「よし、まだまだ行くよ!」

湘北、反撃開始。



34.プラスドライバー1本分の働き




「すげー!あの⑭番!またスリーだ!」

自分のバスケとシュートへの自信を取り戻した藤崎は止まらなかった。
何度か外すことはあっても、もともとスリーなんて3割決まればいいほうなんだ、という事実を思い出し、逆に力を抜いて撃てていたようだった。

「チビよりあの金髪のほうがやばい!さっきから仲間のフリーを作りまくってる!」

4対5という圧倒的に不利な状況で、のパスは前線の仲間によく届いた。
自分は常にダブルチームで迫られているというのにもかかわらず。

「何なのよこの女……!」

室町高校にも、焦りが見えてきたようだった。

「朝倉さん!」

椎名のスクリーンを上手く利用し、フリーになった朝倉をは見逃さなかった。
正式な部員でないにもかかわらず、今日1番の功労者は朝倉光里ではないかと見る者が見ればわかった。
前半は調子の出ない仲間のためにもディフェンスやリバウンドに集中していた朝倉は、ここに来てオフェンスに切り替えていた。
どんな状況にも焦らず自分の力を出しきれる集中力と冷静さ、それが朝倉光里の武器だった。

「よっしゃー!いけ朝倉ー!」

湘北の観客席からも元気な声が聞こえる。

「あんなに強いのに……今回だけなんて勿体無い……」

彩子は朝倉を見ながらつぶやいた。
朝倉のゴール下からのシュートが決まり、65-69。

流れは、完全に湘北側にあった。

「このまま行けば勝てるぞ!」

木暮も思わず大声を出して応援する。
室町のシュートが外れる。

「リバーン!」

朝倉がポジション争いに勝ち、リバウンドを掴んだ。
敵チームのセンターが朝倉の取ったボールを強引に奪いに来る。
その時だった。

「……!!」

低い体勢でボールを死守しようとした朝倉とボールを奪いに来たセンター、そしてもう1人、その争いに参加しようとした室町校の⑧番の足が、朝倉の肩と激突したのだ。
思わず肩を抑えその場でうずくまる朝倉。

「朝倉さん!」

椎名もその異変に気づく。

「レフェリータイム!どうしました?」
「か、肩が……」

右腕で左肩を抑えて悲痛な声を漏らす朝倉。

「脱臼……かもしれない。続行は無理でしょう」

審判が朝倉に近づき、症状を簡単に判断する。

「そんなっ」
「控えの選手は……」

審判が言いかけた言葉を途中でやめた。
そう、湘北高校には、最初から5人しかいないのだ。



 審判の肩を借りてコートを後にする朝倉。

「ごめんなさい……みなさん。こんな時に……!」
「しょ、しょうがないよ!事故だったんだもん!」

椎名は言うが、今の湘北高校は「しょうがない」で済まされない事態になっていることは事実だった。
男子のマネージャーの彩子が観客席から慌てて降りてきて朝倉の手当をする。
は一応一縷の望みを託してその様子を見ていたが、彩子は首をふるだけだった。

(ありがとう、朝倉さん……。プラスドライバー1本分の働きにしては……十分すぎるくらいだったよ……)

もうすぐ逆転できそうだったのに……。ここで終わるのか。

そんな声が観客席から聞こえてきそうだった。
審判が、少し気の毒そうに監督の安西に尋ねる。

「続けますか?」

と。
3対5という状況で、敗北は確定しているようなものなのに、それでも続けるのか、と聞かれているのだ。
安西は、その判断を、

「椎名くん、どうしますか」

部長の椎名に委ねたようだった。

「おいおい……4人になっても、あのデカい女のおかげでどうにか持ってたようなもんじゃねーか湘北……。それが抜けるのかよ」
「3人なんてもうやる意味ねーだろ」

観客席からそんな声が聞こえる。
悲しいが、それは事実だった。
もう、試合は終わった。
そんな空気が会場中に漂っていた。
だが、そんな中にあってもひとり、いやにポジティブな少女がいた。
悲痛な面持ちで朝倉光里を見送る後輩たちの頭に、チョップを入れる。

「いたっ」
「いて」

そして、いつもの様に妙な掛け声を出す。

「しょうほくー!サバーイブ!!」

空元気なのかもしれないが。
やはり部長の椎名は笑顔で後輩を励ました。
「SURVIVE」、生き残る、ということ。
ここで、戦い続けるという選択をすることが、「生き残る」ことだと、椎名は言いたいのだろうか。
椎名は、審判と安西に言った。

「続けます。3人まではバスケなんで!」

そんなこと言ったって、椎名だって汗だくだ。
も藤崎も後半4人になってからの運動量は相当多く、はっきり言って疲れ切っている。
だが、

「分かったよしーちゃん。今日で終わりにしたくないもんね。付き合うよ」

は、お返し、という風に椎名の頭をぺしっと叩いた。

「こらー!先輩の頭を叩くなー!」
「はいはい」
「僕も、みんなに迷惑かけた分、頑張る」

室町校サイドは「え?この状況で続けるの?」と逆に戸惑っていた。
だが、は言った。
『今日で終わりにしたくないもんね』、と。
それは、勝つ、という意味にほかならない。
試合続行、である。
先ほど朝倉が倒れたあたりから椎名は審判からボールを受け取り、「行くぞこらー!」と叫んで試合が再開した。

しかし、湘北が失ったプラスドライバー1本分の働きは、あまりにも大きかった。

朝倉の離脱からわずか一分で、点差は65-80と、大きく開いていった。



「ひぐっ……さん……椎名先輩……あと少しだったのに……」

1年の石井が観客席で泣き出してしまう。
も藤崎も椎名も頑張ってはいるのだが、3対5という異様な状況では、どうしようもないのが現実だった。
3人がかりでシュートをブロックされてしまう藤崎。
しかし、それでもと椎名にはマークマンが着いている。
フォローしに行くことができない。
また点を追加されてしまった。 

「泣くんじゃねぇ!まだ試合は続いている!」

赤木が泣き出してしまった石井を叱る。

「そうだ、女子はまだ戦ってるんだ!」

木暮も励ますが、2人の声には既に諦めが滲み出ていた。
まだ諦めていない者がいたとしたら、

「そうだー!さーん!そこで頭突きだー!」

プロレス観戦のようなヤジを飛ばし、これが一体どれほど不利な状況なのかわかっていない素人、桜木花道くらいだった。
試合が成立するだけ、すごい状況なのだ、今は。
いや、湘北の観客席にも諦めていない者が、あと1人。それは、

「そうだ、。テメーがやるしかねーんだ」

の実力を信じて疑わない、流川楓だった。



 ベンチでうつむき、もう試合も見ていない黛に、安西は声をかけた。

「黛くん、顔をあげてください。今起こっていることは、紛れもない湘北高校女子バスケ部の現実です。3対5の圧倒的に不利な状況でも戦い続けるという選択をした部長がいた、ということを、私は決して忘れません」

安西の言葉に黛は顔を上げる。
目を背けてはいけないのだ、この事実から。
こんな情けない試合をしなくてならない状況を作った責任は、紛れもなく自分にもあるのだから。

……」

シュートを入れられボールマンになっていると目があった。
は、もう明らかに疲れて息も切れているのだが、黛の目を見て、笑った。

「よーし、一本行くぞ!」

の声が響く。

(そんな、まだ、やれるっていうの……!?)

そんなはずはない。
は体力的に問題のある選手で、タダでさえ40分のフル出場が懸念されていたくらいだ。
なのに黛には、そんなが、この状況で1番輝いて見えた。

事実、ここにいるそう多くはない観客達は、今からという選手の起こす奇跡を目の当たりにする。



「すげー!あの金髪の娘!後半に来てますます動きにキレが出てきてる!」
「2人抜いたぞ!なんだあのドライブ!?」

は、桜木花道にかつて見せた超低姿勢ドライブで、まずはマークマンの2人を振り切る。
先ほどまでパスを中心にプレイしてきたがここに来て前線に行くのは意外だったらしい。
視線のフェイクと合わせてうまく引っかかってくれた。
湘北の残りの2人はマークを振り切れないでいる。
ならばこのままワンマン速攻。
左サイドを走り抜ける

「うおおお!」

室町側のセンターが、のレイアップにブロックを仕掛ける。
しかし右手で放たれようとしていたボールを、はそのまま離さず、素早く左手に持ち替えてそのままインサイドハンドレイアップを決めた。

「ダブルクラッチ!」

観客席にいる陵南の長妻が思わず叫ぶ。
他の女子メンバーもの技量に驚いているようだった。

「ほぉ、やるなあの娘」

仙道も思わず感心。

(『一本行くぞ』っつった矢先にこれか)

「なんて名前だっけ、あの娘」

仙道が、長妻に聞いた。

ちゃんだよ!ちゃん!」

長妻は、自分のことのように興奮してその名前を叫んだ。



 その後もにパスカットされインターセプトされた室町、今度はゴール下を3人で取り囲んだ。
椎名も対抗するが、いかんせん相手の人数が多い。
しかし、はこの3人のブロックをものともせず、片腕で相手を止めてフックシュートを決めた。

「やべーぞ!金髪が止まんねー!」
「もうすぐ一桁だ!まさかあいつ1人でひっくり返す気か!?」

69-80。

その後も

「またあの女だー!どうなってるんだあいつー!」
「とうとう一桁だー!」

71-80。

「誰か、誰かあいつを止めんかー!」

室町の監督が叫ぶ。

73-80。



、あいつ、あいつすげーよ!」

宮城が興奮して叫んだ。
ゴール下でもミドルレンジでも誰もを止めることができない。
しかも、3人がかりで止めても、だ。
かといって、藤崎や椎名のマークを捨てることは出来ない。
点差も、人数も有利なのは室町高校のはずなのに、追い詰められているのもまた室町高校だ。

「でも、は体力大丈夫なのか……?」

木暮が残り時間と合わせて心配そうに呟く。
カウントは残り3分。
この調子で飛ばしたら、は間違いなく保たない、木暮はそう思った。

「大丈夫だ」

そう言ったのは、流川楓だった。

「あいつは今日、朝飯に牛乳とかつ丼2杯とめざし3匹とレバニラ炒めを食ってきた。体力なら問題ねー」
「そ、そうなのか……?ていうか、なんでそんなこと知ってんだ流川……」

全員、の食事量と流川の発言に引いた。
しかし事実、今日だけでなくは今、ほとんど毎日その量を食べている。
体力が少々ついてきている頃合いだ。
ちなみに、お昼はもたれないようにと野菜中心のヘルシー弁当だった。



 そしてとうとう、

「おおお!!77点目!」
「3点差!3点差だー!あの金髪の女1人で12点入れたぞ!?」
「スリーなら同点だ、あのチビもまだ生きてる!」

77-80。
凍りついたように動かない室町のスコアと急激に伸びる湘北のスコア。
そして、そのスコアを作り出す異様な少女。

……」

仙道彰は、その名前を確認するようにつぶやいた。

……」

観客の1人、海南の牧紳一も、才能を実感するようにその名前をつぶやいた。
そして、

(勝て。勝て。そしてオレに……)

もっと、お前のそのキラキラしてる何かを、見せてみろ。
そのためにオレはテメーをバスケ部に連れてきたんだ。



流川楓が、少女のバスケを噛みしめるように、その名前をつぶやいた。