なんだか、男子がたのしそーなことしてる。
1人グラウンドを走り込み中のは、体育館の入り口をちらりと覗きながら思った。
試合形式の練習中だとは思われるが、はてさて。
何をそんなに盛り上がっているのやら。
49.赤まりも育て中
『アタシだったら、まともに戦おうなんて思わないね。だって……センドーには、パスがあるよ』
昨日、電車では流川にそう告げた。
『センドーには、パスがあるよ』
丁寧に、2回、言ってあげた。
『別にセンドーみたいにしろって意味じゃない。いきなりやれって言われて出来るもんでもないし。でもね、』
自分で決めるより、自分以外で決める方が確実だなって時に、センドーはパスが出来る。
例え自分で決めれる状況でも、パスが出来る。
周りが見れる。
その視野の広さはアンタにはまだない。
の言葉に仙道のプレイを想像したのか、流川はただでさえ悪い目つきを更に鋭くさせた。
『そーゆー奴らの厄介なところはなかなかパフォーマンスが落ちないとこなんだよ。出し惜しみじゃなくても体力が温存できるの。常にフル回転してる、って訳じゃない。……ソレに対して勝ちたいってんなら、勝負どころを、自分で決めちゃうことだね』
仙道のようにセーブしつつも得点をあげるようなマネができないというのなら。
バスケは、40分間のスポーツだ。
仮に39分59秒その試合をリードし続けても、試合終了のブザーがなった時に得点が多いチームの勝ちだ。
だからは、流川に。
仕掛けるタイミングを割り切ってしまえ、と提案したのだ。
(40分間まともにマッチアップし続けて、流川が手に負えるような相手じゃないよ、仙道は)
それをどう流川が受け止めたかは、知らない。
「そんなドリブルで抜けると思ってんのか桜木!!」
が走りこみを終えて体育館に戻ってきた時、男子は1年VS2、3年のゲーム形式の練習をしており、三井が桜木のマークをしていた。
無理矢理抜こうとした桜木、チャージングをとられる。
「バカ野郎全部ダンク狙うつもりかお前は!!そんなことじゃまたスグ退場だぞ!!」
三井が桜木に割りとまともなアドバイスを送るが、桜木は意固地になって無視している。
「リングはすぐそこだぞ!!そっからシュート狙ってみろ!!お前の方が高さがあるんだぞ!!」
(でも桜木はまだそっからじゃ入んない……あ)
なんとなーく、三井の狙いが読めたような気がする。
案の定、ゴール下からのシュートを外す桜木。
すかさず三井が言う。
「どこ狙ってんだ!ちゃんと目ェあけて打ってんだろーな!!」
「ふぬ―――っ!!」
やっぱり。
三井は、桜木が絶対ダンクに行けないようにディフェンスして、そして苦し紛れのシュートを打たせ、そしてそれが外れていくのを見せて、桜木に学習をさせようとしているのだ。
今の自分に足りないものを。
(たしかに、海南戦ではおもいっきり狙われちゃったもんなぁ、ソコ)
もふんふん頷く。
「」
黛が、が戻ってきたのを見て話しかけてきた。
「お、まゆまゆも準備おっけー?じゃ、やろっか」
男子のコートから離れ、藤崎が練習しているゴールと反対側のゴールへと向かう2人。
練習に使う機材は既に彩子が用意してくれていた。
「ギャロップステップ、聞いたことある?」
「馬……か、なんか?」
「おー、まーそんなとこ」
アタマの悪い黛にしては上出来な回答である。
「不良女―!黛さんに対して頭が悪いとは何事だー!!」
すかさず外野からブーイングが飛ぶ。
黛親衛隊は今日も元気に、試合するわけでもない、大会を勝ち進んでるわけでもない女子部の黛繭華を応援していた。
はミニハードルをハイポストに1つ、ローポストに2つ置いた。
「サキチィ、ちょっと手伝って」
「ん」
シュート練中の藤崎に声をかけて、ハイポストのハードルのところに立っているよう頼む。
「いまから見せるのがギャロップステップ。アタシの足に注目しててね」
と、は黛に言った。
はセンターラインからドリブルをして走り、ひとつ目のハードルを飛び越える前にボールを体に対して左に抱えて片足でひとっ飛び。
の右側にいた藤崎はボールに触れることが出来ずにいた。
そして両足で着地そこからシュートをしてみせた。
「なに、いまの。トラベリングじゃないの?」
黛が両足での着地について疑問を持つ。
「いまのがギャロップステップって言って、片足でジャンプした後、両足で着地するの。この時、両足で着地した分は『2歩目』ってカウントされんの」
「ふーん」
「空中でディフェンスをかわすことができるからケッコー使える場面多いよ。それに、フツーのレイアップだと思ってブロックしてくる奴らにも良いフェイクになるよ。まゆまゆは両足で着地して、ブロックをかわした後にシュートを狙えばいい」
「なるほどね」
ピボットターンとともに、これはゴール下で非常に有効になる技術だ。
これを黛が身につければ、得点力も大幅にアップするだろう。
「ま、まずはステップの練習からだね。両足で着地するタイミングがずれるとすぐトラベリングになっちゃうから」
黛はまずはボール無しでミニハードルを片足で踏み越え、両足で着地する練習から始めた。
「そのジャンプも飛距離があって高いほどディフェンスがかわしやすくなるよ」
「あんたはどんくらい跳べんの?」
黛がミニハードルを超えながら尋ねてきた。
「あー。そだね」
は機材の中にあったカラーコーンを持つ。
「これくらいは」
そういいながらミニハードルのあった位置にカラーコーンを置く。
そのカラーコーンは標準的な寸法で、高さは70センチほどだ。
は先ほど黛に見せたのと同じようにドリブルからボールを抱えて、軽々とカラーコーンを一足で飛び越え、きっちり両足で着地し、シュートをいれてみせた。
「意外と両足で着地するのが難しいんだよ。なんせ片足でジャンプしてるからね」
そう、ふつうは両足ともバラバラに地面に着くのだ。
「まあ、まゆまゆならバランス感覚いいし、やれるっしょ」
「やってやるわよ。そのカラーコーンくらい、跳んでやるわ」
黛はどうやら何か火がついたらしく、まずはミニハードルで練習を始めた。
(まゆまゆがこんなにバスケにのめり込むよーになるのは……ちょっと意外だったかも)
人間、変われば変わるものである。
ちょうどその時、男子のコートでは。
「ジャマしやがって!!そんなにオレがヒーローになるのがねたましいか!」
「何でリターンパスを出さねえこのどあほう」
桜木と流川が、ゴールをつかんだまま喧嘩をしていた。
翌日、昼休み。
「チュース」
「ああ、。悪いな。付きあわせて」
「別にいーですよ。暇だし。練習後も、ベンキョー終わったら付き合います」
は赤木に頼まれて、桜木花道の特別強化練習の監督をしに来た。
「さん!ア、アナタまで来てくれたんですか!!」
既に練習を開始していたらしい桜木が、ボールを抱えたまま感激する。
「いいからさっさとやれ!……そういえば、どうだ、勉強の方は。朝倉は……本当にそれだけで入ってくれるようになるのか?」
女子が『朝倉光里獲得作戦』と称して部活後勉強をしていることを知っている赤木は、同じキャプテンとしてそちらの進捗も尋ねた。
「なんとかなるんじゃないっすかねー。朝倉さん意外とタンジュンそーだし」
「……そうか」
2人はとりあえず桜木の方に意識を戻した。
「桜木!リングだけじゃなくてバックボードも意識して!小さい四角ん中に当たれば必ず入るから!」
「はい先生!」
桜木は翔陽戦前にシリンダーを教えて以来、のことをたまに「先生」と呼ぶようになってしまった。
安西先生のことは「オヤジ」呼ばわりするのに。
前は「が女子だから」ということで頭が上がらない様だったが、今の桜木はのことを「バスケの先生だから」ということで慕ってくれてるらしい。
桜木が本能で認め、更に赤木もそれに納得するくらい、は人に教えるのが妙に上手かった。
女子もそれをとっくに理解しているから、の指導を受けることに何の疑問も抱いていなかった。
「は……」
「ハイ?」
「いや……その……」
なんと切り出したものか、と赤木は少々考えあぐねているようだった。
「なんというか、人に、なにか教える能力に長けているな」
「そうっすか?」
は首を傾げる。
「アタシのはタダの……マネです。母が、いつもそうやって指導してきたから」
「そう、か……」
ふたりとも、桜木の背中を見つめる。
「桜木、左手に違和感あるでしょ?『もっと力込めなきゃ』って考えてない?」
「ハ、ハイ!そうです!ソッチのほうが入るような気が……」
「それ気のせいだから」
「えっ」
「左手は添えるだけだと言っただろう!!」
「げ、そ、そうだった……」
赤木は叱るが、その顔はなんだか楽しげだった。
わかる気がする。
人に、自分の技術を伝えることは面白い。とは思い始めていた。
「、いつも遅くまですまんな。今日はもう帰っていいぞ」
「イエ、別に。オツカレサマっす」
「おいキツネ!さんをちゃんと送ってけよ!」
「うるせー。言われなくてもわかってる」
いつものように練習後勉強をして、さらに桜木のシュート練にも付き合って。
とうとう、桜木のゴール下練習3日目の夜を迎えた。
いつもより遅くなってしまったので、赤木はには先に帰るように言った。
そうすると、流川もそれに合わせて練習を切り上げて、共に帰る支度を始めた。
というより、流川はが帰れるようになるのを待っていたのだが。
自転車に乗って流川の腰に掴まる。
「最近、やけに楽しそーだな。てめー」
「そお?……まあ、さ。桜木面白いんだよ。アタシたちの言うことどんどん吸収していって……」
まるで、体の出来上がっている赤ん坊のようだ。
「黛も、大分形になってきたな、ステップ」
「うん……、そーなの。アイツもけっこー、頑張ってるみたい……」
流石に今日は疲れた、眠い。
こてん、とは頭を流川の背中にくっつける。
「……楽しいのか。人に教えんの」
「……うん。そーみたい……」
自分が培ってきた失敗や成功を、誰かに伝えるのは楽しい。
それはまるで、自分の一部を相手に与えるかのようだった。
「アタシね……、バスケしか、してこなかったんだぁ……。だから、自分のこと……空っぽだなぁって……」
「?」
流川が振り向いて確認しようとした時、は完全に眠っていた。
だから、彼女が何を伝えようとしたのか、流川にはわからなかった。
何か、大切なことが聞けるチャンスだったような気がしたのに。
(桜木のこともイーケド、)
「この土日は、ちゃんとオレのことも見ておくよーに」
こっちにだって、オマエに伝えたい事が山ほどあるんだ。