少しだけ、に親近感を覚えた三井寿だった。
60.藤真健司、彼女のハメ撮りを持ち歩く。
流川と三井がファミレスに来るちょっと前。
「お待たせいたしました。ランチセットAでございます」
店員が人数分の食事を置く。
メインディッシュはハンバーグだ。
じゅうじゅうと鉄板の上で美味しいそうに熱されている。
は未だに「ありえない。ありえない」と呟き、目をひん剥きながら藤真を睨みつけている。
「ほら、冷めるからさっさと食えよ」
藤真はそんなを意に介さず食事をすすめた。
も花形が食べだすのを見て、大人しくフォークを手にとった。
しばらく3人とももぐもぐと食べていたが、花形がを見て口を開いた。
「。少し、痩せたか?」
「……あー、うん」
花形はこの2年、がどんな生活をしていたのか知らない。
そして、今どんな生活を送っているのかも。
心配性のこの幼なじみは、ちょっと前のを見たら卒倒したに違いない。
花形は居心地の悪そうに目を逸らしたを見て、目を少し細めて微笑んだ。
「バスケ部、入ったんだな」
「……うん」
「も、喜ぶと思うぞ。報告していいか?」
花形は穏やかな口調で言った。
だが、は小さく首を振るだけだ。
「花形が言わなくてもオレが言うけどな」
花形とのなかなか核心に迫らない会話を焦れったく思ったのか、藤真が面倒くさそうに言った。
「イッテ」
は取り敢えず藤真を蹴っておいた。
「ねえガッちゃん。ちゃん……元気?」
は席に座ってても背の高い幼なじみを、上目遣いで見ながら言った。
花形はふっと笑い、「会ったらどうだ?」と聞いた。
は「……いい」とだけ言って視線を逸らした。
そんなを見て、藤真は、
「写真ならあるぞ。見るか?」
と言ってきた。
はその言葉に思わず飛びつく。
「ホント!?ちゃんの?見る、見たい!」
「なんだよ、急に元気になりやがって」
ゲンキンな奴だなー。と藤真は胸ポケットから財布を取り出し、更にそこから1枚の写真を取り出した。
は爛々とした表情で写真を覗き込む。
写真とはいえ、久しぶりに大好きな従姉妹の姿が見れるという事実にテンションの上がったには、花形が小声で言った「やめておけ」という声は聞こえなかったようだ。
その為、写真を覗き込んだ瞬間、は
「ぎにゃあああ!!!!」
まるで尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げて、全身の毛を逆立てて飛び上がった。
だって、だってそれには、
「お、オメー何考えてんだよ!つーかなんてもん持ち歩いてんだよこのヘンタイ!スケベ!!」
シーツで恥ずかしそうに胸元を隠し、照れながらもこちらに視線を向ける、全裸のが写っていたからだ。
「なんだよ、一番最近の写真なんだぞ?もっと喜べよ。可愛く撮れてるだろ?」
花形はやれやれというふうに溜息をついた。
藤真はひらひらと写真を自慢気に見せてくる。
は思った。間違いない、ちゃんはコイツに脅されて仕方なく付き合ってるんだ!と。
アタシが、ちゃんを守らなければ。
「キエー!」
はパニックから奇声を発しながら藤真に掴みかかる。
「うわ、何だよ急に。おい、写真返せ」
は藤真から写真を奪い取ることに成功するも、すぐさま藤真の腕が頭に伸びる。
「てめ、返しやがれ」
「くそぅ、離すもんかー!」
まるでゴール下のリバウンド争いみたいな時のセリフだな。花形はコーヒーを飲みながら思った。
は写真を握りしめ、藤真はヘッドロックを掛けたの頭部を拳でグリグリと詰った。
藤真からは見えないようだが、は頭は攻撃されながらも手元で写真を破いている。
正に、肉を切らせて骨を断つ、だ。
は十分に引き裂いたらしい写真をまるで紙吹雪のようにバッと床に散らばせた。
「あ!てめー、の写真破きやがったな」
「何が『破きやがったな』だバーカ!オメーこそちゃんに変な写真撮らせて脅してるくせに!」
「合意の上だ馬鹿。はああいうのを喜ぶんだよ」
「聞きたくねー!バーカバーカ!!」
キーキー叫ぶに、藤真は容赦なく鉄拳制裁を加えた。
ごっちーんと拳で頭を殴る藤真。
「イッテェ!」
更にそのまま派手な金髪の上から、再び拳をグリグリ押し付ける。
「離せ!グリグリすんな!」
「お前こそふざけんな。オレの秘蔵のコレクションを返せ」
ジタバタ暴れて脱出しようとするを見て花形は、呆れながらも「。食事くらい落ち着いて食べないか」と注意した。
藤真には誰も勝てないんだ。
だがは花形が藤真の肩を持ったことが不満だったようで、花形を睨みつけながら文句を言った。
「何でコイツの味方すんだよ!どう見てもコイツが悪……」
「おい」
だが、その言葉をが言い切り終わるとほぼ同時に、この場にいる3人の誰でもない人物の声が聞こえてきた。
「あ?」
「お前は……」
藤真と花形が声の方を向く。
そこに立っていたのは、
「る、流川。何でここいんの?」
「それはこっちのセリフだ。どあほう」
湘北高校のスーパールーキー、流川楓と、
「三井……」
「……よお」
同じく湘北高校3年、三井寿だった。
「ランチセットBのお客様ー」
「ウス」
「おい三井、流川の分はそっちが払えよ」
「わかってるっての。あ、そうだ、、さっきの金だ。ポカリの」
「あ、どもっす」
とりあえず席を用意されてしまったので、三井たちは座ってメニューを注文した。
ランチセットBのメインはステーキだった。
またしても熱い鉄板の上に乗った肉がじゅうじゅうとおいしそうな音と匂いと共にやって来た。
席順は今、から見て、右から花形、流川、三井の順になっている。
藤真もも決して小さくはないのだが、この身長の高い3人――というか流川と花形――はもともと座っているだけで威圧感がある。
並んで座ると圧巻だ。
まあ、最も今ある威圧感の理由のほとんどは、
「……テメー」
「もー、だからさ、何で怒ってんの?」
流川楓の怒りのオーラが原因なのだが。
「たく、よりによって湘北の奴らと飯食うことになるとはな」
藤真はアイスコーヒーをストローで飲んだ。
「あ、そだった。インターハイおめでとー」
はチームメイトを祝福する。
花形も藤真も一応は祝福する。
もう過ぎたことだ。
冬、勝てばいい。
「で、何なの?なんかキンキューなことでもあったの?」
アタシに用あるんだったら後でも良くない?と言いたげには首をひねる。
だが、流川は花形と藤真を1回睨めつけ(単に目つきが悪いだけ)、「まずこいつらの説明をしろ」と要求してきた。
「え、だから、ショーヨーコーコーの花形サンと藤真サンだよ。戦ったんでしょ?もう忘れちゃったの?」
「忘れてねー」
聞きてぇのはそういうことじゃねぇ、と流川は怒る。
なーんかセンドーさんと話してた時もこんな感じになったなーとは思った。
はストローを咥えながら、なんて説明したものかと考えあぐねていると、花形が「行儀が悪いぞ、」と注意してきた。
「まー、幼なじみってやつだよ。アタシとガッちゃんは。フジマは真っ赤な他人」
「おいこら」
の説明に不満を持つ藤真。
だが、この説明に不満を持ったのは藤真だけではなかったらしい。
「じゃあ、何で来なかった」
目的語が抜けているが、多分彼はが見に来なかった翔陽戦のことについて言ってるのだろう。
も普段だったら適当にごまかすのだが、花形の手前そんな態度を取ることが出来ず、「別に。なんだっていいでしょ」とぶっきらぼうな口調で答えてしまった。
それが更に流川に火をつけてしまったらしく、ますます探ろうとしてくる。
「なんか理由あんだろ、話せ」
「ないよ。たまたまサボった日が翔陽だっただけだよ」
「ウソつくんじゃねぇ」
ギロリとを睨む流川。
普段だったら相手にしなければいいのだが、今は状況的にそうすることができず、は珍しく困っていた。
(センドーさん時はなんてごまかしたんだっけ……。あ、そだ、色仕掛けだ)
もっとも、あの時のは痛くもない腹を探られてる状態だったからそういうことができたわけで。
「なんかあんだろ。お前と、こいつらの間に」
の一番聞いてほしくないことを聞いてくる流川には、どう対応していいかわからなかった。
そうしてますます険悪な雰囲気を出す1年2人に、花形は助け舟を出した。
「その辺にしといてやってくれないか、流川。だって別に悪気があって……」
「おい、花形」
だが、その助け舟を沈めたのは藤真だった。
「お前、この期に及んでまだこいつのこと甘やかす気か?もなんとか言えよ。お前が引き起こした事態だぞ。わかってんのか」
「……うっせーな……」
――アタシだって、好きでこんなんになった訳じゃない。
は思わずそう言いそうになるが、やっぱり流川の手前、そんなことは言えなかった。
「……悪いとは思ってるよ……」
ぶすっとした態度で藤真に言い返す。
「だったら尚更筋を通せ。オレや三井や流川には何も言わなくてもいい。だが、花形にはきちんと報告しろ。お前がこの2年間、どこで、何をやってたのか。なんでバスケ部やめたのか」
藤真はきっぱりとした口調でに告げる。
耳が痛くなる位の正論だ。
流川の顔には「オレは?」と書いてあったが、藤真は無視した。
「三井、流川、飯食ったら帰るぞ。これは花形との問題だ」
「お、おう」
「、」
納得の行かない様子で流川はに喰ってかかろうとするが、「いいからさっさと食え」と藤真に注意されてしまった。
「……ッス」
と返事をしてとりあえず食事を口に運ぶ流川。
その顔には、「納得できん」と書いてあった。
三井は最初から最後まで(なぜオレはこの場にいるんだろうか……)と思っていた。
先にファミレスを出た3人。
時間的にもう女子の最終戦のひとつ目は終わってることだろう。
「詳しくしらねーんだけどよ、ってなんかあったのか」
会場に戻る最中、最初に口を開いたのは三井寿だった。
「お前も意外と話聞かねーやつだな、三井。それ聞くために呼び出したんだよ、オレらは」
藤真が呆れたように言う。
流川もコクコクと頷く。
「そーじゃなくてよ、オレ本当に何もしらねーんだって!のヤツ、バスケ部やめてた時期があったのか?」
三井はファミレスでの会話から聞いた事実を確認する。
そして、その事実を肯定され意外に思った。
の実力を考えるに、とてもバスケを離れていた時期があったように見えなかったからだ。
(まあ、そりゃあオレもそーだけどよ。なんせオレは天才シューターの三井寿様だからな)
三井はIHが決まったおかげで自信を回復し、若干調子に乗っていた。
「花形の話聞く限りじゃ、中2の夏に突然バスケ部やめたらしいぜ。花形もその試合は見に行ってねーらしいから、何が起こったかは知らねーんだとさ」
「へぇ……」
そういえば、と三井は試合中の階段での1件を思い出す。
も何か、『戻りたい自分がいる』的なことを言っていた気がする。
それは、この事だったのか、と三井はひとり納得した。
「どうした?」
「あ、いや、さっきよぉ……」
と、言いかけて、「何でもねえ」と慌てて取り消した。
『ヒミツね!』と言われていたんだった。
三井が泣いていたことを秘密にする代わりに。
(あのがバスケやめてたとはな……。しかも2年間も)
いっつもへらへら楽しそうにしてるから、そんなこと全く知らなかった。
確かに、花形と話してる時のは、ひどくしょぼくれているようには感じてはいたが。
だからといって、「絶対に理由を聞き出す」と顔に書き、何故か再びエキサイトしている後輩の流川楓の心境が、理解できるわけではなかったが。
少しだけ、に親近感を覚えた三井寿だった。