「あら?藤崎さんじゃない」
「先輩……」
「バスケ辞めてなかったんだぁ。まあ、弱いところならあなたでもスタメンとれるもんね」
30.サキチィ……?
女子の緒戦は室町高校だった。
室町高校は、「鎌倉にあるのに室町?」とからかわれるがバスケのレベルは年々上がってきており、昨年はベスト8という成績を残している。
今年の目標はもちろんインターハイ出場、という気合充分な室町高校を前に、最低人数で挑む湘北高校女子バスケ部は、どんな試合をするのだろうか。
「ちゃんたちの試合、始まりますね!」
「良かったわよね、ちゃんと出場できて」
練習試合で仲良くなった陵南高校のメンバーが、男子の試合に引き続き女子の試合も見に来てくれているようだった。
「あれ、今日村上は?」
仙道彰は自分の部活にいない女子がいることにようやく気がついたようだった。
「また福田くんのところだよ……。ふたりとも、観戦くらい来ればいいのに……」
「ははは。ナイーブだからな、福田は」
「それに、せっかくだからさんだって……」
長妻桜南は小さい体をさらに小さくさせて不満を述べているようだった。
「は、彦一が試合にでも出ない限り来ないだろ」
仙道はあくびをしながら言った。
「さて、女子はどうなってんのかなっと……。あ」
仙道の視界に、観客席にいる牧紳一が映った。
(海南女子バスケ部ないのに……律儀だなあの人)
男子に引き続き、女子の試合も観戦する気らしい。
そして、女子の試合が始まる。
「おおー!あの女子背高ぇ!湘北か!?」
センターサークルに行く朝倉光里。
180台の女子というのはバスケ部といえど中々目立つ。
全員サークルを囲んでティップオフを待つ。
その時、の耳にこんな会話が聞こえてきた。
「あら?藤崎さんじゃない」
「先輩……」
「バスケ辞めてなかったんだぁ。まあ、弱いところならあなたでもスタメンとれるもんね」
(ちっ、イヤミな奴)
どうやら藤崎は中学の頃の先輩に遭遇したらしい。
「いるわよねー。いつまでも昔の上下関係引きずってる脳みそが化石みたいな奴って」
黛にも聞こえていたらしい。
黛は、向こうの女にも聞こえるようにわざと大声で独り言のように言った。
室町校の⑤番の女は黛を睨みつけたようだった。
「まゆまゆ、いいよ」
が静止する。
「サキチィが弱いかどうかなんて、どうせすぐわかるから」
「湘北が弱いかどうかも、ね」
そして、ティップオフ!
ボールに触れたのは朝倉だった。
朝倉はのいる方にボールを叩き、そのままはそのボールをキャッチしドライブで切り込む。
「速い!さすがちゃん!」
室町高校のメンバーは誰も追いつけずそのままレイアップでは先制点を決める。
ざわつく室町高校。
とりあえず、湘北が弱い、という誤解は解けそうだった。
前半5分。
湘北高校は12-5で優勢だった。
その要因は主に、
「おおー!またあの金髪だ!自分で決めるか!?仲間にパスか!?」
高速ドライブで相手に切り込んでいける⑦番、と、
「ナイスパスです!さん!!」
ゴール下でその長身を活かし存在感を放つ⑥番、朝倉光里のおかげだった。
「デカい方が決めた!」
「あいつ知ってるぜ!全中に出てた朝倉光里だ!」
湘北の男性陣も、朝倉の実力に思わず目を見張る。
「赤木のダンナ……なんであの子バスケ部入んねーんだ?」
「ううむ……」
成績が、悪いからである。
室町から始まった攻撃はまたもやセンターライン付近でにインターセプト。
「戻れ!あいつを止めろ!」
室町の顧問が叫ぶ。
にはダブルチームでディフェンスがついた。
しかし、すぐに、
「サキチィ!」
藤崎へのノールックバックパス。
少々遠いが、この距離なら藤崎は平気で決める。
それに今、藤崎はフリーだった。
藤崎、クイックリリース。
しかし、
――ガン!
リングに弾かれてしまう。
「ドンマイサキチィちゃん!」
椎名がすぐに声をかけた。
まあ、本当にドンマイ、「気にするな」なのである。
なぜならゴール下には、本日最高身長の朝倉光里と、3年間赤木剛憲の練習に付き合ったフィジカルファイター椎名愛梨がリバウンドを取ろうと待ち構えているからである。
ボールを取ったのは椎名だった。
椎名はそのままシュートを入れた。
14-5。
――ビー---!!!
「チャージドタイムアウト!」
たまらずタイムアウトを取る室町。
「お前ら格下相手に何やってる!」という顧問の怒鳴り声が聞こえてきた。
朝倉と椎名は「イエーイ」とハイタッチをする。
だが、は少し藤崎の様子が気がかりだった。
「大丈夫?サキチィ。アタシ、アンタにバンバン回すから、バカスカ打っちゃってよ」
「うん」
黛も言葉には出さないが、試合前、何か言われていた藤崎のことを気にしているようだった。
「あの金髪の女とデカい女は1年だぞ!お前ら何やってるんだ!」
室町の顧問は、毎年1回戦負けの湘北にリードされていることが許せないようだった。
「えー、金髪の子は知らないけどメガネの子は全中の朝倉さんでしょ?そりゃ上手いって……」
「お前ら1年に負けて恥ずかしくないのか!」
「先生、」
「谷、なんだ」
先ほど、藤崎に試合前話しかけていた⑤番の生徒が顧問に提案をする。
「あたし、策あります。あの⑭番のちっちゃい子、フォーム綺麗だし、モーションも速いけど、実は……」
谷は、メンバーと顧問にある「事実」を話した。
「そ、そうなのか」
「はい」
「そうか、ならそれでいこう。谷、お前は2年だがエースだ。負けるなよ」
「もちろんです」
試合、再開。
室町はなにか作戦を立てたようだったが、基本の攻撃起点であるには相変わらず歯がたたないようだった。
「まゆまゆ!」
「オラァ!」
黛が強引に相手に突っ込む。
――ビー---!!!
「オフェンス!チャージング!赤(湘北)⑨番!」
「チッ」
「こら!無理に突っ込むなっていっただろーが!今のはしーちゃんに渡すべきだったよ。周りをよく見て」
黛、早くも2回目のファウルである。
フリースローを決められ14-6。
(たく、アイツすぐイライラして冷静じゃなくなるんだもん、ここは、サキチィで行くか)
今日、藤崎はまだ1本も決められていない。
としても、この辺でリズムを掴んでおいて欲しかった。
「サキチィ!」
から藤崎へパスが通る。
だが、
――ガン!
またしても、弾かれてしまうボール。
(ウソ。フリーだったのに)
そして、驚くべきことに、そもそも藤崎を止めようとするものが誰もいなかった。
藤崎をマークしていたものは今、リバウンド争いに参加している。
「くっ!」
さすがの朝倉も、跳ね返った位置が悪かったようだ。
室町校の人間に取られてしまう。
そのまま室町校の人間に黛のディフェンスを抜かれ14-8になる。
しかし、湘北の人間にとってそれよりも衝撃的だったのは。
なぜ、藤崎のシュートが入らないのかということと。
なぜ、相手校は藤崎のシュートが最初から入らないかのように行動をしたのか、ということだった。
その後、何度、何度シュートチャンスがあって、シュートを投げても、藤崎のシュートが入ることはなかった。
それも、スリーポイントラインの内側からでも、だ。
藤崎がシュートを放つことは既に室町校にとっては攻めるべきポイント扱いされていた。
彼女のシュートブロックは誰も居らず、その代わり、リバウンドを数的有利の上状況から奪いインターセプト。
速攻を仕掛ける、という形で。
湘北は前半15分が経過した段階で、25-30と負けていた。
「だから言ったのよ。『バスケやめれば?』って」
クスクスと、例の室町校の生徒がすれ違いざまに藤崎をせせら笑った。
「テメェ!」
「黛!」
――ビー---!!!
「チャージドタイムアウト!」
安西が、タイムアウトを取ったようだった。
「どうしました、藤崎くん。緊張してますか?」
安西が優しく藤崎に語りかける。
藤崎は俯いて首をふるだけだった。
(サキチィ……すごい汗だ)
「藤崎さん、なんで急に入らなくなっちゃったんでしょう……練習じゃあんなに」
「急じゃ、ないよ」
朝倉の心配する声を遮るように、藤崎が絞りだすように言った。
「……今まで、言わなくて、ごめん。……僕、中学の時から、ずっとこうなんだ。ううん……ミニバスの頃から、そうだったんだ。本当は。試合じゃ、入らなくて、全然」
藤崎の声に涙ぐんだ音が混じる。
「練習でどんなに入っても、意味ないよ。……ちゃん、だから、もう、僕には、いいよ。パスくれなくて、いい」
「『いい』って何がいいんだよ!!!」
今度は、藤崎の発言が遮られる番だった。
黛が藤崎の胸ぐらをつかむ。
「テメェ舐められたままでいいのかよ!?アイツ、オメーのこと馬鹿にしてるぞ!それでいいのかよ!?なんとかしようと思わねーのかよ!?」
「ま、まゆまゆちゃんちょっと!」
椎名が慌てて黛を止める。
審判が、タイムアウト終了10秒前の合図を出した。
その様子を見ていた男子も、騒然となっていた。
「どうしたんだ女子……。藤崎も、黛も……」
安田が動揺したように呟く。
三井は、なにか深く考え込んでいるようだった。
「がやるしかねー。藤崎で点を取れねーなら、が行くしかねー」
流川が冷静に、あるいは冷徹に言った。
「そうだけどよ……。そりゃ、あんまりだぜ、藤崎だって」
「そうだ!キツネめ!血も涙もねーのか!チビッコだってあんなに頑張ってるじゃねーか!」
宮城と桜木が流川の考えを理解しつつも同調を避けた。
それでは、むこうの学校と同じくらい、藤崎を軽んじてしまうことになるからだ。
――余談だが、藤崎千咲は桜木花道に珍しく「完全に女と見られていない女子」のため、割と気安く接せられている。
流川は考える。
(そうじゃねえ。藤崎が自分のバスケをできるように、が今以上に動かなきゃなんねぇんだ。……あるいは、)
三井は思い出す。
(あの室町校の⑤番……!まさか……)
赤木が言った。
「椎名だ。椎名が行くしかない。あいつは上級生なんだ。下級生のサポートをするのは当然のことだ」
その発言はちょうど、流川が今出した結論と同じことを語っていた。
タイムアウトが終わった。
俯いたままコートに戻ろうとする藤崎に、は声をかけた。
「話が違うんだけど」
「……え?」
「アタシが聞いた話と違うんだけど」
そして、この混乱のタイムアウトの中、1人の少女が使命感に帯びた顔つきになった。
(椎名くん、頑張ってください。藤崎くんを助けられるのは、あなたしかいません)
前半戦、残り5分。