学校への道中、は流川に聞いた。
あの仙道でも、さすがに後半は多少バテて、牧に抜き去られることが多くなった。
無敵って訳じゃない。
倒せないわけじゃない。
「どう思う?」
「明日は……後半がショーブだ」
「そだね。それで、どうすんの」
流川は言った。
「前半は……捨てる」
「おお」
それは、今週の月曜日、が最初に言おうとしたことと、全く同じ結論だった。
流川が嫌がりそうだったから、直接提案することはなかったのだが。
結局流川も、その答えに行き着いたらしい。
「あれ?」
体育館に入ったら、先に学校に行ったと思われていた桜木がいない。
「でも、ボールはあるね。どしたんだろ?」
全員首を傾げる。
とりあえず、着替えてこなくっちゃ。
52.BAD NEWS
「うわっ」
どてーん、と。
流川のオフェンス練習に付き合っていたは、流川にふっ飛ばされてしまった。
「ワリ」
今のは流川のミスである。
新しい攻撃パターンを試そうとしたらに読まれてしまった。
それでも無理に行こうとしてしまった為だった。
しかし、それでも流川は基本的にに対して、無理に振り抜いてやろうとすることはなかったはずだが。
「オマエ、吹っ飛びにくくなったな」
「当たり前だろ。アンタんち行ってから体重何キロ増えたと思ってんの」
流川は力をつけてきた相手につい、ムキになってしまったらしい。
尻餅をついてしまったに手を伸ばし助け起こす流川。
三井も宮城も自主練に集中している。
「今のさ、ヘジテーションからのピボットフットで止まるやつ……」
「おー」
最近、流川が集中的に練習してる技だ。
はそれを見抜いて止めようとしたせいで転ぶはめにあったのだが。
「慣れてないせいかと思ったけど、他の流川のワザに比べると、単純に遅いね」
アタシにわかったってことは、センドーにはモロバレだね。
意地悪で言ってるのではなく、事実。
スピードは、現時点では唯一と言ってもいいくらい流川が仙道に上回ってる部分だ。
ここで遅れを取るような事があれば大変不利だ。
さて、なんで遅いのか……、はそれを研究するために、「もっかいやって」と言った。
2、3度同じワザを繰り返す流川。
しばらくして、は「ああ」と声を上げた。
「前さ、アタシそのワザ使うとき『フリーフットの足裏もっと使え』って言ったじゃん?」
「おー」
「違ったね、ごめん。流川はピボットで間合い考える方でしょ?その場合はもっとピボットに体重乗せていいよ」
流川はアドバイス通りの動きを意識して再び同じワザを繰り返す。
「そうそう、それそれ」
ようやく流川の他のワザと同じくらいのキレが出てきた。
これなら、試合でも有効なはずだ。
ふと、三井がこちらを見ていることに気がついた。
「どーしました?」
「いや、ってよ、よく『アンタはそう考えてるんだね』みてーなこと言うけど、どこでわかるんだ?」
流川もその発言を聞いて、コクンと頷いた。
なんで見ただけで相手の思考を読み取れるのか、と三井は聞いているのだ。
というか、そもそも今だって、流川は自分が相手との間合いをピボットフットで考えてるなんて思ったこともなかったし、もちろん言われたこともなかった。
しかし、それでも指摘通りに動けば、そのクセが実際自分に存在してることに気がついた。
こういう驚きや発見は、と練習したことがあるものなら、誰もが経験するものだ。
「うーん、見てるとなんとなく……。宮城センパイだってそーじゃない?」
は、基本的には試合中に相手のクセを見抜くために磨かれた洞察力を、練習に応用してるだけだ、と思った。
そして、自分と少々プレイスタイルの似ている宮城に話題を振った。
宮城はドリブルをしながらもう片方の手で親指を立て、
「おう!そーだな!」
と言った。
「ね?」と、は2人に話題を戻す。
三井と流川は(ゼッタイわかってねー)と思いながら練習に戻った。
しばらく練習を続けていたら、どこへ行ってたのやら、桜木花道が体育館に戻ってきた。
「あれ、どこ行ってたの桜木?」
(泣いてる……?)
いや、そんなことはなかった。
なのに、どうしてそう思ったんだろう。
は自分を不思議に思った。
桜木は、一見するといつもと同じ態度で状況を説明した。
安西が倒れた、と。
「とゆーわけで明日はオヤジ抜きだ!気合入れろよおめーら!!」
「先生……」
肩を落とす三井。
そんな三井を見て、宮城は言った。
「3年生の引退試合にゃまだ早いもんな」
それにたいして三井は、
「オレは夏終わっても引退しねーぜ。選抜も出る!」
と、言い切った。
ちょっと引いたのは宮城である。
こいつ、居座り続ける気なのか、と。
はシャツを脱ぎ捨てた桜木に、「今日はあと何本?」と尋ねた。
桜木は「172本です!」と答えた。「特訓あるのみ!」と気合も十分な様子。
「うん、付き合うよ」
は、いつもの様に桜木の指導をしようと思った。
最近気づいたのだが、桜木は手本を見せていたほうが上達が早い。
想像力が強いのだろう。いいことだ。
は自分もボールを持って、桜木のシュートに違和感があったらその都度手本を見せる準備をする。
その様子を見ていた三井も、宮城も、……一応、流川も、桜木の練習に付き合うことに決めたらしい。
みんな、期待しているのだ。
桜木の成長に。
翌日。
いつものように流川と別れてから、観客席に向かおうとした。
多分最前列のどこかに椎名達が今日も席をとっておいてくれているはずだ。
第一試合の海南VS武里が終わった頃に、もようやく会場の中に入っていった。
(そーいや今日、女子も男子のあと試合あるんだっけ……。サナさんたちの陵南は一宮だっけ?相手)
一宮にいる立花とかいうスーパールーキーがあーだこーだとか行っていた気がする。
ふと、入り口に陵南高校の制服に身を包んだ少女が立っているのが見えた。
入るか、入るまいか、迷っている、という風だった。
は、その女に見覚えがあったためすかさず声をかけた。
「あれ、サンじゃん。何してんのこんなとこで」
キグーだねー、とは言った。
本当は奇遇も何もないだろう。
ここに来たものは、全員バスケの試合を見に来ているはずのだから。
「あ、あなたは……湘北の、、さん」
は、をまっすぐ見つめながら言った。
「入んないの?」
とは入り口を指す。
はなにか悩んでいるようだったが、は「せっかく来たんだから見りゃいいじゃん」との手を引っ張った。
そのまま会場内で椎名たちの姿を探す。
だが、やはりが椎名達を見つけるより、椎名が達を見つけるほうが早かった。
「ちゃん!……と、さん?」
「しーちゃんおはよ。悪いんだけど、サンも一緒に見てもいい?ひとりなんだって」
「別に私は、ひとりでも……」
の発言を遮って椎名は少し困った顔をした。
「いやぁ、それがさー。さすがに最終戦って事もあって、ちゃん一人分の席しか確保してないんだよね。ちゃん、さんと見てなよ!私達なら大丈夫だからさ!」
そう言って椎名は強引に2人の背中を押し、「ほらほら!あそこの席空いたよ!今だよチャンス!!」と、最前列とは言えないが、そこそこ試合の見やすい席に座らせた。
「じゃあ、私たちは向こうで見てるから!またあとでね!さん!勝っても負けても恨みっこ無しだよ!」
「はあ……」
そういって椎名は足早に去っていった。
「相変わらずね、あなたも、あなたの先輩も」
はため息を付きながら言った。
「うん、しーちゃんはスゴイよ。アタシいちおーキャプテンなんだけど、ああはなれないって思う」
は思ったことを言った。
少なくとも、男子の試合を見るために早朝から会場入りして、後輩のために場所取りなんて所業は出来ない。
他にも、彼女はじゃ考えられないくらい色々とみんなに気を回せる人だ。
今だって多分、どこか寂しそうな顔をしているを見て、半ば強引にと観戦させることにしたのだろう。
「あなた、キャプテンなの?」
が不思議そうに聞いた。
「そーだよ。アタシら1年しかいないから。自分でも向いてねーって思うんだけどね」
「……そう」
はなにか言いたげだったが、やはりそれ以上語ることはなかった。
「そーいや、今日の試合ってあれなの?『彦一くん』出るの?」
この間の合同練習の時は、やたら彼を気にしていたようだが。
しかし、はふるふると首を振った。
「彼は出ないわ。残念ながら」
「へー、じゃ、何で来たの?センドーさんの応援?」
ちょうど陵南の横断幕が観客席に掛かったのが見えた。
ベンチ入り出来なかった陵南生や、女子バスケ部の姿も見える。
があちらに行かず、陵南のジャージも着ずに制服姿で見に来ているあたり、やはりバスケ部には入っていないのだろう。
「違うわ。昨日、彦一くんに頼まれたからよ。『明日だけは、どうしても見に来て欲しいんです』って」
「ふぅん。前から思ってたんだけどさ、アンタとその『彦一くん』はどーいう関係なの?」
彼氏ではないらしいが、別に親戚ってこともあるまい。
はちょっと気になっていた。
は、髪の毛を耳にかけながら言った。
「私は、彦一くんの師匠よ」
「……『師匠』」
「ええ、師匠よ」
また、妙な関係である。
少なくとも、高校生の男女間に発生する関係ではなさそうだが。
(まあ、桜木がアタシのことを『先生』って呼ぶようなもんか?)
勝手に納得する。
湘北を応援している者達によって、「流川命」や「炎の男三っちゃん」という横断幕が掛けられたのが見えた。
湘北か、陵南か。
どちらかだけだ、IHに進めるのは。
そして、そのキップを手にする条件はただ一つ、相手に勝利すること。
両校の生徒が練習を終える。
ベンチで最後の確認を行っているのが見える。
「あら?あなたのところ、監督は?」
「あー、ちょっと、ね。まー、しんどい戦いになるんじゃあないかなぁ……」
「そう。同情するわ」
は素っ気なく言った。
まあ、心底同情されたところで何も変わらないのだから仕方がない。
出場選手たちのアナウンスが始まった。
『赤のユニフォーム。湘北高校。4番。赤木剛憲』
さすがに注目度の高い選手ということで、歓声も多い。
『7番。宮城リョータ』
宮城がチームメイト全員とタッチしてからコートに向かったのが見えた。
『10番。桜木花道』
その名前がコールされた瞬間、赤木の名前が呼ばれたとき並の、いや、もしかしたらそれ以上の歓声が上がった。
「おおお―――っ!!」
「いいぞ赤坊主!!」
「名物男!!」
それに驚いたのは以上にの方だった。
「あの10番の子って、滅茶苦茶で下劣で品がなくてスポーツマンシップのカケラもないあの桜木くんでしょ?どうしてこんなに人気なの?」
目を丸くして尋ねる。
しかし、正論とはいえ随分な言われようである。
「うーん、まあ。夢があるんだよ、アイツのバスケって。なんかしんないけどさ。それに、『滅茶苦茶で下劣で品がない』のは今もだけど……。ちょっと、あるようになったかもよ、『スポーツマンシップ』は」
まあ、見てなって、とはちょっと笑った。
は納得いっていない様子だが、再びコートに目を移した。
『11番。流川楓』
その瞬間、聞いたこともない声量で各所から湧き上がる黄色い悲鳴。
「ル・カ・ワ!ル・カ・ワ!!」
もこれには少々呆れる。
(またすごいことになってんなー、流川親衛隊)
しかし、彼の耳にはそんなもの、届いてなさそうだった。
仙道を見据え、燃えているのが遠くからでもわかる。
そうだ、彼はずっとこの日を待っていた。
『ちゃんとオレのこと見とけ』
(はいはい、見てますよっと……)
流川に言われた言葉を思い出し、心のなかで返事をする。
多分、も、どうせこの2人の対決に注目していくだろうし。
「14番。三井寿」
流川とは打って変わって、野太い声援が上がる。
三井はそれを恥ずかしそうに聞いていた。
次は陵南サイドの選手紹介だ。
『4番。魚住純』
「でけえ――っ!!」
「あれが魚住か!!」
神奈川一のビッグマンに会場は注目する。
しかし、それよりも注目を浴びたのはやはり、この人だった。
『7番。仙道彰』
「仙道!!」
「仙道!!」
「さすがね、アンタのセンパイ」
「別に。関係ないわ。私はバスケ部じゃないもの」
は会場の盛り上がりを意にも介さずしれっと答えた。
でも、とは心のなかで思った。
(センドーの方は、アンタがバスケと関係なくなったとは、思ってなさそうだったけどね)
あの日、仙道は言った。
『あんたよりすごい手した女の子、1人だけ知ってるぜ』
それが、を指していった言葉だということも、彼は認めている。
はの手のひらを見ようと思ったが、彼女は制服のスカートの上で軽く拳を握りしめているだけだった。
「でこひろしにも流川親衛隊みたいなのっていないの?」
は好奇心から尋ねた。
「?『でこひろし』って?」
「ん、ああ、センドーさんのこと。デコ広いじゃん」
その瞬間、あ、言う相手間違えたわ、と気づいた。
「さん、そういうの失礼じゃないかしら。学校が違うとはいえ先輩でしょ?変なあだ名で呼んでないできちんと……」
「あーはいはい、わかったってスンマセン」
なんだよ、さっき『関係ないわ』とか言ってたくせに上下関係キッチリさせようとしやがって。
やっぱコイツとは合わねーな、と思うだった。