寝過ごしたかと思ったからである。
だが、時計を確認してみればそうでもなく、約束の時間までまだ余裕があった。
(ゆうべはよく眠れなかったからよ……)
寝坊していなかったことにひと安心し、三井は起こした上半身を再びドサッと布団に投げ出した。
そしてしばらく天井を仰ぎ見て、「……おし」と一言呟いて、ようやく起き上がった。
そして、運命の日曜日が始まる。
105.を性的な目で見ないでください。
今日は、久々のお出かけである。
最近部活ばっかだったもんなーと、はシャワーを浴びて濡れた髪の毛にドライアーを当てながら思った。
(宮城センパイも、も~ちょい休み増やしてくれてもバチあたんねーと思うんだけどなー)
以前切った時よりすこしばかり長くなっている自分の髪の毛をブローしながら、は思った。
と言っても、宮城が焦る気持ちも少しは分かる。
なぜなら冬の選抜が近い上に、湘北高校は今月半ばに行われる文化祭に向けて現在学校全体で準備中だ。
各々クラスで役目もあるだろうし、10月の練習時間が短くなることは必至である。
冬の選抜自体は11月だからまだ時間があるとはいえ、体育館を自由に使えなくなるのももどかしい。
それに、
(桜木、10月になったら戻ってくるっつってたけど……)
は壁に掛けてあるカレンダーを見た。
今日は10月3日、日曜日。
桜木は、いつ戻ってくるのだろう。
(明日、赤木さんに聞いてみようかな……)
は髪を乾かし終え、朝食を食べた後、出かける準備をすべく自室に戻った。
よし、メイクオッケー、服オッケー、髪型オッケー。完璧である。
は満足気に全身鏡に自身の姿を映し、電車の時間を考えてそろそろ行くかー、と部屋を出た。
階段を降りて玄関に向かう。
そうしたら、
「おい」
流川楓と、玄関で遭遇した。
「あれ?流川も出かけんの?珍しいね」
休みの日、流川はいつも一も二もなく近くのコートへ自主練に向かう。
てっきり今日もそうだと思っていたのだが、こんな時間まで家にいるとは珍しい。
服装も、いつもみたいな練習着ではない。
と言っても、(コイツ身長さえ伸びなかったら今後一生それ着て生きていくつもりなんだろうなー)とが思わず思ってしまうほどの、何の変哲もないパーカーとジーンズ(しかもそれすら自分の趣味ではなく、母親が買ってきたもの)ではあったのだが。
しかし、流川はの質問には答えず、それどころかいささか驚いているように目を見開いていた。
がなんだ?と思っていると、流川が口を開いた。
「何だそのカッコウは」
「はぁ?」
アンタよりよっぽどオシャレじゃん、とが反論するのにも耳を貸さず、流川は目を見開いたまま「てめー、おい。そこ破れてるぞ」と、の露出した肩を指した。
「破れてるって……こういうデザインなんだけど?」
思わずも肩を確認してしまったが、破れてなどいない。
自分は普通のカットオフショルダーのプルオーバーを着ているだけである。
だが、流川は信じられないような目つきでを見ている。
動揺したように「ぬわなくていいのか、肩丸出しだぞ」と言ってきた。
「別にいーんだよ、うっさいなー」
まだ10月上旬だし、そこまで寒くない。
自分のファッションセンスをバカにされたような気がして、は気分を害した。
しかし流川はそんなの様子が目に入らないのか、目に入ったとしても気にしていられないのか、ずんずん近づいてきて、あろうことかピラッとスカートの裾をめくってきた。
「ギャー!!なにすんだよ!」
「短すぎんだろ、どう考えても」
は慌ててスカートの裾を抑えるが、流川はそのスカートのあまりの短さに「アタマおかしいぞ、オマエ」と驚愕したように言ってきた。
「頭オカシイのはオメーだよ!めくんなバカ!」
はハンドバッグで流川の頭を殴った。
それでも流川は引き下がらず、「おい、せめてこれ着ろ」と自分のパーカーを脱いで寄越してきた。
は「えーやだよ。そんなダッサイ灰色のパーカーなんか」と抵抗するが、流川は袖も通させず無理やり被せてチャックを上まで閉めてきた。
「ひー!やだー!脱ぐー!」とはジタバタ暴れる。
しかし暴れるとは対照的に、流川はほっと一息をついていた。
だが、次の瞬間、あることに気がつく。
そう、のスカートが短すぎて、パーカーをかぶせるとまるでスカートを履いていないようにみえるのだ。
「てめー、下履き忘れたみたいになってるぞ」
「オメーが着せたんだろうが、バカ!!」
はようやくパーカーに袖を通し終わり、チャックを下げてパーカーを脱ぎ捨てる。
バサッと床にたたきつけられたパーカーは、やっぱりのセンスからするとありえないくらい平凡でダサかった。
「おい、なんで脱ぐ」
「『なんで脱ぐ』じゃねーよ!アタシはこれでいいの!これで完成なの!」
流川の無神経で不躾な態度に怒り、はギャーギャー騒ぎ立てた。
それでもやっぱり流川は納得していない様子で、「ほとんどハダカじゃねーか、テメー」と言ってきた。
「はだっ……!?」
そのあまりの物言いに、は絶句する。
なんでこんな、自分の服も満足に買えない奴に、と言うか母親に買ってきてもらったものを着るだけで満足してるような奴に、自分のセンスをここまでバカにされなきゃいけないのだろうか。
イマドキの女子高生は全員、これくらい足を出してて当然である。
とは持論を展開するが、もちろん流川は聞き入れない。
「絶対にヘンな目で見られるぞ、オマエ。……オトコに」
だが、もで流川の説教を聞き入れず、
「もー!うっさいなー!外でたらアタシのカッコウ気にしてる人なんているわけないじゃん!」
と反論する。
そして、怒り心頭のは、ついつい勢い余ってこう言ってしまった。
「大体さー!イチイチアタシの服にハダカだなんだってケチつけてる流川こそ、アタシのことエッチな目で見てんじゃないの!?」
と。
言ってしまった後、は後悔する。
うわー、そんなわけねーよ。あの流川がだよ?と、自分で自分にツッコむ。
絶対怒られる。
「そんなわけあるか、どあほう」って、チョップ付きで。
そう思ったは亀のように首をすくめて目をつぶるが、想像していたような衝撃はこない。
(えっ)
が少し目を開けて流川を盗み見ると、珍しいことに、非常に珍しい事に。
流川は一歩後ずさり、狼狽えたように目を見開き、を凝視していた。
何だろうこの反応は。
いつも三白眼でヒトを睨んでいる流川楓が、ひどくオロオロしているように見えたのだ。
何かを察したが「ギャー!流川キモーイ!」と叫んで家を飛び出したのは言うまでもない。
なんなんだ。なんなんだあいつ。
せっかく余裕を持って出られそうだったのに。結局は今、ママチャリを全力で立ち漕ぎしながら駅まで爆走している。
それもこれも、全て流川のせいである。
(なんなんだよアイツ。アタシに優しくするんじゃなかったのかよ!)
人の服装にケチをつけた挙句、まさか。
(いや!違う!流川ドウテーだし、それはない!うん!)
は耳まで赤く染めながら、10月の汗ばむ陽気の藤沢市を自転車で走り抜けていった。
『流川こそ、アタシのことエッチな目で見てんじゃないの!?』
それを言われた瞬間、流川楓の頭の中は真っ白になった。
正確には、(なぜ知っている!!??)という衝撃でいっぱいだった。
(どれだ、どれのことを言ってんだ)
あれか。ブラジャーの時のか。
だがあれは不可抗力であり、流川だって見たくてみたわけじゃない。
そうすると、……乳首。
乳首見た時なのか。
でもあれだって、そもそも平気で胸元のゆるい服を着るに原因がある。
流川の頭に様々な記憶がよみがえる。
最近では……夢の中での、一件。
でもそれは、がエスパーでもない限り、流川の夢の内容を知ることなんて不可能だ。
一体、どれの話を言っているんだ、コイツは。
頭が高速回転するのに反比例して、言葉はどんどん詰まっていく。
下手なことは言えない。だが何か言い訳しなければ。を刺激しない、何かいい言い訳はないのか。
流川が焦っていると、の様子がおかしいことに気がついた。
何かの衝撃に備えるように目をつぶっていたかと思うと、ちらりとこちらを見てきた。
目が、あってしまう。
そして、目があって。
の首から上が、みるみる赤くなっていくのがわかった。
なんだ、その反応は。
流川がようやく言葉を発せるようになったころには、は「ギャー!流川キモーイ!」と叫んで家を出て行ってしまった。
(な、なんだったんだ、あいつ)
そう思いつつも、流川は心の中ではちょっと安心していた。
そう言えばは今日、誰と一緒に出かけるのだろうか。
聞いていなかった。
あんな格好で出かける以上、相手が男ではないことを願ってやまない。
(オレも、そろそろ行くか……)
の暴言によるショックから立ち直り、流川はスニーカーに履き替え外に出た。
歩いて藤沢駅に向かい、流川は町田方面の電車に乗った。
1時間ほどかけて目的の駅につき、改札を出ると、黛繭華がすでにいた。
「……おはよ」
「……おお」
黛は、どこか緊張感のある面持ちで流川を見た。
「花形さん達、先店入って待ってるって」
「そうか」
店の場所が書いてあるであろうメモを見ながら歩く黛に流川はついていく。
すべては、の過去を聞き出すために。
そして、いよいよ、運命の日曜日が始まる。