「みなさん、前半はよく頑張りました。15点差で終えられたのは上出来といえるでしょう」
安西は女子たちを見渡しにっこりと微笑む。
「後半も、10分経過したあたりからゾーンディフェンスを……と言いたいところですが、」
安西の言葉に、女子たちはおや、という反応をする。
その様子を受け止めながらも、安西は「後半は、5分経過後から始めましょう」と言った。
安西の発言を聞いて、すかさずは「はいはーい」と手を上げた。
「最初の方にゾーンやる方が楽だからいいですけど……相手の大学生たち、さっきの後半結構ゾーン突破してきましたよね?最初から飛ばす意味あるんですか?」
さすがにの指摘は鋭い、と安西は心の中で思わずほくそ笑む。
彼女だけにはあらかじめこの指示の「真の狙い」を教えておくか、と一瞬思案する。
だが結局、安西は(自由にやらせてみてもいいかな)、と思った。
そのため安西は、
「きっと、やってみればわかりますよ」
とだけ告げた。
安西は普段、レベルの高さゆえついついには教師役を多くやらせてしまう。
そんなに、チームのメンバーと一緒に打開策を考える機会を与えるのも悪く無いだろう。
はメンバーに声をかける。
「よし、じゃ後半は最初から走るよ!アサヒはディフェンスん時たまに考えすぎて出遅れるから気をつけて!まゆまゆは相手のシールにいらつかないこと!サキチィとサナさんは後半もどんどんボール回すからどんどん入れてよ!」
キャプテン・の指示を聞き、少女たちは気合たっぷりの声で返事をした。
安西はもうあとは指示を出さず、見守るだけだ。
(見せてもらいますよ。冬の選抜、勝ち抜けるかどうかは、君たちの今日の試合の『気づき』に掛かっている)
99.安西先生、地蔵化する。
後半開始5分。
たちは安西の指示通り、ゾーンディフェンスを行う。
だが、相手チームの大学生たちは、当然といえば当然だが対策を立てていたらしい。
たちは前半のように簡単に点が取れなくなっていった。
(まずいな……)
後半が開始して、7分が経過した。
は相手チームのボールを奪い辛くなってきたのを感じていた。
たちは現在、前半と同じく1-1-3のゾーンディフェンスを行っている。
朝倉が最前線に立ちボールマンにプレッシャーをかけ、ハイポストの黛が相手のハイポストへのパスラインを断つ。
そして後ろの3人は、両ウィングに長妻と藤崎を配置し、中心のはハイポストのリカバリーやローポストのパスラインを切る役目を背負っている。
今回の相手チームのような、チームとしてはよくまとまっているが、アウトサイドシュートを持たない相手には非常に有効な戦術であった。
なのだが。
(うーん、やっぱ歳上なだけあって、場数踏んでんなぁ……)
ゾーンディフェンスは相手のパスをカットすることをメインにした戦術だ。
そのため、最前線の朝倉が相手にプレッシャーを掛け、苦し紛れのパスを出させなくてはならない。
そして、その苦し紛れのパスをカットするのが黛の役目でもあるのだが……。
相手チームのボールマンが朝倉によってサイドラインに追いやられる。
たちにとっては圧倒的に有利な状況だ。
だが、
――ダンッ!
サイドラインのボールマンが朝倉をかいくぐるように、更にサイドラインギリギリにバウンドパスを出した。
右サイドのボールは藤崎がパスカットをするのが役目だ。
藤崎は相手より一歩前へ飛び出すことに成功し、ボールをカットする。
しかし、
――ダン。
――ピ――――――――!
「アウト・オブ・バウンズ!白ボール!」
藤崎が叩いたボールはサイドラインを割り、ボールはアウト・オブ・バウンズして結局相手ボールになってしまった。
(これは……、ちょっと参ったなぁ)
は藤崎に駆け寄る。
「サキチィドンマイ」
「ごめん、まゆまゆと同じことしちゃった」
藤崎の声が聞こえたのか、黛はむっとした顔をした。
は黛に(まあ抑えろって)と視線で伝える。
実際藤崎の言うとおり、先程からこちらのチームはアウト・オブ・バウンズが多いのだ。
これでは、せっかくパスカットをしてもすぐ相手ボールに戻ってしまう。
前半引き離した15点はいまは一桁点差に戻ってしまい、もう一度引き離そう、と始めたゾーンはどうにも不調だ。
(わざと、だよなぁ)
再び、相手はサイドラインギリギリにパスを出す。
今度は一瞬黛が一瞬ためらってしまったことが原因でパスが通ってしまい、のフォローが間に合わず相手にシュートを許してしまった。
(やっぱな。大学生たちはサイドラインギリギリでパスを回すことで、アタシらのゾーンを突破することにしたんだ)
大学生チームは、サイドライン際でパスを回すことによってたちのプレイミスを誘い、たちにターンオーバーをさせづらくする作戦に出たらしい。
続くチームの速攻はうまく決まったが、問題はディフェンスである。
はベンチを見る。
だが、安西からは特に指示はなさそうだった。
はとりあえず、今はゾーンを続けても良いだろうと判断した。
「アサヒ、もっと積極的にボールカットしてっていーよ」
「はい!」
は朝倉にも声をかける。
(ちゃんとした強豪チームとかだったら、トラップとかも練習してんだろーけどなぁ)
残念ながら、急造チームにそんな用意はない。
(とにかく、走ってパスをカットするしかない)
はふぅ、と大きく息を吐いて呼吸を整える。
安西が指示を出す様子はない。
(…………それとも?)
「うーん、うまくいかないねぇ、ゾーン」
「あたしらと違って、色んなパターン練習してるわけじゃないだろうからね」
「きっとこのレベルの大会なら、ずっとこのパターンでゴリ押し出来てたんでしょ」
観客席では、陵南女子2人と海南のによる、割と的確で耳の痛い指摘が行われていた。
再びゾーンを突破されてしまった達を見て、村上は体を乗り出し「サナー!がんばれー!もういっちょー!!」とよくわからない声援を送っていた。
三井寿も「たく。気合入れろよな」と悪態をつきつつ「パスコースふさげ!」と応援をする。
隣に座る椎名も腕をぶんぶん振り回し応援していた。
それでもいかんせんチームのリズムが悪い。
前半はゾーンディフェンスが機能していたおかげで攻撃のリズムも良くぽんぽん点が入っていたが、後半は未だに波が来ない。
女子達一人ひとりの能力は大学生チームにも劣らないとは思うが、さすがに大学生のチームプレイの方がたちのチームプレイより上手らしい。
そうこうしている内にボールがフロントコートに運ばれてしまう。
左サイドを走り込むボールマンに長妻が向かい、ボールは一旦後ろに戻された。
スリーポイントラインで朝倉がボールマンと対峙する。
それを見た大学生チームのひとりが、黛にシールした。
べったりとディフェンスをされて動けなくなった黛を見たボールマンが、すかさず黛のそばにいた選手にパスを出す。
長妻ももヘルプに間に合わず、シュートを許してしまった。
(高校レベルのゾーンは慣れっこってか……)
随分鮮やかなスタックオフェンスを決められてしまったものである。
三井はベンチにいる安西を見る。
(安西先生……何も言わねーのか?)
安西に、動き出す気配はない。
後半開始後9分が経った。
「だー!!もー!!」
相手のパスをやけくそ気味にカットする。
だが、の叩いたボールは再びアウト・オブ・バウンズした。
うまくいかないディフェンスにしびれを切らし、はとうとう自分から「センセー!タイムアウトーッ!」と要求を出した。
得点は42-37。
まだ勝ってはいるがジリ貧である。
先程までことの成り行きを見守っていくだけだった安西はの要求をあっさり飲み、オフィシャルに「タイムアウトお願いします」と告げた。
「もー!どーするんすかこれー!」
「逆転されちゃいますよぉ?」
と朝倉は汗を拭きつつ安西に詰め寄る。
藤崎も「ゾーンは5分が限界だよ……」と少々堪えている様子で水分補給をしている。
黛は先程から自分に執拗なスクリーンを掛けてくる相手選手を睨みつけ「ぶっ殺す……!」と穏やかではない発言をし、長妻を怯えさせていた。
しかし、それでも安西は何も言わない。
ただ、「ほっほっほ」と笑うだけだった。
その様子にむむっとしながらも、は「じゃ、アタシらの好きにしていーんですね?」と確認した。
安西は頷く。
まるで、「君たちのゾーンディフェンスが突破されるのを待っていたんだ」と言わんばかりに。
「とりあえず、ゾーンは終わりにしよう。残りはマンツーで。ちょっとミスマッチがあるけど……、まあそれは向こうも一緒だよ」
アサヒがいるからね、とは朝倉を得意気に見た。
朝倉も「向こうのセンターの方は私より低いです。どんどん狙っちゃいましょう!」とやる気は十分だ。
「そんでまゆまゆは……」
「あ?」
黛は殺気立った様子でを睨みつける。
は「そんな怒んないでよ……」よ前置きをしつつ、「相手のディフェンスにもイラつかないでよく頑張ってるよ。この調子で行こう」と声を掛けた。
しかし、これだけではディフェンスのやり方を変えるだけであまり何も解決していない。
仮に前半と同じように藤崎と長妻のアウトサイドシュートを中心にしたところで、大学生たちはとっくに対策を立てているに違いない。
みんなでうーんと悩む。
「サナさん、サナさんたちってゾーン得意じゃん?」
「え?う、うん」
に突然話を振られた長妻は、驚きつつも返事をする。
「私は全然試合出れてなかったけど……」と付け足しながら。
「ゾーンがうまいとさ、やっぱりゾーンの対処とかも得意なもん?」
「ええ!?そんなことないよー!やっぱりいきなりやられちゃうと戸惑うし……」
長妻の発言に、は「そっかそっか」と頷く。
長妻は「どうしたの?」と不思議そうにを覗きこむ。
「いや、さ。国体でも見たんだけどね。秋田選抜の山王工業ってさ、超ゾーンプレスが有名らしいじゃん?」
の言葉に朝倉は「そうですね。『伝家の宝刀』、なんて言われてます」と同意した。
「そうそう、そうなんだけどね。神奈川選抜さ、最初、その山王相手にいきなりゾーンプレスかましてたんだよ。それがなかなかうまくはまっててさ……」
――ビ――――――!!
が詳しく解説しようとすると同時に、残り10秒のブザーが鳴る。
は「ヤバ!」と声を上げて、「つまりさ?向こうもアタシらがゾーンをやめたらわざとゾーンを始めると思うワケ!セーシン的な揺さぶり?みたいなの狙って!だから後半は……」
黛を指した。
「まゆまゆで行こう!」
――ビ――――――!!
黛の「は?」という声は、タイムアウト終了を告げるブザーによってかき消されてしまった。
たちは慌ただしくコートに戻っていった。
そんな少女たちの様子を、安西は満足気に見守っていた。
(見せてもらいますよ。5月からの君たちの努力の成果を)
後半残り11分。
試合再開。