「……そう、そうよね……。流川くんたち、その話を聞きに来たんだもんね……」

は忙しなくきょろきょろと黒目を動かし、黛、流川と見た。
流川はそれ以上何も言わなかったが、その態度だけでは流川が引かないであろうことをらしい。
ただ、目を伏せて、少しだけ藤真の方を向いた後こちらに向き直り、は再び口を開いた。

「その前に……一つだけ聞きたいのだけど……。流川くんは、ちゃんのこと、好き?」



106.流川くんと長い一日




「ごめんなさいね。ふたりとも、わざわざ遠くにまで来てもらっちゃって……」
「いえ……」
「別に……」

流川たちが店についたら、すでに翔陽の花形と藤真がいた。そして……、

「透ちゃんから話は聞いてるわ。あなたが黛繭華ちゃんで、あなたが……流川楓くん。……はじめまして。私、ちゃんの従姉妹のって言います。……でいいわ。よろしくね」

の従姉妹だと名乗ったその女は、やっぱり、

(すげー……タヌキ顔)

に似た、タヌキ顔だった。
どこかで会ったような気もするが、はたしていつのことだったか。
は小動物じみた仕草で目をキョロキョロとして、黛と流川を見比べ、再び席に座った。
流川たちも花形に促され、向かい合うように座る。
流川は藤真と花形の間に座るをじっと見た。
より幾分か背が低く、そして、のような快活さはあまり見受けられない。
ただ、どこか警戒するようにこちらを伺う姿は、なんとなく、初めて出会った頃のを彷彿とさせた。
ところで、

「あの、なんで藤真さんいるんすか」
「は?オレはの彼氏だぞ?」

流川が至極まっとうな疑問を口にすると、藤真は「当たり前だろバカ」と言わんばかりの口調で理由になっていない理由を言ったので、流川は無視して話を続けることにした。
だが、

「あの……」
「アノ」

流川が切り出すと同時に、が声を上げた。
は慌てて遠慮がちに「る、流川くんからどうぞ!どうしたの?」と譲ってきた。
促されるままに話しだそうとすると、隣に座る黛に小突かれたため、流川はしぶしぶ「サンからどうぞ……」と結局会話の主導権を譲った。

「えっと、あの、ちゃん……どうかなぁって……。元気にしてるかしら?ご飯とか、何か困ってることはない?」

はまるで拾った動物を心配するかのような口調で質問してきた。
こんな言い方をするからには、彼女は当然知っているのだろう。
が流川に拾われるまで、ふらふらと夜遊びをして家に帰らない生活をしていたことを。

「別に、平気っす」
「そう。……なら、いいのだけど……」

とても、『いい』とは思っていなさそうな歯切れの悪さだ。
だがはそれ以上何も言わず、再び伺うような視線でこちらを見るだけだった。
その視線は、何故か妙に流川を苛つかせる。

「あの」

流川の発言は、今度はだれとも被らなかった。
さっさとの話を聞き出して帰ろう、と思ったが、

「失礼します。こちらメニューになります」
「……どうも」

タイミング悪く、黛と流川の分の水とメニューを持ってきた店員に邪魔をされてしまった。
あまり居心地がいいとは言えない席だったため、適当に飲み物だけでも頼んで要件だけ済ませよう、と流川は思う。
しかし、

「ふたりとも、遠慮なく頼んでね。……ここのお店ね、ちゃんのお気に入りの店だったの」

柔和な笑顔を浮かべるに釘を差すようにそう言われてしまい、流川は適当に花形が頼んだものと同じものを頼んだ。
そして同時に、思ったより長い一日になりそうだと覚悟をした。



「お待たせしました。手捏ねハンバーグのランチセットでございます」

しばらくして、まずは藤真が注文したものがテーブルに運ばれた。
どうせ大学生のアルバイトか何かだろうに、ウェイターの男は妙に恭しく丁寧にフォークやナイフを並べている。
そのわざとらしい感じが、流川は好きではない。
ウェイターだけではない。
この店は、なんだか気に食わないことが多い。
女達がオシャレだなんだと言うわざとらしい板張りの木の床も、妙に気取ったテーブルウェアも。
流川には妙に鼻につくのだ。
何よりも、

「藤真くんの、それ、ちゃんもお気に入りだったのよ。ね?透ちゃん」
「ああ……懐かしいな」

先程から、は同じようなことを言っている。
やれ、は昔は何々が好きだっただの、何々が食べられなかっただの。
別にそれ自体はどうでもいいのだが、目を細めて自分の知らないを語るが、流川は早くも気に食わなかった。
そんなどうでもいい情報を教えてくれるなら、さっさと本題に移ってくれ、というのが流川の本音だった。
藤真は「先食うぞ」と宣言してハンバーグを切り分けている。
はまるで小さな子どもに言うように、「熱いから気をつけてね」と藤真に言った。

「ねえ、繭華ちゃん。あのステンドグラスの窓、素敵でしょう?……ちゃんも、昔あれが好きだったのよ。絵本に出てきたお城みたいだって」
「へえ。そうなんですか……」

黛はと店の内装を褒めそやしている。
流川は(絶対そんなことねーだろ)と思っていた。

(オレの知ってるは、あんなもん好きじゃねー)

アイツはもっと派手好きで、ガサツで、藤真が今食べているハンバーグより、多分もっとジャンクなものが好きだ。
結局、は料理が運ばれてくるまで「昔の」について語り続けたが、そのどれもが流川にとってはどうでもいい情報であり、そして、そのどれもがとても今のを構成する要素とは結びつきそうにないものだった。

ちゃん、小さい頃から勉強もスポーツもなんでも出来てね……」

それがどうして、あんな不良娘になったのだろう。

「繭華ちゃんも読んでたんだ、あの漫画!私とちゃんも好きだったのよ」

どうしては、先程からバスケの話題を一切出さないのだろう。



「こちら、食後のドリンクでございます。アイスコーヒーのお客様」

結局、食事は何事も無く終わり、ウェイターが飲み物を持ってきてしまった。
花形が長い腕を伸ばしテーブルに一度置かれたアイスコーヒーを引き寄せ、女子はアイスティーを受け取る。

「オレンジジュースのお客様」
「おす」
「……うす」

藤真と流川は一瞬「お前もオレンジジュースかよ」という目で互いを見たが、その後自然に目をそらした。
そして、アイスティーにミルクを入れてかき混ぜているが、再びについて語りだそうとした。

(もういいだろ、その話は)

だが流川は、

サン。……オレたち、あの、のバスケの話について聞きたいんすけど……」

それを止めた。
は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに不安そうな顔をして、ぐるぐるとストローでアイスティーをかき混ぜる。

「……そう、そうよね……。流川くんたち、その話を聞きに来たんだもんね……」

は忙しなくきょろきょろと黒目を動かし、黛、流川と見た。
流川はそれ以上何も言わなかったが、その態度だけでは流川が引かないであろうことをらしい。
ただ、目を伏せて、少しだけ藤真の方を向いた後こちらに向き直り、は再び口を開いた。

「その前に……一つだけ聞きたいのだけど……。流川くんは、ちゃんのこと、好き?」

流川はいよいよ、コイツとは合いそうにない、ということを確信した。
従姉妹だというのに、なぜとこうも違うのだろうか。
だったら、こんな回りくどいような、人の顔色を伺うようなことはしない。

(……ハズだ)

流川は目を鋭くしてを睨んだ。

「ソレ、今関係あるんすか」

は流川の怒りを感じ取ったのか首を竦めて、「ごめんなさい、変なこと聞いちゃって……」と言った。
だが、それでも流川を見据えて「でもね、大切なことなの」といった。
流川が目をそらさずにいると、自然とと睨み合う形になった。
は髪も染めない、右サイドに三つ編みをした、大人しそうな女だ。
とは、全然違う。
でもどうして、それでもにはの面影があるのだろうか。

(……さみしそうなカオ、するからだ)

アイツが。
が。
時々。
その時の顔は、今のの表情と似ていると言えなくもない。

「おい、。流川も、あんま威嚇すんじゃねーよ」

どれほど睨み合っていたのか、藤真の声で流川はようやくを睨むのをやめた。
気がつけば黛が随分と剣呑な雰囲気でこちらを見ていた。
割と長い時間無言で睨み合っていたのかもしれない、と流川は思った。

「……教えてください、サン。……なんで、アイツ、バスケ部やめたんすか」

流川がにそう言うと、は暗い表情で、

「……そう、流川くんも、知りたいのね。……ちゃんの、バスケのこと」

と言った。
気がつけば、この店に来てから2時間は経過している。
どうして、女の話はこうも回りくどいのだろう。
流川は疑問に思う。
だが、よくよく考えてみたら、回りくどいのは自分も一緒かもしれない。
のことなら、わざわざ他人に聞かず、本人に聞けばいいのだ。
なんでバスケ部やめたのか、なんて。
多分、家に帰って3秒もあれば流川はそれを聞ける。
でも、3秒どころか、と出会って半年経っても、流川はそれを聞けずにいた。
それを聞いてしまったら、が再びどこかに行ってしまうという確信が、流川にはあったからだ。
だから結局、流川は今、のことはに聞くより他にないのである。

(結局、一番回りくどいのアイツじゃねーか)

なんだって、自分はこんなめんどくさい女のことを気にかけているのだろう、と、流川はちょっぴり疑問に思った。

ちゃんはね……きっと。バスケ、好きじゃなかったのよ、昔から」

なにはともあれ、はようやく重い口を開く気になったようだった。