「うおー!金髪止まんねー!1人でさっきから何点入れてんだ!?」
「12点だ!あいつが2分も立たないうちに12点入れた!」
「でも、でもなんで、あいつ、前半パスばっかで全然得点に絡まなかったのに……!?」
そのとおりだ。
安西が観客の声に同意するように頷く。
の「ポイントガード」としての考え方が、その1言に集約されていたからである。
35.ポイントガード問答
『優秀なポイントガードとは何か』。
バスケに携わるものなら一度は考えたことのある疑問だろう。
ポイントガードとはチームの司令塔。
コート上の監督。
その為、例えば「爆発的な得点力のあるポイントガード」などは、評価が分かれやすい。
「ポイントガードのくせに自分ばっかり先行しやがって。それは優秀なポイントガードじゃねぇ」という具合である。
では、「自分では点を取れないけど、仲間をサポートすることだけはとても得意なポイントガード」は優秀か?と聞かれれば、安西は間違いなく「そんなわけがない」と答える。
ポイントガードだろうがセンターだろうが、役割以前に全員バスケ選手である。
バスケは基本的に全員で守備をし、全員で攻撃をするスポーツである。
同じ程度に役割をこなせるなら、得点力がある方が優秀に決まっている。
安西の思う「優秀なポイントガード」、それは、「点を取りにいける選手に点を取らせに行けるポイントガード」である。
そして、その「点を取りにいける選手」の中には、自身も含まれている。
その点、のポイントガードとしての姿と、安西の思い浮かぶ「優秀なポイントガード」の姿は一致した。
前半、なぜがパスばかりで自分は得点に絡みにいかなかったのか。
それは、今回ばかりは「藤崎を支えたかった」という事情もあるだろうが、その中にはもちろん「藤崎が点を取りにいける選手だから」という考えも多分にあるだろう。
事実、途中では点を取りに行かせる選手を黛、朝倉と切り替えていった。
それは、そのメンバーがその場面において「点を取りにいける選手だったから」という理由にすぎない。
そして今、自分が点を取りに行ってるのは。
「3対5という状況をくぐり抜けて、点を取りにいける選手が自分だから」。
それだけだろう。
(だが、これほどとは……)
「くん……」
安西も、思わずその名を呟いた。
またがゴール下に速攻を仕掛ける。
室町の選手たちは既にの猛攻に怯みきっているが、ここでブロックしなければ3人で固めている意味が無い。
、踏み切る。
レイアップか。
室町の谷が、ボールの軌道を読んで腕を下げる。
ボールは、放たれなかった。
腕は、のボールを持っている手に当たった。
「しまった……!」
はにやりと笑い、そのままシュートを放つ。
「フィンガーロール……!!」
フィンガーロールシュート。
通常のレイアップが指の腹で押し上げるのに対し、このシュートは指の腹で転がすように放つ。
そのため、ボールの保持時間は長くなり、より優れたハンドリング技術と体幹が必要になる。
つまり、彼女は、
「ディフェンス!ハッキング!白(室町)⑤番!バスケットカウント!ワンスロー!」
わざと、ファウルを貰いに行ったのである。
「残念……でした……。谷、先輩……」
要するに、黛の件の意趣返しであった。
「ば、……化け物っ!」
谷は思わず、に戦慄した。
「バスカンだー!!!ここで決めれば同点に追いつく!」
「とうとう金髪が、ベスト8の室町を追い詰めたー!」
湧き上がる観客たち。
だが、
「ワンショット」
審判が、にボールを渡す。
「……どうしました?」
フリースローラインに立ちすくみ、ボールを受け取らない。
「限界、か」
観客席で、牧紳一が呟いた。
それとほとんど同時にその場に膝から崩れ落ちる。
「ああああ!!!やっぱりダメかー!」
「とうとう金髪が力尽きたー!」
安西がオフィシャルテーブルに近づく。
「タイムアウト、お願いします」
「フリースローが終わってからになります」
「はい」
安西が後半、藤崎が不調でも、黛や朝倉が離脱しても、タイムアウトを取らなかった理由がここにある。
「はぁっはあっ……が、はぁ、はぁ……」
(まずいな、チアノーゼが出てる。指先が紫色だ)
如何に才能のある選手とはいえ、はまだ、高校1年の女子だ。
しかも、もともと体力面に問題を抱えていた生徒だ。
安西は後半、タイムアウトを来たるべきの限界のためにとっておいたのだ。
その限界が今来たのは、予想以上に保った方だといえる。
タイムは、残り1分を切っていた。
もし、5人全員いれば、確実に逆転できていたに違いない。
は、フラフラと立ち上がりながら、「スンマセン」とボールを受け取る。
そのまま、たっぷり5秒待ってから投げる。
もう、限界のはずなのに、綺麗なフォームだった。
……シュートが入った。
の3点プレイ、成立。
80-80。
――ビーーーーー!
「チャージド!タイムアウト!」
「ちゃん!」
「ちゃん……!」
藤崎と椎名がすぐにに駆け寄り、ベンチへ連れて行く。
彩子がドリンクを渡し、ベンチに倒れ込むように座ったを介助する。
「大丈夫?」とも、「もう少しだから頑張れ」とも、誰も言わなかった。
彼女が頑張ったことも、既に大丈夫じゃないことも、皆、理解していたからだ。
短いタイムアウトに、少しでも、ほんの少しでも、に回復して貰いたかった。
黛も、三角巾をまいた朝倉も、肩で息をするを見守っていた。
「あと、少しなんだ、頑張れ、頑張ってくれ……!」
観客席では木暮が祈るように顔の前で手を合わせている。
「さぁん……!」
石井が再び泣き出す。
もう、叱る者はいなかった。
その涙は、敗北と諦めの涙ではなく、女子の勝利をまだ信じているからこその涙だと誰もがわかっていた。
(……!くそ、……)
流川楓の拳に無意識に力が篭もる。
自分が、出られたら。を、助けに行けたら。
思っても仕方がない考えが流川の頭をよぎる。
流川がどんなに優秀な選手でも、それは不可能だ。
なぜなら流川は男子で、は女子だからだ。
その歯痒さがあるから、流川はその名を怒りにも似た感情で心の中で繰り返すのだ。
(……、テメーはこんなとこで終わるような女じゃねぇ……。……!)
タイムアウト終了の笛が響いた。
大丈夫でも、大丈夫じゃなくても、はもう立ち上がらなくてはならない。
(アタシが、アタシがなんとかしなきゃ……)
酸素の足りない頭を回転しても、の視界に余計に靄が掛かるだけだった。
体は汗だくなはずなのに、なんだか異様に寒気もする。
震えが止まらないのだ、さっきから。
ふと、頭のタオルが取られる感触がして、顔を上げる。
「しー、ちゃん……」
目の前にいたのは、椎名愛梨だった。
椎名はニコリと笑って、
「ちゃん、よく頑張ったね。ちゃんのお陰で室町相手に同点だよ!すごいよ!」
無邪気にを誉めた。
そして、
「だから、もう大丈夫だよ。無理しなくて」
の震える手を両手で掴みながら、
「大丈夫!私とサキチィちゃんが2人分頑張るから、ちゃんは1人分頑張って!」
と言った。
はその言葉に何故か懐かしさと寂しさを感じた。
椎名と出会ってからまだ1ヶ月ほどしか経っていないのに、なんだか彼女が昔からの友人であるような気さえした。
「オメーら2人じゃ無理だ」とか、「こんな時にふざけてんな」とか、色々言ってやりたいことはあったけど、結局の口から出たのは、
「全く……アテにされてねーな、……アタシ」
これだけだった。
湘北の女子たちがベンチから出てくる。
残り1分、試合再開だ。
椎名がゴール下で対峙する室町の部長に向かって呟いた。
「『試合は勝つ』『後輩もフォローする』。「両方」やらなくっちゃあならないってのが「部長」のつらいところだね。覚悟はいい?私はできてる」
(な、何なのよコイツ……)
椎名も、藤崎も、ボールを奪わんと最後の力を振り絞って走り続ける。
は、もう一歩も動けなかった。
ゲーム終了のブザーが響く。
80-88。
湘北高校の、敗北である。
観客席から拍手が沸き起こる。
それは、勝者のための拍手ではなく、敗者のための拍手だった。
(椎名……。よく、頑張った……)
木暮が、3年来の友人を思って涙を流す。
赤木剛憲が夢を見た「湘北史上最強の女子5人」は、
「ありがとうございましたっ!」
たったの1試合で、解散となった。