天才が、その能力を持つことを選ばれた者だとするのなら。
化け物とは、その能力を行使することに至上の喜びを感じる者のことなのかもしれない。
そう。
今の、仙道彰のように。
56.見果てぬ仙道
宮城リョータが4ファウル目の宣告を受けたことで、にわかに慌ただしくなる湘北ベンチ。
湘北は、はっきり言ってベンチが弱い。
今この場で交代をするよりは、4ファウルでも宮城を使い続けるほうが得策なのだ。
しかしそれでも流川の強気の攻めは終わらない。
「流川きたあ――――っ!!」
シュートを放とうとする流川。
それをすかさずブロックする仙道。
だが流川は諦めずボールを拾い、またもやシュートを……。
「ムキになるな流川っ!!」
赤木の声が響く。
仙道が再び仙道がブロックしに来た。
ところが。
流川はシュートに行くと見せかけて、即座にドライブに切り替え仙道を抜く。
これは仙道ですら読めなかったようだった。
――ガンッ。
ゴール下にいた魚住も反応しきれず、流川はダンクシュートを決めたのだった。
「かっ……返したぁ―――!!」
ウオオオオ!と会場中がどよめく。
流川はもう、仙道に勝つことしか考えていない。
だが、それは、仙道も同じだったようだ。
その証拠に、流川の挑発を受けた仙道は、
「笑っ……た……」
からだ。
ちなみに今の発言はのものではない。
笑った仙道を見て、化け物でも見るような目つきになって怯んでいるの発したものだった。
そして、その瞬間。
――ダダム。
ドライブで流川の前を滑るように通りぬけ。
――スパッ。
シュートを決めた仙道に、会場中が沸く。
「わああ―――っ!また仙道だっ!!」
「これで10連続得点!!」
「仙道!!仙道!!」
(ヤバイな流川。ムキになってる……)
すぐに取り返そうとコートを走る流川を見ながらは思った。
それと同時には、
「……サン?」
隣に座っているの様子がおかしいことに気がついた。
の体がガタガタと震えている。
それでいて、はその震えを抑えるように自分の体を抱きしめていた。
「どうしたの?気分悪い?」
今は夏だ。
ましてやバスケの試合で白熱する屋内。
震える要素なんて外的要因にはまず見当たらない。
は震える体を抑えつけるように抱きしめながら、体と同じく震える唇を開いて、言った。
「天才って言うのはね……、化け物になる時、必ずああいうカオをするのよ……」
そういえば、試合の序盤の頃。
は、かつて『化け物』と戦ったことがある、ということを語っていたような気がする。
彼女は今、仙道の姿にその時の記憶を蘇らせているのだろうか。
は推測する。
よくわかんないけど、と心で前置きをしてから、
「大丈夫だよ。あそこで戦ってるのはサンじゃないよ。落ち着いて」
は震えるを諭すように言った。
コートでは桜木がボールを持っている。
持ってはいるが、何もさせてもらえなかった。
30秒のバイオレーションが宣告される。
ターンノーバー。
陵南のボールになる。
「負けるわ。流川くんは」
はコートも見ずに言った。
会場中が陵南のオフェンスに盛り上がる。
「そうだろうね」
先ほどの30秒間。
流川はボールに触れさせてさえもらえなかった。
今までが本気じゃなかったわけではないが。
今の仙道の姿こそが、本来の仙道だというのなら。
流川に勝ち目はない。
――パスッ。
仙道のスリーポイントシュートが入った。
「うわあああ――――っ!!!」
「3Pだあ――っ」
「仙道っ!!」
これ以上ないくらいに沸き上がる会場。
湘北はすっかり追いつめられてしまった。
「いいの?負けてしまうのよ、流川くん」
は仙道と流川、どちらに勝って欲しいのかよくわからないくらい切実な様子で流川の敗北を主張してきた。
「うーん、ま、実力考えたら仕方ないんじゃあないかな……」
はタイムアウトを取った湘北のベンチを見つめる。
安西不在の中、なにかいい策が見つかるとは思えなかった。
「冷たいのね、あなたって」
はうつむきながら首を振った。
別にここでが現実も見ずに「いや、流川勝つし!」と主張したところで試合に影響があるとは思えなかったが、はそんなの態度を非難した。
「確かにさぁ、流川じゃ仙道には勝てないよ。見てりゃわかる。センドーさん、あれは化け物だ。サンの言ってる意味よーくわかったよ。でもさ、」
試合が再開する。
湘北は、「とりあえず気合で頑張る」という作戦とも呼べない作戦を選択したらしい。
「桜木と流川だったら、どうかな?アタシ、なんか面白いことになりそうだって、ちょっと思うんだよね」
天才が、その能力を持つことを選ばれた者だとするのなら。
化け物とは、その能力を行使することに至上の喜びを感じる者のことなのかもしれない。
そう。
今の、仙道彰のように。
だが、もも、この時点ではまだ知らなかった。
流川楓も。
実は、そういう性を持って生まれた人物であることに。
(みんな疲れてる。まだリードはこっちなのに)
ここぞとばかりにゾーンプレスを仕掛けてきた陵南。
ただでさえ疲れによりボールへの反応が鈍くなってきた後半で、パスを通さないことを目的とするゾーンプレスを行われるのは非常にキツイ。
陵南は、いよいよ最後の大勝負に出たのだ。
まずは4ファウルの宮城が狙われる。
ファウルを意識した宮城は得意のドライブで切り込みに行くことを躊躇してしまい、2人に囲まれてしまった。
桜木花道が、ボールを受け取りに行く。
しかし、彼にはボールをフロントコートにまで自力で運びに行けるほどの技術はない。
その為、
「うお――――っ!!!」
とにかく赤木を信じて、適当にボールを放り投げるしかなかった。
だが、そのボールは赤木の巨体も軽々と超えて、ゴールのボードにあたって跳ね返った。
そのボールを拾ったのは、仙道。
――ワ――!
一瞬で熱狂する会場。
シュートフェイクで流川を反応させドリブルで抜く。
本来ヘルプに行くべき三井はバテてしまい、反応できなかった。
そして仙道は赤木にブロックされながらもジャンプシュートを放つ。
――ピ――――ッ。
笛がなる。
仙道が倒れる。
シュートが入る。
「バスケットカウント!ワンスロー!」
仙道が天井を仰ぎ見ながらガッツポーズをした。
赤木剛憲、4つ目のファウルである。
「これで赤木も4つめだ――――っ!!」
「両キャプテンとも4ファウルで後がなくなったっ!!」
会場中が試合の行方に注目をした。
そしてその時、
――ピピピッ。
「レフェリータイム!」
2度目の笛がなった。
それは、
「三井センパイ……!」
コート上で倒れてしまった三井寿のために鳴らされたものだった。
倒れてしまった三井は、とりあえず救護のためコートを去ることとなった。
が椎名達のいる席の方を見渡すと、椎名は泣き崩れている藤崎を慰めているようであった。
黛は、祈るようなポーズでコートを見守っている。無駄に絵になる。
椎名がの視線に気づいたようだった。
手を振って、指で下を指す。
『三井くんのところに行ってあげて』
そう言ってるようだった。
確か三井とともにベンチを出て行ったのは桑田だったか。
彼も選手だ。
この試合に今後出る可能性は低いとはいえ、戻らせておいたほうがいいだろう。
はすっと席を立つ。
「あ、サンも行く?」
先程まで震えていて気分が悪そうだったにも、念のため声をかける。
だが、は首を振った。
「最後まで見ていくわ」
その声も、体も、唇も、もう震えてはいなかった。
「そっか。あ、じゃー頼みたいことがあんだけど。流川のやつ見ててあげてくんないかな?あいつうるせーんだよ。『あの時の技どーだった?』とか『あそこのディフェンスの対応の仕方どーすりゃよかった?』とかさぁ。後で教えてよ」
は、再三流川に言われた『オレを見ろ』という頼みがこなせなくなるのがわかり、はに続きを任せた。
彼女なら、と同程度の指摘が出来るだろうと思ったからだ。
「私でいいの?」
は聞き返す。
「サンなら問題ないでしょ」
どうせも仙道を見るのだ。そのついでに見てくれればいい。
はそんな気持ちでいた。
だが
「そう……。流川くんも、可哀想ね」
は、何故かを非難するように流川に同情した。
「え?」
「別に、なんでもないわ」
こいつそればっかりだな。
は呆れる。
なぜにそんな恨みがましいことを言われなければならないのか、には理解できなかった。
ちょっとムッとしながらも、は会場の外に出た。
1階の自販機の前で、桑田に出会った。
どうやら三井に追加のポカリを買ってきて欲しいと頼まれたところらしかった。
「ん、いーよ。桑田戻りなって。選手なんだし。三井センパイのことはアタシに任せてよ」
そう言いながらははポカリを3本買って、1本はバッグにしまった。
桑田の話では、三井は途中の階段で座って休んでいるとの事だった。