さて、今日は楽しい楽しいテストの日だ。
1日で5教科行われるが、実は。
は、英語と現国の勉強だけしかしていない。
62.She is my teacher.
「うー、終わったー。なーんか、久々に勉強したなーって感じ」
すべてのテストが終わった後、隣の席のは大きく伸びをした。
順調だったのだろうか。
5時間目に行われた英語のテストでは、終始ペンを走らせる音が聞こえた。
「あー、ねー石井くん。あのトゥートゥーコーブンのとこよく分かんなかったんだけど、一緒に答え合わせしない?」
は昨日に引き続きトゥートゥー言っている。
流川楓に、それが俗に「…to~too構文」と呼ばれる範囲のことを指していると理解できる日は遠い。
「ああ、構わないよ」
石井は優等生らしく、問題文にきちんと自分の回答を写していた。
2人が仲良く頭を突き合わせているところに流川も混ざる。
は石井の回答を参考に赤ペンを入れていた。
(何だこいつ……勉強出来たのか)
流川はショックを受けた。
の回答も石井の回答も、ほとんど同じだったからだ。
とてつもない敗北感に襲われる流川。
しかし2人はそんな流川に気づかず答え合わせを続けた。
「さんすごいじゃないか!僕の回答が合ってるとは限らないけど、今回上位狙えるんじゃないかな」
「えっへへー。まあねー」
は褒められて満更でもなさそうにしている。
(クソ、こいつバカじゃなかったのか)
目を見開き驚愕する流川。
見た目的にを馬鹿だと決めつけていたのだ。
「つーかさ、大問1のカッコ1さー、簡単すぎね?こんなのチューガクレベルじゃん」
「うーん、赤点を取らせないための措置だと思うんだけどね、流石に……」
「へー。石井くんすごいね、問題のケイコー?とかシュツダイのイト?とかわかるんだー」
は石井の賢さを絶賛する。
流川はの指摘した大問1の(1)を確認して見た。
それを見た、すかさず流川に尋ねてくる。
「流石にアンタでもわかるでしょこれくらいー」
ケラケラ笑いながらは言う。
問題1.次の英語を日本語に訳せ。
(1)She is my teachear.
流川は、真剣に悩んで答えた。
「『彼女は……ま、参ってっちゃっている』……?」
「えぇ!?」
「うわー、流川バカだー!」
石井はドン引きし、は腹を抱えて笑い始めた。
ヤバイ、ヤバイ、チューボー以下だよとケタケタ笑っている。
「ねえねえ、じゃあこれは?なんて答えたの?」
は完全に面白がって、自身も苦戦した問題を流川に出題した。
大問3.次の日本語を英語に訳せ。
(4)この問題は難しすぎて私には解けない。(…to~tooの表現を用いて答えよ)
流川は自分がどう答えたか思い出しながら、の突き出した問題文に直接記入した。
『Me too.』と。
「あっはははははは!!ヤバイ流川バカじゃん!ヤバイ!」
はひたすら「ヤバイ」を連呼し、流川の学力のヤバさを笑った。
石井は「そういえば赤点が多いと何かペナルティがあったような……」と首を傾げていたが、テストからの解放感にあふれていると、バカ仲間だと思っていたに裏切られたショックを受けている流川楓は気が付かなかった。
テストから開放された喜びを爆発させているのは、何もに限った話ではなかった。
が流川たちとともに体育館に向かうと、黛と藤崎が既にモップがけをしていた。
妙にルンルンしてるのは絶対に気のせいではない。
「よ、そのチョーシじゃうまく行ったみたいだね」
「オッス、ちゃん。僕は万全」
「私も大丈夫だと思うね。つーか、テメー閉会式サボってんじゃねぇよ」
黛は昨日途中で帰ったを批判した。
それに対しゴメンゴメンと謝り、も倉庫に向かう。
「あ、センパイチーッス」
赤木剛憲が倉庫で準備をしていたところに遭遇した。
「、昨日は……」
「あースンマセンした。ちょっと戻るにもビミョーな時間だったんで。安西センセーっていつ戻ってくるんすか?」
「今週いっぱいはお休みを取られるそうだ。まだ検査に時間がとられるらしい。奥様の話では基本的に元気そうにしているらしいが……。週末には自宅に戻る予定だそうだ」
赤木は安西の容体を語った。
思ったほど重大な事ではなかったらしい。
「そーいえば、女子ってどこが優勝したんすか?」
「一宮だ。陵南と共にIHに出場することになっている」
「へー」
はイマイチ興味がなさそうに返事をした。
赤木はそんなの様子を見て、「立花 天音(たちばな あまね)という選手を知っているか?」と尋ねた。
「立花?天音?」
はきょとんとする。
どこかで聞いたような気がしたが……。
「一宮高校の選手だ。今年の新人王、女子は彼女が獲得した」
「へー」
やっぱりはイマイチ興味がなさそうだった。
「元・日本代表の立花 天馬(たちばな てんま)の実妹だ。一宮は立花天馬が監督をしている。立花天音は兄に引けをとらない、凄い選手だった」
ああ、なんか、陵南のゆうこりんさんこと村上裕子も似たようなことを言っていた、とは思い出す。
「それがどうかしたんすか?」
の質問に、赤木は少し呆れたように、かつ、どこか期待するようにふっと笑った。
「いや、凄い選手だったが……。オレは、お前も負けてないと思ったぞ、」
いつか戦っているところが見たいものだ、赤木はそう言って倉庫を出て行こうとする。
は「あ、」と思い出し、「IH出場おめでとーございます」と赤木に伝えた。
赤木は、気合の入った表情で、「ああ」とだけ返事をした。
IHまでは約1ヶ月ある。
最近は試合に向けての特別メニューが多かったが、今日は久々に基礎トレから行われた。
途中までは、女子も合同で行う。
藤崎も黛も、5月に与えられた課題を着実にこなし、ステップアップしていっているようだった。
(さて、と……)
は今日も元気にグラウンドに駆けていこうとした。
外履きに履き替え準備をする。
(ん?)
が何か違和感を覚え、体育館を見渡す。
違和感の正体は全部で3つあった。
1つ目は、スクエアパス練習中の流川楓。
なんだか集中していない気がする。
上の空というか、なんというか。
いつもだったら誰かがグダると、彼はすぐにドリブルでタイミングを調節する。
なのに今日はドリブルで行くタイミングでも行かないでじっとしてたり、逆に走り込むタイミングがずれて突出したり。
(おいおい、どーしたどーした)
2つ目は、今日もバスケ部を見学中の赤木晴子。
いつもだったらそんな流川の変化にいち早く気が付きそうな彼女は、今日に限っては流川楓ではなくを心配そうに見ていた。
目があってしまう。
はどうしよう、と思ってちょっと目を逸らす。
それとほぼ同時に、晴子の友人の二つ結びの子が、何かを確かめるように晴子の腕を掴み、無理やり振らせた。
も、「お、おー」となんとなく振り返してしまった。
二つ結びの子はの反応を見て、晴子の腕を下ろした。
そして、最後に。
「ん?三井センパイも走るんすか?」
「まあな」
三井寿が、外履きに履き替えていた。
昨日の陵南戦に相当後悔があるらしい。
IHまでにやれるだけのことをやっておきたいと彼は言った。
「じゃー、ペースアタシ作りましょっか?」
「ああ、頼む」
こうして本日から、孤独なランナーだったは、三井寿と走り込みを行うことになったのであった。
「そーいやセンパイ、テストどーでした?」
「バーカ、聞くんじゃねえ」
「ウッス」
少し軽口を叩きながらペース走を始める2人。
だが、しばらくして。
「……はぁっ、はあっ……っ……、あと、何本、やる気だ……っ……」
1ヶ月半まともに走り込みをこなし続けたは今や、当初安西に言われたメニューよりも多くの本数をこなしていた。
ついについていけなくなる三井、先にギブアップ。
「うわー、三井センパイホントに体力ないねー。今度シャトルラン勝負しよ、負けた方おごりね」
「バカヤロー……、……女子に……負けるかっ……」
も、着実に体力をつけてきたのであった。
安西不在の中、赤木がきちんと取り仕切り部活が終わった。
帰り道、いつもの自転車での下校中、流川はに尋ねた。
「先生、いつ戻ってくるんだ」
「ああ、なんかね、今週いっぱいは休むんだって。検査とかあるらしーから。週末には退院してる予定だってさ」
「そうか」
「……どうかした?」
流川の様子が部活中どこかおかしかったのを思い出す。
何かに悩んでるのかもしれない、と思ったが、コイツがなにか悩むような奴か?とは疑問に思った。
だが、やはりどこか上の空な感じがあるところは否めなかった。
「別に」
素っ気なく答える流川。
はそれ以上問い質すことはせず、「ん」と返すだけにした。
(だって、流川の考えてることって、よくわかんないんだもん)
今朝とか、最高に意味不明だった。
(いくら勝手にベッド寝てからって、ヒトをゴミみたいに捨てやがってよー。だいたい先にヒトのベッドで寝たのそっちじゃん!)
は思い出し怒りをし、自転車を運転してる流川楓に背後から抱きつきストマック・クローを喰らわせた。
「てめっ、何しやがる」
「うるせー、くらえー!」
「朝のことなら謝ったじゃねーか、どあほう」
負い目があるせいで強く言えない流川楓は、結局帰宅するまでの間、大した威力のないプロレス技を大人しく受け続けたのであった。