魚住をベンチに追いやった功績を讃えられた桜木花道は、そこからウソみたいに再び活躍を始めた。
控えのセンターは赤木に太刀打ちできず、魚住を失った陵南のペースは完全に乱れていた。
この流れを変えることは、流石の仙道彰でも難しいことであった。
桜木のリバウンドから宮城へのアウトレットパス。
宮城はフロントコートへショルダーパス……と見せかけて、ドリブルで⑧番を抜いて流川へパス。
「ヘイ!!」と、すかさず声をかける三井。
流川と対峙している仙道はその声で三井に意識を向けてしまった。
それを見た流川はボールを高く放った。
赤木へのダイレクトパスだった。
湘北主将・赤木剛憲のアリウープが決まったのだ。

一連のプレイに湧く会場。

「きれい……」

も、その連携に思わず呟いた。
一人ひとりが得点に絡んだ、本当に良いプレイだと思ったのだ。
しかし……。



55.神様とバスケ




 ゲームの流れは完全に湘北側にあった。
勢いに乗った湘北は本当に恐ろしい。
途中、桜木花道が世にも珍しいオウンゴールを決めたが、それでも皆集中をしている。
だが、にはひとつ気になることがあった。
それは、

(陵南のベンチ……イヤに静かだな……)

あの田岡とかいう先生だったら、こんな打つ手のないピンチの状態の時こそ、ピシっと喝を入れそうものなのだが。
というか、本当にもう打つ手がないならさっさと魚住を投入すべきだ。
それをしない、ということは、彼はまだまだ勝機を見出そうとしている、ということである。
だが、どうやって。
湘北のこのムードをぶち壊すのは、流石に仙道彰だけじゃムリな気がするが……。

「どー思う?」
「仙道さんが勝つわ」
「すごい自信だね」
「そりゃそうよ」

コートでは、仙道彰が手を叩きチームメイトに声をかけた。

――まだあわてるような時間じゃない。

と。
仙道の一言で、浮き足立っていた陵南チームたちは、幾ばくか冷静さを取り戻したようである。
さすがの影響力である。
その様子を見ていたは、奇妙な話を持ちだした。

さんは、石を食べる神様の話って、聞いたことある?」
「石?」

変なもん食うやつが世の中にはいるもんだ、と思うがが言いたいのはそういうことではないような気がして、はとりあえず黙った。

「そう、石。……神様にはその能力があったから、好きとか嫌いとかじゃなくて、ただ食べたのよ。その神様が訪れた村は、戦争のせいで瓦礫が一杯で……。作物が育てられない村人のために。ただただ、食べたのよ」

桜木が⑤番のブロックに成功し、ターンノーバー。
しかし、それでも仙道は「オッケードンマイ!!ディフェンスからだ!!」と仲間を励ました。
本人だって、同じ苦しい時間帯を過ごしているはずなのに、そんなことを一切感じさせないような表情と声で。

「ここ1本!!ここはがんばろう!!」

いつまでひとりで頑張ればいいのかも、まだわからないはずなのに。

「それで?」

に話の続きを促した。

「……つまり、本物の天才っていうのは、本人がその役割やポジションを選ぶんじゃない。環境や周りがその人を選ぶのよ。バスケだってそう。天才がバスケをすることを選ぶんじゃなくて、バスケが天才を選ぶの。そして……」

そして、仙道彰が赤木剛憲にブロックされた。
陵南のベンチでは魚住が田岡に「自分を出してくれ」と訴えている。
残り8分。
田岡は、まだ勝機を伺っている。

「そして?」
「……そして、あの人は選ばれた人で、私はそうじゃなかった。それだけよ。……だから勝つわ。仙道さんは」
「ふーん」

いつのまにか、石を食べる神様の話は、仙道彰の話へと変化していた。
は、唇を噛み締めて仙道を見つめていた。
リップ落ちちゃうよ。
は言ったが、は気にしていなかった。
に倣って仙道を見てみたが……特に神様には見えなかった。
もちろん、好きでも嫌いでもないのに石を食べているようにも。

「庶民シュ――ッ」

桜木花道のレイアップが決まる。
59-46。
その時、陵南サイドに動きが見えた。

「魚住だっ!!」
「魚住!!」
「4ファウルの魚住をコートに戻すぞっ!!」

戻ってきただけでこの歓声。
陵南が如何に苦しい時間帯を過ごしていたかがわかる。

(あ……)

仙道彰の表情に、かすかに緩みというか、安堵が滲んだのがわかった。
やっぱり、彼はの言うとおり、その能力があるからチームを纏めていたにすぎないのだろうか。
にはよくわからなかった。
しかし、魚住が戻ってきたばかりだというのに。
陵南は、宮城リョータの速攻に失点を許してしまった。
しかも、仙道彰のブロックがあったにもかかわらず。
魚住の登場に湧いた観客たちも、おもわず肩を落とす。
だが、それでもは確信したように、あるいは、ただ事実を述べるように言った。

「勝つのは仙道さんよ」



 そこからの魚住は、凄まじいほどの気迫と、その気迫に見合ったプレイを見せ続けた。
ファウルに対する恐れや、大舞台に立つプレッシャーに浮き足立っている様子は一切ない。
恐るべき集中力を発揮していた。
そして、魚住、仙道、福田へとボールが渡り、30秒のブザーとともに福田がシュートを決めた。

――ワアアアッ!!

湧き上がる陵南生と観客たち。
しかしまだ点差は13点もある。
湘北の優位は揺るがない。
だが。

――バコッ。

魚住が赤木をブロック。
かなりギリギリの接触しかけのプレイに見えたが、笛はならなかった。
しかしブロックされたボールを拾ったのは桜木であった。
まだ湘北のオフェンスが続く。
桜木からパスを受けた宮城がシュートを投げる。
しかし、リングに弾かれてしまった。
そして、魚住は、

「うおおっ!!!」

――バンッ。

「おお!!」

赤木、桜木の両名を相手にし、リバウンドをもぎ取ったのであった。

「うおおおお――――っ!!」
「魚住さん!!」
「ナイスリバンや魚住さん!!」

すかさず魚住の健闘を称える陵南ベンチ。
陵南は皆、魚住を待っていたのだ。

(まずいな……流れが向こうに行きかけてる……。早く何とかしないと、陵南が奇跡を起こしちゃうぞ……)

陵南はコート上で軽く言葉を交わしたようだった。

「いけいけ陵南!!」
「おせおせ陵南!!」
「ディ―――フェンス!!」
「ディ―――フェンス!!」

応援もますますヒートアップしていく。
仙道とマッチアップした流川が、挑みかかるような目で相手を睨んでいた。
仙道はまずは魚住にパスを渡した。
そして魚住からのリターンパスを貰うべく流川の横を抜けようとするが、それを止める流川。
しかし、流川が仙道を止めようとして動くことこそが、仙道の狙いだった。
急停止して後ろに下がり、流川のマークを外す仙道。
仙道はすかさずシュート体勢に入り、流川はすぐさま手を上げて仙道に近づく。

(やめとけ。センドーに完全にリズムを掴まれてる。逃げろ流川)

だが、流川楓の頭に仙道から「逃げる」だなんて選択肢は存在しない。
仙道のシュートをフェイクだと読んでいた流川はその動きに対応した。

「おおっ!!」

仙道の考えを読むルーキー・流川に会場は声を上げるが、

(違う。流川がフェイクだって読んでいることを読まれてる)

仙道の真の狙いは、流川の背後にいる魚住だった。
流川の股を抜いてバウンドパスを渡し、ボールを受け取った魚住は一瞬シュートに行くと見せかけて、やはり仙道にリターンパスを出した。
流石に対応しきれなかった赤木。
仙道にレイアップシュートを入れることを許してしまった。
更に、

――ピ―――――ッ。

「バスケットカウント!!ワンスロー!!」

の、おまけつきで。

「うおおおおおおおお!!!」
「いいぞいいぞ仙道!!」
「いいぞいいぞ仙道!!」

加速する会場の熱気。
は流川の行動に、予想通りとはいえ溜息を吐いた。

「アタマが足んないんだよねー流川は。センドーさんみたいにしろとは言わないけど、センドーさんが自分みたいに1on1ばっかするわけがないってとこは考えておかないと……」
「無理でしょう」

の発言を、は即座に否定した。
それは、流川がまだまだ仙道に及ばないから、という否定ではなく、

「流川くん、彼、決定的な敗北をたたきつけられるまで何度でも仙道さんに挑むと思うわ。……そういう目をしてるもの」

という意味の否定だった。



――流川くんのあの性格は、いつかどこかで本人を破滅に導く。だから気をつけて。

は、そう続けようとしたのだが。

「えー、ケッテー的な敗北したらインハイいけないじゃん」
「……そうね」

どこか他人事、というか、気の抜けた発言をしたに少し呆れて、その言葉を飲み込んだ。
は思った。
なんというか、軽いのだ。のバスケに対する感想は。
洞察力や判断力は優れていると思う。
彼女の試合の見方やそれに伴う指摘は、どれもと一致した。
なのに、どこか、試合やバスケ自体にのめり込んでいない、冷たさというか、空虚さというものが彼女の言葉の端々から感じられた。
なぜ?と少し疑問に思うが。

(私も、バスケをやめた身だ。他人についてとやかく言うのはよそう)

は、やっぱり結局何も言わなかった。
仙道がフリースローを決める。
これで10点差だ。

(勝つでしょうね。仙道さんが)

その考えは揺るがない。
はコートで仙道の活躍を支える魚住を見た。

(あの人は凡才。私と一緒だ。でもきっと)

――天才のそばには、ああいう人がふさわしい。

は、凡才としてコートを去るしかなかった少し前の自分を思い出して、顔を歪ませた。
コートでは、天才・仙道彰が流川・桜木の両名を抜いてダンクシュートを決めていた。



 仙道がダンクを決めた時、は(あれ?)と気がついた。

(ウチ、ファウルのやつ多くね?)

と。
きちんと記録をとっていたわけではないが、試合の流れを思い出せばだいたい分かる。

(赤木センパイがいまので3、ちょっと前に三井センパイも3つ、宮城センパイも桜木も3だ……)

これは……まずい。
いまはまだギリギリのところで留まってはいるが、問題が表面化すれば流れが一気に陵南に傾く。
誰かひとりでも4ファウルになった瞬間、全員ファウルの多さを意識するだろう。
その時、浮き足立つことになるであろう選手たちをコントロールできる者は、今日の湘北にはいない。
そんなの心配を他所に、流川はドリブルでゴール下に切り込んだ。
非常に強烈なドライブではあるが、一直線で読みやすく、仙道はすぐにオフェンスコースを消した。
それを見た魚住、すかさずブロックに参加。
しかし、流川は魚住、仙道にプレッシャーを掛けられた状態でそのままシュートを決めてしまった。

「うわああ決めた――っ!!」
「なんかムリヤリ決めた――――っ!!」

騒ぎまくる会場。
さすがのもこれには目を丸くした。
なんて強引なやつだ。
流川は仙道に向かってスコアボードを指さしていた。
だが、仙道の、そして陵南の勢いは止まりそうになかった。
陵南の⑥番がボールを運ぶ。
マッチアップは宮城だ。
しかし、ここに来て、仙道と⑥番の越野がスイッチをした。

(マズイ)

⑥番から仙道にパスが通る。

「うたすかっ!!」

宮城が腕を上げる。
しかし身長差のミスマッチと、宮城自身の疲れが原因で、ほんの少し、

――ピィィィッ。

「赤⑦番!!」

宮城の腕が、

「バスケットカウント!!ワンスロー!!」

仙道に当たってしまった。

(やっぱり、狙ってきたか……)


陵南の怒涛の猛追は、まだまだ終わらない。