それでも、遠くに目立つ赤頭を見つけることができた。
(桜木だ!……少し、髪伸びたかな)
は喜んで駆け寄ろうとしたが、彼が同じ中学出身の不良仲間や安西、そして赤木晴子や彩子に囲まれているのを見て、なんとなく邪魔してはならない気がした。
(まあ、またあとでいっか)
と、思いなおし、空いてる席はないかとキョロキョロと見渡す。
「あ、あそこ、空いてる」
は、割と見やすい席なのに、なぜかポッカリと空いている席を見つけた。
そして、その席に近づいて、空いている理由を理解した。
(ああ、これじゃ誰も座んねーな)
「赤木センパイ、……と……」
「……魚住だ」
「そうそう、魚住サン、お久しぶりっす」
86.ツナクレープにカラースプレー
祝日ということで、赤木剛憲と魚住純の2人も国体を見に来ていたらしい。
別に示し合わせたわけではないが会場で一緒になったので座っていたら、2人の威圧感に気圧されて両端の席がぽっかりと空いてしまったのだという。
2人は少しだけ申し訳無さそうに席を移動して、と黛を座らせてくれた。
「と黛も来ていたんだな」
赤木が席に座った2人に話しかけた。
「うす。センパイも桜木に会いに?」
「たわけ。そんなわけあるか」
は割と真面目に言ったつもりなのに、赤木に否定されてしまった。
それでも既に桜木には、妹の赤木晴子と一緒に声を掛けにいったそうだ。
相変わらずお祭り男だったと、赤木は桜木を呆れつつもどこか楽しそうに語った。
「、長妻が世話になっているそうだな」
魚住は長妻桜南が現在湘北のバスケ部に顔を出していることを知っていたらしい。
と言っても、長妻がこちらに来るのも今週いっぱいまでの話なのだが。
「いやいや、世話んなってんのはこっちのほーっすよ。サナさんやさしーし、頼りにしてます」
「そうか、ならいいんだが……。ところで……、随分様変わりしたな」
「あ、今更?」
魚住はの髪の色に少々驚いているようだった。
は(なんだかこの反応も久しぶりだな)と思った。
赤木はなんのかんので学校で遭遇したのでの髪色にはもう慣れているだろうし、同校の人間で今更の髪に関心を抱くものはいない。
(あ、でも、桜木には黒にしてからまだ一回もあったことねーや。……どう思うかな。誰か分かんなかったりして!)
は桜木にガチガチに緊張され「ハ、ハジメマシテ!」と挨拶される自分を想像して少し笑いそうになった。
「そういえば……」
パンフレットをめくっていた黛が口を開いた。
「今日神奈川選抜が戦う秋田選抜って、ほとんど山王工業のメンバーなんですよね?」
「ああ……。ほとんど、というより……」
ちょうどその時、次の試合の出場者、神奈川選抜と秋田選抜の練習時間が始まった。
「来たー!!神奈川選抜だ!」
「山王工業だ!あ、いや、秋田選抜も来たぞ!」
「深津ー!河田ー!今日も見せてくれよ!」
「牧さーん!昨年の雪辱を晴らしてくださーい!!!」
「キャー!!ル・カ・ワー!!!!!」
ただの練習時間だというのに、会場は異常な盛り上がりを見せた。
それだけ、注目されている試合なのだろう。
赤木は少々騒がしすぎる会場に苦い顔をしながら、
「すべて、山王工業だ」
と言った。
その時、1人の少年のダンクシュートが決まる。
その瞬間、会場のボルテージは早くも最高潮に達した。
「出たー!!!!沢北だー!!あいつ、アメリカの留学を延長してまで国体に参加したらしいぞ!!」
「沢北ー!かませー!!!」
その少年を、他の会場の人間と同じく注目しながら赤木は言った。
「そして、IHに出場した人間がすべて出場している。……オレたちと、戦った、な」
は、「へぇ、これが、……IHの……」と、少年、沢北栄治を見つめながら言った。
そして、練習から1時間。
とうとう、試合が開幕する。
『試合に先立ちまして、両チームのスターティングメンバーを発表します』
会場にアナウンスが響く。
「あ、これ国体でもやるんすね」
「準決勝だからな」
の疑問に赤木が答える。
神奈川の今日のスタメンは誰になるのか。
(センター……2人しかいないんだよね、こっち。ガッちゃんと海南の人)
逆にガードの層は厚い。
神奈川には牧と藤真がいる。宮城はどれだけ出場時間を与えてもらえるか。
『白のユニフォーム、神奈川県。4番、牧紳一』
「うおおお!!牧さぁん!」
海南の応援団と思われる声が湧く。
予想したとおり、スターティングガードは神奈川のキャプテンの牧だった。
『8番、花形透』
「あ、ガッチャンだ。がんばれー」
は見えるかどうかわからなかったが、花形にひらひら手を振ってみた。
花形はこちらに気づいたらしく、少し微笑み返してくれた。
は(髪の色変わったのにすぐアタシってわかるなんてすごいなぁ)と感心していた。
多分、魚住と赤木剛憲に最初に気が付き、そのとなりにと黛がいることに気がついたのだろう、とは解釈した。
は、花形透がをつれて藤真健司とともに湘北に来ていたことを知らない。
そして、選手紹介は続き、
『12番、仙道彰』
おそらく、今大会最注目選手の仙道彰の名を呼んだ。
その瞬間再び沸き立つ会場。
「仙道さぁぁぁぁん!!!!」
「センドー!センドーだ!」
「アイツか!?神奈川のツンツン頭の仙道ってのは!」
あまりの人気にはびっくりする。
「え、なんで、なんで?」と思わず会場をキョロキョロと見回してしまう。
魚住は、少しだけ顔を上げて会場を見渡して、そして、少しだけ仙道彰を見つめて言った。
「……アイツを、今まで全国へ連れて行ってやれなかったからな。だからだろう、注目を浴びるのは」
「……魚住」
肝心の仙道はというと、脚光を浴びようが声援を受けようがいつもの様にひょうひょうと、ただ静かな闘志を燃やして会場に立つだけだった。
「……別にいーじゃん。誰かが連れてってやんなくても。すごいやつってのは勝手に見つかってくもんなのよ。……何よその顔」
「いや、それアタシじゃなくて魚住サンに言ってやったら?って思って」
黛の独り言のような発言を拾い、は魚住に目配せをした。
魚住にはどうやら聞こえていたらしく、黛の遠回しな優しさに顔をすこし緩めた。
「いや、いいんだ。オレが何をしなくても、……アイツは、自分の実力で全国への切符を手に入れた。それだけのことだ」
そう語る魚住の仙道見る眼差しは優しく、既に少し涙ぐんでいるようでもあった。
そして、次のメンバーが発表される。
『14番、清田信長』
「ええー!?あのクソ猿スタメンなのぉ!?」
は個人的に清田が好きではないのでブーイングをしてみたが、どうやら会場の評価もこの起用には意外性を感じざるをえないらしい。
「どういうことだ!?」「神奈川奇策に出たのか!?」という声があちらこちらで聞こえる。
清田本人は先ほどの仙道への声援との落差を感じ、キーキー怒っていた。
「まあ、確かに意外な選出だな。SGならうちの三井もいるのに」
「昨日までスタメンで起用されたことなかったみたいね、あの清田ってやつ。秋田なんて優勝候補の前にいきなり出すなんて、何を考えているのかしら」
赤木も黛も不思議がる。
は「だって神奈川の監督海南のでしょ?絶対ヒーキだよ、ヒーキ」と言って赤木に渋い顔をされた。
魚住は(湘北は女子もこんな感じなのか)と桜木を思い出していた。
もっとも、神奈川選抜の監督、高頭はそんなつまらないことで選手を選ぶ男ではない。
だが、はつまらない女なので「だっておかしーじゃん。秋田って強いんでしょ?猿引っ込めろよなー」と文句を言って赤木に注意をされた。
そして、神奈川の最後のスタメンの名が発表される。
『15番、流川楓』
その瞬間、沸き上がる歓声。
「キャーーー!L・O・V・E・ル・カ・ワー!」
「流川ー!沢北との対決期待してるぞー!」
は既に流川楓が全国でも有名なことにも驚いたが、流川親衛隊が栃木まできちんと追いかけてきていることにも驚いた。
「赤木センパイ、あの沢北ってやつと流川、なんかあったんですか?」
観客たちの期待がその2人の1on1であることを感じ取り、は質問する。
「ああ……そうだな。今年のIHで……」
赤木は、流川の人気がこれ程とは……と思いながらに説明をしようとしたが、「イヤ、」と言葉を区切って、「お前も、見ていればわかる」とにやりと笑った。
は「ふぅん……?」と不思議そうに秋田選抜の9番、沢北栄治を見た。
そして、黒のユニフォームを着た秋田選抜のスタメンが発表される。
4番、深津一成。
5番、野辺将弘。
6番、松本稔。
7番、河田雅史。
そして……、9番、沢北栄治、と。
はまず7番の河田雅史に注目した。
「センター対決、身長がガッちゃんのほうがありそうだけど、どうっすかね」
「河田か……。はっきり言って、奴は恐ろしく強い。花形と高砂で交互に出ても抑えられるか……」
厳しようだが、かつて河田雅史に敗北を喫した赤木剛憲の評価は極めて正当だった。
「へー、見た感じ赤木センパイみたいなタイプのセンターかなって思ったんですけど。なんでガッちゃんなのかなって」
は、監督が単純にタイプの違うセンターをあえてぶつけたのかと思ったが、赤木はそれを「いや、そうじゃない」と言った。
魚住も、赤木を通して戦ったIHを思い出し、「そうだな、あえて言うなら……」と口を挟んだ。
「花形の柔軟性と、赤木の剛直性を持ったセンターだ。2人を足して2で割って、更に藤真のような技巧と支配力を……」
「ナニソレ、キモッ」
(『キモッ』!?)
魚住はせっかくわかりやすく例えてあげたのに、に「キモッ」の一言で片付けられてしまいちょっとショックを受けた。
「えーだってさ、なんでそこにフジマが出てくるワケぇ?まだガッちゃんと赤木センパイを足して2で割った~ってのはわかるんだけどさ、フジマなんて……。そんなのツナクレープにカラースプレートッピングしてるみたいじゃないっすか」
はなりに気持ち悪いといった理由を説明したが、赤木たちには理解してもらえなかったようだ。
だが、実際に河田雅史は、そういう選手なのだ。
選手としてしっかりとした土台と鍛え上げられた強靭な肉体を持ち、それでいてテクニックを駆使した技を使う。
とりあえず、は花形が大変な選手と戦うことになるんだな、ということはなんとなく理解した。
そして、はまだ気づいていないが、
(あ、流川だ。こっち見てる?)
流川楓もまた、再び沢北栄治という存在を打倒しなければならないのだ。
流川は沢北をまっすぐ見据えて一睨みした後、相変わらずの目付きの悪さでこちらを睨んできた。
は花形にしたのと同様、なんとなく手をひらひら振ってみたが、無視されてしまった。
そして、センターサークルの中心に、花形と河田が立った。
神奈川選抜、秋田選抜の両名がそれを囲むようにして立つ。
審判の手によりボールが宙に放たれた。
神奈川選抜VS秋田選抜。
試合開始。