「『奇跡』、あるかも。入ってあげてもいーわよ、バスケ部」
25.4人目
「三井は……バスケ部なんだ」
「え…………?」
木暮の発言に、桜木をはじめ、2年以下は全員驚いたようだった。
だが女子は、先ほど藤崎から聞いていたので驚かなかった。
むしろ、「なぜその三井がこんなことをしているのか」という疑問の答えの方が知りたかった。
木暮が語り出す、ひとりの天才バスケ少年の栄光と挫折。
シューター、だったらしい。
藤崎は、そんな彼を見てレギュラーにもなれないバスケ部を続けていたというのか。
それほどすごい人だったのだという。
三井寿という人物は。
安西の元、全国制覇を夢見てた日々が、彼にもあったのだと木暮は言った。
だが、怪我と疎外感に苛まれ……。
「それから二度と三井は戻ってこなかった……。この体育館に……」
これが、木暮の語る、三井寿というバスケ選手の過去だった。
「木暮……。ベラベラベラベラしゃべりやがって……!!」
三井は、否定を、しなかった。
髪をかきあげながら木暮を睨みつけるが、木暮は引かない。
「でも本当のことだろ。三井」
バスケ部の男子たちもざわざわとし始める。
「三井さん……」
宮城が憐憫とも同情ともつかない声色と表情で三井に声をかける。
そして、不良仲間の一人が、とうとう、この問題の核心をついてしまった。
「みっちゃん……。本当はバスケ部に戻りたいんじゃ……」
と。
その言葉に弾かれるように突然不良を殴り、木暮を突き飛ばす三井。
「関係ねーことをベラベラベラベラしゃべりやがって!!!」
そんな三井に桜木が吠えるが、そんな桜木を赤木が制止した。
「三井……。あ……足は治ったんだろ?だったら……だったらまた一緒にやろうよ……!!!」
木暮は複雑な思いを抱きながらも、三井を諭すように説得した。
だが、彼はそんな木暮を再び突き飛ばした。
「バッカじゃねーの!?何が一緒にだバァカ!!」
声を枯らしながら吠える三井。
「バスケなんて単なるクラブ活動じゃねーか!!つまんなくなったからやめたんだ!!それが悪いか!!」
もう、この場にいる誰もが、そんな三井の言葉が虚勢から出た嘘だということを理解していた。
いや、理解していない者がいたとしたら唯一、本人だけだろう。
でなきゃ、わざわざこんな事件を起こしたりしない。
「甘えてんじゃねーよ……」
てっきり傍観を決め込んでいると思っていた黛が、と流川にしか聞こえない声でつぶやいた。
彼女なりに、なにか思うことがあったらしい。
木暮が三井の胸倉を掴んで言った。
「何が全国制覇だ……」
「あ!?」
「何が日本一だ!!何が湘北を強くしてやるだ!!」
初めて見せる木暮の怒りの感情に、皆、息を呑んだ。
普段穏やかな彼からは考えられないほどの剣幕だ。
それほど、彼は、バスケットボールと、この部活と、三井を思って……。
「お前は根性なしだ……三井……ただの根性なしじゃねーか……。根性なしのくせに何が全国制覇だ……」
俯いていた木暮が顔を上げ、三井に面と向かって怒鳴った。
「夢見させるようなことを言うな!!」
「木暮……!!」
その言葉に、三井は明らかに動揺していた。
だが、それでもなお、彼は木暮を拒絶した。
「あれはもう、正解が本人にもわからないようなクイズみたいなもんだな……」
無様に暴れる三井を見ながらはため息混じりに言う。
「アイツを救うには、正解するしかない」
「セイカイ?」
流川がなんのことだ?という風に尋ねてくる。
は少し力の抜けた笑みを浮かべ、
「だいじょうぶ。正解は……多分、しーちゃんが連れてくるよ」
と言った。
そして、バスケなんてもう昔のことだ、関係ねえ、と言い捨てた三井に対して、宮城はとうとう指摘してしまった。
「一番過去にこだわってんのは、アンタだろ……」
と。
一瞬の静寂。
その時、体育館の扉の向こうから声が聞こえた。
「安西です。開けてください」
彩子が、扉を開いた。
安西が、体育館に入ってくる。そのすぐ後ろには椎名もいた。
(やっと来たか……)
三井は目を見開き、その姿を視界にとらえた。
「安西先生……」
三井の目からは、バスケへの思いが溢れだす替わりに涙が溢れた。
「安西先生……!!バスケがしたいです…………」
事件の、終幕だった。
「おい……お前達!!これは一体どういうことなんだ。ただじゃすまさんぞ!!」
安西の後から乗り込んできた教師が、体育館の惨状を見て怒鳴った。
「オイ、なんとかしろよ流川。モミ消すとかなんとか言ってたじゃん」
が小声で流川に尋ねる。
流川は割りと青い顔をして言った。
「思いつかん」
「マジかよ」
まあ、アテにしてなかったけどさ。
この事態を収拾したのは、意外な人物だった。
桜木軍団のリーダー、水戸洋平が、仲間と3年の番長を巻き込んで、犯人だと名乗りでたのだ。
「三井君がオレたちのグループを抜けてバスケ部に戻るなんていうからちょっと頭きて……。やっちまいました。バスケ部も三井君も。スイマセン……」
そう言って、5人は教師に大人しく連れて行かれた。
体育館を出て行く間際、一瞬こちらを見た水戸がにやりと笑った。
「……カッコいーじゃん、水戸洋平。流川も見習えよ」
「どあほう」
とりあえず、一件落着、なのだろうか。
椎名が、救急箱を部室から取り出し部員の手当に奔走する。
……正直、それで間に合うのか微妙なくらい怪我してる連中が多かったが。
現に、さっきまでを抱きかかえながら上半身だけは起こしていた流川が、ゴロンと床に寝転がり直した。
「オメー血、出過ぎじゃね?」
「おー」
あんまり聞いてなさそうだった。
その2人の背後を黛が颯爽と歩く。
帰る気なのだろう。
「黛、悪かったね、巻き込んで」
「……別に」
「また今度見学来いよ、普段は割とへーわ。ふつーにバスケしてるからさ」
「ねぇ、」
そう言って黛はぴたりと立ち止まる。
そして、こちらの顔を見ず、三井たちのいる方角を見ながら、言った。
「『奇跡』、あるかも。入ってあげてもいーわよ、バスケ部」
黛にとっての『奇跡』とは、中学生MVP三井寿の復活のことだったのだろうか。
それだけ言って黛は、まだ騒ぎの余韻の残る体育館を後にした。
帰宅中。
今日は珍しく、というか、初めて、が自転車を漕ぎ、流川が後ろに乗っている。
「あー、流川重ーい。置いてっていー?」
「どつくぞ」
頭に包帯をまいた流川が物騒なことを言う。
もでほっぺにガーゼをつけている。
これは椎名にしてもらったものだ。
とりあえず、より圧倒的に怪我人の流川に自転車を漕がせるのが忍びなかったので、普段のポジションをチェンジした、という話である。
す、との首に流川の指が触れる。
「ヒッ、あ、な、何!?」
思わず急ブレーキをかけて止まる。
先ほどの鉄男とか言うイカレポンチにやられた恐怖が蘇ってきた。
「ワリィ」
流石に唐突すぎたかと反省する流川。
「アザんなってる」
の白い首に、赤黒いアザが残っている。
そのことに気がついて、流川は触れたのだ。
再び自転車を漕ぎながらは言う。
「あー……まあ、ね。でもそのうち消えるっしょ」
「悪かった」
「なんで流川が謝るの?」
あの場では誰も、どうしようもなかった。
黛がいてくれたおかげで助かったが、あれはかなりラッキーだったと言える。
そう思っていたら、流川が意外なことを言った。
「悪かった。守って、やれなくて」
「……別にいーし」
ていうか、アタシは結構流川に普段、色々と守られている自覚がある。
たった1回のイレギュラーを謝られても、普段のことを感謝しこそすれ、責める権利はない。とは思った。
だが、流川はそれでは納得いかないようだった。
は話題を変えるように、それでいて切実な疑問をぶつけた。
「ねえ流川、」
「あ?」
「流川のおかーさんに、なんて説明しようね?」
「おー」
二人共、満身創痍だった。
「よくおふくろに、『バスケでそんな傷出来るわけない』って、怒られる」
「あー、」
は、もう少しで『懐かしいね』と、言いそうになってしまった。
自分も、よく言われていたのだ。
――ちゃん……バスケの練習で……そんなところに傷はできないわよ……?
チームメイトだった赤木晴子と、
――ちゃん!お願い、本当のことを話して!バスケでそんなところ怪我するわけ無いって、私知ってるのよ!?
従姉妹の、に。
(久しぶりに人に殴られたなー)
は自転車で風を切りながら、ガーゼの貼られた頬がヒリヒリ痛むのを感じていた。
翌日は、諸々あってバスケ部はお休み。更に翌日の日曜日。
部活に、三井寿と、
「黛繭華で~す。ポジション?フォワード。好きなマンガはショウバクでーす。は?好きなスタンド?んなもんねーよ。とりあえずよろしく」
黛繭華がやって来た。
椎名は「しょうほくノート」を取り出し、
「では、『しょうほくノート』に書かれている規定により、黛ちゃんのあだ名を早急に決めなきゃなりません!というわけで、『まゆまゆ』ちゃんに決定!」
といつものように妙なあだ名をつけた。
「んだよそのへんなあだ名はよー。なに、このチビが『サキチィ』で、コイツが『ちゃん』?馬鹿じゃねーの」
「ひ、ひどい……!代々受け継がれてるルールなのに……!」
「しょうほくノート」にはその他諸々のいろいろなルールが書かれているページが有るらしい。知らなかった。
ちなみに、いままでバスケ部でなにか問題起きるたびにルールを追加してきたらしい。
「『サキチィ』だなんて呼びたくねーよ私。『佐吉』でいいだろこんなちんちくりん。……『ちゃん』な、『ちゃん』」
「うるさいよバカヤンキー。一生まつげ盛ることだけに時間を費やしてろ」
不良文化の申し子黛と、オタク文化の申し子藤崎の相性は割と最悪っぽく、早くも衝突していた。
「ねえねえ、ちゃん。あの2人どうなるかな~?。一応『しょうほくノート』には緊急対策マニュアルとして『好きな男が被ったら殴り合え』って書いてあるんだけど……」
「何も対策できてないじゃん、それ」
椎名は明らかに面白がっており、「三井君どっちが好みかなー?」とか言ってる。
「しーちゃん、僕、三井先輩をそういうつもりで好きなんじゃない」
藤崎が不機嫌そうに言ってくる。
「ふーん?じゃあ私告白しようかしら?」
黛がその美貌が故に自信満々で藤崎を挑発する。
「三井先輩、中学の時からモテてたけど誰とも付き合ったことなかったよ。お前みたいな猫かぶり相手にするか。バカ」
「どーせブスばっかだったんでしょーね周りの女。ちんちくりんのドチビじゃ釣り合わないって」
三井の方を見ると、彼はブランクがあるとは思えない動きで木暮たちのディフェンスを掻い潜っていた。
「よし!女子も練習始めよっか!」
県予選まで、あと一週間。
女子部が公式戦に出られる人数に達するまで、あと1人。