『じゃあ教えてよ。流川は……どんな気持ちでいるの?アタシのこと、考えてる時』

流川楓は、律儀に考えていた。
流川楓は体育館のロビーで、真剣に考えていた。

(オレがあのどあほう女をどう思っているか……だと?)

流川楓は生まれて初めて、1人の女の子について考えていた。
その女の子が今、『やっべー流川コントロールする方法見つけたわー!』と高笑いしてることも露知らず。



37.同じ熱量を求めて




 (オレは、あのアホ女を見捨てねー)

始まりは、その感情だったのだ。
バスケの才能がありながら、浪費するように時間を過ごすのことを、もったいないと思ってしまったのだ。
女子ではあったが、初めて自分の才能に匹敵する力を持つものを見つけた、流川はのバスケを初めてみた時そう思ったのだ。

『オレはテメーが何しようと、テメーに裏切られたとは思わねぇ』
『好きにしろ。オレも、好きにする』

まだ、を家に連れ帰る前、流川はこのようなことを彼女に言ったことを覚えている。
だが、流川自身、既にその言葉がウソになりつつあることを自覚した。
ひとつ目は、陵南高校との練習試合後の家で。
が自分のマッサージをしながら、

(乳首!)

流川の目が『あること』を思い出してカッと見開く。

(いや違ぇ、今はこのことはどうでもいーんだ)

流川は思考回路を戻す。
が自分のマッサージをしながら、「どうしてと自分が戦えなかったことを、自分が残念に思っているように思われているのか」と聞かれた時だった。
その日、仙道に敗北した流川は燃えに燃えていた。
初めて、「コイツを倒したい」、そう思えるほど強い相手にあったからだ。
も、そうだと思っていた。勝手に。

あれがまだ試合しているところを見たことはないが、級の実力を持つ女だと流川も瞬時に理解した。
あの、桜木を抑えて決めてしまったフックシュートで。
きっと、も、と試合ができなくて悔しい思いをしたに違いない。そう思った。
オレが、そう思ってるから。
しかし、違った。
はあっさりと、

『……?どうして?』

その流川の考えを退けた。一蹴した。
裏切られた、と思った。
強い奴と戦いたくないのか、倒したくないのか。
自分の力を、試してみたいとは思わないのか。
流川はバスケをしているといつもそう思う。
だから、にも、そう思っていて欲しかった。

『オレはテメーが何しようと、テメーに裏切られたとは思わねぇ』

今の自分にとって、もう、その言葉は、嘘だった。
に裏切られた』。そう思ったから。

そして、先程も、控室の前で。
きっと、敗北して悔しい思いをしているに違いない。
流川は観客席から出て行った後、女子の控室に駆けて行った。
心配だった、のことが。
敗北して傷ついているんじゃないかと、心配だった。
『ごめんあとで』
ふらふらと控室に向かい、流川を拒絶する
しばらくして、もう1度様子を見ようとしたら、なんとが仙道と、随分親しげに話し込んでいるではないか。

(テメー、ヒトがこんだけ心配してやってんのに)

流川の怒りが頂点に達した。
コイツはいつもそうなのだ。
ヒトが心配してやってる時に限って、あっさりと肩透かしを食らわせる。
また怒りの感情が湧いて出てきた時、流川は思い出した。

『好きにしろ。オレも、好きにする』

この言葉も、もう嘘だ。
嘘になってしまった。
流川が好きにしているのは事実だが、流川はもう、に『好きにしろ』だなんて思っていなかった。

『オレがこう思ってんだから、お前もこう思え』
『オレが心配してやってんだから、お前もその心配に応えろ』

流川は、自分がこう思うようになってしまったことを、自覚した。
なぜだ。少し前、ほんの少し前なら、そんなこと思わなかったのに。

『じゃあ教えてよ。流川は……どんな気持ちでいるの?アタシのこと、考えてる時』

結局、答えは出なかった。



 ロビーに、湘北高校のバスケ部が男女ともに集合した。
1度は泣き止んだと思われた椎名も、3年の顔を見たら再び泣き出してしまった。
それにつられるように、赤木も、木暮も。

「女子はっ、今日で、大会終わりですけどぉ、うっ。まだまだぁ、強くなれると思うのでっ、みなさん、がんばってくださぁい!」

泣きながら、椎名の部長としての最後の言葉が贈られる。
男子も女子も、全員聞き入っている。

「あ、あと……、私、今日で引退ですけどっ、ヒック、あの、部員集めるのに、夢中でっ、エグ。全然、次のキャプテンとかっ、決めてなかったんで、ひっぐ、そのうち引き継ぎしまぁす!」

あ……そのことすっかり忘れてた……。
男子も女子も、全員そう思った。
残された女子3人は、誰が部長になるとか、全然考えていなかった。
ずっと、椎名愛梨が部長としてそばに居てくれる、そんなふうに思っていた。
特に、藤崎とは。

「椎名くん、3年間お疲れ様でした」

安西が、椎名と握手をする。
周りも椎名に拍手をする。
天真爛漫、いつでも元気なゴール下の力持ち。
そんな言葉が似合う椎名愛梨は、皆に見守られる中、男子より一足早く、引退した。



 いつものように、流川はを後ろに乗せて自転車を走らせる。
疲れてるのか、の腕の力が弱い。
何かあっては困るので、いつもより少し、スピードを緩めた。
結局、答えは出なかった。
なので流川は、控室に最初に行く前ににかけようとした言葉をかけることにした。

「残念だったな」

3人になっても、こいつは諦めなかった。
それどころか、たった1人で相手校を圧倒した。
さぞかし、自分のスタミナ切れを悔しく思っているんじゃないかと、思ったからだ。

(オレだったらクヤシー)

そう思ったからだ。
でもやっぱり、は、

「まあ、でも仕方ないよ。朝倉さんが抜けた時点で、勝っても意味なかったから」

流川楓とは違う感情を持っているようだった。

「意味、ない?」
「だってそーじゃん。仮に今日勝っても次の試合棄権するしか無くね?朝倉さんのあれは、次までに治ってるよーなモンじゃなかったよ」

人数足んなくなるからさ、どの道失格だったんだよ、勝ったところで。
せめてしーちゃんのためには勝ってあげたかったんだけどさ、ちょっとむずかしかったね。

負け惜しみでも何でも無く、本当になんでもなさそうに今日の敗北を、既に過去のものにしてしまっているに、また流川の激情が湧いた。
急ブレーキをかけ、自転車を止める流川。

――キー!

「え、なに、どしたの?」

きょとん、とした顔の

――ぶん殴って、やろうかと思った。

お前、本当にそれでいいのか。
お前、本当に悔しくないのか。
お前、本当になんとも思ってないのか。
確かに、湘北女子バスケ部は仲良しクラブだ。
でもそれは、部長だった椎名愛梨に依るところが非常に大きかった。
別に流川も、それを何も悪いとは思ってない。
でも、でもお前は違うだろ?
お前は、何年も何十年もバスケをやってて、バスケに対する情熱はそのへんの女子高生とは比べ物にならないはずだろ?
現に、お前は今日誰にも負けてなかった。
室町のエースにも。
それどころか全中ベスト8の朝倉光里にすら。
悔しくねーのか、本当に。
もっと勝って、もっと上に行って、もっと強い奴と会って、それで……!

「なんでも、ねえ」

結局、流川はに何も言わなかった。
何も言えなかった。
なんて言っていいのか、分からなかった。
いや、言いたい言葉はいくらでもあった。

『オレがこう思ってんだから、お前もこう思え』

この言葉を怒りのままににぶつけてやれたら、どんなに溜飲が下がるだろう。
でも、あののきょとんとした顔。
のことを聞いた時と、全く同じだった。
興味、ないのか。
強い奴と戦うことに。
自分の力を、試すことに。
流川は怒りに任せてペダルを漕ぐ。

「ちょっと早くない?朝みたいなことになりたくないんだけど」

はやっぱり何もわかってなさそうに、冗談ぽくふざけるだけだった。
流川楓がのことを理解するには、あまりに情報が少なかった。
あの日、が家出した翌日、の家に物を取りに行った時。
の家のマンションの前で、自転車に乗って待っていた流川。
彼は、の事情を、「知らなくていい」と思っていた。
しかし今は、「もっと知っておけばよかった」と思っている。
流川は、初めて、のバスケ、ではなく、という人間に興味を持った。
自分と、同じくらいの時間をバスケに費やし、自分と同じくらいの実力を持つ少女。

それに、自分と同じくらいバスケに対する情熱を持っていて欲しい、と思うのは、贅沢なことなのだろうか。

「しばらく試合平日ばっかだから応援行けねーわ」
「……おー」

湘北高校男子バスケ部の挑戦は、続く。