の従姉妹の「ちゃん」こと「」は、それはもうキュートな女の子だ。
マッサージとかも得意だし料理だって上手だし、思いやりと包容力に溢れた少女だ。
それが、なんで……。
59.アンタ、アタシの何なのさ?
「え、なに、フジマのおごり?じゃあすんません、チョコパフェとイチゴパフェとフォンダンショコラと和三盆アイスください」
「すみません、全部キャンセルでランチセットAを3つお願いします」
「かしこまりました」
ファミレスに連れて行かれたは、とりあえず逃げ出さないように、と奥の席に座らされた。
左隣には藤真健司、目の前には花形透である。
はどこか居心地の悪そうにぶすくれている。
花形に合わせる顔がないのだろう。
はわざとらしくデザートのメニュー表を眺めていた。
「花形、オレコーヒーで。おい、お前はどうする?」
「……キャラメルマキアート」
「ああ、わかった」
ランチセットにはドリンクバーが付いてくる。
藤真は花形に飲み物を取りに行かせた。
花形がドリンクバーに向かったことを確認したは、今にも泣き出しそうな顔でテーブルに突っ伏した。
「ねえ、フジマー。お願い……」
「ダメに決まってんだろ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
テーブルに右頬をくっつけたままで藤真を睨みつける。
だが、その顔もやはりどこか迷子のような、涙をこらえているような印象を受ける。
「帰りてぇって言う気だったんだろ。そんなわけ行くか。お前、花形がどんだけ探しまわってたと思ってやがる」
ま、オレは探してねーけどな。
「けっ」って言いたそうな感じで藤真は最初に店員が持ってきた水を口に含んだ。
休日の昼時ということもあり、ドリンクバーはなかなか混んでるらしかった。
「……知ってんでしょ。アタシが、2人に何をしたか……」
は目に涙を浮かべていった。
見られないように、壁側をぷいっと向いた。
だが、藤真の返答は意外なものだった。
「知らねーよ、何にも。花形もも、オレに何も言ってねーよ」
「え……」
は思わず藤真の方を振り向いた。
嘘を言っている様子はなかった。
「言っただろ、あいつらは本当にお前を心配してるだけだ。わざわざ昔のこと責めに来てるわけじゃねーよ」
は今度こそ泣きそうだった。
どうして、あんなことがあったのに、あの2人は昔のように自分に接してくれているのだろう。
あの2人だけじゃない、赤木晴子だってずっとそうだ。
この間水飲み場で言い合いになってから、いや、2年前からずっと、彼女はを気にかけてくれている。
だが自分は、そういう優しい人をすべて、ことごとく裏切ってきた。
でも、自分だってこれ以上誰も傷つけたくないのだ。
だから、放っといて欲しい。
はテーブルの下に潜り込んで逃げ出そうと思案したが、すべてを見抜いているように藤真健司が足を思いっきり伸ばしたので呆れ半分で溜息をついた。
「……ん、てゆーかさ、根本的な疑問なんだけど」
「なんだよ」
「アンタ、アタシの何なのさ?」
は記憶にあるかぎり、藤真健司とは一度しかあったことがない。
その出会いが強烈で最悪だったため覚えていたのだが、なぜこの場にコイツは我が物顔でいるのだろう、とは思った。
ガッちゃんと仲良さそうだ、とは思ったが。
彼は誰かれ構わず自分の問題を他人に言いふらしたりする性格ではないし、現に藤真は先程「何も知らない」と自ら告げた。
なのに、なんでこの場に当たり前のように居続けてるんだ。
別にコイツにアタシの心配されるギリねーんだけど。は思った。
「今お前、オレに心配されるギリねーって思っただろ」
「!?」
は全身の毛を逆立てて藤真を警戒した。
思考が読み取られたことに驚いた、というのもあるが。
何か、猛烈に嫌な予感がしたのである。
「ふっ。その様子じゃ知らねーみてーだな。オレはの彼氏だ」
「嘘だ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
は声の限り叫んだ。
嘘だ。
ファミレスだったので人目を気にして、なんのかんので声はそこそこのボリュームだった。
しかし問題は実際に出た声の大きさなどではないのである。
コイツが、ちゃんの、彼氏?
は今告げられた事実を頭の中で反芻した。
の従姉妹の「ちゃん」こと「」は、それはもうキュートな女の子だ。
マッサージとかも得意だし料理だって上手だし、思いやりと包容力に溢れた少女だ。
それが、なんで……。
「なんでちゃんがアンタみたいなボージャクブジンヤローと付き合ってんだよ!おかしーじゃん!」
は藤真との出会いを覚えている。
いきなりアイアンクローを掛けられた。
つーかこいつと出会う時はいっつもプロレス技だな。
は試合終了直後の会場での出来事を思い出した。
藤真とはまだ2回しか会っていないが、思えば2回とも出会い頭プロレス技を掛けられていた。
統計で言うなら100%である。
「このボーリョク男!ちゃんに手ぇ出したらタダじゃおかないからね!」
「はあ?知らねーのか。はベッドでは娼婦だぜ?」
「うっせーな!意味ワカンネーこと言うな!つーか気安く呼ぶんじゃねぇ!」
「じゃあなんて呼びゃあいいんだよ」
2人がぎゃあぎゃあ言い合いをしていると、3人分のドリンクと日替わりスープを持ってきた花形が席に戻ってきた。
は先程までの塞ぎこんでいた気分も忘れて花形に確認をした。
「ねえガッちゃん!コイツがちゃんと付き合ってるとかゆってんだけど!」
お願いだから否定して!はそんな思いを込めながら花形を見た。
だが、
「ああ、そうだぞ。もう1年位になるか」
現実は非情である。
振り向かずにずんずんと会場の外を出て、更にそのままずんずんと近くのファミレスまで歩みを進める流川楓を三井寿は追いかけていた。
「おい、待てって流川!」
思い込んだら一直線なところのあるこの後輩は、今回もちょっとやそっとじゃ止まりそうになかった。
三井だって椎名に急かされるまま出てきてしまったので、何がなんだかわかっていない。
翔陽の花形と一緒にいるっつったか。
あの長谷川ってヤローはまさか一緒じゃねーよな。
ケンカになったらどうする、オレじゃ流川からして止めらんねぇ。
色々と思考はめぐるが、結局三井も流川とともに歩みをすすめるほかなかった。
「前から言おうと思ってたんだけどよ……、流川。お前ちょっとにこだわり過ぎじゃねーか」
三井はせっかくの機会なので、前から思っていた苦言を呈した。
入部した当初は、登下校を一緒にする2人に随分仲がいいもんだと思ったものである。
あいつら付き合ってんのか?と好奇心で下世話な勘繰りもしたことだってある。
だが、ただ単純に仲がいいわけではないのかもしれない、と三井が思うようになったのは、ちょうどIH予選の1回戦が終わったあたりからである。
が練習中に体調を崩したのだ。
それを心配するだけならふつうのコトだ。
心配なら三井だってした。
だが、流川はその時、まるで「自分がのことを知っておくのは当然」と言わんばかりに、保険医と安西の会話を探りに行ったのである。
これには驚いた。
流川が、そんなに他人に関心のある奴に思えなかったからだ。
その後なんとなく2人が気になるようになり、三井は練習中、たまにと流川の様子を見ていた。
の実力は女子の中では抜きん出ており、三井も眼を見張る物があった。
だが、そういう時大抵、流川のほうが何かギラギラした視線をに送っているのだ。
どういうつもりで見ているのかは分からないが、あれは好きとか嫌いとか、そういう単純な理由の篭った目ではなさそうだった。
他の女子や、男子ですら流川が練習中にそんな目で見ることはない。
だけなのだ。
しかし、いつものようにが女子たちに何かアドバイスを送るモードになっていくと、流川は途端に視線を外す。
まるで、興味をなくしたように。
その時三井は思い出したのだ。
流川が一番のことをギラギラした目で見ていたのは、室町との第一試合。
がひとりで試合をひっくり返そうとしていた時だった、と。
「なんつーかよ、だってガキじゃねーんだし、そんなに首突っ込む必要ねーと思うぞ」
三井は流川に忠告を続ける。
なんていうか、流川は自分の持って行きたい方向にを持って行こうと躍起になっている、そんな気がするのだ。
流川は答えずずんずん進む。
あまり表情は変わらない男だが、その顔からはどこか怒りを感じる。
エキサイトしているのが三井にもわかった。
そして、とうとう件のファミレスについた。
窓から、花形、藤真、が同じ席で食事しているのが見えた。
「ほら見ろ、フツーに飯食ってるだけじゃねーか」
椎名も心配していたが、険悪な雰囲気はまるでない。
三井は呆れ半分で言うが、流川は無視して店のドアを開けて乗り込もうとしている。
それを見た三井は、
「まてまてまて!」
と流川を止めた。
「なんでっすか」
流川がギロリと三井を睨む。
今まで黙りこくってたくせに抗議だけはするらしい。
「何でも何も……。別に、何も問題ねーじゃねーかよ。がダチと飯食ってるトコになんでお前が行く必要あんだよ」
三井はとにかく流川を引っ張り、「とりあえずこっから様子みるだけにしよーぜ」と店の前の垣根にムリヤリ引っ込ませた。
ふたりとも平均身長より大分大きいので、かなり身を屈めなばならなかったが、窓からたちの様子を探るにはちょうどよかった。
まあ、様子を探るなんて言っても、本当にどこからどう見ても、と藤真と花形が飯食ってるだけなのだが。
だが、その普通っぷりこそが何か流川の神経を逆なでするらしく、流川の顔には「許せん」とか「納得できん」と書いてあるように見えた。
「お前、まるでをコントロールしようとしてるみたいだぞ」
これが惚れた腫れたの問題だったら、三井だってほっとく。
しかし、これはそんなに単純な話ではないような気がする。
流川がをどう思ってるのか、をどうしたいのか。
三井には全くわからなかった。
流川は今も熱心に3人にガンくれていた。
その時、背後から、
「ママー。あのおにいちゃんたちごはんたべるおかねないのかなぁ?」
「しっ。見ちゃいけません」
という母娘のやり取りが聞こえた。
「おみせはいれないからおそとでみてるのかなぁ?」
まだまだ続く幼い疑問。
確かに、今の三井と流川はどう考えても怪しい。
「……おい流川。もう帰ろうぜ……」
別にも殴られたりケンカしてるわけじゃねーんだしよ。気ィ済んだらとっとと戻るぞ。と三井は周りの視線を気にしながらコソコソと言った。
せっかくIH行きを決めた後に俺らは何してんだよ……、と言いたげだった。
だが、
「あ」
「あ」
どんなやり取りをしたのかは分からないが、が藤真に掴みかかった。
そして、すぐに藤真に反撃されてヘッドロックを掛けられた。
頭を拳でグリグリやられている。
流川はその様子を見て「それ見たことか」というふうに、わざわざ三井に向かってその光景を指し示した。
どう見ても、殴られてるし、ケンカをしている。
もうオレが止められる理由はねーはずです。と言わんばかりに流川は今度こそ店に向かった。
扉を開ける。
「わー!だから待てって!」
慌てて追いかける三井。
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
「2。あそこの席の奴らと一緒っす」
一応三井のこともカウントしてくれてるらしい。
流川はたちのいる席を指しながら店員に言った。
「それではお席をご用意いたしますね。少々お待ちください」
達が案内されたのは4人用のテーブルだ。
店員は二人用のテーブルをその席にくっつけようとしてくれている。
「イッテェ!離せ!グリグリすんな!」
「お前こそふざけんな。オレの秘蔵のコレクションを返せ」
と藤真が何か言い合いをしている。
席に近づいてみると、床に何か紙切れが散らばっているのがわかった。
「。食事くらい落ち着いて食べないか」
「何でコイツの味方すんだよ!どう見てもコイツが悪……」
「おい」
3人が(というか藤真とが)喧嘩中の席に向かうなり、ぶっきらぼうに声をかける流川。
店員は「お席を少々移動させますねー」とマニュアル通りの事を言っている。
「あ?」
「お前は……」
「る、流川。何でここいんの?」
3人共、席に座ったままぽかんと流川を見上げている。
「それはこっちのセリフだ。どあほう」
「三井……」
花形がこちらに視線をよこして、再び驚いたようだった。
「……よお」
何でオレここにいるんだ?と思いながら三井はとりあえず返事をした。