そこからの1分24秒は、嵐のようなもので。
後に藤崎千咲はこう言った。

「ウルトラマンだって呆れるくらい長い1分半だったね」

と。



47.そして彼らはかく語る。




 まずは、牧がシュートを放った。
次に赤木が、それをブロックすることは出来ずとも、気迫で牧のシュートを逸らすことに成功したのだった。
リバウンドを制した赤木は三井に渡すも、三井ももう限界で、パスに反応できなかった。
それでもそれに喰らいついたのは、流川と交代して入った木暮で、ボールは結局アウト・オブ・バウンズするも、清田の足に当てることでなんとか湘北ボールのままだった。
この時点で残り45秒。
海南の厳しいディフェンスが続く中、桜木花道にボールが渡った。
ラスト3秒を切っていた中、桜木花道が、

「ディフェンス!!バスケットカウント!!ワンスロー!!」

帝王・牧紳一の上からダンクを決め、更にバスケットカウントを貰うことに成功したのだった。

「桜木くんすごい!すごすぎるよぉ!」

観客席で椎名はもうビービー泣いていた。
赤木のプレイに感動したのもあるだろう。
しかしは、それよりも牧紳一の今の不可解なプレイに首を傾げた。

(なんで、今のファウルしてまで止めようとしたんだ……?)

ファウルしなくても良かったじゃん、と。
桜木に2点追加されたところで、まだ海南は1ゴール分だけ勝っている。
残り20秒、守りきれれば勝てるのに。
わざわざ、1点追加されるかもしれないピンチを、自ら引き寄せるなんて、と。
その答えは同じ頃、陵南の仙道彰が出していた。
にそれが伝わることはないのだが。

結局、帝王・牧紳一も、男の子なのである、と。

残り20秒。
まずは桜木のフリースローから。
外れるも、そのリバウンドを制したのはやはり、赤木剛憲。
そのボールはすぐに、スリーポイントエリアにノーマークでいた三井寿に渡った。
これが入ったら、逆転、だ。
清田が走るもブロックに間に合わない。
三井は確かな手応えとともにシュートを放った姿勢からガッツポーズをとった。
シュートは、

――ガツンッ。

入らなかった。

「アイツだ!」

藤崎が清田を指して叫んだ。
しかし湘北は、最早シュートが外れたことに一喜一憂している場合でなかった。
三井のシュートからのリバウンドを、最後のリバウンドを、

「リバウンド王桜木!!!!」

奪ったのは、桜木花道。
喜びに沸く湘北のベンチ。

――勝てる!!

男たちの顔がそう語っていた。

「ゴリッ!!」

桜木が、最後のボールを一番信頼できる人物の名を叫びながら。

一番信頼できる人物の名を叫びながら。

…………海南の、⑤番に、渡してしまった…………。

「あ――――っ」

桜木の叫びが木霊する。

「試合終了――――――!!!」

スコアは、88-90。
海南の勝利を語っていた。



「うーん……」

観客の殆どがいなくなったスタンド席で、湘北の女子4人はまだ残っていた。
唸っているのは椎名愛梨。
男子に声を掛けに行くべきか行かざるべきかを、彼女はずっと悩んでいた。

「去年はね、すぐダーッとタケちゃんとこ行ってね、『すごかったね、頑張ったね!』って言えたんだよー。でも、今年は……そんな言葉じゃ済まされないくらい……、みんな頑張ってたから……」

去年は陵南に、特に仙道彰にワンサイドゲームで負けて。
最後まで頑張ってるのが赤木だけだったのもあって、椎名も悔しくて。
もうほかの先輩たちに当てつけるくらい大きな声で赤木を褒め称えたのだと椎名は言った。

「でも……こう、今年は誰も悪く無いじゃん?みんな全力だったじゃん?逆に掛ける言葉が見つからないよぅ……」
「私だって……桜木の最後の叫びが耳にこびりついてるっつーの……」
「僕も……三井先輩のシュートが逸らされた時の表情が……」

女子、どんより。
その中にあって、はひとり、誰もいなくなったコートを見ながら、こんな事を思っていた。

(いいなぁ……みんな)

アタシ、負けて優しくしてもらったことなんて、一度もなかったよ。ママ。



 結局、女子は控室には行かず、みんなそれぞれ帰ることにしたようだった。
女子は今日部活で集まっているわけではないので、前回のように男女集ってミーティングをするわけではない。
だから、はひとり、男子のミーティングが終わったと思われる時間まで観客席でぼーっとしてから、外の自転車置き場に向かうことにした。



出入り口に向かう廊下の角を曲がったあたりで、は男性にぶつかった。

「おっと、悪い。……君は……」
「わ、すみません……。えっと?」

既に制服に着替えてはいたが、(あ、海南の、まきしんいち、さんだ)とはすぐにわかった。
だってさっきまでこの人の試合見てたし。
でもなぜ、

、だろ?君」
「まあ、そうっすけど……、牧紳一さん?」

牧紳一ものことを知っているのか、それはわからなかった。
警戒するに手のひらを見せて危害を加える意志はない的なアピールをしながら、牧はニヤリと言った。

「オレも見てたんだ。女子の1回戦。すごかったな、お前」

ああ、そういうことか。
平日に行われた女子の1回戦ということもあって、そんなに観客も多くなかったような気もするが。
その中の1人にこんなすごい人がいたなんて、とはちょっと驚いた。

「ああ、どもっす」

ぺこっと一礼する
話すこともないしさっさと自転車置き場に行くか、と向かおうとすると、牧がずいっとの顔を覗き込むように見下ろしてきた。

(???アタシの顔になんかついてんのか?)

目があってしまったので、気付かなかった振りもできずとりあえず硬直して見つめ合う2人。
牧は顎に手をあて「ふーむ……」と何やら考えているようだった。
そういえば、陵南のでこひろしも似たようなことをにしてきた。
その時あいつは、

「ちょっと、手、見せてくれないか?」

と、今の牧と全く同じ行動をとってきたのだと、は遅ればせながら思い出した。

「……流行ってるんスカ?それ?」

は取り敢えず牧に自分の手のひらを見せた。



 が牧に一礼して去った後、ちょうど2人の死角になる柱から一部始終を見守っていた、マネージャーのと2年の神宗一郎が出てきた。

「びっくりした。てっきり牧さんが信長みたいに、さんに嫌がらせをするのかと」

神が思ってもなさそうな冗談を言った。
オイオイ、そんなわけ無いだろ、と牧は神に苦笑し、の去って行った方角に目をやった。

「アイツ1人にやられたのか、室町も、も。堪ったもんじゃねぇなぁ」

先ほどまでの冗談ぽい空気を一蹴するかのように、牧紳一は剣呑な声を上げた。

「ええそうです。牧さんも見たでしょ?さんのあの目と、手」

、と呼ばれた栗毛のボブカットの少女は、牧よりも鋭く、低いトーンで喋った。

「ああ、すげぇな。バスケしてる時とはまるで別人だ」

牧は驚いた。
の持つ、情熱や意志というものをまるで感じない、幼い目。
それに対してアンバランスなまでの、あの何年も練習に明け暮れた、手。
バスケの試合をしている時と普段とで、全く違う選手というのも確かに存在する。
陵南の仙道彰がいい例だ。
それでも、あいつですら、普段からあわよくば何かしでかしてやろうというオーラを時折感じる。
しかしからは、そんなものを全く感じなかった。
牧の思考を読み取ったかのように、が言った。

さん、試合でもずっとそうですよ。ずっと、中学の頃から。試合で別人になるんじゃない。さんのバスケと、さん自体が別人なのよ」

は、忌々しげに吐き捨てるように言った。
このを清田信長が見ようものなら、真っ先に「さんの仇ー!」とか言ってまたに子供っぽい嫌がらせをしに行くだろう。

自体が別人?」

初めて聞く解釈に牧は首を傾げる。

「ええ、そうです。戦ったことがあるからわかります。さんはね、根本的に好きじゃないんですよ、バスケなんか。どーでもいいんです。あの娘にとってバスケはただの、セレモニーなんですよ。大好きなパパとママに対する、ね」

ふっと、はなぜか自嘲するように笑った。



神がをたしなめる。
は神をキッと一瞬睨みつけ、その後目を伏せ肩を上げて息を吸い、ふーっ、と息を吐いて、言った。

「ま、昔のことですよ。もう」
「……そうか。……湘北も大変だな。せいぜい、安西先生のもとでうまく育ってくれりゃ良いんだが」

牧はなぜか、先ほどまで対決していたルーキー達のことも思い浮かべてそう言った。
しばらくして外に、が自転車を漕いでいるのが見えた。
後ろには流川楓を乗せている。

「フツー逆だろ?」

流川がずり落ちる。
が慌てて自転車を止める。
寝てる、らしかった。
3人は結局人が良いので、2人のヨタヨタした自転車が見えなくなるまで見送っていた。
そして、完全にその自転車の影が見えなくなった頃、ひとりの背の高い男がどこか落ち着かない様子で、がやってきたのと同じ角を曲がってきた。

「花形……」

千客万来、である。

「牧……!」

何やら慌てた様子である。
どうかしたのか?と尋ねる前に、花形は言った。

「今日観戦に来ていた金髪の女の子を見なかったか!?ずっと、ずっと探していた子なんだ!」

3人とも、ビクリと反応する。

のことか?」
「知ってるのか!?牧、何でもいい、あの子について知ってることをすべて教えてくれ!!」

花形はえらく必死な様子で牧に掴みかかる。
牧はについて知っている限りのことを説明した。
と言っても、彼女が通っている学校くらいについてしか知らなかったが……。

「湘北!?湘北にいるのかは!?ありがとう牧、それだけで十分だ!」

花形は再び慌てた様子で入り口近くの公衆電話に走っていった。
その様子を見ていたは、壁にもたれかかり俯いて呟いた。

「ホントに、台風みたいな子よね。みんな巻き込むくせに、中心にいる本人だけはなんでもないって態度でいるのよ」



 眠りかけて脱力しているデカい男を後ろに乗せて自転車を運転するのが、こんなに重労働だとは思わなかった。
はヒイヒイいいながら自転車を漕いでいた。
疲れてるみたいだし、運転代わってくれ、とは言わない。
だが、さすがにもうちょっと起きて欲しい、と思う。
流川楓は今、にほとんど覆いかぶさるような状態で抱きついて寝ていた。
それでもさっきみたいにずり落ちずにしっかり腰に手を回してるあたり、多少は意識があるとは思うのだが。

「……おい」
「!?」

地を這うような低い声が、突然耳元に聞こえる。
流川が喋りかけてきたのだ。

「負けねーぞ……オレは……。陵南にも……仙道にも……」

寝言なんだかよくわからないが、来週に向けての決意表明らしかった。

「ん、ガンバレ」

とりあえず応援する
しかし、流川は寝ぼけたまま不満気に唸って、言った。

「テメーにも、だ……」

(え、なんでアタシ?)

それだけ言って、流川からはもう寝息しか聞こえてこなかった。