「アノ……モウイイデス……」
「は?なんで?」
「モウ、ダイジョウブデス」
「てかなんでカタコトになってんの?しかもケーゴなの?」
18.流川楓15才、ブラチラを見る。
「男子のみんなお疲れ様ー!ホントーに惜しかったね!!鈴木先生からの差し入れだよー!」
昼休憩に入り、椎名が大量のスポーツドリンクのペットボトルを抱えて現れた。
どうやら藤崎とともに、顧問の鈴木のポケットマネーで買い出しに向かっていたらしい。
「ちゃんもどうぞ!お疲れ様。午後も頑張ろうね!」
「うす。ありがとね」
男子はまだ試合のことを引きずっているようだが、女子はある意味午後からが本番だった。
各々体育館の好きな場所で昼食を摂っている。
たち湘北女子メンバーも、陵南の女子たちに誘われて一緒にお昼ごはんを食べていた。
「それにしても、さっきのさんすごかったよね……」
長妻桜南、とか名乗った女がポツリと呟いた。
陵南女子は、「」という名前に全員ピクリと反応した。
には、彼女が単なる短気の正論バカにしか見えなかったのだが、陵南女子には思うところがあるらしい。
「確かに!普通男子にあんな勢いで突っ込まれたらドーンって飛んでっちゃいそうなもんなのに、そこからシュート決めちゃうんだもんね!あれはびっくりしたよ!」
椎名は持ち前のフレンドリーさで、すっかり陵南生たちとも打ち解けているようだった。
「本当に驚きましたよね。でも、さん『バスケはもうやらない』っていうんです。あんなに強いのに……」
長妻は非常に残念そうな顔を浮かべる。
肝心のはというと、女子からも男子からも離れたところで、ファッション雑誌を読んでいた。
ちょうども好きな雑誌だったのでどんな系統の服が載っているか理解していたのだが、どう考えても真面目系のには似合いそうにもないタイプのものだった。
「サナ、やりたくないっていうやつは放っとけばいーんだよ。全国2位だかなんだか知らないけど、そんな奴がいなくてもあたしたちは勝てる。そうでしょ?」
姉御肌、という形容が正しそうな女子が長妻に声をかける。
「全国2位?さんが?」
椎名がそのワードにピクリと反応する。
「あ、はい。そうなんですよさん。中学の時全国2位まで上り詰めた学校のスーパーエースだったんです。だから陵南にいるって知った時、田岡先生なんてもう舞い上がっちゃって大変で。……その代わり、沈んだ時も大変でしたけど」
「僕も知ってる。。でも確か、彼女愛知じゃなかった?」
藤崎が珍しく大人数の会話の輪に入る。
「よく知ってるね。そうなのよ。なんで神奈川に来たのかはだれも知らないんだどね」
がもう一度の方を振り返ると、仙道がの読んでいる雑誌を取り上げて、からかっているようだった。
「えー!?さんにはこんな格好似合わないと思うぜ?」
「ほ、ほっといてください!今色々勉強中なんです!!」
その会話を聞いて、高校デビューするには遅すぎね?と思うだった。
「ゴチソーサマ」
「おお、ちゃん今日もいい食べっぷりだったね」
「ん、そお?」
最近、この量にも慣れてきた。
……その分、練習後に吐くことも多いが。
「そういえば、朝倉っていないんですか?」
「アサクラ?」
陵南生の一人が、椎名に尋ねた。
誰だそいつ。
「あれー?おかしいな。朝倉、湘北に行ったはずなんですけど……。『朝倉光里』って子で、私と同じ中学だったんです。一番強かったんですよ」
「え!そんな子が湘北いるの!?うそうそ!教えて教えて!」
椎名は新入部員の予感に目を輝かせた。
「いいですよ。朝倉って言って、背はかなり大きかったですね。中3からぐんぐん伸びて。だからセンターやってました。性格も真面目で、私達の代のキャプテンでした」
「うんうん!」
すかさずメモを取る椎名。
は、お弁当を片付けてその輪からそっと離れた。
「流川」
ちょうど昼ごはんを食べ終わったらしい流川に声をかける。
「あそこ座って。さっきつったでしょ。ちゃんとほぐしとかないとね」
「む……」
が用意した椅子に大人しく座る流川。
流川はこの時知らなかった。
この行為が、後々まで自分に大きな影響をあたえるようになるとは。
「うわ、やっぱさっきよりカタイ感じするわ。えっと、どうすればいいんだったかな……」
は、先程より疲労が溜まっている感じのする流川の足を触って驚く。
一応流川だってクールダウンをしていたはずなのだが。
「これ、今夜お風呂あがりにもやっとかなきゃね……」
「頼んだ」
この言葉は、流川の本日最大の失言となる。
「ん、どう、痛い?」
「あんまり……」
「マジで?じゃもうちょっと強く……」
「あ、イイカンジ」
何層もの硬い筋肉で覆われている男の脚をマッサージするのはなかなか骨の折れる仕事であった。
は、夢中になって流川の足の筋肉をほぐしていった。
の手は、バスケ部にしてはちいせーんじゃねーか。
椅子に座り、にマッサージをしてもらいながら流川は思った。
だが、のシュートやハンドリング技術を支えているの手の筋肉は、そんな弱点をものともしないほど鍛えられていることが、マッサージをしてもらいながらわかった。
その手は、骨ばってはいたが、力強くしなやかな筋肉によってなめらかに動く。
流川と同じ、何年もバスケットボールとともに生きいていた者の手だった。
その時だった。
「!?」
流川は気づいてしまった。
が前かがみになってマッサージをするせいで、首周りのシャツがたるみ。
の、ブラジャーがチラチラ見えてしまっていることに。
「……おい」
「何?どっかいたい?」
はこちらも見ずにマッサージを続ける。
ピンクに黒のひらひらとした……レースが着いている。
家で姉の洗濯物がぶら下がってるのなんていくらでも見たことがあるが、なんか、身につけてるものって破壊力がチガウ。
なんて言えばいいのか。
『見えてるぞ』
とかか。
なんか、怒られる気がする。
『見てんじゃねーよヘンタイ!』
みたいに。
じゃあ、ここは黙っている方が得策か。
得策ってなんだ。
まるで自分がのブラジャーをずっと見ていたいみたいである。
いやそんなことはない、と思う。
と、思うが、何故かソレをガン見しているの自分がいるのもまた事実であった。
「よいしょ……よいしょ……。カテーな流川の足……」
やめろ、、頭を前後に動かすな。
の馬の尻尾みてーなふわふわした髪がちらちら揺れるたびに、のブラジャーもちらちら見える。
童貞の流川には、あまりにも刺激の強すぎる光景。
もう、限界だった。
「アノ……モウイイデス……」
「は?なんで?」
唐突に、マッサージを切り上げるように頼んだ流川を訝しげに上目遣いで睨む。
しかし、『なんで』なんて答えられようがない。
「モウ、ダイジョウブデス」
理由が言えないため、これしか言えなかった。
「てかなんでカタコトになってんの?しかもケーゴなの?」
これ以上、何も聞いてくれるな。と思う流川だった。
午後は男女に分かれて合同練習。
女子にとってはメインイベントの始まりだ。
一緒に陵南女子が普段やっている基礎練やサーキットをこなす。
流石に強豪校なだけあってメニューもハードである。
だが、前日に赤木のサーキットをこなして地獄を見た新入部員のと藤崎にとって、朝飯前とは言わないが、どうにかこなせる内容だった。
それを見た田岡茂一。
(む……弱小校の女子ですらついていけるメニューをさせているのか。少し見直しが必要だな)
陵南女子、受難。
続いて、ペアになってパス練習。
は、朝から何度か会話をしている長妻とペアになった。
ビシッ!と正確なパスを長妻の手元に投げ続ける。
それに対して長妻は、お世辞にもあまり上手とはいえない、毎回が少々動いてあげなければ取れないようなパスを繰り返した。
「さんすごいね!さっきから全く同じ所に返ってくるよ!一年生とは思えないなぁ……!」
「サナさん手元意識しすぎ。もっと足使って」
「え?う、うん。……こう?」
長妻は、のアドバイス通り足をの方におもいっきり踏みしめてパスを出す。
しかし、出されたパスは大きく方向がずれてしまい、はおもいっきりジャンプしてキャッチした。
「あ、ごめんね!私、全然ヘタクソで……」
「ちょっと前傾姿勢過ぎたね。パス出す前に、一度アタシの位置をよく見てから出してみてよ」
「うん、やってみるね」
から返ってきたボールを、今度は一呼吸置いてから投げる長妻。
しっかり、の手元に返ってくる。
「そ、イイカンジ。これをどんどん早くできるようになってけばいーんだよ」
「うわあ!さんすごーい!私こんなに良いパス出せたの初めてかも!もっと教えてよ!」
「えー?……じゃあ、次、ワンハンドでやろっか。あ、あと、それと……」
ワンハンドで投げられた素早いパスが、長妻の手元に返ってくる。
「ちゃん、でいいよ。部活の人、みんなそう呼ぶから」
「うん!ありがとう、ちゃん!」
その様子を見ていた安西、少しほのぼの。
見学に来た当初、は少々刺々しいオーラが出ていたが。
椎名のおかげだろう、大分丸くなったように思う。
それに、あの子はもともと技術もすごかったが、それを人に教えるのも上手だった。
今年は彼女を中心に女子は育てていこう。そう計画する。
問題は、椎名がいなくなった後は女子が2人だけになってしまうという点なのだが……。
「センドー!喰らえー!!」
「ははは。桜木ー!パスは人の顔を狙ってするもんじゃねーぞー」
ちなみに男子は男子で、女子とは大違いで殺伐と練習していた。
「えー!さん今のどうやったの!?」
「今の何!?私もやってみたい!」
3on3練習に移行した女子が、何やら騒がしくなる。
どうやら、が最後に出したエンドライン間際のディフェンスをかいくぐったビハインドバックパスが賞賛を浴びているらしかった。
「じゃあ、ちゃんをグルグルローテーションして使おっか、各チームで」
「え、いいの?さん疲れてない?」
椎名の提案に、陵南の女子部長が心配そうに尋ねてくる。
「あー別に平気っす。普段これより練習してるんで」
「それに、ちゃんのパスは一見の受ける価値ありだからね!どんどんやってこー!」
「あら、いいの?予選であたっても知らないわよ?」
無邪気な椎名をくすりと笑いながら女子の部長は言った。
確かに、の技術がバレてしまうのは痛手かも知れない。
だが、
「大丈夫!私達そもそも予選出れるかわかんないから!!」
(それでいいのかなぁ……。椎名くん……)
安西、ちょっと苦笑い。
「非常に動きの良い生徒がいらっしゃいますね」
田岡が、を見ながら話しかけてくる。
「おたくのほうにも……」
安西は、男子の部活を見学しているの方を見ていった。
「ですか……。本当に、本当にもったいないです。本人がやる気さえ取り戻せば……。私の力不足です」
「そうですか……。……女子は、難しいですね」
「……全くで」
男子は、いい。
強くさえしてあげれれば。
男は皆、大なり小なりそれを求めている。
だが女子は、それに比べて非常に難しい。
やかつてののように、実力があってもバスケを離れたり、メンタル面での問題の多さは男子の比ではない。
ましてや思春期。
一体何がきっかけで持ち崩すか分からないのが女子だ。
「それにしても、」
田岡は続ける。
「あのという生徒……どこかで……」
いや、あんな不謹慎な髪色の女子、一度でも見たことがあればすぐに思い出せそうなものなのだが。
田岡は、どうしても思い出せなかった。
「ちゃん本当にすごいね!今日、ゆうこりんもいればよかったのに……」
「ゆうこりん?」
「あ、さっきの村上さんのことだよ。いろいろあって今日はいないんだけどね。ちゃん見たら、すごく喜んだと思うよ。ゆうこりん強い人好きだから」
長妻の言った『いろいろあって』のところで、女子を見ていた田岡は苦い顔をした。
『女子は難しい』と最近身にしみた理由の1つである。
「ゆうこりんねー。いまゆうこりんの幼なじみの男子が謹慎中でー。その子の押しかけ女房してるから日曜部活来れないんだよねー」
陵南もなんかいろいろ大変らしい。
「それに……」
と、長妻は続ける。
「さんも、せっかくだからこっち来ればいいのに……」
は、長妻の見つめる方向、を見る。
は男子の、というか、彦一の練習風景を熱心に見つめている。
ふと、2人の視線に気がついたのか、がこちらを見る。
と、目が合う。
燃えるような目をした少女だ。
先ほどの練習試合の一幕で、誰もにその実力が只者ではないと知らしめた少女。
とが見つめ合ってることに、仙道が気がつく。
なにか声をかけようとしているのか。
の方へ向かう。
その様子を、流川も見ていた。
だが、
「ど、どうだ、。あのという生徒が中々の実力だ。せっかく来てもらったんだ、彼女の相手でも……」
仙道よりも先に、田岡がに話しかけてしまった。
そして、
「結構です」
ピシャリ、と。
田岡の提案を払いのける。
もう、の方を見てはいなかった。
仙道は「アチャー」みたいな顔を作って、練習に戻った。
女子は、難しい。