休憩時間。
観客たちが各々今後の展開や今までのプレーを振り返る中。
はゴソゴソっと自分のバッグから、ファッション雑誌を取り出した。
5月に読んでいたものと大きく傾向が違い、サブカルチャー路線とでも言うのだろうか。
それもサンには似合わないんじゃないの?と思いながら「アタシもみていーい?」と一緒になって覗く。
「前から思ってたんだけどさ、サンはおしゃれとかキョーミあんの?」
「そりゃ、そうよ。だから読んでるんじゃない」
年頃なのだ。おしゃれやファッションにカケラも興味ないほうがどうかしている。
とは思うのだが。
「えー。だってさ、サンとその雑誌のケイコーぜんぜん違うじゃん。サンもっとオードーなの似合うよ」
は、身奇麗にはしているが派手さとは少々縁遠い見た目をしている。
無駄にキャピキャピする必要はないとは思うが、この雑誌に載ってるようなよくワカンナイ虹色の動物みたいな服装は、間違いなくには似合わない。
「お、王道?」
の指摘には戸惑っているようだ。
は改めてを見る。
スカート丈はきっちり規定通りで、ルーズソックスも履いてない。
模範的陵南生であり、そのまま学校案内にでも載れそうな感じだった。
「実は……私。よくわからないのよ、おしゃれって……。この雑誌も……本屋で適当に買ったものだし……」
は恥ずかしそうに告白した。
は(ま、そんなとこだと思ってたよ)と思った。
「あ、そだ」
今度はがバッグをゴソゴソと漁る。
と違ってあまり整理されてないので、時間がかかった。
「これこれ。アタシホントはアップル・ブロッサム買いたかったんだけどさ、最初間違えてチェリー・ブロッサムの方買っちゃって。あげるよ、1回も使ってないし」
が取り出したのは、唇に桜色がつくリップクリームだった。
「あ、ありがとう……。あの、お金は」
「いーっていーって。多分サンにはそーゆーの似合うよ」
そういいながらは化粧ポーチからアップル・ブロッサムのリップを取り出し鏡を見ながら塗った。
「ほら、サンも」
「え、ええ」
に鏡を渡し、使って見るよう促す。
も慎重に塗る。
「やっぱそっちのが似合うって。アタシあんまカワイー系似合わないからさー」
そんな風に語るに、は2つの事柄について(どうしよう……)と不安になっていた。
1つは、こんな唇に色を付けたら学校で怒られるのではないかということ。
もう1つは、正直、と自分がつけているリップの色の違いがわからなかったことだ。
「あ、戻ってきた」
観客たちがにわかに興奮し始める。
少女たちの休息も終わりだ。
54.そのシュートがもたらすもの
宣言通り、流川楓は後半から早速仕掛けた。
全ては、仙道彰を倒すために。
ジャンプボール、制したのは赤木。
そのボールを取ったのは、流川。
すかさず流川をマークする仙道。
そして、チェンジオブペース。
流川はドリブルのリズムを変え、仙道を抜き去ると見せかけ急激に止まり、レッグスルー。
「よし!」
(重心移動がスムーズだ、いける!)
と散々練習した技である。
流川はフェイントで動いた仙道を見てすかさずシュートを放った。
キレイに技が決まって、も少し微笑んだ。
流川は仙道と2、3言交わしたようだったが、その後の方を見て、少しだけ握りしめた右手を上げた。
『オレを見てろ』
そんな目で。
流川の滑り出しは上々、といったところか。
その後も火の着いた流川の猛攻は止まらない。
まずは陵南の⑤番にフェイスガードをされ、攻めあぐねていた三井の元に走りだし、三井から流川へのハンドオフ。
三井もボールを奪いに来た仙道と⑤番、池上の間に体をねじ込みスクリーンを行う。
それと同時に流川、フェイクアンドゴー。
これにはさすがの仙道も反応しきれなかったようだ。
だが、それでも食らいつく仙道。
流川を追いかけ魚住とともにブロックをする。
しかし、
――ピィィッ!
――パサッ。
「バスケットカウントワンスロー!」
「ウソォ!?」
仙道から、バスカンを奪った。
(ノッてんなー流川……)
流川はそのままフリースローを決め、1点差まで陵南に追いついてみせた。
湘北のベンチが湧く。
「もう追いついたも同然だあっ!!」
しかし、その後魚住にシュートをいれられてしまい、3点差。
だが、それでも更に。
パスを受け取った流川。
仙道をドリブルで抜くと見せかけて、クイックリリース。
――スパッ。
3点シュートが、決まった。
「なにィ――――!?」
「わああ入ったあ―――っ!?」
仙道を完全に制した形でのシュートに会場中がどよめく。
しかし、その会場中の声を物ともしないくらい大きな声で、陵南の監督・田岡茂一は怒鳴った。
「なにをやっとるか仙道ォ!!!朝メシちゃんと食ってきたのかぁ!!」
(うわ、おっかな)
は他人事ながらちょっとビビりながらその様子を見る。
「いつまでのらりくらりやってるんだ!!ビシっと止めんかぁそんな1年坊主!!」
だが、その怒声で。
仙道彰の纏う雰囲気が、少し変わったのがにもわかった。
(でも、流川だってちゃんと朝ご飯食べたし、前半は体力温存したし大丈夫でしょ)
と、思ったのだが。
仙道は、流川が苦労して身につけたチェンジオブペースからレッグスルーへと切り替える一連の技を、あっさり、そっくりそのまま流川の目の前でやってみせた。
仙道のシュートを、唖然として見送るしかない流川。
「うわ、きっつー」
意外とイジワルだね、センドーさん。
はに同意を求めるように言った。
のことだから多分、「先輩にそんなこと言うもんじゃない」的な説教を垂れるのかと思いきや、
「そうよ」
と、スパっと同調した。
「あの人はいっつも人をからかうことしか考えてなくて意地が悪くて、なのにヘラヘラしてるろくでもない人よ」
何か日頃の恨みとかストレスとかあるんだろうか、というくらいはよどみなく仙道の悪口を言った。
しかし、
「でもね、」
は、コートにいる仙道を見つめて続けた。
「本物よ。あの人は」
そこから3分ほど、試合は膠着状態になり。
仙道が赤木のブロックをかわしてシュートを決めた後。
今度は流川が3点シュートを決めることで同点になった。
「とりあえず互角ね。でも、仙道さんはまだまだ実力の全てを出し切ってないわ」
は会場の熱気にアテられたのか、最初に試合を観戦していた時より大分熱っぽく語った。
「そ。でもこっちにもいるよ。まだまだ実力の全てを出しきってない奴」
ま、センドーさんと違って、「出したくても出せてない」んだけどね。
(そろそろなんかしないと、終わっちゃうぞ、試合)
は、ちょっとニマニマしながら桜木を見た。
なんかやってくれるんじゃないかなー?という期待を、は流川楓ではなく桜木花道にかけていた。
良くも悪くも実力があることがわかりきっている流川より、未知数の実力を持っているような、持っていないような、そんな不思議な桜木花道のバスケのほうが、の心を踊らせたのだった。
試合時間残り11分。
――ピ――――ッ。
湘北の⑭番。三井寿が3つ目のファウルを取られてしまった。
(ちょっと多いな……大丈夫か?)
は少し不安になる。
その時、陵南のベンチでは田岡茂一が「の不安」と同じことを考えていた。
もっとも、彼にとってそれは「不安」ではなく「狙い目」だったのだが。
だが、その不安が表面化する前に。
陵南は、窮地に立たされることになる。
陵南の福田に先ほどのフリースローを2本とも決められ42-44。
桜木花道にボールが渡る。
(おっ)
なんかボールに絡んでる桜木見んの久しぶりだな、とは思った。
先ほど完敗を喫した相手、福田吉兆を睨めつける桜木。
何をする気だろうか。
宮城がボールを長く持つなと言っているのに聞きもしない。
「ほ!!!」
桜木が、フェイント?でまずは福田の注意をそらし、意外や意外、ドリブルであっさり抜いてみせた。
そして、
「シュ――――ッ!!」
ミドルレンジから適当にボールを放る桜木。
もちろん入りやしない。
「何がしたいのよあの子……」
も呆れ返る。
コートでは赤木の怒声が響いた。
だがしかし、
「自らと――る!!」
と言って本当にリバウンドが取れるんだからあいつはスゴイ。
その後も適当にシュートを狙い、またもや外れ、2回目のリバウンドを強奪する桜木。
しかも、相手のキャプテン魚住を制して。
それを見た。
思わず立ち上がり、
「桜木!」
と声をかけた。
様々な声が轟く会場だが、PGとしてそのコートに何度となく指示を通したことがあるの声は、桜木花道の耳にも届いたようだった。
そして、彼の脳裏に思い出されるゴール下シュートの特訓の日々。
赤木の怒鳴り声と、の澄んだ声。
――そうだ、こうするんだったんだ。
彼が思い出すよりも先に、彼の体は身につけたシュートを放っていた。
そしてそれは、
――バコッ。
魚住のブロックをあえなくくらい。
同時に、
――ピィィッ。
「白④番!」
陵南の主将、魚住純に、4つ目のファウルをもたらしたのだった。
会場中がこの事態に大騒ぎした。
桜木が、「シュートブロックされちゃってすみません」的な、ちょっとおどおどした顔でを見てきた。
は手をひらひらさせて、気にするなと告げる。
それよりも、アンタはスゴイことやってのけたんだから、と。
も、「勝負がわからなくなった」というふうに眉をひそめた。
そんなを見て、はニヤリと笑って言った。
「言っただろ?『伊達じゃないようちの桜木は』って」