なんだかんだ長かった夏休みも、終わってしまえばあっという間だ。
今日から新学期。
は、新しくした制服の袖に腕を通し、流川楓の自転車に乗って学校へと向かった。
部活があったため夏休み中も何度も学校に来たが、それでも教室に入るのは久しぶりだ。

「おはよー」
「おはよーちゃん!」
「流川くんおはよう!」

日焼けしたり、髪型が変わったりと夏休み前と違う印象を見せる生徒がちらほらいる。
もその1人だ。
カラオケに来なかったクラスメイトには「えー!どうしたのさん!」と驚かれた。
級長の男子もなぜかオロオロとしている。
は「ちょっとねー」と適当に誤魔化しておいた。
そして、湘北高校の夏休み明け最大の変化は……。
あのお祭り男、桜木花道がどこにもいないということだった。



83.愛ってもっと斬新




 始業式が終わり、今学期最初のHRが始まった。
議題は2つ。
今学期の副・級長を決めることと、10月の文化祭の模擬店についてだ。
男子の方は前回に引き続き同じ人が級長になった。
彼は見るからに級長という顔をしているので、そもそも「級長」という名前で呼ばれている。
彼から級長という役職を無くしたところでそう呼ばれ続けるに違いない。
女子の方はもっと揉めるかと思ったが、案外すんなり決まった。
いつもこういう時、女子というのはまごまごして立候補者が居らず、推薦でなんとなく決まるようなものなのだが、珍しい事に立候補者がいたのだ。
それに対して誰も反対すること無く、副・級長の選出は終わった。
問題は、文化祭の出し物である。
喫茶店だの金魚すくいだのドリンク販売だの、実現できそうなものからできなさそうなものまでいろいろな意見が出た。
そして、結局最後は多数決になり、1年10組は今年「お化け屋敷」をするということに決まった。

「やりたい係に立候補してください」

女子の副級長の言葉に各々手を上げて立候補をした。

「ハイハイ!アタシお化け役やりたーい!」
「えー?ちゃんお化けできんの?」
「大丈夫?突然金髪に染め直したりしない?」
「うん、しないしない」

は「なんとなく楽しそうだから」という理由でお化け役に立候補したのだが、意外とブーイングが多くてちょっと心外だった。
それでも反対意見を押し切ってお化け役を射止め、クラスの大多数の役割が決まっていった。
だが。

「ちょっと流川くん!いい加減起きてよ」

流川楓はHRの最中ずっと寝ていたので、まだどの係にも立候補していなかった。
は「あー。いーよ。コイツ小道具係でもやらせておいて」と言ったが、副級長の女子は「そういうわけにもいかないでしょう!」と怒って無謀にも流川を起こそうとした。

「コヤマさん!いいよ、流川くんは小道具係ってことで……」
「もう、マツダくん。こういうのは本人に決めさせないと……!」

は、(あーあ。流川のせいで級長達喧嘩してっぞー)と呆れながら隣の席の流川を見た。
国体の練習と部活の練習を平行しているせいか、いつもより眠りが深い気がする。
単純に久々の学校でよく眠れているという可能性もあるが。

「じゃあ、流川くんにはさんから伝えておいてくれる……?」

副級長をなだめながら級長はそうに頼んだ。
は「ん、いいよー」と快諾したつもりなのだが、なぜか副級長の女子にキッと睨まれてしまった。

(なんだなんだ……?)

別に彼女とは特別仲がいいというわけじゃないが、睨まれるようなことをした覚えはない。
その時、近くにいた女子のうわさ話が聞こえた。

「コヤマさん、級長と夏休み2人で出かけてたんだって~」
「それでか~。コヤマさん副級長とかやりたがりそうにないもんね」

は(ははーん、なるほど)と理解した。
級長は1学期の頃、に惚れていた。
はそれをきちんと振ったため、後腐れはないつもりでいた。
だが、仮に本人たちに後腐れがないつもりでいても、級長に片思いをしている副級長の女子にとっては、の存在自体いい気がしないだろう。
女子とは。恋とはそういうものである。

(でも……)

はまだちょっと言い合いをしている副・級長コンビを眺めていた。
はなんとなく、今後この2人は付き合うことになるだろうな、と察した。

(そんなもんなんだよな、どうせ)

級長は、結構本気でのことが好きだったらしい。
だから、も逃げたりせずしっかり受け止めて、真面目に振った。
でも、そんなことも、時間が経ってしまえばこんなもんである。
彼はを忘れて、別の女子を好きになる。
恋とか愛なんて、そんなもんなんである。どうせ。



「で、何?あんたは自分のことを昔好きだった男が、別の女を好きになるのが気に食わないっての?」

更衣室にて、黛繭華になんとなく一連の話をしたら「ばっかじゃねーの」と切り捨てられた。
全くそのとおりである。
まだ元カレ・元カノ的な関係だったら「彼が他の女を好きになって悔しい!」とか言う権利くらいはあるだろうが、と級長の間にはそんなものもない。

「だからそ~じゃなくってさ」

は自分がまるで超ワガママ女認定を食らったような気分になり、苦笑いを浮かべながら反論する。

「どんなに好きになってもさ、その時が本気でもさ、いつかみんな忘れちゃうんだなって。そう思うと、恋ってなんなんだろーって思っただけだよ」

は、彼を振るときにそれでも結構悩んだのである。
きっかけは、多分流川の言葉だった。

『……オレ以外にオメーの世話するオトコがいるのは、ヤダ』

そんなふうに言われて、は「まあそのとおりだよな」と思った。
は流川家に連れて帰られる前までは、そのへんの男子たちの下心を利用して、ナンパについて行ったりおごってもらったりを繰り返して食いつないでいた。
流川は、そんなんじゃなかった。
純粋に、にバスケをさせるためだけにを家に連れて帰った。
自分のそういう気持ちを、他の男子と同じように扱われるのが嫌だったんじゃないだろうか。
だから、はそういう男子との付き合い方を改めた。
問題は、既にに惚れていた級長だった。
他の男子と同じような、雑な距離の置き方をするわけにはいかない。
だから、流川のためにも、級長のためにも、自分のためにも。
きちんと、まともに振った。
マトモに生きるって、結構体力いるなって、悲しそうな彼の顔を見た時実感したものだ。

「なのにさぁ」

2学期になって既に別の女の子のアプローチになびいてるって、アタシしんどい損じゃん!とは唇を尖らせた。
黛は信じられないバカを見るような目つきになって「アホくさ」とを一刀両断した。

「なんでだよぉ。マユカおじょーさまはこういうジレンマ?ないわけ?」
「あるわけ無いでしょ、バカバカしい。いちいち告白を気に留めてたらノイローゼになるっつーの」

流石モテモテの黛は言うことが違う。
確かに、には1人振るだけでも結構しんどかったのだ。
星の数ほど男に告白されてきた黛が、いちいちそんなことに体力を使っていたら、それこそ参ってしまう。
でも、やっぱりマトモに取り合わずに流す、というのは違う気がして、にはできなかったのだ。

(モテモテといえば……)

流川。流川はどうなんだろう。
彼は誰かを振る時、こんなふうに心を痛めたりしないんだろうか。

「しないでしょ」
「しないかー」
「ガキだから、あいつ」
「ガキだもんなー」

そういう話をしながら黛と体育館に向かった。
体育館では既にマネージャーの2人がボールやスコアボードなどの準備をしていた。
赤木晴子。
彼女は流川楓に惚れている。
いつか彼女も、流川にその思いを伝えるのだろうか。
その時、流川はどうするんだろうか。
今まで自分に告白してきた女子たちのように、気にもとめず、十把一からげで「うるせー」と流すのだろうか。
それとも……。

「愛ってなんなんすかね?」
「はっ!?おう、お前それは、あれだ。……ためらわないことだろ?」

宮城リョータにたずねてみると、彼は小学校時代に流行った特撮ヒーローの歌詞を引用して、格好つけて彩子にウインクをしてみせた。



 部活が終わり、帰り道。
は久々の学校だったこともあり、なんだかひどく疲れたような気がしていた。

(愛って……アタシはもっとさぁ)

自転車に揺られながらは考えていた。
には、恋や愛を、もっと神聖で、大切なものであると考えている少女めいた面がある。
それと同時に、どんなに好きでもそんなものは一過性のものであると、年齢にそぐわずひどく醒めた見方をする一面もあった。

(神様の前で永遠の愛を誓ったところでさ、ダメな時はダメなんだよね)

そういう思いが昔からあって、は自分は絶対将来結婚しないな、と思っていた。
恋とか、そりゃ興味はある。
でも、それはただの興味であって、本当の恋とかって、もっと透明で、キレイで、打算がなくて……。
はぁ、と思わずため息をついたら、流川に「どうした」と尋ねられた。
はちょっとぐったりしつつも「べつに~」と答えた。
は、愛について小さい頃から考えていたことが、1つだけある。
それは、この宇宙の何処かに、絶対に絶対に自分を裏切らない、自分を無条件で愛してくれる人がいたら、自分は絶対、その人に自分の全てを捧げる、という誓いである。
残念ながら、今のところにそれをしてくそうな人は居ない。
でも、それがの考えた愛の形であった。

(つーか、なんでこんなこと悩んでんだ、アタシ)

冷静に考えたらこいつのせいだよな、発端。とは思って、とりあえず流川の背中を叩いてみた。

「テメー、何しやがる」
「うっさいなー。疲れたから早く漕いでよー」
「どあほう」



「そうです。そこできちんとディフェンスリバウンドを盗って」
「オッス!」
「いいですね。苦し紛れのパスは狙い目です。どんどん狙っていきましょう」
「はい!」

土日は、男子は国体の練習に行き、女子は長妻を迎えて大会に向けての練習を行う。

ちゃん、私ね、パスがうまくなったなって、田岡先生に褒められたの!」
「マジ?やったじゃんサナさん」

イエーイと、ハイタッチをする。
女子の参加する市民大会は来週から始まる。
初日の土曜日だけは1日に2回戦こなし、それ以降は1試合ずつ、再来週の土日も含めて、計4日間で開催される予定だ。
そして、男子の国体は再来週の月曜日から始まり、その週の土曜日に決勝が行われる。
とりあえず、試合に向けての調整は上々といったところだ。
長妻も自信がないという割には、流石陵南のバスケ部に所属しているだけあって基礎ができている。
湘北も、5月からずっと地道な練習を続けてきた成果がそろそろ出てくる頃だった。

「よし、じゃあ次4対5行きましょー!男子4人入って!」
「はい!」

そして、今日も1日、大会に向けて練習をこなしたのであった。



「ただいまー」
「おかえりなさい。まだ楓は帰ってきてないのよ」
「そーなんすかー」

2学期になったとはいえまだまだ暑い。
はさっさと着替えてシャワーを浴びることにした。
男子の方も今頃頑張っていることであろう。
シャワーを浴びて髪を乾かしていると、ちょうど流川が帰ってきたようだった。
洗面所にやってきた流川と遭遇する。

「おかえりー!」
「…………」

多分、おう、って言ったんだろうな。
ドライヤーの音が大きくて、にはよく聞き取れなかった。
適当に手とか洗って戻るのかと思えば、流川は不機嫌そうにこちらを睨みつけた。
(なんか言いたいことあんのか?)と思ってはドライヤーの電源を切る。

「テメー、国体見に来るのか?」
「えー?行かないよ。ガッコあるし、土日は試合だし」

がそう答えると、流川は洗面所の壁にかけてあるカレンダーを指した。
再来週の木曜日、祝日である。
は、「あ」と声を上げた。
流川はダメ押しのように、「来るのか?」と尋ねた。
言葉は疑問形ではあるが、目は完全に「来い」と言っている。

「あー……。場所どこだっけ」
「栃木」
「とちぎ……ってどこだっけ……」

流川に「どあほう」と言われたが、多分コイツも地図渡されたらわからないと思う。

(祝日……だったら大会に向けて練習したいしなー)

と、は悩む。

「部活が休みだったら行けるけど。ま、安西センセーに聞いてみるよ」

がそう言うと流川は満足したのか、洗面所を後にした。
は再びドライヤーの電源を入れた。



 翌日。
安西に秋分の日のことを相談すると、安西はにこっと笑って「是非見学に行ってみてください。きっと刺激がいっぱい貰えるでしょう」と、快く部活を休みにしてくれた。
実は、もともと安西もその日は国体の方に向かうつもりだったらしい。
流石に栃木まで見学に行くことを部活で強制はできないが、行ける人は是非行ってみるように、と告げた。

「その日、実はね……。桜木くんと会場で会うことになってるんですよ」
「え!」

どうやら、晴子との手紙のやり取りの結果、そうなったらしい。
桜木軍団も栃木に向けてバイトのシフトを増やし中とのことだ。
はそれを聞き、晴子に手紙を見せてもらった。

「へー。桜木、来月には学校復帰できるんだ」
「そうなのよぅ!リハビリ、すごい頑張ってるんですって!」
「桜木、字、汚い」

一緒に手紙を覗き込んだ藤崎を、晴子が「ダメよぅ、そんなこと言っちゃ」とたしなめた。

(そっかぁ、桜木、国体に来るんだ)

最後に会ったのは、IHの前だった。
は体育館を見渡し、合宿の時にここで一生懸命シュート練習をしていた桜木花道の姿を思い出した。
そして、家に帰ってすぐに、流川に「アタシも国体見に行くね」と報告した。