黛にあの⑤番の相手はキツイかもしれない。
はマッチアップの変更を考える。
しかし、黛は譲る気がなさそうだった。
「ああいうチョーシ乗ってるブスは私が根性叩きなおしてやんなきゃいけねーんだよ」
「そんな義務ねーよ」
32.黛さんのスピリテッドチャージ
後半開始3分が経過した。
現在スコアは36-52。
流石にこの辺でなんとかしなければ取り返しがつかなくなる。
湘北を応援している者達は誰もがそう思っているだろう。
室町校には既に楽勝ムードが漂ってきている。
あくまで藤崎にこだわり続ける湘北に、勝機はない。
そう思われているようだった。
そして湘北側でも、ある少女がとうとうしびれを切らす。
「クッソがぁ!チョーシに乗りやがって!」
流石に何度も抜かれては、黛も穏やかではないだろう。
(まあ、もともと穏やかなやつじゃないし)
だが、そんなに苛々されても困る。
藤崎は藤崎で何度もシュートチャンスをもらえることが、逆にプレッシャーになってしまってるようだった。
(ここは一度、流れを切る、か)
今までパスを出すことに専念していたが、ディフェンスへと切り替える。
とりあえず今は、相手の得点を止めなければならない。
「まゆまゆ。あの⑤番はアタシが止める。アンタは……」
「お断りよ」
黛が美しく鼻で笑った。
「ああいうチョーシ乗ってるブスは私が根性叩きなおしてやんなきゃいけねーんだよ」
⑤番の谷を睨みつけながらいう。
「そんな義務ねーよ」
だが黛も、ここで谷を止めなければならないことを理解しているようだった。
「ムチャすんじゃねーぞ」
黛は既に3ファウルだ。後半残り15分。
このペースは明らかにまずい。
室町ボールからのスタート。
ボールはまた⑤番に渡る。
黛も今度は簡単に抜かさせない。
たまらず⑤番もパスを出す。
だが、そんな苦し紛れのパスはには通じない。
すぐにカットし、は自分で行くべきか一瞬悩んだ。
だが、
「!」
黛が自分によこせと言ってくる。
(やれんのかよ)
と思いつつは黛にパスを出した。
黛はドリブルで特攻し、そのままステップインシュート。
(おいおい、そんなゴーインに撃つなよ!)
ファウルギリギリの接触プレイだったが、笛はならなかった。
「あの美人なかなかやるな」
「美人だもんな」
黛はバスケ以外のところの評価は無駄に高かった。
だが、まだ彼女の怒りは鎮まりそうにない。
次も強引なディフェンスでインターセプトし、朝倉にパスを出す。
朝倉はキレイなフォームでジャンプシュートを決めたようだった。
「湘北も少しずつ盛り返してきたみてーだな」
「うん、でも……サキチィちゃんのことは、もういいのかな……」
長妻が心配そうに藤崎をみる。
藤崎は、体力的にというよりは精神的に疲労困憊、という風だった。
「まゆまゆ!ダメだ!」
室町のシュートを黛がブロックに行ってしまう。
は黛の突出を諌めようとしたが、肝心の本人はエキサイトしていて耳に届いていないようだった。
そして、
――ビーーーーーー!
「ディフェンス!ブロッキング!赤(湘北)⑨番!バスケットカウント!ワンスロー!」
後半8分。黛、とうとう4つ目のファウルである。
「やべーぞあの美人とうとう4つ目だ!」
「湘北5人しかいないんだろ!?どうする気だ!」
ざわつく会場内。
そう、湘北に黛の代わりはいないのだ。
だからファウルをあれだけ忠告したのに。
は苦虫を噛み潰したような顔をする。
(このフリースロー製造機め!)
「黛さん!」
「まゆまゆちゃん……!」
椎名と朝倉も心配そうにしている。
黛は息を切らしながら拳を握りしめた。
「ちくしょう……バカにしやがって……!」
そう、この部で藤崎の実力を一番認めてるのはなんのかんので黛だった。
悔しいのだろう。
藤崎がバカにされたままで終わるのは。
だから、自分が動くことで、少しでも藤崎の負担を軽くしたいようだった。
それに……。
「ったく。熱くなりやがって……」
は、黛の意志を尊重することにした。
「サポートする。うまくやれ」
4ファウルだが、やれないことはないだろう。
は作戦を立てる。
少なくとも、藤崎が自分を取り戻すまで。
黛を中心にやっていく必要がありそうだった。
「誰に口聞いてんだよタコ」
黛が、の発言に少し嬉しそうに返事をした。
「あの⑨番と⑦番のコンビなかなかやるな!」
「あの⑦番さっきからスゲェパス出してるぜ!」
黛とのコンビは、室町でも止めることがなかなか難しいようだった。
(何よこの⑨番……!急に動きが良くなった……!?)
室町の⑤番、谷も4ファウルのはずの黛を逆に恐れていた。
それもそうだろう。
のパスは先程から、黛にまっすぐ出しているものではない。
あえて黛が走ってようやく追いつけるくらいの外したところにパスを出すことで、逆に黛と敵との接触を避けていた。
走ってフリーのところからシュートを撃つ、というやり方は黛の性に合っているようで、先程から黛はどんどん点を重ねていっていた。
そして、黛を主軸に置くことで、藤崎も疲労から大分回復してきたようであった。
(サキチィ、そろそろ行くよ。まゆまゆがアンタのためにこんだけ走ってんだ。いーかげん決めろよ!)
がパスを出す体勢に入る。
「させるかぁ!」
谷がすかさず黛にキツく当たる。
(くっそ、なんでこれがファウルじゃなくて私がファウルなんだよ!)
黛は心のなかで悪態をつく。
室町の全員がと黛の連携を気にしている、今がチャンスだった。
「サキチィ!」
「しまっ……!」
のマークマンが跳ぶタイミングと同時に、は藤崎に敵の横をすり抜けるバウンドパスを出した。
「そいつは入らない!」
谷が叫ぶ。
室町はディフェンスリバウンドを取ろうとゴール下に向かう。
その時、藤崎は驚くべき行動に出た。
フリーのシューターである自分が打たず、マークマンが外れた黛にパスを出したのである。
「なっ……!」
「サキチィちゃん……!」
「藤崎さん!」
『もう、僕はいいんだ』。
そんな藤崎の心の声が聞こえてきそうだった。
「テッメェェェ!マジでふざけてんじゃねーぞクソチビがぁ!!!」
パスを渡された黛、キレる。
「黛!ダメだ!周りをよく見ろ!」
怒りに任せてステップインシュートを決めようとした黛に、谷が待ち構えていた。
――ビーーーーーー!
「オフェンス!チャージング!赤(湘北)⑨番!」
黛繭華、5ファウル目。
「嘘だろ黛……!」
退場である。
「くっそ、何やってんだよあいつ!」
たまらず観客席の宮城が声を出す。
「この場合、どうなるんだ?」
角田が控えのいない女子のベンチを見つめる。
「続行……するしかないんだろうな。4人でも」
木暮が、うつむきながら言った。
「そんな……」
悲惨なムードが、湘北の観客席を包んだ。
「残念でした。黛さん」
谷が退場していく黛をあざ笑う。
だが、黛は谷よりも怒りたい相手がいたので最早気にしていないようだった。
ずんずんと毛先まで怒らせながら黛が藤崎に近づく。
藤崎は、うつむいているだけだった。
「テメェな……!」
黛が藤崎に掴みかかろうとする、が、
「黛くん、ちゃんとベンチに座りなさい」
安西が、何事もなかったように穏やかにたしなめた。
「クソッ」
黛は、悔し涙を流しながらベンチに向かった。
4人でも、このまま戦い抜くしかないんだろう。
スコアボードは50-62。
黛との活躍はあったが、点差を縮めるには至らなかった。
はふぅ、と大きく息を吐いて、藤崎に詰め寄った。
「サキチィ、アンタのせいで黛退場したんだけど、そこら辺どう思ってる?」
「ちゃん……!」
は、発言内容こそキツかったが、妙に穏やかな口調で尋ねた。
「なんとも思ってないんだったら。別に、もう頑張る必要なくない?って思ってさ」
のそれは、本当に本心からの発言だった。
「ちゃん……、僕は……」
後半、残り10分。
女子バスケ部、絶体絶命。