黛繭華のバスケは荒い。
「オルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオ・ルヴォワール!!」
※フランス語で「さよなら」の意。
それに輪をかけて、黛親衛隊は熱い。
「いいぞベイべー!逃げる奴は黛親衛隊だ!!逃げない奴はよく訓練された黛親衛隊だ!!全くバスケ応援は地獄だぜ! 」
26. 湘北史上最強の女子5人
月曜日。
一体どこから聞きつけたのやら。
体育館はいつも以上の熱気に包まれていた。
理由はひとつ、学園一の美女、黛繭華が茶道部をやめてまでバスケ部に入部したからである。
しかし……、
「オルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオ・ルヴォワール!!」
「ぐはあっ」
「サキチィちゃぁん!!!」
2:1の練習中。
黛繭華は、流石にバスケ中までお嬢様キャラを貫き通せないようで、異様な気迫でディフェンスの藤崎をふっ飛ばしファンの男子をドン引きさせていた。
これは黛親衛隊解散なるか?とは思うが、親衛隊側に動きが見える。
黛の姿を見て逃げ出そうとするやつを粛清し始めたのだ。
「いいぞベイべー!逃げる奴は黛親衛隊だ!!逃げない奴はよく訓練された黛親衛隊だ!!全くバスケ応援は地獄だぜ! 」
そう言って腑抜けを追い出すことで、黛親衛隊は多少人数を減らせど、ちょっとやそっとじゃ揺るがない精鋭だけが残ったようであった。
「なんだ……あれ……?」
三井寿が上の階で謎のお祭り騒ぎを見せる男子たちを見て呆れたように言った。
「さあ……」
にも、よくわからなかった。
応援くらい、もっと温厚にやってもらいたいものである。
(流川親衛隊が可愛く見える日が来るとは……)
「まゆまゆ、それ、全部チャージングだから」
「ちっ。さっきからピーピーピーピーうっせーな」
審判役を務めていたが笛を吹き、黛のオフェンスを止める。
黛繭華のバスケは荒々しく、勢いが良い。
その分ファウルも多いが、実にフォワード向きの性格をしていると言える。
「椎名、そろそろと交代してあげなよ」
木暮が、椎名に声をかける。
椎名はコートから出て自分の笛を首にかけてと審判の役割を交代した。
「じゃあ、やろうか」
「オッス」
女子が一人増えて、女子だけで練習することにも余裕が多少出てきた今、の練習相手は専ら木暮だった。
理由は単純、女子にはの相手になる者がいないからだ。
日曜日、木暮は安西に「くんを鍛えてあげてください」と頼まれた。
スタメンには及ばないが、木暮は湘北のシックスマンを務める男子である。
それを相手に練習できるの技量に誰もが舌を巻いた。
流石に身体能力では男子の木暮には敵わないが、テクニックでは明らかにのほうが上である。
いや、
「速い!」
身体能力でも男子を上回っている部分があるのが、の恐ろしいところだった。
「ハハハ……女子があんなドライブするか?普通……」
あっさり抜き去られてしまった木暮も、の技量に驚きすぎて逆に呆れている。
「女子も、あと一人入れば……」
木暮の言葉に、赤木がぴくりと反応する。
有力な女子はいた。
だが、彼女はダメなのだ。
他に、誰かいないのか。
時間が、ない……。
「って相当上手いけど、おっと」
今度は簡単に抜かれないようにと、木暮は姿勢を低くディフェンス態勢に入った。
「誰かに教わってたりしたのか?先生、とか……」
「ああ、」
は、特別変わった話ではないと言うように、ボールを木暮の股の下にバウンドして通し、そのまま自身も木暮を抜くと同時にそのボールを掴みワンハンドでシュートを入れると、言った。
「母です」
と。
「お、お母さんかぁ……。それは、相当強かったんだろうなぁ……」
二度も年下の女子にあっさり抜かれ、流石に自信喪失しかける木暮。
角田に声をかけ、一緒にを止めよう!と持ちかけている。
だから、木暮は気が付かなかった。
「母です」と答えたの言葉をうけた赤木兄妹の表情に、少し翳りが生まれたことに。
「だ、だが、実際は強いな……。女子も、人数さえ揃えば大会でいい成績を残せると思うが」
赤木は話題の転換をしたいあまり、少し、らしくないことを言ってしまった。
その言葉に反応したのは意外にも、ちょうど水飲み場から戻ってきた流川楓だった。
「当たり前じゃないすか」
流川は、角田と木暮のダブルチームをすり抜けたを見ながら言った。
「がいるんだ。……インターハイ、優勝だ」
と。
さすがに買いかぶり過ぎなのではないかと疑問視するメンバーもいたが、皆、概ね流川の発言に同意したようだった。
のバスケには、人にそんな夢を見させる実力と、不思議な魅力があった。
「よ、。次オレとやんねーか?」
宮城が男子2人をくだしてしまったに声をかける。
同じガードとして、何か火がついたのだろう。
「いーっすけど……ちょっと休憩ください……」
スタミナ面が今後の課題だろう、というのが湘北男子によるの評だった。
その後宮城との練習もそこそこに、女子の練習に戻ったは、女子のメンバーが増えたことによりいよいよ本領を発揮しつつあった。
そう、の本当に恐ろしい部分はその卓越した個人技ではなく、他人を活かし、動かすそのゲームメイクとパスセンスなのだと……。
「はあー、とんでもねえなあいつ……。流川知ってたのか?」
「まあ……。本気で試合してるあいつは見たことないっすけど」
女子のセットプレー練習を見ながら宮城と流川は言う。
ちなみに、相手をしているのはスタメン以外の2、3年だ。
「ヌ?ム?」
素人の桜木は、まだよくわかってなさそうだったが。
「サキチィ!」
「うん!」
「まゆまゆっ」
「オラァ!!」
彼の目にはきっと、得点を重ねている藤崎や黛のほうがすごく見えているのかもしれない。
だが、経験者は理解していた。
チームの得点を作っているのは、だ、と。
(確かに……あんな場面でパスもらえりゃ撃ちやすいだろうな……藤崎のやつも……)
同じシューターとして、三井が藤崎の動きを気にしている。
(ん?……そういや藤崎って……どっかで……。あ)
三井は、ようやく藤崎が同じ中学出身だったことを思い出した。
(流川おせーなー)
練習が終わり、最近は部活後の流川の個人練に付き合っているは、忘れ物を取りに行った流川のことを自転車置き場で待っていた。
そこに、一人の少女が走り抜けてきた。
(背たけーなコイツ)
真面目そうにメガネを掛けた二つ結びの、身長180ほどもありそうな女子生徒だった。
女子生徒は自分の自転車を取り出し乗った。
ペダルを踏む。
その時だった。
――ガコン!
という音を立てて、女子生徒の自転車のチェーンが外れてしまった。
(あ)
「わわわ、どうしよう!塾の時間なのにー!」
女子生徒は慌てている。
は預かっていた流川のバッグを適当に漁り出す。
(お、あった、あった)
が取り出したのは、ドライバーだった。
柄の部分にはシールで「流川」と書かれている。
「見せてみな」
そう言って、は女子生徒の自転車のチェーンケースをドライバーで外す。
「あ、ありがとうございます!」
「ちょっと持ってて」
ドライバーを女子生徒に渡し、ペダルをくるくると逆回転させチェーンを巻いていく。
「これで、よし、と」
「わあ、すみません!ありがとうございました!あ、これくらいは自分で……」
「ん」
がチェーンケースを抑え、女子生徒がドライバーで固定し、チェーンの巻き直しは終わった。
「本当に助かりました!あの、あなた、お名前は……」
「別にいいってことよ。それより塾でしょ?早く行きな」
「あ、そうでした!ありがとうございました!」
もう一度深々と頭を下げて、女子生徒は自転車に乗り颯爽と帰っていった。
その姿を見送ったは、あることに気がついた。
(あ、ドライバー、返してもらうの忘れた)
流川楓は忘れ物のタオルを取りに行った部室で、まだ部室に残っていた赤木に妙な質問をされた。
「お前は、どうやってを部活に誘うことに成功したんだ?」
と。
「3食昼寝付きで家に住まわせてるからっす」
とは言えず、「ね、熱意……」とごまかした。
珍しく、赤木は考えこんでるようだった。
「熱意……か」
誰か誘いたい奴でもいるのか、部活に。
それこそ珍しい話である。
不思議に思って見ていると、赤木が勝手に口を開いた。
「絶対に集めなければならん……あと1人。そうしたら、湘北史上最強の女子5人が揃うかもしれないんだ……」
湘北史上最強の女子5人。
流川も、その中心となってプレイするであろうが早く見たかった。
「おっせーよ流川!アタシなんかお前のいないこの時間にヒト1人救っちまったぞ!」
流川が自転車置き場に戻った時、はわけのわからないことを言ってきた。
なんでも、チェーンが外れて困っている優等生ちゃんを助けてあげた、らしい。
その代わりドライバーを返してもらい損ねた、と言われて少し呆れた。
いつものようにを後ろに乗せ、自転車を走らせる。
「随分遅かったけど、なんかあった?」
「部室にキャプテンがいて、少し話した」
「あ、そーだったんだ。流川って、何話すのあの人と?」
つーか誰と会話してるトコもあんま想像つかねーけどな、とは笑っていった。
オメーらの話だよ、と流川はちょっと腹が立ったので言ってやりたかったけど言わなかった。
湘北史上最強の女子5人。
その中でも最強なのがこのだ。
(なんとしてでも、集めなきゃなんねー……)
赤木と違って、流川のその感情は善意とか好意ではない。
ただ単純に、あの日のようにキラキラしていたのバスケが再び見たい。それだけだった。
その時、
――ガコン!
「あ」
「あ!」
流川の自転車のチェーンが、外れた。