だが、ボールが跳ねて先にいたのは仙道。
神奈川ボールからのスタートになり、秋田はあらかじめ決めていたマンツーマン相手をマークした。
牧には深津、清田には松本、流川には沢北、仙道には野辺、花形には河田である。
仙道はまず牧にボールを渡し、牧はボールを運んだ後、清田を経由して最終的にボールは流川に渡った。
その瞬間会場が沸く。
「うおおお!まずは沢北と流川の対決だー!」
「いきなり来たな!どうなるんだ!?」
は(随分ハデなことになってんなー)とその注目度の高さを改めて実感した。
IHで、流川は相当な注目選手として、いつの間にかスターダムにのし上がっていたらしい。
(家じゃゼンゼンそんな話しないんだもん。知らなかったよ)
は、自分の知らない流川がここにいるのだと実感した。
毎日いっしょにいるのに、不思議なものである。
そして、には更に驚きがあった。
「えっ!?」
流川が、沢北に追いつかれたのを見るやいなや、あっさり外にいる仙道にパスを渡したからである。
赤木はそんなを見て、「驚くのも無理は無い」と言った。
赤木が言うには、どうやら流川楓は、この沢北栄治と戦うことでパスを身につけて戦うようになったらしい。
湘北の普段の練習ではそんなことをしなかったから、気が付かなかった。
(なんだか流川、全然知らない人みたい)
そうこうしている内に、仙道が初得点を上げる。
は会場にこだまする歓声を、どこか遠い場所で行われている試合に対する声援のように聞いていた。
87.男子三日会わざれば刮目して見よ
あっさりとパスを出した流川に、沢北は「夏のほうがまだラクだったぜ」とニヤッと笑って挑発して見せた。
流川は「フン、後であとで勝負してやるよ」と返した。
流川は会場で発見したを見た。
その表情には驚きはあるが、やはりどこか醒めた部分を感じる。
(この程度じゃまだこんなもんか)
流川には狙いがあった。
今日の国体で、のバスケへの情熱に火をつける、という狙いだ。
一応夏の予選の頃から流川的には実行していたつもりだったが、にはいまいち伝わっていなさそうだった。
流川はそのことに気がついた時、やはり男の自分が働きかけてもダメなのか、と歯痒く思ったものである。
だが今回は、この会場で女子の試合も行われる。
自分の試合を見て、女子のレベルの高い試合を見たら、あのどあほう女でも何らかのことは感じるはずだ、と流川は期待しているのだ。
だからそのためにも、流川は全身全霊をかけて、目の前の男をぶちのめすことを決意していた。
単純に、この男には勝ちたいし、自分がこの男に勝つところを、にはどうしても見て欲しかった。
(勝つ)
だが、「絶対に相手に勝ちたい」、そう思っているのは何も流川楓だけではない。
そのために神奈川選抜は、ある作戦を実行した。
それは、
「お、オールコートプレスだー!」
「秋田選抜……いや、山王工業相手に伝家の宝刀オールコートプレスだとー!!??」
高頭と藤真が昨夜立てた作戦、オールコートプレスである。
「ひゃー、これはキツイわ……。海南のキャプテンとでこひろしのダブルチームか……」
まるで悪夢だよ、とはダブルチームに当たられている深津に少し同情した。
そして、深津が苦し紛れに出したパスは、驚異的な反射神経と身体能力を誇る清田信長によってインターセプト。
「なるほど、そのための清田の起用か」
と、魚住がうなずいた。
清田はすぐさま牧にボールを渡す。
深津はシュートモーションに入った牧をブロックせんとすかさず跳ぶが、牧は全く動じない。
そのまま自慢のパワーで、シュートを放り投げた。
――ピ―――――!!!
「ファウル!!!黒④番!!バスケットカウント・ワンスロー!!!」
不敵に笑う牧。どよめく会場。
「うおおおおおお!!!!いきなりエンドワンだーーー!!!」
牧の強靭な肉体は、王者山王の深津すら弾き飛ばしてシュートを決めた。
牧は落ち着いてフリースローを決め、神奈川は開始早々5点積み上げた。
これにどよめくのは秋田選抜、即ち山王工業びいきの観客達だけではない。
を含めた海南以外の神奈川びいきの観客たちも、いや、下手すれば神奈川選抜参加者たちも、驚嘆の声を上げた。
「どっひゃ~。海南のキャプテンエンジン全開~。冬の選抜もこの人いるんでしょ?キッツイな~」
の声に、引退した男たちも思わず眉をひそめた。
冬の選抜を駆け上がるにはやはり、海南を、牧を避けて通ることは出来ない、と。
でも……、とは同時にちょっと牧の様子に違和感を覚えた。
(あの海南のキャプテン、こんな序盤から飛ばす人だっけ?)
と。
本来スロースターター気味な牧がいきなり猛攻をしかけなければならないほど山王工業は強いのだ、と、が理解するのにそう時間はかからなかった。
その後、仙道が野辺を振り切り2点を追加し、7-0になったところで秋田選抜がタイムアウトを取った。
予想以上に善戦する神奈川選抜に観客たちもにわかに騒がしくなる。
だが、そんな観客たちと裏腹に、秋田選抜の監督・堂本は冷静に選手たちに語りかけた。
「マークを変えるぞ。河田は仙道につけ。野辺が⑧番だ。深津と沢北は落ち着いてゾーンを突破しろ。できるはずだ」
その言葉に深津も頷く。
「大丈夫です。さっきはちょっと慌ててしまいました」
深津の発言を受けて、堂本は不敵に笑った。
「お前を慌てさせるとは、たいしたチームだな。とりあえず落ち着くことだ。お前らなら、あのプレスは突破できる。落ち着こう」
一方、リードしている神奈川のベンチでは、高頭が厳しい言葉を掛けていた。
「プレスが破られるのは時間の問題だ。山王がプレスの破り方を知らないわけがない。奇襲は成功した。だが、ただそれだけだぞ」
牧も顔に険しさを滲ませてメンバーに指示をする。
「とりあえず、破られるまではプレスを続けよう。当たっているパターンを無理に崩す必要はない。ただし一度破られたらすぐに切り替えるぞ。次からはマンツーだ」
と。
両チームがベンチからコートに戻ってくる。
秋田選抜からのスタートである。
神奈川選抜は牧の指示通り、まだオールコートプレスを崩さない。
だが、一瞬浮足立ったかに見えた深津も、やはり冷静さを取り戻したらしく、仙道と牧のダブルチームの一瞬の隙をつき松本にパスを出した。
いかに牧と仙道といえど、深津を相手に即席のチームプレイを続けることは難しいらしい。
赤木はに、「これが山王工業のPG、深津一成だ」と言った。
は、「やっぱプレスを知ってる奴はプレス破ることも出来るんすね」と言った。
もちろんオールコートプレスを破るのはそんな単純な話ではない。
だが、それでも山王工業がそんなことをシンプルにやってのけたのも、また事実であった。
ボールは松本から沢北へ。
神奈川選抜は先程の牧の指示通り、今度はマンツーマンで相手に着く。
そして、沢北と流川の対決が始まる。
沢北は強烈なドライブで流川を抜かし、秋田初得点。
IHで沢北栄治を見ていなかったと黛はびっくりする。
「ウソでしょう!?流川があんな簡単に抜かさるなんて」
「プレスが破られた後だったってのもあるね。いきなりマンツーに切り替えるのはアイツだって難しいと思うし。……それでも」
なるほど、沢北栄治か、とは納得する。
(流川が燃えるわけだよ)
バスケ馬鹿の流川楓にとって、強者ほど喜ばしい存在はいない。
そして、それは沢北栄治も同じだったようである。
シュートを決めたあと、流川に「どうだ」と言わんばかりの顔をして振り向いた。
もちろんそれで黙っている流川ではない。
すさまじい闘志を目に宿し、沢北を睨みつけている。
はそんな流川を見て、(やっぱ理解できねーな、男子って)と思った。
(強い奴と戦うのって、そんなに楽しいの?)
そして、秋田選抜こと山王工業も、ついに伝家の宝刀を抜いた。
「出たー!!山王工業のゾーンプレス!!」
ボールを保持している牧に、今度は沢北と深津のダブルチームが襲う。
「、黛、よく見ておくといい。これが山王工業のゾーンプレスだ」
赤木の言葉にはこくん、と頷いた。
彼らのに比べると、自分たちのプレスなんてまるでお遊戯レベルである、とは思ってしまった。
それは黛も同じなのだろう、目を見開いて深津と沢北を凝視している。
だが、それでも牧は冷静だった。
「海南(ウチ)がどれだけ特訓したと思っている」
それは、神奈川の帝王としての言葉ではなく、昨年の山王工業に敗れた者の言葉だった。
仙道が縦に走ったのを見て花形がすかさずカウンターの動きに入る。
仙道のマークについている河田が動きにつられたのを見て、牧は空いたスペースからインサイドへ飛び込んだ。
「すごい。あのプレスを突破するなんて……」
再びインサイドで対峙する深津と牧。
パワー勝負なら牧に分があることは先ほど証明したとおりだ。
牧が深津を押し込んでシュートを入れる。
だが、そこに、
――バシィ!!
沢北が後ろから飛び込んできた。
牧のボールを後ろからブロックする。
そのままボールは松本、深津を経由し再び沢北へ。
「オレを抜けるモンなら抜いてみろ!!」
戻っていた清田が沢北をブロックしようと跳ぶ。
しかし、
「スクープショット……」
「あれには、苦しめられたな……」
赤木が苦い顔をする。
沢北栄治、連続得点を記録。
その後も秋田選抜はオールコートプレスを続け、神奈川選抜はそれの対応に追われる。
海南のメンバーとして山王工業のゾーンプレスの練習を積んだ清田さえも、一瞬抜いたと思った松本にボールを後ろから叩かれてしまった。
そのボールを拾ったのは沢北。
そして、その沢北を止めようと流川がついている。
沢北は流川をも凌駕する強烈なドライブで抜く。
だが、
――バシッ!
先ほど、松本が清田にしてみせたように、流川は後ろから沢北のボールを叩いた。
「うわああ!なんだあいつ!沢北を止めたぞ!」
「沢北の動きについていける1年がいるなんて……!」
ざわめく会場。
は思った。
(うわ、わざとだ流川。性格悪っ。……でもあいつ、またうまくなってんな……)
驚愕する会場をよそに、流川はそのまま走り去る。
狙うはゴールだ。
深津が戻ってきている。
だが、流川はそのまま構わずダンクを決めるために突っ込んだ。
――ドガ!!
ゴールが揺れる。
――ピピ――――!!
ホイッスルが鳴る。
判定は、
「黒④番!!バスケットカウント・ワンスロー!!!」
深津のファウルだった。
「うおおおおお!!!すごいぞ流川!深津を相手にバスカン!」
「神奈川選抜2度目のバスカンだ――――!!!」
割れんばかりの歓声が上がる。
はやっぱりコイツ理解できねーとびっくりしていた。
なぜなら、それは先程神奈川のキャプテン・牧のプレイと同じだったからだ。
つまり流川は、
(秋田選抜だけじゃなく、神奈川選抜のメンバーにも勝とうって気?)
どうりで、前にも増してうまくなっているわけである。
流川はチームメイトすらライバルと認識し戦っているのだから。
流川は(まだまだこんなもんじゃねぇ)と言いたげな憮然とした表情を浮かべて沢北を見た。
沢北の顔にワクワクとした表情が浮かび上がる。
試合開始後10分が経過し、スコアは26-20で神奈川がリードしていた。