「。タメだよ。ヨロシク」
14.そしてふたりは出会った
8時半、駅に集合。
昨日の連絡通り続々とバスケ部が駅に集まってくる。
男子主将の赤木剛憲と副主将の木暮公延、そして女子主将の椎名愛梨は30分前から集合していた。
椎名は朝から元気よく、今日は自転車で現れた後輩の藤崎の元に駆け寄っていった。
「椎名、最近楽しそうだよな」
「あいつはいつも楽しそうだろ」
「まあ、そうなんだけど。やっぱり後輩が入ってきたからかな。椎名が楽しそうなの」
この3人は1年からの付き合いで、お互い弱小校故の歯痒さを味わいながらも邁進してきた。
だから、3年目の今、バスケにかける思いは誰よりも強い。
特に今年は、男子も女子も粒ぞろいだ。
木暮は、駅ではしゃぎまわる女子たちを見て言った。
「女子も、せめてあと2人入ってくれればな……」
「オハヨーゴザイマース」
「うす」
集合時間5分程前に流川とが現れた。
今日も流川の自転車に二人乗りしている。
「ちゃん、流川くん、おはよう!今日も一緒に来たんだ。仲いいね!」
「……家近いんで」
ウソは言ってない。
その様子を遠くで見ていた彩子は2人の関係を勘繰ってニヤニヤしていた。
そして集合時間ギリギリに現れた桜木花道を全員で急かし、湘北バスケ部は電車に乗った。
電車では桜木花道が緊張したり流川がそれに喧嘩売ったり男子が席から腰を浮かせて筋トレしたりと、みんな気合は十分のようだった。
女子はそんな男子がだいぶ恥ずかしかったので車両を移動して、お菓子の交換などをしながら到着を待った。
「あ、サキチィ、一部読んだ。熱いね。二部も読むわ」
「ちゃんも良さがわかってきたみたいだね。きっとちゃんは二部のほうが気に入るよ」
「私もう五部まで読んじゃった!面白いよねー。あ、先生もお菓子どうぞ!」
「ほっほっほっ。いただきます」
女子、試合がないため若干遠足気分。
『陵南高校前~。陵南高校前~』
「行くぞ!」
駅のアナウンスが響き、赤木の気合のこもった声が響く。
そのままずんずんと異様な雰囲気を放ちながら集団は陵南高校へと進んでいった。
「チュース!!!」
陵南高校の体育館の入り口で湘北バスケ部の挨拶が響き渡る。
そして、
「はっはっはっ!センドーはオレが倒す!」
桜木花道のバカ騒ぎも。
その一言を聞いた陵南生たちの目つきが変わる。
(おー、コワ)
男子からちょっと離れたところでも、ピリピリとした雰囲気を感じ取っていた。
赤木は桜木を叱るが懲りていない様子。
そうこうしているうちに向こうの顧問の先生だろうか、その人が安西に丁重な挨拶をしてきた。
「しーちゃん、安西先生ってエライの?」
「んー?なんかねー、昔日本代表でバリバリやってたらしいよ?ちょっと前までは大学の監督としてガミガミやってたんだってさ」
「ふーん」
は聞いておいてあまり興味なさそうな返事をした。
「湘北の人?今日はよろしくお願いします!」
体育館からピョコン、と藤崎くらいの背丈の女の子が顔を覗かせる。
「どうも!湘北高校女子バスケ部キャプテンの椎名です。本日はお招きありがとうございます。合同練習頑張りましょうね!」
椎名の挨拶に合わせて、も軽く会釈する。
「女子更衣室案内しますね。こちらにどうぞ」
「だってさ、サキチィ行くよ」
「ん」
女子3人も体育館内に入る。
「私、長妻 桜南(ながつま さな)って言います。2年です。サナでいいですよ」
(おお、普通のあだ名だ)
はよくわからないところに感想を抱いた。
「長妻、女子の方は頼んだぞ。今日は……その……村上が休みだからな」
陵南の顧問、田岡茂一は妙にバツが悪そうに言った。
「村上サンって?」
その態度が若干引っかかり、が尋ねる。
「うちのエース。2年生だけどね、すっごいうまいんだぁ!」
と、長妻は小さい体に憧れを滾らせて言った。
「ふーん」
やっぱりは、自分から聞いたくせにどうでも良さそうな返事をした。
なんで顧問がそのエースの不在にバツの悪そうな態度を取るのか、そっちのほうが気になった。
ちらり、ともう一度田岡のほうを見ると、田岡はもう女子の方を見てはいなかった。
その代わり、また入り口にいる生徒を見て、たいへん素っ頓狂な声を上げた。
「、!?来てたのか!?そ、その、やはり試合に出たくなった……とかか?」
田岡はなぜか縋るような、それでいて若干甘やかすような声を出した。
体育館の入り口にいつの間にか立っていた、、と呼ばれた黒いセミロングの女子生徒は、そんな田岡ににべもなく「いいえ」、と答えた。
「私は、彦一くんを見に来ただけです」
「さっきのコ、バスケ部ですか?サンってコ」
着替えながらは長妻に尋ねた。
長妻は苦笑いとともに答える。
「あー、さんね。バスケ部じゃないんだよ。めっちゃ強いらしいんだけどね。新入生で……田岡先生もこの一ヶ月熱烈に勧誘してるんだけどね……」
長妻は田岡の苦労を慮ってか、ゲッソリ、という顔をした。
「へえ」
、今度は少し関心を持って返事をした。
なぜなら、この長妻や顧問の田岡の態度から、あのこそが陵南のエースなのではないかと思ったからだ。
(まあ、アタシにはかんけーねーか)
なんせこっちは部員3名の弱小バスケ部、相手は昨年男女ともにベスト4の強豪校である。
宿命や因縁なんて、感じる訳がない。
女子たちが着替え終わると、男子たちも既にユニフォームになっていた。
「お、桜木ユニフォーム似合ってんじゃん」
10番のユニフォームを身につけた桜木に声をかける。
「ははは!実力ですよさん!」
桜木はこれ以上ないくらいゴキゲンになっていた。
が流川を見ると、流川は11番を身に着けていた。
更によく2人を見てみると、お互い顔にところどころキズがある。
なんとなく、は何があったか察した。
「あ、桜木くんのお友達軍団来てる!付き合いいーねー!」
「しーちゃんセンパーイ!ちゃーん!チビッコも頑張れよー!」
「僕あいつらキライ」
桜木軍団にいつからか「チビッコ」と呼ばれるようになってしまった藤崎は、気分を害しているようだった。
「湘北の審判は誰だ?」
陵南の顧問が男子に尋ねている。
「あ、スンマセン、アタシっす」
は手を上げながら田岡に近づいた。
「な、女子……なのか」
田岡が少々大げさに驚く。
別に男子の試合を女子がジャッジするなんて珍しくもなんともないはずだが。
「主審の上田です。よろしくお願いします」
と、陵南の男子に話しかけられる。
「よろしく~」
と、も軽い挨拶を返そうとしたその時だった。
「ま、待て!今日お前には他のことをやってもらう!」
田岡が突然、男子生徒をお役目御免にした。
「え、なんで……」
男子生徒の疑問も聞かず、田岡は体育館の角で眺めていた女子生徒に話しかけに行った。
先ほどの、、という生徒だった。
「、すまんが審判をやってもらえんか。主審をやるはずだった奴が突然腹痛になってな。他の生徒も今日は色々役目があって手が空いてる奴は一人もいないんだ」
田岡は早口気味に捲し立てる。
その内容はあからさまに嘘だった。
だが、と呼ばれた女子生徒は
「はあ……、そのくらいなら構いませんが」
と、引き受けた。
「そ、そうか!やってくれるか!すまんな!お前がいて助かった」
田岡は少々大げさなくらい喜んでいる。
「な、なんで……」
男子生徒は、落ち込んでいた。
「です、よろしくお願いします」
「。タメだよ。ヨロシク」
は田岡から受け取った笛をに渡す。
「最初リードなのってアタシだっけ?」
「そう、副審だから」
はと審判の役割を確認する。
バスケの審判は、リードオフィシャルとトレイルオフィシャルを、ファウルを宣したり、ボールを支配するチームが変わるごとに交互に入れ替える。
リードオフィシャルはゴール下付近で、トレイルオフィシャルはセンターラインあたりで試合をジャッジする。
最初のジャンプボールをトスするのは主審なので、主審はそのままトレイルオフィシャルを、副審はどちらがボールを支配したか見極めて移動した後、リードオフィシャルを務める。
「そーいえば、アンタバスケ部じゃないんだってね。なんで日曜なのにわざわざ部活来たの?カレシの応援?」
たしか、彦一くん、と言ったか。
だが、は照れるでもなくただ淡々と、「そんなんじゃない」と言った。
(あ、これマジで『そんなんじゃない』やつだ)
のトーンでは察した。
「それにしても、試合はいつ始まるの?」
は、若干刺々しい声を出して言った。
確かに、他の準備はできているはずなのになかなか始まらない。
「彦一くん、なんで試合始まらないの?」
は、ベンチに座っていた小柄な少年に声をかけた。
なるほど、あれがの「そんなんじゃない」人か。
「そ、それが遅刻者がおりまして……」
「遅刻ですって!?そういう団体行動乱す迷惑な人なんて、無視して始めればいいのに!」
「は、はぁ……」
は真面目な性格なのか憤慨している。
(ウチは全員で来たから、遅刻はアッチか)
陵南側に遅刻者がいるらしい。
「全く、部外者だから黙ってるけど、私が同じ部だったら絶対タダじゃおかなかったのに……!」
この子、同じ部にいたらウルサソーだなと思うだった。
しばらくして、両チームの選手がいよいよコートに集まってきた。
桜木が先陣を切って挨拶をかます。
「どれがセンドーだ?」
はて、『センドー』とは誰のことだ?とが思ってるうちに、桜木は向こうのキャプテンにも喧嘩を売り出す。
「ああいう人、信じられない。そういうのに限って口先だけなのよ」
はとうとう桜木にも苛つき始めたようだ。
この子、湘北のバスケ部に入ったらストレスで胃に穴が空いてると思う。
だがイライラしてるのはだけではない。
「仙道はまだかァ!おい!!」
田岡もイライラキョロキョロとしている。
おいおい、試合前からこんなんでどーすんの?とが思ったその時、
「チワース!!!」
ひときわ大きな声が体育館に響いた。
陵南生たちがわらわらと入り口の近くの生徒に向かう。
なるほど、あれが「センドー」か。
「寝坊です」と言ってのけた柔和な笑顔に、みな、毒気をぬかれているようだった。
ここにいる、を除いて。
「あの人、いつも遅刻するのよ。なのにみんな許すの。信じられない。実力があるからって、みんなあの人に甘いのよ」
お前もうここで愚痴ってないでバスケ部入部して直接文句言ってこいよ、と呆れるだった。
何はともあれ、ようやく試合が始まる。