「タケちゃんタケちゃん!!お勉強なんかしてる場合じゃないよ!」
「椎名……まだ昼のことを引きずってるのか」
「そうじゃなくて!バスケ部が大変なんだよぉ!!」
24.奴らが待ってるバスケットコート
「次」
と言った男は、その言葉通り、次々とバスケ部員たちをのしていった。
木暮が一年たちに扉とカーテンを閉めるように指示する。
これはいよいよ大事だ。
彩子が、止められる最後のチャンスだ、と思ったのか飛び出していく。
普通の喧嘩だったら、不良だったら、女を殴ったりはしない。
女に手を上げるのは、不良の中でもよっぽどのザコかイカれた奴だけである。
「次は女か……?」
残念ながら、あの男は後者のようだった。
彩子に矛先が向くのだけはどうしても止めたい宮城が啖呵を切る。
「オレをやりたいんならオレにこい!!!面倒くせーことしなくても勝負してやるぞ!!!ああ!?ビビってんのか三井!!」
「なんだと!?」
宮城の挑発に反応するロン毛の男。
三井、というらしい。
「……三井……!?」
その名前に、の腕の中でじっとしていた藤崎が反応した。
「どしたの、サキチィ」
が小声で話しかけるが藤崎は無視し、の腕を振りほどいて食い入る様に向こうの様子を見ている。
「……!!!」
藤崎がはっと息を呑む音が聞こえた。
「あれ、三井先輩だ……!」
三井は桜木をモップで殴り、桜木は、
「バカモノォ!!!」
と三井を張り飛ばした。
「知り合いなの?あのロン毛」
は藤崎にこっそり尋ねる。
藤崎はコクリと頷き、
「僕のあこがれの人だよ……っ!」
と飛び出して行きそうになる。
「待て待て待て。アンタが今行ったところでどーなる?」
「でも……っ!!」
藤崎が珍しく感情を露わにしている。
なんだっけ?藤崎がバスケを続けた理由が男の先輩とか言ってたな。
アイツなのか。あのロン毛。
バスケすんのか?アイツが?
にはにわかには信じがたい事実だった。
そうこうしている間にも例の屈強そうなイカれた野郎が宮城をのしていた。
そして、
「さっきから何こそこそしてやがる」
ソイツは、明らかに倉庫に人がいることを理解してこちらに近づいてきた。
(やっぱバレてたか……)
こうなっては仕方がない、も大人しく体育館に出ていこうとする。
マットに腰掛けていた黛が足を組み直しながら、優雅に口に弧を描いて言った。
「あれ、鉄男っていうの。私の知り合い。なんでここにいるんだか知らないけど、めちゃくちゃ強いわよ?」
「だからなんだよ」
別にこっちだって喧嘩しようとしているわけじゃない。
ただ、大人しく殴られに行くだけだ。
「止めてやろーか?」
「別に、いい」
に提案を跳ね除けられた黛は、意外そうな顔をした。
「これはバスケ部の問題だから」
鉄男に開けられるより前に、はバンっと扉を開く。
「走れ!サキチィ!」
「三井先輩!」
鉄男の横をすり抜け藤崎はダッシュで倒れている三井に向かう。
「藤崎……!?」
木暮は、悲しみ半分驚き半分で藤崎の行動を止めた。
「木暮先輩どいて。あの人は……」
「……わかってるさ……」
藤崎と木暮がなにか会話をしている。
木暮の様子を考えるに、あの三井というのがバスケをやっていたという話は本当らしい。
じゃあ、なんで今こんなことしてるのか。
もうちょっと考えていたかったが、あいにくと、今のにそんな余裕はなかった。
なぜなら、速攻でバスケ部の男子たちがいるコートに走っていった藤崎と違って。
ポツリと、バスケ部の男たちからも不良たちからも離れたところにいるのことを。
鉄男が、明らかに次のターゲットとして狙っていたからだ。
「っ……!」
体育館に転がっている流川が、必死に声を絞り出す。
それとほとんど同時に、鉄男がの顔を裏拳で殴った。
「ほお?」
少しよろけるが、立ち続ける。
鉄男は明らかに本気で殴ってはいないようだったが、それでも鉄男には、自分が殴った女がまだまだ挑みかかってきそうな目で立っていられることが意外だった。
喧嘩とは、腕力で決着が着くものではない。
いや、腕力で決着が着くレベルの時は本当に荒れるが、だいたい腕力で決着が付く前に終わることが多い。
それはいつか。
相手か、自分か。
もしくは両方の闘志が折れた時である。
ちなみに、鉄男ほどのイカれた野郎になると闘志が折れた相手でも平気で殴れるが、基本はそういうものである。
だから、喧嘩をしたことがない筋肉自慢の大男がいた場合。
小柄な喧嘩慣れしてる男のほうが勝ててしまうことが多い。
それはなぜか。
喧嘩をしたことがない者にとって、「人から殴られる」という衝撃は非常に大きいからである。
喧嘩慣れてしていない者はほとんど、その衝撃が原因で戦意を喪失する。
だから、負けるのだ。
その点、鉄男にとっての反応は正直意外だった。
鉄男にとって、大体の女は、少し殴れば立ち向かうという意志はカケラも見せなくなるのが普通だった。
鉄男はすこし考えた。
派手な金髪だから、てっきり喧嘩慣れしてるのかと思いきやそうでもない。
自分に対して明らかに怯えきっているし、わざと拳を受けてみた、とかではない。
普通に殴られている。
だが、立ち続けることができている。
それはつまり、は「殴られる覚悟はあるし、殴られ慣れてもいる」。
その証拠だった。
「喧嘩はできないが、殴られることに対する衝撃はない」。
そういう奴は、いつまでも生意気な目をするものだ。
痛みに強い奴は、絞め落とすに限る。
ましてや、女だ。
鉄男は、の細い首に手をかけ、ぐっと持ち上げた。
「が、っは!」
「さん!!」
「ちゃん!」
「すげーほせーな、お前。……そーいやオンナの首って折ったことねーな」
鉄男はこともなげに言う。
「オイ、……テメー、を離せっ……」
流川が這いずりながら近づこうとするが、その距離はあまりにも遠かった。
そして、鉄男に殴りかかろうとした桜木も、が文字通り手中に収められている以上、何も出来なかった。
のそう長くもない人生において、暴力は割りと身近なものだった。
だから、藤崎と倉庫から出た際、「殴られる役は自分が受けよう」と思ったのだ。
慣れてるから。
誰に教わらなくても、歯の食いしばり方はわかっていた。
それくらいしか出来ないが、今の自分には時間を稼ぐ必要がある。
一発でイッちゃうかなー、と自分の身体と相手の腕力を考えて心配したが、割とどうにかなった。
殴られる、という覚悟と準備をしておけば、人間、案外どうにでもなるものである。というのがの知る生きる手段の全てであった。
鉄男は引き続きを殴ろうとしたようだが、それでいい、と思った。
自分が少しでも時間を稼げれば、その分男子への被害は少なくなる。
椎名は今、赤木を呼びに行ってる。
ちょっとの時間稼ぎでも、大きな意味を持つだろうことはわかっていた。
大会に出れないくせに、何をそんなに必死になっているのか、と黛はに聞いた。
そうじゃない、そうじゃないんだよ。とは思う。
大会に出れるとかどうとかは、実ははそんなにこだわっていない。
ただ、椎名が大会に出たがるから一緒に手伝ってきたつもりだし、流川が自分にバスケをして欲しいと望んだからそれに応えてきただけだ。
つまり、何が言いたいかというと。
この部活が、自分にとっても大切な場所になっていたんだ。ということである。
だから、自分にできる全てでこの部活を侵略者から守りたかったのだ。
だが、
(首絞めって……なんだよ……。オチ、オチる……)
殴られても屈しない女だと判断されたのが裏目に出て、は結構絶体絶命のピンチだった。
流石に首絞められた経験はねーよ。という話である。
鉄男のイカれっぷりを知らなかったの負けだ。
鉄男は宣言通り、の首にかけている指で骨を探り、本気で折ろうとしてくる。
その時だった。
「鉄男」
「……黛か」
黛が倉庫の入口の扉に腕組みしながらもたれかかり、「ソイツを離しな」と言った。
「……ぁ、がっ、はっ……はっ……」
黛の一言にあっさりとを開放する鉄男。
「後は好きにしな」
おそらく、黛でも鉄男に要求できるのはここまでだったのだろう。
そしてなにより、が開放された瞬間に殴りかかってきた桜木を止められるものが、ここにはもういなかった。
(しーちゃん……ごめん……)
結局、大変なことになってしまった。
暴力の対象から外されたことを自覚したは、今度は逆にふらりと意識を手放してしまった。
さて、次にが起きたのは、頭から血を流す流川楓の腕の中だった。
助け起こしてくれていたのだろう。
そして、いつの間にかメンツが増えている。
まずは桜木軍団。そして、ようやく到着したらしい我らが主将、赤木剛憲だ。
外からは、椎名が教師に何らかの言い訳をしている声も聞こえてきた。
「」
流川が、腕の中のが目をさましていることに気がついた。
体育館の床には、あの鉄男とか言った大男が転がっている。
「桜木が……?」
どういう状況でどうなったのかはあまり分からないが、アイツ滅茶苦茶喧嘩強いんだなーと感心してしまった。
そして、もう間もなく事態は収束するだろう、と誰もが思った。
不良たちが静かに怒りながら三井の方に向かう赤木に、「もう引き上げるから!」と止めようとしている。
「靴を脱げ」
赤木の一言に、不良たちは次々に靴を脱ぎだした。
――バチンッ。
赤木が、三井に張り手を食らわせる。
――バチンッ。
「赤木……」
――バチンッ。
問答無用の3連撃である。
は失神していたため知らないが、この場で何も言わない三井に皆、違和感を覚えていた。
どうして三井は、喧嘩の敗北が確定してまで無様に暴れまわったのに、赤木に大して何も言わないのか、と。
沈黙の中、木暮が口を開いた。
「三井は……バスケ部なんだ」
と。