてくれた。
相手チームのキャプテンが、に握手を求めてきた。
も手を差し出しそれに応える。

「あなた達本当に強いのね。もしかして全国区の子たちだったりする?」

「強いチームが参加してるって聞いたから、対策は立ててきたつもりだったんだけどね」と、相手チームのキャプテンは苦笑いを浮かべた。
は、「う~ん?あっちのでっかい子は中学の時全国でも有名だったらしいっすけど、アタシら今年県予選一回戦敗退っすよ?」と答えた。
それに驚いたのは大学生チームの方である。
「えー!信じらんなーい!」「今の高校バスケ界どーなってんのよ~!?」と、大学生たちは口々に喚いた。
たぶん、更に「アタシら今4人しかいなくて、あの小さい人他校の助っ人なんすよ」なんて説明しようモノなら更に驚かれるだろうと、は苦笑した。

「いやー、でもあなた達だったら全国目指せるわよ!絶対!頑張ってね!」
「お、おっす」

大学生達は「あたしたちの世代西園寺ととかいたから超ヤバクってさぁー」「そうそう!あいつらのおかげで全国行き逃したようなもんだよー!」「あれ?妹はあなた達と同学年になるんだっけ?頑張って私達の敵とってよね!」と、勝手にたちの全国行きの夢を押し付けて盛り上がっていた。



 控室にて。
長妻桜南は、さながらチワワのようにぷるぷる震えて泣いていた。

「も、み、みんな、ほん、ホントに、あ、ありがとっ!ぐす。わ、わたしっ、ぜんぜんっ、下手だし、ち、ちっちゃくてっ、グスン。な、なんもできなかったけどっ、み、みんなの、おかげでっ、ゆ、ゆうしょう、できたからぁ~!」
「うんうん、サナさんそれもう10回位聞いたから」
「あああああんん!!!ちゃんありがとー!!!!」

長妻はのひしっと抱きついて泣いた。
もう全員着替え終わってるしこのまま出るか……、とは長妻の荷物を朝倉に任せて、コアラの親子のように長妻に抱きつかれながら控室を出た。

「どうもみなさん、お疲れ様でした」
「ううっ、安西先生!先生も、私のこと誘ってくれてありがとうございましたぁ!!」
「ほっほっほ」

控室の前には安西が待機しており、長妻は泣きながら安西に感謝を述べた。
は(でも安西センセー後半何も指示くれなかったよなー)とちょっと心の中で悪態をついた。
安西は「ロビーの方で皆待ってますよ。長妻さんの学校の人も」とたちに教えてくれた。
たちも「じゃあそっち行くか」とロビーの方に向かい始める。

くん」
「はい?」

は、安西に呼び止められた。
なんだ?と思って振り返る。
何となく長くなりそうな雰囲気だったので、「ほらサナさん自分で歩いて」と長妻に先に行くように促した。
長妻はまだぐずりながらも「先行ってるねぇ」と藤崎たちについていった。

「後半はちょっと意地悪してすみませんでした」

安西はあまり悪びれてない様子で謝る。
は「ホントっすよ~。マジで困ったんすからね~!」と唇を尖らせて文句を言った。
しかし、やっぱり安西はどこ吹く風だった。

「ちょっと、私抜きで君たちがどこまでやれるか試してみたくなりました。後半、相手のゾーンを予想し対応策をすぐに打ち出せたのは良かったです。私の予想以上でした」

安西はそう褒めてくるが、はなんとなく、安西の真意は別にあるんじゃないかと察した。
案の定、安西は言葉を続ける。

「冬の選抜もきっと、どうしても君たちだけで考えて対処しなくてはならない時が来る。それの練習を、と思いまして。……きっと君たちも、全国に行ける日が来ますよ」
「……え?」
「私も早く見てみたいですね、君たちが全国で活躍する姿を」

そう言って、安西はにっこり微笑んだ。
はそれに、微笑み返してこう告げた。

「でもそれって、センセーのツゴウでしょ?」



「サナー!良かったよー!」
「わーん!ゆうこりんも皆もありがとー!」

がロビーに向かうと、陵南の村上裕子と長妻桜南が抱き合って優勝を喜んでいた。
村上は「本当は田岡先生も来る予定だったんだけどさー。あの、ほら、『事件』?が原因で今日来れなくなっちゃったんだよねー」と言っていた。「だから田岡先生の分もサナのこと応援したんだよー!」とも。
湘北では椎名愛梨が長妻桜南ばりに泣いており、何故か選手である藤崎たちが椎名の対応に追われていた。

(あれ?流川いねーな……)

帰ってしまったのだろうか。

(ま、別にいーけど。今日自転車じゃねーし)

はちょっとつまらなく思いながらも、湘北の輪の中に入った。

「おう、!よくやったな!」
「オッス」

宮城が戻ってきたを労った。

ちゃん、大会の優勝賞品知ってる?商店街の商品券1万円分ですって!」
「え!?マジっすか?」
「よし、ボール新調すっぞ。マジでよくやった、

彩子がそう言うと、宮城に使いみちをあっさり決められてしまった。
すかさず彩子が宮城を叱る。
「女子が手に入れたものなんだから女子の自由に使わせなさいよ」と。
は、(宮城センパイは一生財布を奥さんに握られる人だ)と確信した。

ちゃん。優勝おめでとう!」
「赤木さん……、ドモ」

赤木晴子がに話しかけてきた。

「本当に良かったわ!あたしなんかもう感動しちゃって涙が……」
「そんな大げさな……」

大げさだとは思ったが、実際晴子の目には涙が浮かんでいた。
は照れくさくなってしまい、話題を変えるように「あ、ねぇ。そういや流川どこ行ったのか知ってる?いないんだけど」と尋ねた。

「あ……流川くん?その、試合が終わるちょっと前に、出てっちゃったのよね……。陵南の仙道さんと一緒に……」
「ふ~ん……。そっか」

晴子は妙に歯切れ悪く答えた。
はその晴子のその態度に(流川のやつまだ怒ってんのかよ)と察し、少し機嫌を悪くした。

「よお、
「三井センパイ、オッス」

三井寿もに話しかけに来てくれた。
三井は「まあ悪くなかったんじゃねーか?」とあまり素直ではない試合の褒め方をしてきた。
その言動に晴子が三井から見えないようにくすりと笑っている。
としてもこれくらい気楽に褒められる方が楽だったので、同じくらい気楽に「どもっす」と返した。

「あ、そーいや、会場にガッちゃん……あの、翔陽の花形透サン見かけた気がしたんすけど、ふたりともなんか知らない?」

がそう聞くと、晴子は「あら?そうだったの?気が付かなかったわ……」ときょとんとした顔を浮かべた。
だが、三井の方は、

「あ!?あー、いや、全然知らねぇなぁ……」

と、明らかに狼狽していた。
目が泳ぎ、あからさまに焦っている。
は「なんかアヤシーなー」と三井を問い詰めようとすると、後ろからおもいっきりタックルを喰らった。

ちゃ――――ん!!!」
「ぐはぁ!」

そのまま晴子と三井にダイブしてしまう
タックルの招待は確認するまでもない、感極まって泣いている椎名愛梨だった。

「も~ほんとすっごいおめでとー!!信じらんないよー!ちっちゃい大会とはいえ私の後輩がバスケの大会で優勝するなんてさー!!」

そのまま怪獣のような大声でぴぎゃー!と椎名は泣いた。

「ああ、うん、しーちゃんあんがと……。あの、赤木さんと三井センパイ下敷きになっちゃってるから……」

が椎名をどかすと、三井が「椎名ー!!」とキレた。
しかし椎名は三井の怒りなど気にならない様子で、「ほんとーによかったよー!バスケ部3年間続けてよかったー!!」と泣いた。
朝倉たちもやってきて、椎名を囲んで皆で喜びを分かちあった。



 そして、生徒たちから少し離れたところで、ここにもひとり、

「本当に良かったですね……」

ほろり、と涙をながす男の姿があった。
湘北の顧問・鈴木はハンカチーフをポケットから取り出し、メガネを外して涙を拭く。

「ここだけの話……、さん、藤崎さん、黛さんの3人は……前の学校で、あまり高い評価を受けてはいなかった。特にさんなんかは入学前から職員会議で取り上げられるレベルで……。はっきり言って、問題視されていた子なんです」

鈴木は再び眼鏡をかけ直し、生徒たちを見て目を細めた。

「そんな子たちが……。何かに打ち込むと、人は変わるんですかね……。本当に良かった……」
「……そうですね」

安西も、鈴木の発言に同意する。
確かに、部活を通して彼女たちは変わったかもしれない。
部活動の目的は、何も大会などで優秀な成績を収めることだけではない。
その活動を通して、普段の生活だけでは得られない貴重な体験や友人関係を手に入れることも目的の1つだ。
青春、という言葉で片付けてしまうと少々安っぽいかもしれないが、それでも思春期の少年少女たちの人格形成に影響を与える、大切な成長の場だ。
鈴木は教師だから、彼女たちの成長により一層の喜びを感じるのかもしれない、と安西は思った。
だが、安西は教師ではない。
あくまで、監督である。

「朝倉くんも……バスケ中はそそっかしくないですよね……。なぜなんでしょうか……」
「……うーむ」

こればっかりは謎である。
安西は、仲間に囲まれて優勝を祝い合うを見た。

(確かに……。仲間と勝利を分かち合うこと、それも大切だ)

だが。

『でもそれって、センセーのツゴウでしょ?』

安西は、少しだけ長く瞬きをした。
少女たちはまだ浮かれはしゃいでいる。
支え合う仲間たち、見守ってくれる存在に囲まれて。
喜びに満ちた時間を生きている。

(そんな君たちに、『勝利を目指せ』と要求するのは、確かに、大人のエゴかもしれないね)

でも。

「鈴木せんせーい!安西せんせーい!カメラカメラー!」
「ほっほっほ」

椎名愛梨に呼ばれて、安西と鈴木もその輪の中に歩み寄った。