後半戦が、始まる。
両チームの男子たちが、コートに帰ってきた。
エキサイトしていく会場。
泣いても笑ってもあと20分、である。
46.少年はいつも
(あの猿の目つきが変わった……)
会場に入ってきた選手たちを見て、が最初に気がついたのはそのことだった。
清田信長の浮ついた感じが取れて、ゲームに集中しなおしている顔になっている。
休憩中、なにか言われたのだろうか。
黛も、気がついたようだった。
清田は、1年生でまだ若い。
メンタルがモロにプレイに影響する。
それはよく悪い意味に使われるが、もちろんいい側面もある。
まだ発展途上の清田は、メンタル次第であっさり自身の限界を超え、120%の力を発揮することすらあるのだ。
休憩中に、なにか指導が入ったのだろう。とは思った。
海南のマネージャーも清田を見つめているが、清田はそれすらも意に介していないようだった。
(でも……)
は今度、桜木を見た。
(こっちの猿も、なんだかいつもと違うみたい)
少年はいつも、少女が見ていない隙に驚くほど進化を遂げるものである。
先制点は、湘北だった。
怪我をしているはずの赤木が、リバウンドダンクを決めたのだ。
「赤木が決めた―――っ!!!」
「やはり強い!!」
「存在感が違うぜ!!!」
赤木の活躍を受けて湧き上がる会場。
「タケちゃんすごぉい!……でも、ケガ大丈夫なのかなぁ……」
「ま、大丈夫ではないでしょうね。でも、やるしかないのよ」
椎名と黛は赤木の怪我の具合を心配する。
「あのメガネに変わって出てきた⑤番も気になる。背は高いけどインサイドタイプじゃなさそう」
藤崎がさきほど宮益と交代した⑥番が、後半になって再び出てきたことを気にしていた。
「海南は仕掛けてくる気だね。アタシとしては……牧紳一。そろそろ何かやってくるんじゃない?」
の指摘は、ちょうど、相対していた宮城も感じていたことだった。
事実、牧紳一はピボットターンで一瞬で宮城を振り切り、そのまま、
――ガシッ!
赤木と接触。
――ピ――――――!!!
シュートを、入れたのだった。
「バスケットカウント!ワンスロー!」
牧のパワープレイに再び会場が沸騰する。
(やっぱこう来たか……。点をもぎ取りに行けるタイプの1番だ、あの人)
牧紳一は大柄なわけではないが、鍛えぬかれた鋼のような体躯はすさまじい威圧感を放っている。
自分より10センチ以上差のある赤木から、バスケットカウントを貰ってしまうくらいだ。
「男子ハンパねぇな……」
は、つい感嘆の声を上げてしまった。
「あの清田って奴もヤバイわね。ここに来て流川を止めた」
黛が、前半は流川に軍配が上がったルーキー対決をそう評した。
「清田は後半、おそらくディフェンス1本に絞るつもりだね。地に足が着いてる感じするもん」
「ただの目立ちたがりの猿じゃなかったのね、アイツ」
だが、赤木もまだまだ負けていない。
気迫のこもったプレイですかさず2点を返す。
「よオオオし!!!」
赤木の雄叫びがこだまする。
しかし、それが更に、牧の闘争心に火をつけたようだ。
再び牧のカットイン。
宮城は反応できなかった。
赤木と桜木によるブロック。
しかしそれも……、
「カウ―――ント!ワンスロー!」
牧の3点プレイ成立への、手助けをしたに過ぎなかった。
その後も、湘北のターンノーバーにより牧紳一が止まらない。
湘北のメンバーには疲れが見えてきている。
三井と宮城のダブルチームをあっさり突破した牧は、シュートに向かう。
しかしそこに待ち構えていたのは流川と桜木。
だが、牧は慌てず不敵な笑みを浮かべた。
「こう来るのを待っていたんだ!!」
外にいた⑥番、神へとパスをする牧。
神はそのボールをノーマークで受け取り、3Pシュートを、……決めた。
中から牧、外から神。
これによりみるみる開いていく点差。
安西が、タイムアウトを取った。
「うー、やばいよー!安西先生どうする気なんだろー」
椎名が悩んでもしかたがないのに頭を抱えた。
牧紳一と神宗一郎のコンビに会場中が度肝を抜かれていた。
「流川も後半ぜんぜん得点に絡めてないわ」
黛が指摘する。
藤崎も、神のシュート精度とマークを外す技術に驚愕していた。
タイムアウトが終わる。
今度は、湘北が会場の度肝を抜く番だった。
なんと、桜木以外の4人を牧のマークにつけて、桜木は神のマークにつける、という奇策に出たのだ。
「逆・ボックス・ワン……?」
そんな言葉、あるんだか知らないけど。
でも、やっぱり、少年というものはいつも。
「ハエたたき!!」
少女が見ていない隙に成長するものなのである。
「桜木があの⑥番を止めた!?」
「そんな、僕ずっと見てたけど、完全にフリーの状態でシュートモーションに入ってたよ!?」
黛と藤崎が桜木のブロックに驚く。
「確かにね。放った後だ。……⑥番がシュートを放った後に桜木が回りこんだんだ」
も思わず目を見開いて分析した。
その後の桜木の速攻は失敗に終わるも、ここは大黒柱の赤木がしっかりと決めた。
そして、桜木は……牧と相対しながらダンクを決めようと……。
「10年早いわ!!」
――ドカッ!
――ピ―――――――!!!
「インテンショナルファウル!!白4番!!」
牧紳一が、これ以上湘北に、桜木に勢いづかれて堪るかと、桜木花道を蹴って止めたのだった。
「ちょっと、何よアイツ?あんなんありなわけ?」
「インテンショナルファウル覚悟でやったっぽいねー。さすが牧くん……」
「でも桜木元気そう」
牧の行動に呆気にとられる女子。
確かに、牧紳一はわざとファウルをした。
PGとして、ここで流れを断っておきたかった、ということだとも理解する。
でも……、
(作戦が成功したのに……。牧紳一はまだ何かを恐れている……?)
彼の、桜木に対する警戒心が解けないのがにはわかった。
桜木のフリースローは入らない。
そんなの敵にも味方にもバレバレだ。
だから牧だってわざとファウルした。
そのはずなのに。
「ワッハッハッ!なんだあの構えは!?」
「また桜木がヘンなことを始めたぞ!!」
桜木が、下からボールを放るような構えを取り、会場に笑いが起きる。
(あれは……!昔、ママにビデオで見せてもらったことがある……!ああいう構えをフリースローでするNBA選手がいた……!)
桜木がそれを知ってるとは思えない。
それでもやっぱり、くどいようだが、
――ガンッ。ガン。スポ。
「いよォ――――――しゃあ!!!」
少年はいつも、少女が見ていない隙に成長するのだ。
(やっぱり……!桜木花道のバスケには夢がある!!)
は気づかないうちに自分が拳を握りしめていることに気がついた。
(あれ……?アタシ、ガッちゃんのバスケ見てても、こんなふうに思ったことなかったのに……)
その後も、気迫の猛接戦が続いた。
4点差が6点差になり、6点差が4点差になる。
「牧紳一か……。男子ならではの選手って感じだね。女子にあーゆーPGはまずいない」
牧はここに来てもなお、パワーを発揮し自ら得点をねじ込みに行っている。
自分で点を取れるPG、という点ではとも一緒なのだが。
「ちゃん、ちゃん」
椎名が話しかけてきた。
「ん?」
「えっとね、ちゃんもPGだから牧くんのことが気になるのもわかるけど……」
椎名がある選手を指さした。
「流川くんのことも、見ててあげて。きっと流川くん、ちゃんに見せたくて、あんなに頑張ってるんだよ。……もう、体力だって限界なのに」
「アタシに?」
と流川はまるでプレースタイルが違う。
それなのに、椎名は何を言ってるのだろうか。
でも、なんだか椎名が切実そうに言うので、は素直に言うことを聞いた。
三井のシュートが外れた。
赤木がリバウンドを奪いに行くも、ボールはサイドラインに転がっていく。
突っ込んでいったのは桜木だった。
「どけえ―――っ!!!」
高くトスされたボール。
流川が、ハイジャンプしてそのボールを手に入れた。
「ルカワ!!マグレでも何でもいいから入れろ―――っ!!」
桜木が叫んだ。
流川も叫ぶ。
「マグレがあるかどあほう!!」
清田を振りきって、ダンクを決める流川。
(…………流川、どうしてそんなに……、 ?)
流川楓、後半1分24秒。
王者・海南相手に27点も獲得したルーキーは、とうとう体力の限界を迎えたのだった。
「がんばった……。いいプレイだった……!!」
安西が流川に語りかける。
「後は君の仲間達に任せよう」
流川は悔しさで拳を握りしめる。
しかし、それすらも力が入らない。
そんな自分を呪った。
(ちくしょう……!!これじゃあ……あの日のと一緒だ……!!)
彼女に出来なかったことが、自分にも出来ないことが悔しかった。
流川は二重に打ちのめされた。
(のヤロー……ようやく、……オレを見やがった……!)
最後の、最後。
ダンクを決める瞬間。
が自分を見ていることに気がついた。
だから、というわけでもないが。
少年はいつも、少女に見られることで強くなるものである。