「はーい」
「明日の試合のことなんだがね……」
13.流石に安西先生でも「諦めてください」と言ったそうです。
土曜日。授業は午前中で終わり。
バスケ部は、翌日の陵南高校との練習試合に向けて、赤木キャプテンを筆頭にたいそう張り切っていた。
「よし、休憩だ!5分後再開するからな!各自水分補給をしっかりしとけ!」
「うげ、きもちわるい……」
「ぼ、ぼくも……」
女子部もサーキット・トレーニングだけは男子とともにこなした。
が、一年男子ですら毎年半分は逃げ出すようなメニューなので、と藤崎は脱落せずともすっかりヘロヘロになっていた。
「ありゃりゃ、2人ともフラフラしちゃって。まだ早かったか」
「先輩がすごすぎるのよ、流石に」
彩子が心配そうにと藤崎を見ながら言う。
椎名はさすが3年間赤木のサーキットメニューをこなしてきただけあって、ピンピンしている。
「私体力だけが自慢だからね!じゃあ女子は10分休憩にしてあげるからコンディション整えてね!」
「む、無理……吐いてくる……」
「ちゃん、そーゆーの、ゲロインって言うんだよ……」
「何の……話だよ……」
ふらふらと水飲み場に向かおうとすると、流川がこちらを睨みつけているのがわかった。
目で、「吐くんじゃねぇ」と訴えてくる。
流川は、が吐くことに過敏に反応する。
昨日も、「吐いたんだからこれくれーは食え」と、ただでさえほとんど流川と同じ量食べている所にご飯を大盛りにされた。
流川は、ガリガリに痩せ細ったのことを相当心配しているらしい。
それはわかるのだが、もう少し気を使ってほしいと言うのが、不健康劣悪児のの感想だった。
(こんなんでアタシ……試合できんのかな……)
はで、正直この体で高校の40分というルールを動ききれるか不安だった。
だから練習試合はぜひとも出たかったのだが。
(3人じゃ、どーにもなんねーよなー)
そもそも、約3週間後に迫った県予選に出れるかも怪しい。
「頼みがあるんだが」
休憩が終わった後、女子3人に言ってきたのは、男子のキャプテン赤木だった。
「明日、その、女子は試合ができないだろう?替わりと言ってはなんだが……アイツを、鍛えてやってほしい」
「タケちゃん……!桜木くんのこと、試合に出してあげるの?」
椎名は、先日、木暮と赤木とファミレスに寄った際、赤木が「桜木は使わない」と言っていたのを覚えている。
「アイツは……」
赤木がちらりと桜木の方を見る。
つられて女子3人も桜木を見る。
「あ、レイアップ」
「すごい!桜木くんレイアップできるようになってる!」
「やるじゃん、桜木」
「……そういうことだ」
桜木の努力を認める、ということだろう。
「4時から男子はゲーム形式の練習を始める。それまでにあいつのレイアップを試合で使えるレベルにしてほしい」
「オッケー任せて!ちょうど女子もディフェンスの練習したかったから」
「ああ……すまないが頼む。それにあいつも、流石に女子相手に無茶なオフェンスはしないだろう。その辺のことも教えておいてくれ。今のままじゃファウル連発だ」
向こうで桜木が無理にダンクを決めようとして男子を弾き飛ばし、「どあほう。それじゃチャージングだ」と流川に叱られている。
なるほど、桜木の性格上、女子にあれはできないから、ディフェンスをされたら、彼はレイアップを狙いに行くだろう。
それを計算に入れた上での女子への依頼だった。
赤木は木暮に目配せで合図し、木暮は「桜木、お前は特別メニューだ。ちょっと来てくれ」と1.2年で軽い練習をしていた集団から桜木を連れ出す。
「話まとまったか?」
「なんだよメガネ君、特別メニューって。はっ!やはりスラムダンクの……」
「違うわ!桜木、お前には、女子のディフェンスを相手にオフェンスの練習をしてもらう」
「な、何~!?女子だとー!?」
桜木は赤木の提案に素っ頓狂な声を上げる。
「不服?」
が尋ねる。
「い、いやぁ、不服と申しますか~、その、怪我とかさせちゃうんではないかと~」
タジタジと桜木は言う。
「当然よ、アンタの馬鹿力なんか喰らったらひとたまりもないっつーの。だから、うまくやってよね、天才さん?」
「う、ううーん」
桜木にはまだ、ファウルになるプレイかどうかの境界線がわからない。
赤木もまさか数時間でわかるようになるとは思ってないが、やらないよりはマシだと思った。
女子を相手に、少しは感覚をつかめれば、と。
そして女子は女子で、普段はできない3人でのディフェンスの連携練習や、2対2ができる。
いいことづくめの提案だった。
ただ一人、桜木花道を除けば。
(ぬぁんでキツネやメガネ君やゴリはフツーに男同士で練習してんのに、オレは女子を相手にしなければならん!)
まあ、普通に考えて。
高校生の男子に、「女子に混じって練習してね」という提案は通りにくい。
単純に、恥ずかしいからである。
まして、女のコには滅法弱い桜木は、女子と仲良しこよしで練習しろなんて拷問に近い。
だが、ここで練習に参加しないと、今日のゲームにも参加できない。
桜木花道、葛藤。
「恥ずかしい?」
赤木と木暮が去り、藤崎と椎名がディフェンス位置につくために少し離れた後、が桜木に小声で尋ねた。
「は、恥ずかしいと申しますか……」
「ま、しょーがない。初心者が明日の試合に出たいってんなら、使えるものはなんでも使って練習しなきゃ。それが女子相手でもね」
そもそも、練習する、というのはどんな内容にせよ恥ずかしいことの連続なのだ。
なぜなら、失敗するから。
失敗を繰り返し、それでもいつか成功するために努力し続ける。
努力は往々にして、恥である。とは思う。
それが耐えられないなら、流川には到底勝てない。
「確かにさ、努力は恥だよ。だけど、悲しむよりはずっといい」
は中学生の頃まで、ずっとそう思いながらバスケの練習をし続けてきた。
あの頃の自分には、絶対に勝たなくてはならない理由があったから。
「ぬぬぬ……、よろしく、おねがいします……」
負けることを想像したのだろうか。
桜木は大人しく練習を始めることにしたらしい。
「オッケー、始めるよー!」
の声を皮切りに、桜木花道のレイアップシュート練習実践編がスタートした。
「ああっバカ!そこで突っ込むな!ファウルになる!」
「ちょっと!味方の動きもよく見ろ!しーちゃんアンタのためにサキチィにスクリーンかけてるでしょうが!」
は不思議と、本人がどの位置にいても桜木の姿が見えてるかのように、桜木を叱り飛ばした。
「さんて……」
「なに」
「目が後ろにも付いてるんですか?」
「バカ」
まじめに聞いたのに……と落ち込む桜木だった。
練習が終わり、男女ともに解散。
桜木も、最後は男子に混ざってゲーム中レイアップを放つという大活躍を成し遂げた。
解散後、赤木は桜木に残るよう指示をした。
は「頑張ってね、天才さん」とだけ言って体育館を後にした。
女子更衣室では、椎名と藤崎が既に着替え始めていた。
「着替えながらでいーから聞ーてください!」
椎名が「重大な発表!」と、突然話し始めた。
なんだ?と思い着替えつつ椎名の言葉に耳を傾けると藤崎。
「大変残念なお知らせですが……、明日!女子は試合できません!」
「知ってるよ」
「3人しかいねーもん」
「えー!私今日安西先生に言われてようやく知ったよー!?」
それは流石に諦めが悪すぎである。現実を見ろ。
「その代わりね、男子の試合をみんなで見学した後、女子は陵南女子部の皆さんに混ぜてもらって、合同練習することになりました!」
「おー」
「それはフツーにウレシーかも」
やっぱりバスケは10人以上でやりたいものだ。
「で、試合の時にね、こっちからも副審出すらしいんだけど、先生、ちゃんにやってもらいたいんだって」
「アタシ?」
練習試合の時は公平なジャッジをするために各校からひとりずつ審判を出すのはよくあることだが、わざわざ指名されるとは思わなかった。
「うん、大丈夫?」
「まあ、そりゃ、別にいいけど」
「あー、よかった。先生に言っとくね」
椎名は着替え終えてそそくさと支度をした。
「じゃーね!ちゃん!サキチィちゃん!明日がんばろーね!」
扉の前で振り返って椎名が言う。
「がんばろーね。ばいばい」
「ばいばい」
と藤崎も挨拶を返す。
「さて、アタシらもさっさと帰るか」
「……ここだけの話なんだけど。しーちゃんがいなくなると突然怖くなるよね。あの壁のシミ」
「チョーワカル」
椎名の陽のパワーは偉大だと実感する後輩たちであった。
明日はいよいよ、練習試合。