「三井センパイやさしーっすね」
「はあ!?なんだそれ」

は思ったことを言っただけだったのだが、三井は照れてしまったようだ。



27.流川さん家のプラスドライバー




「で、結局チェーン外れた自転車2人で牽いて帰ってさぁ。もー最悪だったよー」
「はぁ、そんなことが……」

翌日、火曜日。
は昨日の帰宅中に起きた事件を、クラスメイトの石井健太郎に愚痴っていた。
ちなみに流川は既に自席で睡眠中である。

「それにしても、二人は本当に仲がいいね。……まさか、付き合ってる、とか……」

石井がメガネをキラリ、と光らせながら尋ねる。
それに対しては、

「はぁ?なんで?」

心底意味わからん、というふうに返した。
そもそもにおいて、実は流川とはそんなに仲がいいわけではないのだ。
居候とそこの家の子ども、みたいな関係である。
家でも全然しゃべらない。
は流川のおかーさんとおねーさんとのほうがよっぽど喋ってる。
この2人に関しては胸を張って言える、仲いいよ、と。

「な、なんだぁ、てっきり……」
「つか、なんでそう思うの?」

は疑問に疑問で返した。

「いやあ、だって流川くん、全然女子と喋らないじゃないか。男子ともそんなには……。でも、さんとは毎日いっしょに登下校してて……。結構、二人のこと噂になってるよ」
「まじでー!?キショイんだけどー!」

は本気で言った。
だって、あの流川が女の子とデートしたりキスしたり、ましてや好きになってるところなんて、まるで想像が出来なかったからだ。
流川はただ単純に、成り行きで家に引き取ってしまった以上、の面倒を見てるだけだ。
少なくとも、はそう思っている。

「じゃあ石井くんさー、その噂否定しといてよ。『ありえないから』って」
「うーん、僕が言っても信じてもらえるかどうか……。あ、じゃあ参考までに。さんの理想のタイプは?」
「んー?木暮センパイ。あのTシャツのセンス好き。どこで買ってるか知りたい」
「なるほどー」

確かに、『さんは木暮先輩のような人が好きだ』という風に弁明すれば、こんな噂はすぐに消えてなくなるだろう、と石井は思った。
が。

「ねえ、流川ー。知ってる?アタシとアンタ付き合ってるって噂になってるみたいだよ?超ウケんね」

クラスで、いや、学校で唯一寝てる流川楓を平気で叩き起こし、

「おー。……オレは、もーすこし胸のある女がいい」
「死ねや」

流川も、に起こされた時だけは唯一怒ったり寝ぼけて暴れまわったりしない、という点だけで、噂の火消しにはまだまだ時間がかかるのでは、と思う石井であった。



 放課後になった。部活の時間である。
は別に約束しているわけではないが、同じクラスなのでどうしても流川と一緒に部活に行くことが多くなる。
今日は石井が日直なのでなおさら2人きりだ。
確かに、今まで意識してこなかったが、周りの生徒の反応を見ていると「あの2人付き合ってるっぽいよねー」的な感想を言い合ってる。
まあ、でも。

「まゆまゆってさー、マジでオフェンスが雑なんだよねー。あれでよくお嬢キャラやろうと思ったよ、信じらんねー」
「桜木といい勝負だったな」

2人は、そんなことが気にならない性格だった。



体育館に来たら、すでに三井寿がいた。
チーッスと普通に挨拶して各々更衣室に向かうが、その直前、は三井寿に呼び止められた。

「なんすか?」
「なんすか?」
「なんで流川までくんだよ。オレはに用があんだよ。ちょっと、いいか?」

当たり前のように一緒に来ようとする流川を追い払い、三井はを体育館裏に連れて行った。
ちょっと気になったが、流川は流川で1年の佐々岡に、

「あ、流川くん!お客さんだよ。女の子!」

と言われてまた別のところに呼び出された。
女がオレに何の用事だ?と思いつつ向かうと、見知らぬ女が立っていた。
髪は2つに結ばれており、メガネをかけているが、彼女の特徴をそんなことで説明する人間はいないだろう。
なぜなら、その女は、異様に背が高かった。
流川と、恐らく10センチも違わない。

(デケー女。誰だコイツ?)

流川はそんな感想を抱いた。
だが、呼び出したはずの女すら、同じ感想を抱いたようだった。

「あ、あれ?流川さんって……私、女の子の方呼んでもらいたかったんですけど……?」

彼女は、ちょっと困ったように首を傾げている。
流川も同様に首を傾げる。
流川という姓の女は、バスケ部にはいない。

「あれ?おかしいですね……これ返しに来たんですけど……」

そう言ってバッグから取り出した彼女の手には、「流川」とシールで貼られたプラスドライバーが握られていた。



「はぁ……サキチィが、いじめ……ですか」

三井寿に体育館裏に連れてこられたは、彼から妙な話を聞かされていた。

「オレもよく知らねーんだけどよ。あいつとは1年も一緒にいなかったし」

彼曰く、『藤崎千咲は中学の時部内でいじめを受けていたらしいが、何かしらないか?』ということであった。
武石中バスケ部は女子と男子でそんなに交流がなく、また、当時女子にそんなに興味のなかった三井寿にとって、藤崎千咲という後輩がいた、ということが思い出せたのは、ある理由があったからだ。
それは、藤崎千咲は、先輩たちにいじめられていたのではなかったか、ということだった。
あまり詳しくは知らないが、なんとなく、そんな雰囲気があったのだ。
彼女が1年の時には三井は既に3年だったため、そのへんのことは解決したのかしてないんだかわからぬ間に引退してしまったのだという。

「椎名に聞いてみても『知らない』って言うしよ、ならなんか知ってんじゃねーかって思ってよ……」
「アタシも初耳っす」

が藤崎のことで知ってるのは、中学生の時一回も試合に出場しなかったことと、あのシュート精度。
そして、三井寿に憧れているからこそシューターになったんだ、ということだけであった。

(あ、あと、チョーマンガオタク。ゲームオタク)

一度部活の買い出し中に椎名と3人でゲーセンに寄ってワンプレイだけ藤崎の格ゲーをプレイしてるところを見たのだが、それはそれはすごかった。

「そうか……、お前も何も知らねーか。じゃあ、高校ではつまんねーこと言ってくる奴はいねーってことだな」
「クラスでの様子とかまでは知らないんで分かんないっすけど、多分ダイジョーブだと思います」

武石中は湘北から少々離れている。
学区内ではあるが、特筆すべき魅力があるとはいえないこの高校を、武石中の人間がわざわざ選ぶとは思えない。
いるとしたら、それこそ安西目当てのバスケ部員くらいである。

「まあ、サキチィ変わってると言えば変わってるからなー。一人称なんて『僕』だし。女子なのにマンガとかゲームとかチョー好きだし。おまけにちいせーし」

いじめられる要因になりそうなところはいくらでもある。
いじめとは、良くても悪くても目立つ奴に対して行われる。
女子なんかは特にそうだ。
容姿、成績、スポーツ、何にせよ、人より下に見られるような女は容赦なくいじめられるし、上でもいじめられる。
美人で妬まれたことなさそうなのは、黛のようなぶっちぎりの美人くらいだ。
しかもあいつはそれをわかって利用しているような強かな女なので、女の敵ではあれど決していじめの対象になるようなタイプではない。

「まあ、なんか気づいたことあったらオレに言えよ。藤崎のやつ、多分自分じゃ何も言わねーから。頼んだぜ、
「三井センパイやさしーっすね」
「はあ!?なんだそれ」

は思ったことを言っただけだったのだが、三井は照れてしまったようだ。

「ま、ダイジョウブじゃないっすかね。あいつ確かに変わってるけど良い奴だし。心配のし過ぎだと思いますよ?」

は体育館の入口にちらりと視線を移動する。
藤崎が、モップで黛とチャンバラごっこをしていた。
あの2人はなんのかんので上手くやっている。

(ちゃんとソージしねーと、あとでしーちゃんに怒られるぞ……)

「そうか。呼び出して悪かったな」
「イエ」

それに……、

(しーちゃんは、多分このことを知ってる。知ってるからこそ、三井センパイには『知らない』って言ったんだ)

そんな気がするのだ。
この件に、三井寿の出る幕は、無い気がする。

そのことは口に出さず、は三井とともに体育館へ戻っていった。



「あ、それウチのドライバー」
「あれ?そうなんですか?昨日、私のこと助けてくれたのは女の子だったからてっきり……」
「そいつにちょうど荷物預けてたんで。わざわざどうも」

流川は、昨日その後こっちもチェーンが外れて大変だったことを思い出しつつ、ドライバーを女生徒から受け取った。
その時だった。
流川の背後から、ドサッと、カバンか何かが落ちる音が聞こえた。
振り返ると、カバンを落とした椎名愛梨が、目をキラキラ輝かせて「すごい……」とつぶやいていた。

「なにがっすか?」

と流川が聞く前に、椎名は女子生徒の手を掴みながら言った。

「すごいすごい!流川くんは勧誘の才能あるんだね!タケちゃん、見てみて!朝倉さん、バスケ部にまた来てくれたの!すごい、やっぱり、バスケしたくなったんだね朝倉さん!!」
「え。えっとぉ?」

女子生徒は明らかに困惑しているが、こうと思い込んでしまった椎名は誰にも止められない。

「いいのいいの気にしないで!気が変わるなんてよくあること!朝倉さんほどの実力者だったらみんな大歓迎だから!!」

そのまま、朝倉、とか言った女子生徒を体育館に引っ張り込んでしまう。
赤木も、その姿を見て驚いている。

「朝倉……!やはり、来てくれたのか」
「あ、あの~?」

赤木も顔には出さないが興奮気味で、朝倉の困惑には気がついていない。

(なんだ一体……)

そう、は知らなかったのだ。
昨日、自分が偶然にも親切にした女子生徒が、5人目の湘北女子バスケ部員候補、朝倉光里だったということを。



(ん?しーちゃんが連れてきたの、昨日の優等生ちゃんじゃん。あ、ドライバー返して欲しーかも)