学校が夏休みに入って2日。

「……じゃ。……しっかりしろよ」
「……そっちこそ」

相も変わらずちょっぴり気まずい空気を醸しながら、流川を玄関で見送る
流川のお母さんも「気をつけてね」と流川を見送った。



69.赤まりも成長中




男子たちは今日から静岡で合宿だ。
女子達はその間は、いつもどおりの時間に学校に集合して部活をすることになっている。
は流川を送り出した後、部屋に戻って身支度を整えた。
自転車はが好きに使っていいことになっている。
「いってきまーす」と流川が出て行った約30分後に家を出て、自転車のサドルの高さを変えてから、は学校に向かった。
女子はいつもどおりの時間に集合して部活をすることになっている、と言ったが、は数日前から安西に頼まれていることがあった。
それは……。

「オハヨー。何してんの?」

学校に着いたは、体育館の入口に固まっている桜木軍団を見つけた。
彼らはなんとも楽しそうに、カメラを構えて体育館の中の様子を探っている。

「お、ちゃん」
「オハヨー」
「今なー、花道のヤローをビデオでとってんだよ」

そう言って高宮は自分が構えているビデオカメラを指した。
なんだなんだ?と思っても体育館の入口を覗くと、なぜか安西と桜木がフリースロー対決らしきことをしていた。
らしきこと、とわざわざ思ったのは、桜木花道のミドルシュートがあまりにもへっぽこで、1回も入らなかったからである。

「おはよ、何してんのあんたら」
「おはようちゃん」
「おはようございます、みなさん!」

さっき玄関で会ったんです!と3人で現れた女子の説明をするように朝倉は言った。
こいつは朝から元気で大変爽やかである。

「おお、マユカちゃん、チビッコ、アサヒちゃんもオハヨー!」

ご機嫌そうに桜木軍団も挨拶をする。
藤崎は相変わらず桜木軍団が嫌いなので、「僕はお前らになんか挨拶してない」とそっぽを向いた。
まあ、そういうふうな態度を取るからますます野間とか大楠にからかわれる羽目に遭うのだが、本人はわかってなさそうだった。
とりあえず、出歯亀隊に加わる女子達。
桜木花道が残り3本のシュートを外したところで、安西はこちらを見ながら「……入ってきていいですよ、君達」と言った。
わらわらと体育館に入ってくる合計8人の男女。
こんな大勢に先ほどの醜態がバレているとは思っていなかった桜木は慌てた。
だが、安西はそんな桜木に対して言った。

「IHまであと10日――。その間はこのシュートだけを徹底的にやります。徹底的に。そのために桜木君はここで合宿です」

その言葉を受けた桜木は目の色を変えた。

「は……入るよーになるのか……!?」
「あのフォームじゃな~」

すかさず高宮が茶々を入れる。
も(まああのフォームじゃな~)と思った。
そして、安西は言った。
「君次第です」と。
そして、黛を呼んで女子の練習メニューを渡した。
黛はそれを一読し、そのメニューにの名前が入っていないことに疑問を抱き「あれ?は?」と安西に尋ねた。

くんは、桜木くんの先生ですよ」

そう、は桜木のシュートの練習に付き合って欲しいと、安西に頼まれていたのだ。



 はじめに先ほど撮ったビデオを見せて、桜木花道に自分の下手さを目の当たりにさせた後、ふたたび体育館に戻る一行達。
女子達は既に練習を始めている。
がいないため代理としてキャプテンの役割を果たしている黛は、不思議とイキイキして見えた。
そして、安西は桜木をうまい感じに上げて落として上手に乗せて、「シュート2万本です」と。
も桜木軍団もその本数に思わずびっくりする。

(どっひゃあ。合宿中に2万って。1日3000弱か……)

しかも、今は全くシュートを入れられない奴が。
初日は相当時間かかるぞこりゃ、とは安易に引き受けた自分を恨んだ。
を含めた女子達は泊まりはしないが、これは長い合宿になるぞ、とは固唾を呑んだ。

(それでもなんだか楽しみなのは……なんでだろうね?)

は安西からフォームの指導を受けている桜木に、

「がんばろーね、桜木」

と声を掛けた。

「は、はい!先生にシュートを教われば怖いものなしです!」
「おー」

ま、指導してんの安西センセだけどね。と心のなかでツッコミを入れつつ、はとりあえず桜木のシュート練を見守った。

「フン!!」

桜木が力まかせに台形の線の部分からシュートを放った。
ゴールからの距離は85センチ。
ボールはバックボードには当たるものの、あさっての方角にはねていった。

「ダメだ~~~ッ!!」
「全然ダメ~~ッ!!」

桜木軍団も思わず落胆。
安西はすかさず「力みすぎ……」とアドバイスを送った。

「ぬ……」

少しショックを受けている桜木。
安西は、今度はの方に向いていった。

くん。お手本を見せてあげてください」
「ハーイ」

は桜木が先ほど投げた位置のちょうど反対側の同じ場所からワンハンドシュートを放つ。

――バス。

「おおー!!さすがちゃん!」
「なんか、こう、サマんなってるよな!」

せんきゅーせんきゅー、と桜木軍団の喝采を受け取る
安西は再び桜木に向く。

「どうです?くん、綺麗だったでしょう?力んで無理矢理放っているように見えましたか?」
「……ゼンゼン……」

桜木は目をぱちぱちさせた。
筋力では自分のほうが圧倒的に勝るはずなのに、ミドルレンジから悠々とシュートを放ったが不思議なのだろう。
桜木が呆けているのをいいことに、安西は「深呼吸して、上体を楽~~~~に」と言った。
素直に従い、上半身をだら~んとさせる桜木。

「リラックスリラックス。シュートは力じゃない」
「リラックスリラックス」
「そうそう」

何故か顔まで緩めている桜木を見て、(何も顔まで力抜かなくても……)とは思った。
いい感じに力が抜けてきた、その時だった。

「こんにちは……」

遠慮がちに開かれた体育館の扉から、更に遠慮がちに顔を出す赤木晴子。
その姿を目撃した途端桜木は「ハルコさん……!?」と今日最大に力んでしまった。

「リラックスリラックス」
「リラックスリラックス」

安西と桜木は同じことを復唱した。
晴子は桜木軍団に状況を訪ねている。
は晴子の出現に少々驚いたが、とりあえず「ん」と顔を傾けて挨拶した。
晴子もためらいがちに会釈を返してくれた。

「上半身の力だけで届かそうとするから変な風に力んでしまう。大事なのはむしろ下半身」
「下半身……?」

安西は不思議そうにボールを見つめる桜木を見て、再び、

「はい、くん」
「うぃっす」

はシュート体勢になる。

「彼女のヒザに注目してください」

はヒザにぐっと力を込め少し跳んで、シュッとボールを放つ。
そんなを見ながら、安西は「ヒザを使って下から上へ力を伝えるように」と言った。

――バス。

「下から上へ……」

綺麗に弧を描きゴールに入ったボールを見て、桜木は先程のの姿を頭の中でリフレインする。
そしてそれを忘れないうちに、自身もシュート体勢に入る。

「リラックス」

再三に渡るアドバイスのもと、桜木もボールを放った。

(お、いー感じ)

桜木軍団も「おお!!」と口々に感心する。
相変わらず尋常じゃない飲み込みの早さである。
そんな桜木を見て、安西は上半身のフォーム指導に移る。
いよいよバスケットマン構えになってきた、と桜木軍団も興奮する。

「そして最後は手首を使って、ボールはアーチを描くように高く上げる」

そして、桜木はボールを放つ。

――シュパッ。

「おお――っ入ったっ!!」

初めてミドルレンジからのシュートが入り、沸き立つ体育館の面々。
筋トレをしていたはずの女子たちも、気がついたら桜木のシュートに注目していた。
全員大興奮である。

「よこせっ。パスよこせ洋平!!今のを忘れないうちにうつんだっ!!早く!!」

もっとも、一番興奮しているのは桜木本人だったが。
こうして、初日はまずは桜木花道に正しいフォームを身につけさせることに終始した。
も安西に言われる度に手本を見せた。
湘北の女子にワンハンドシュートが使える者は以外にはいない。
そのため呼ばれたのか、とは途中で気がついた。
だが、女子達が練習を終えて帰る、という段階になった頃、は安西に呼び出された。

「午前中は病院などがありまして、来れない日が多いんですよ」
「はあ。カギとかって鈴木センセーいなくても勝手に借りちゃっていい感じっすか?」
「ああ、そのへんは他の教員に任せてあるそうです。日直の先生に言えば借りれますよ」
「あざっす」

それでね、と安西は続ける。

「合宿の間、午前中は彼らとつきっきりで、桜木くんの事を見ておいてくれませんか」

彼ら、というのは桜木軍団のことであろう。
彼らも随分付き合いがいいものだ。

くんにしか頼めないことなんです」
「別に、いーっすけど……」

安西に頼まれ、少し照れくさく思いながらもは了承した。

「ところで病院って、センセー大丈夫なの?」

陵南との決勝戦の前日に倒れた安西。
それのおかげもあって、決勝戦が非常に苦しい戦いになったことは記憶に新しい。
何かの病気とかなら心配である。
がそう思って尋ねると、安西は照れくさそうに「いやあ……」と顔を掻いた。

「そのですね、キミたちは若いから……。きっと高宮くんですらあまり心配いらないとは思うんですが……」
「ハイ?」
「まあ……有り体に言ってしまいますとね」

肥満。
再検査。
普段あまり同年代の高校生以外と会話しないにとっては、中々耳に入れることのない単語である。
自分の状況を安西が掻い摘んで説明したところ、はちょっと呆れて「センセーダイエットすれば?」と言った。

「そんなことでイチイチ倒れられてたら奥さんだって大変だよ」
「……面目ないです」

そんなこんなで、この合宿の間は午前は桜木花道に付き合うことに決まったのだった。
体育館の中からは、まだ桜木軍団たちの声が聞こえる。
彼らは学校に寝泊まりするそうだから、この分だとまだまだやり続けるだろう。

「よーし!あと400本!」

桜木花道の元気な声が聞こえた。

「それじゃあ、頼みましたよ」
「オッス」

は更衣室に向かった。



藤崎と黛とは昇降口で別れて、は朝倉と共に自転車置き場に向かう。

「……というわけで、その日は部活休みます。ごめんなさい」
「いーよ、いーよ。頑張ってね」

朝倉は、夏休みの期間にカキコーシューなるものを受けるらしい。
随分ムダなことしてんなー、とちょっと思ってしまうが本人がやりたいと言ってるのなら止めない。がんばれ。
三井と違って安易に「推薦で大学目指す」とか言い出さないところが朝倉の良いところである。

「あれ、ちゃん……」
「ん?なに?」

朝倉が自転車にまたがるを見て、きょとん、とした顔をした。
そして、の自転車を指して、

「それ、流川くんの自転車じゃ……」

と言った。
は、(しまった~!こいついっつもアタシと流川が同じ自転車で帰ってるとこ見てるんだったー!くそう、アサヒバカのくせになんでこういうところだけ目ざといんだ!バカのくせに!)と、脳内で朝倉を詰る。
そして、朝倉と目を合わさずに、

「こ、これは、あれだよ。えと……、ぱ、パクった」
「え!?ぬ、盗んじゃったんですか!?」
「う、うん。パクった!」
「ええ~!!」

朝倉はびっくりしつつもの言い分を信じたようである。
やっぱこいつバカだな~、と適当な言い訳でピンチを切り抜けたは思ったのであった。