「あれもバスケ部?」
「まさか」
まさか、ね。
23.バスケ部最後の日
放課後。バスケ部。
「おーっす。黛も連れてきたよー……て何。なんで今日はサキチィも一緒になって抜け殻になってんの?」
が黛を捕まえて部活に来た時には、既に昨日と同様かそれ以上に意気消沈している椎名と藤崎がいた。
ふたりともモップを掴んで項垂れている。
「ああ……ちゃん……。良いニュースと、悪いニュースがあるよ……」
「うわ聞きたくねえ。絶対良いニュースも悪い意味になるんだよなぁ、大概」
は髪をかきあげながら、「で、何?」と一応続きを促す。
「朝倉さんとバスケしたんだけどね……めちゃくちゃ強かったよ……。さすが全中ベスト8……」
「ふーん。それが良いニュースで?」
「やっぱり……部活入ってくんないんだってー!!」
「あーあ。どうせそんなオチだと思ったよ」
ぴゃーっと泣き出す椎名を無視しては更衣室に黛を連れて向かう。
「どーしたのあの先輩。いつも元気じゃん」
「知らない。なんか朝倉ってガリ勉女がいて、部活入ってくんなくて悲しんでるみたいだけど」
「ふーん」
黛はまた、どうでも良さげに返事した。
「はい、ここが更衣室。あれがサキチィの私物のマンガ。割と面白い」
「読まねーよ」
「で、あれが女子更衣室名物……」
「ああ、顧問の先生?こんにちは」
え。
は、黛を脅かす目的で例の「動く(最近は更に喋った)人型の壁のシミ」を指したつもりだった。
しかし、黛は今、なんと言った?
顧問の、先生?
しかも普通に挨拶している。
そして、「へーそうなんですかー」とか普通にそのまま会話を続けている。
黛には、一体何が見えているのか。
怖くて、聞けないだった。
「黛さ、今度……お祓い行っといたほーがいーよ」
「は?なんでよ」
「ほら、しーちゃん、部活の準備するよ。サキチィも。たく、せっかく黛来てんだからしっかりしろよなー」
すっかり真っ白になっている藤崎と椎名の腕をズルズル引っ張り、体育館の備え付けの倉庫に4人で向かう。
「懐かしいっしょ。モップがけとか」
「私やったことねーよ。こーゆー雑用」
ケッ、みたいな感じで黛は言う。
だが手伝う気はあるみたいで、黛は髪の毛を高い位置で括った。
「湘北ー!」
本日男子は、赤木が課外授業で途中参加なので、副キャプテンの木暮の号令が響く。
その時だった。
ダン!と、大きな音が体育館の方から響く。
ボールの音ではない。
例えるなら、昔、試合中、相手を威嚇するためにかわざと大きな足音を出す選手とあたったことがあるのだが。
そのような足音に似ていた。
(何!?)
黛も異変を感じたらしく、抜け殻になっている2人はほっといてといっしょに用具倉庫のドアを少し開け、中の様子をうかがう。
体育館の入口には、ウチの学校の生徒からそうじゃなさそうな奴らまで、友好的とは言いがたい雰囲気でずらりと並んでいた。
「あれもバスケ部?」
「まさか」
黛がからかったように聞いてくる。
こういう雰囲気には慣れている、という風だった。
ここからでは流石に声は聞こえないが、揉めているのはわかる。
「コラァ!!」
桜木の怒り声が響く。
床がどーとか言っている。
宮城に制止されたようだ。
そういえば昨日、椎名が「宮城は喧嘩で入院していた」ようなことを言っていたのを思い出す。
まさか、こいつらなのか。
わざわざ報復にでも来たというのか。
一触即発、というピリピリした空気を感じる。
が出て行ったところでどうにかなるとはとても思えないが、ただ様子を窺っているだけでは何にもならない。
ちょうど今日はこういう修羅場が得意そうな黛もいる。
黛ならああいう連中に顔も効くだろう。
「止めてもらえない?コレ」
「なんで私が」
「……大会前なんだよ」
「出れもしないくせに。ビビってんの?意外とかわいートコあるじゃない」
「女子はともかく、男子はケッコーやれそうなんだよ」
そうだ、流川のためにも。
そして、初心者ながら頑張っている桜木のためにも。
は倉庫から出ようとするが、
(あ!)
ちょうど、随分離れたところからでも、流川と目があったのがわかった。
「出てくるな」、と目で訴えられる。
「すぐ片付けるから」、と。
流川は、と視線を外した瞬間ボールを思いっきり投げつけた。
(バカ……!アンタが喧嘩買ってちゃダメでしょーが!!)
そういえばアイツ、前にアタシが男に襲われそうになった時もソッコーで殴ってた、とは思い出す。
喧嘩っ早いタチなんだろう。
流川の投げたボールは不良の誰かに当たったらしい。
更にそのボールを、頭っぽいロン毛の男が宮城に蹴りあげる。
(まずい。本格的な乱闘になったら……)
誰にも、止められない。
「黛、お願い」
「私バスケ部関係ないもの」
黛はマットに腰掛けた。
止める気はないらしい。
「さ、アンタどーしたの?バスケやめてたじゃん。なんで急にそんなマジになってんの?」
黛の声にはかすかに怒りを感じる。
としては、彼女とは一応友好関係を築いてきたつもりである。
なんでこんな態度を取られるのかがわからなかった。
「体育の時だって、テキトーにやってたじゃない?」
「それはオメーも一緒だろーが」
4月に初めてが黛の存在を認識した時のことを言っているのだろう。
だが、なぜ今この話を持ち出すのか。
「……どうしたの?」
ようやく正気に戻ったらしい椎名が、事態を把握したのか、それとも黛との間の不穏な空気のためか、堅い声で話しかけてくる。
「しーちゃん、まずいことになった。なんか、ヤンキーが体育館に乗り込んできてる」
「え!?」
椎名も扉の隙間からこっそり様子をうかがう。
「……!?み、宮城くん……!」
宮城が、髪を掴まれロン毛男に顔を殴られている。
椎名はハッと息をつまらせたが、すぐに両手で自分のほっぺを叩き自分を奮い立たせ、「私、タケちゃん呼んでくる」と言った。
「危ないよ」
扉を開けて出ていこうとする椎名をは止める。
椎名は椎名で、ここに他にも女子がいることがバレることは得策ではないと感じたのだろう、別の方法を思いついたらしい。
「ちゃん、ごめん、私の事肩車してくれない?あそこの窓から出ようと思うの」
「あそこって……」
椎名が指したのは、倉庫の天井近くにある、人がひとり通れるかもわからない、採光用の窓だった。
「しーちゃん、もっと危ないよ」
上りはまだ人間の補助があるからいい。
向こうに下りるときは、椎名ひとりで着地しなければならない。
「うん、でも行かなきゃ。バスケ部のピンチだもの」
「しーちゃん……」
椎名の意志は、堅そうだった。
「しーちゃん、まだ僕のほうが小さくて身軽だし、あの窓通れると思うよ」
いつの間にか復活していたらしい藤崎も、椎名の身を案じて自分が代わりに行くことを提案する。
「サキチィちゃんに危ないことさせれないよ。大丈夫だって。タケちゃん呼んですぐ戻ってくるから。黛ちゃんも、ごめんね?こんなことに巻き込んじゃって」
普段は平和なんだよー?と椎名は無理矢理笑顔を作って笑った。
「じゃあ、言ってくるね。ちゃん悪いけど……」
「ん」
はもう何も言わずに椎名に協力した。
椎名はに肩車された状態から窓を外し、外した窓を藤崎に渡した。
「じゃ、行ってくるから。みんなここでじっとしてるんだよ」
椎名は、上半身の力だけで窓から這い出ようとする。
「うわ!椎名!?そこで何やってんだよ!?」
「しー!しー!いいからちょっと何も聞かずに手伝って!」
幸か不幸か外に人がいたのだろう、声が聞こえる。
椎名の両足が完全に外に出て、「ごめん急いでるから!」と事情を聞こうとしたらしい男子生徒を振りきって駆けていく音が聞こえた。
後はもう、椎名を信じて待つしかない。
「ごまかす!」
「もみ消す」
いよいよ衝突か。
桜木が何故かモップを折っているのが見えた。
だが、前に出てきた桜木を止めたのは安田だった。
ここが、最後の正念場だろう。
不良だって、場が白ければテキトーに帰るに違いない。
安田は、頭を下げている。
(そうだ、向こうのペースに合わせちゃいけないんだ。こういう時は)
奴らが興ざめすることを祈る。
そんなを、黛は冷めた目で見つめていた。
「でもバカだな!」
「ヤス!」
「安田!」
ロン毛男が安田を吹っ飛ばす。
「ひっ」
藤崎が怯え、ガタン、と扉の音を立ててしまった。
(しまった!)
ロン毛の男が、倉庫に視線を動かす。
女子がここにいることがバレたら面倒なことになる。
は藤崎を抱きしめ出来る限り音を立てず後ずさる。
「なんだぁ?まだ誰か居るのかぁ?」
ロン毛の男が倉庫に向かって一歩踏み出した瞬間。
――バチッ!!
再び、バスケットボールが投げられる。
流川だった。
恐らく、女子を庇って。
「るっ、流川君ダメやめて!!」
赤木晴子が流川を制止する声が聞こえる。
「許さん」
しかし、もう流川は止まりそうもなかった。
流川はロン毛男の前に立ちはだかる。
しかし。
不良のひとりが、折れたモップの金具部分で流川の頭を殴打した。
(流川!!!)
その血の量に、今度はが悲鳴を上げそうになった。
そのまま2連撃まともに喰らう流川。
だが、流川は1、2度咳込んだだけで、自分を殴ってきた男のボディに一発思いっきり沈めた後、そのまま顎をアッパー気味に殴り飛ばした。
「竜!!」
倒れた男の名を誰かが呼ぶ。
「やっちまった……あのバカ……」
宮城が言う。
「やりやがったな!!ははははは」
ロン毛の男が勝ち誇ったように言う。
「とうとう手を出しやがったな!!これでお前らも……ほ!?」
ロン毛の男がなにか言い終わる前に、再び流川が殴り飛ばした。
「やめろ流川!!こらえろ!よせーっ!!」
「こいつらが悪い」
宮城の必死の声も、流川には届かないようだった。
「いててててててて!折れる!!折れるーっ!!」
そのまま流川は自分のことを蹴りあげてきた不良の腕も締めあげる。
(まずい、マズイって流川!あのバカ!!)
は今、自分の腕の中に怯えている藤崎がいなければ形振りかまわず飛び出していっただろう。
それくらいマズイ状態だった。
黛は、退屈そうに事の顛末を見つめている。
「やめなさい流川!」
の思いが通じたのか、彩子が流川を制止する。
「アヤちゃん!」
「大変なことになるわよ」
だが。
「もうなってるぞコラァ!!」
バンッ!!と、先程まで流川に締め上げられてた不良が彩子を殴った。
それを見た宮城、
「はああああ!!」
その不良にジャンプキックをかます。
もう、滅茶苦茶だった。
流川も宮城も暴れ回り、いよいよ乱闘へと発展してしまう。
その時、一番屈強な男が流川をラリアットしながら投げ飛ばした。
「うわあっ!!」
「る、流川!!」
さすがの流川も、倒れこんでしまったようだった。
「次」
流川を倒した男の低い声が、バスケ部に恐怖を湧き上がらせた。
(しーちゃん……!急いで!)