仙道彰に「喧嘩を売られた」と認識した流川楓は、ギンっと相手を睨みつけた。

「あれ?言ってなかったか?オレさんのファンなんだよ」

仙道彰の飄々とした物言いに、は(絶対嘘だ)と確信した。

「けっ、のヤローがなんだってんだよ」

清田信長がその名前に不機嫌そうに反応した。
やれやれ、いつもこうだ。は思わず溜息をつきそうになった。
。不思議な子だ。
いても、いなくいても、彼女の存在は人の心を引っ掻き回す。

「そうだ、流川。オレも聞きたかったんだが……。最近どうだ?は」

それまで「問題起こさない組」として、海南の高砂と共に何か喋るでもなく周りを観察していた翔陽の花形透が、その名前に反応して流川に尋ねた。

(あーあ。またさんか……)

ちょうど監督の高頭に呼ばれたこともあり、は体育館からそっと出て行った。



82.三井くん、悩む。




「そうだ、流川。オレも聞きたかったんだが……。最近どうだ?は」

そう尋ねた翔陽の花形の口調は、どこか白々しかった。
なぜなら花形透は昨日、を見に行ったばっかりだ。
多分、花形はウソなどが苦手なのだろうと思い、三井寿はその様子を呆れて見ていた。
だが、流川は花形の白々しさに気がつかなかったのか「別に。何も変わってねーです」と素っ気なく答えた。

(嘘つけ!劇的な変化遂げてんじゃねーか!)

それとも、流川はの容姿の変化に大して関心がないのだろうか。

(それにしても……)

花形透は昨日を見に行ったばかりだというのに。

(なんだって流川に尋ねるんだ?)

確かに2人は仲よさげに見えるが、流川がについて花形に探りを入れられるほど、に詳しいようには思えない。
三井はなんとなくつまらなく思いながらも、花形と流川の会話の成り行きを眺めようとしていた。

「人の心配をしている場合か?三井」
「うっせーなテメーはさっきからよぉ!」

が、そんな三井の様子に長谷川が突っかかってきた。
何なんだコイツは。と三井はストレスを溜める。
思ったより、長谷川は三井に対してライバル心を燃やしているようだった。
そんな長谷川に気がついたのか、翔陽の藤真がこちらに近づいてきた。

「いいぞ一志。普段の練習からそうやって自分を出していけ」
「藤真……。ああ」

長谷川は藤真を一瞥したあと、眼光鋭く三井を見た。
お前がいて助かるぜ三井。一志は翔陽にいても遠慮しがちなところがあるからよ。と藤真は三井に皮肉なんだか素なんだかよくわからない謝辞を述べた。
長谷川がよくてもオレがよくねーよと三井は怒った。

(そーいや宮城はどうなってんだ……?)

一応、同じ学校の後輩を気にする三井。
宮城は先程の紅白戦、敵のAチームには牧、味方のBチームには藤真と、神奈川2大ガードがいたおかげであまりいい所を見せれず若干ヘコんでいた。
こういう時の宮城のコントロールが上手いのが彩子なのだが、残念ながら彩子はここにはいない。
だが、

「お前みたいに自分の出来る仕事に特化するのもガードとしていい選択肢だとは思うが……。まあ、まずはシュートの成功率だな」
「ッス……」

宮城は意外なことに、牧からアドバイスを受けていた。
宮城は性格的にちょっと喧嘩っ早いなどの問題を抱えているが、さすがは湘北の鬼キャプテン・赤木剛憲に次期キャプテンとして指名された男である。
牧も今回の神奈川選抜における宮城の存在を重要視したのか、割と良好な関係が築けているようであった。
それとも、

「テメェ!仙道!さんに手ぇ出したらタダじゃおかねーぞ!?にしとけ!」
「ふざけんじゃねー。はやらん」
「オレ、お前らにどういうやつだと思われてんだ?」

問題児には、牧も慣れているということだろうか。
ヒートアップして仙道に食いかかる清田を、牧がゲンコツをしに行った。
仙道はそれを見て、「はは。痛そー」と笑っていた。
そして近くにいた神に向かって、「『さんは笑顔が可愛いよな』って言っただけなんだけどなぁ」と申開きのような、ひとりごとのようなものを述べた。
神は、「うん。そうだね」と肯定するだけだった。



「ありがとうございましたっ!!」

高頭からの事務連絡が終わり、今日の練習は終わりになった。
今後の課題はやはり連携。
個々の能力はそれぞれ磨きをかけ、お互い刺激を受け合えるような充実した選抜にしてもらいたいという、まあ月並みの言葉だった。

「おい、三井」

更衣室に向かおうとした時、三井は藤真に呼び止められた。

「んだよ」
「ちょっとこっち来い」

呼んでおいてこっちに来いとは何事か。
と思いつつ、有無を言わせない藤真の態度に三井は大人しく従った。

のことだけどよ」

人気の少ない自販機エリアで、藤真は唐突にその名を出した。
てっきり選抜に関連した話をされると思っていた三井は少々意表を突かれた気分だった。

「あんまり、余計なことしなくていいぞ」
「な、んでだよ」

赤木晴子に頼まれて余計な働きかけをする気満々だった三井は、いきなり釘を差されてしまって面食らった。
動揺する三井に、藤真は畳み掛けるようにキッパリと言った。

「あれは、の問題だ。外野が余計なことをすると余計拗れる」

確かに、藤真の言うことはもっともである。
人間関係の問題は、当人同士で解決させるのが一番だ。
まして事情を知らない人間が引っ掻き回すと、往々にして事態は悪化する一方だ。

「でもよぉ」

三井には、あの2人は、決して嫌い合ってるから会えなくなったわけでないように見えた。
むしろ、今も互いに想い合っている。
それを助けたいと思うのは、人間として当たり前のことではないだろうか。

「人には人の事情ってもんがあんだよ。……なんだよ」

せっかく忠告をしたのに引き下がる様子を見せない三井を見て、藤真は不満気な態度を隠そうともしなかった。
そして、藤真は平均より大きいであろう双眸をさらに大きく開き、「ああ!」と納得したように声を上げて、

「三井、お前に惚れてんのか!」

と、少年特有の無遠慮さで指摘した。

「はぁ!?」

これに慌てるのは三井の方である。

「な、な、何言ってんだよ!なわけねーだろーが!」

三井は覚えていなかったが、これは三井寿が小学校3年生の時に、友人に「ひさしってユミのこと好きだろー!」と初恋のことをからかわれた際と全く同じ反応であった。
藤真の方ももちろん、そんなことを知るよしもないのだが、そのわかりやすすぎる態度に三井の否定も聞かず話を進めていった。

「なるほどなー。まあ、あいつ割と可愛くなったよな。金髪の頃はどうかと思ってたけど、黒にしたら結構イケる。と従姉妹丼してやってもいい」
「……おまえ、よく自分の彼女とその従姉妹に対してそんな感想抱けるよな……」

三井は極端に引いた。
そしてにちょっぴり同情した。
だが、藤真はそんなことを一切気にすること無く、「でもよ、」と続けた。

はやめとけ。あれはロクな女じゃねぇぞ」
「べ、別に好きじゃねーし……」

三井は自分の物言いに(オレ、ガキみてーだな)と自分で呆れた。

(まあ、そりゃちょっとはカワイイとは思ってるけどよ、別にそんなんじゃねーしよぉ……)

「ま、オレからはそれだけだ。引き止めて悪かったな」

藤真はそう言って、いまだにぶちぶち言い訳を繰り返す三井を置いてすたすたと更衣室に向かって歩いた。
最後にもう一度、「別に好きでもなんでもいいけど、余計なことだけはすんなよ」と忠告して。
しかし、肝心の三井は自分に言い訳するのに忙しくて、あまり聞いていなかった。



「ありがとうございました!!」

湘北高校、体育館。
こちらでも、男女ともに解散になり片付けを開始していた。

ちゃん、これはどこに片せばいいかな?」
「ああそれはね……」

は「じゃあ一緒に行こっか」と長妻と一緒にモップを持って用具入れまで案内した。

ちゃん、ありがとね」
「ん?どーいたしまして」

背の低い長妻の代わりにちりとりを壁に吊るしていたら、長妻に感謝された。
長妻は、「それもなんだけど、そうじゃなくてね」と喋り出した。

「私の事、誘ってくれてありがとう」
「ああ、なんだ。そんなこと……。こっちが感謝してるくらいだからさ、気にしなくていいよ」

はそう答えたが、長妻は「でもね」、と話し続けた。

「私……中学のころからバスケはじめたんだけど……。背も低いし、ホントに弱っちくて。陵南でも、2年でベンチ入りできてないの、私くらいなんだ」

長妻は少しうつむきながら自分のことを語りだした。
は何も言わずまじめに聞くことにした。

「多分、田岡先生も私が試合に出れないことを気を遣って、今回のこと許可してくれたんだと思うの。だからね、私、誘ってもらえたの、本当に嬉しくって……!」

長妻はガシっとの手を掴んだ。

「安西先生も私に気を遣ってくれて、今回のチームの方針を決めたんだと思うの。だから、だから私、精一杯頑張るね!練習はちゃんとしてるの、シュートも、フルコートプレスも!皆の足は引っ張らないと思うし、だから……!!」

なんだかヒートアップしてきた長妻に、はうんうんと返事をしながら聞いていた。
そして、「うん、じゃあ、ガンバローね。サナさん」と手を握り返した。
長妻は、「うん!」と笑った。
湘北女子部は、今は入部しただけで即スタメン確定の弱小チームだ。
には長妻の気持ちはわからない。
だけど、きっと彼女なりの葛藤のようなものがあるんだな、と理解はした。

(そういやアタシ……ベンチ入りできなくて悩んだりとか、したことねーな……)

小さい頃から、ずっと母に鍛えられていたから。



 海南から戻る電車内。
宮城が途中で降りた為、湘北メンバーは流川と三井だけになっていた。
中途半端な時間だったため電車内はあまり混んでおらず、三井と流川は座ることができた。
そして、三井が気がついた時、流川はすでに寝ていた。

「おい、流川。お前ここで降りるんじゃねーの、うわっ」

流川の最寄り駅に近づいてきた時、三井は流川を揺さぶって起こそうとする。
だが流川は「何人たりともオレの眠りを妨げる奴は許さん」など寝ぼけたことを言って、電車内だというのに三井に襲いかかった。

「おい、寝ぼけてんじゃ、ねー!」

三井も必死に殴り返して流川を叩き起こす。
流川はかなり強めに殴ったにも関わらず、ようやく起きて「……ん。駅か。ども」と言って寝ぼけ眼で立ち上がった。
三井は、おいおい……と脱力した。
そして、電車が停止する直前、開く方のドアの前に立つ流川楓に、ある質問をした。

「おい、流川」
「なんすか」
「お前よ……。……のこと、どう思ってんだ」

「どう」って。と言いたげな顔をする流川に、(うわオレ何聞いてんだ)と三井は速攻で後悔した。
「どう」って。同じことを三井も聞かれたら困る。
だが、なんとなく聞いておかなければならないような気がした、三井は照れ隠しついでに「いいから早く答えろよ」と急かした。
電車のドアが開いてしまう。
流川はあいからず「何言ってんだこいつ」と言いたげな顔をして割と気の抜けた顔で三井を見ていた。

「だー、もういい!さっさと帰れ!」

三井はいたたまれなくなって電車から流川を追い出す。
流川はやれやれ、みたいな態度で降りた。
三井は、念のため、最後にもう一度質問した。

「じゃあ、よ。お前は、別にのこと、……好きとかそんなんじゃねーってことだな!?」

その質問に、流川は一瞬三井のことを睨みつけるような眼光で見た。
だが、

「……別に」

と流川が答えた瞬間、電車の扉がしまった。

「なら、……いいんだけど、よぉ」

三井は、なんだかどっと疲れてしまい、再び座席に座った。

(何が『いい』んだ、オレ……)

三井は、頭を抱えてしまった。