別にノブの動きが悪いから換えたとかじゃないんだから、と、神奈川選抜のマネージャーのは言った。
「わ、わかってるっすよ」
前半10分を経過したところで清田信長は神宗一郎と交代を告げられてしまった。
仕方がない、ゾーンが破られてしまったのだから。
高頭と藤真の作戦が次の段階に移ってしまった以上、現在の清田に出番はない。
だが、それはむしろ、清田がきっちり仕事を果たしたからこそ、両チームとも次の作戦に移ったのだといえる。
(でも、ちょっとノブとしては面白く無いわよね。同じ一年の流川くんは出っぱなしな上に、あんなに活躍してるなんて……)
も一昨年までは選手としてコートに立っていたので、その気持は何となく分かる。
敵チームのライバルに勝つことは簡単だ。
試合で勝てばいい。
でも同じチームのライバルには勝つと言うのは難しい。
現に、清田が下げられたのは流川に比べて劣っているから、とか、もちろんそんな理由ではない。
でも、言葉で言われても本人はなかなか納得できるような話じゃない。
同じチームのライバルに勝つというのは、負けを認めることくらい難しいことなのである。
だが逆に、
(藤真さんはすごいなぁ)
藤真健司は今も真剣に試合の流れを追っている。
その堂に入っている采配ぶりは、高頭顔負けだ。
彼は、この試合を選手としては牧に譲っている。
それは決して、彼が同じチームの牧に負けを認めている、という意味にはならない。
すべては、神奈川選抜の勝利のために。
彼は、彼の仕事をすることを選んだ。
(藤真さんの彼女と電話してるの、聞いちゃったのよね……)
昨日の夜遅く、対秋田選抜作戦会議のあと、藤真が公衆電話を利用しているのを見かけた。
決して立ち聞きするつもりはなかった……といえば嘘になるが、はなんとなくその場で足を止めてしまった。
『ああ、いいよ。明日は来なくて。も勉強あるだろ?……ああ。いいんだよ、オレはオレだ』
(『オレはオレ』、か……)
はその言葉に何故か胸がズキリと痛む感覚がし、その痛みに蓋をするように試合に再び集中した。
88.『しけたばかうけ』
「おお!海南の神だ!」
「ここで清田を下げて神を投入するってことは、点差を広げるのが狙いか?」
開始10分。
清田がベンチに入り神と交代すると、会場もまた神奈川の動向に着目した。
「これでもう神奈川がゾーンやらないのは確定っすか」
「ああ。だが秋田はやめないだろう。自信がある」
秋田選抜ボールからスタート。
深津から、インサイドの河田へのボールが通る。
マンツーマンでついているのは花形。センター対決。
しかし、
「は、速い!」
河田の高速スピンムーブに振り切られ、得点を許してしまう。
「が、ガッちゃん……!?」
そのあまりにも素早い動きに、そしてついていけなかった花形に、はショックを受ける。
小さい頃から兄のように慕っていた花形透の負ける姿を見ることは、そう多くはなかったのに。
「あの人、すごいですね。あんなに大きいのに、すごく速い」
黛も呆然と声を出す。
赤木が頷く。
「それが、河田だ」
も驚愕する。
そして、先ほど魚住が言っていた「ツナクレープにカラースプレーをかけたような男」という評価に、納得がいった。
「……オレはそんなこと言ってないぞ」
そして、いよいよ神奈川選抜に、秋田選抜のゾーンプレスの魔の手が襲いかかった。
始まりは河田のブロック。
身長のミスマッチを利用したはずの仙道のジャンプシュートは、河田に弾かれてしまったのだ。
これには仙道も驚く。
見ていたも、花形に引き続き仙道までもがやられるとは、と河田の実力を肌で感じとった。
そして、こぼれたボールは深津から松本、そして沢北。
再び始まる流川と沢北の対決。
流川は挑みかかるが、沢北はドライブから急ストップ。そして、ジャンプシュート。
どうにかボールを叩くことに成功するも、すかさず深津がボールを拾い、スリーポイントシュートを決める。
試合のリズムが掴めてきたのだろう。
深津が指示を出した。
「当たれ!!」
牧からカウンターに入った花形にパス。
しかし、そのボールは河田が叩いた。
(またあいつかよ!)
その体格に似つかわしくない素早い動きでパスをカットし、こぼれ球は松本が拾った。
「まずいな……」
「パスが通らなくなってきたぞ……」
魚住と赤木の表情が険しくなる。
その後、ボールは秋田選抜がパスで回し合い、最終的に松本がスリーポイントを入れるに至った。
「秋田選抜、連続スリーだ!」
「さすが山王のゾーンプレス!ここからどんどん積み上がっていくぞ!」
興奮した観客の言葉通りに、牧は再び沢北と深津のダブルチームに苦しめられボールを奪われてしまう。
再び松本に渡ったボールは、神奈川選抜のマークが間に合わない内にゴールに入れられてしまった。
怒涛の猛攻に、は自分がいつの間にか息を詰めていたことに気が付いた。
「これで逆転、かぁ」
溜息とともに吐き出された言葉は、神奈川選抜のピンチを表していた。
だが、
――ピ――――――!!!
「チャージド・タイムアウト!神奈川!」
神奈川が、タイムアウトを取った。
タイムアウト中、高頭は主にプレスに引っかかりリズムが悪くなった牧に話しかけていた。
牧の動きが固くならないように、あえて笑って見せている。
(ガッちゃんだいじょうぶかな……)
花形があんなにあっさり、しかも同じ人に何度もやられるなんて、見たことがなかった。
は心配になり花形をじっと見ていたら、あろうことかベンチから出てきた藤真が花形の尻を叩いた。
「な!」
なんてやつだ、とは怒るが、「あの人予選の時もあれやってたわよ」と黛がぼそっと教えてくれた。
「ガッちゃんのモーコハン小4まで消えなかったんだよ!?復活しちゃったらどーすんのさ!」
「……しないと、思うが」
赤木が呆れ気味に突っ込む。
しかし、あれが翔陽なりの喝の入れ方なのだろうか、花形の顔から浮足立ったものがなくなる。
タイムアウトが終わり、花形はにふっと笑いかけてみせた。
それでもなんとなくまだ不安なので藤真の方に視線を移すと、藤真もの存在に気づいていたのだろう、凛々しい視線をよこして、口の動作だけで何か伝えてきた。
「あれ、フジマ、なんか言ってる。『し……け……た……』?」
はそれに気が付き、読み取りを試みる。
「……?『しけたばかうけ』?あれまずいよね」
「……多分、違うと思うぞ」
脱力気味の赤木に代わって、今度は魚住が突っ込んだ。
タイムアウトが終わる。
クールダウンした牧が秋田選抜のプレスを突破することに成功する。
牧は仙道にボールを渡し、仙道は河田と1on1をする。
「仙道と河田か……どうなる?」
赤木も魚住も神妙な顔つきで見守る。
だが、
――バッ。
――スパッ!
仙道が河田の一瞬の隙をつき神にバックパスをし、渡された神は素早いモーションでスリーポイントを決めた。
「うおおお!!!モーションが速い!」
「さすが神奈川の得点王!」
出す方も受ける方も、たいへん秀逸なパスだった。
だが、河田もこのプレイには黙ってはいない。
秋田選抜から始まったボールはインサイドの河田まで繋がれ、河田はフェイダウェイシュートで花形のタイミングをずらしてシュートを決めた。
「……ガッちゃん……」
「相当強いわね、あの人」
しかし花形も、やられっぱなしではいられない、と言わんばかりに、今度は野辺をフェイダウェイシュートで越して得点を決めた。
「悪いな、オレも得意なんだ。このシュートは」
その後、点の取り合いが続き、前半は、49-50。
秋田選抜の1点リードで終わった。
「……ふぅーっ」
なんて疲れる試合だ。
ハーフタイムになり、は溜息とともに独りごちる。
黛も同じだったようで、普段なんのかんので姿勢の良い黛が、珍しく席に背中をぴったりくっつけて脱力していた。
高レベルな試合を見ているだけで疲れてしまうという非常にルーキーらしい態度を見せる2人に、赤木は少し笑った。
「お前らにも、1年か2年後、こういう舞台に立ってもらいたいものだな」
「えー、無理っすよ。見てるだけで参っちゃいますって」
「何か飲み物買おっと」、と言っては席を立つ。
黛が「私も」と言い、2人で会場の外を目指し人混みの中をゾロゾロと歩いた。
「国体ってすごいね。客こんなに来るんだ」
「会場も広いのに、ほぼ満席よ」
なかなか進まない出入り口への列に並びながらキョロキョロとあたりを見渡す。
自分たちが今参加している大会なんて、会場は小さいし、それでも埋まっている席はまばらだ。
更に言うなら、その席を埋めているのも全員選手の関係者。父兄とかそこら辺なのである。
ここは違う。
バスケが好きな人が、バスケを見るために来ている。
はなんとなく、本当になんとなく、
(ここはアタシの場所じゃないな)
と思った。
赤木はああ言ってくれたが、は大きな舞台でバスケをする、という行為に興味がわかない。
友達と、楽しくバスケができればそれでいい。そう思っていた。
その時、
「お、おい!待ってくれ!」
会場を出る列の後ろの方から、大きな男の声が聞こえた。
「何?いったい……」
黛が訝しむ。
どうやら声の主は、この人混みをかき分けて誰かを探しているらしい。
が(この声って……!)と振り返って確認するのと、桜木花道が「おい!!」と言っての肩を掴んで振り向かせるのは、ほとんど同時だった。
「あ、あれ!?、さん!?」
「う、うん。そうだけど?……痛いから、離してくれるとうれしーんだけど……」
「は!?す、すみません!」
桜木が、こちらが申し訳なく思うくらいペコペコしながら掴みかかってしまったことを謝罪した。
でも、実際だいぶ痛かったので、これくらい謝ってもらって当然かも知れない、とは思った。
「で、どうしたのさ、急に」
「へ!?あ、いや、……さん、髪だいぶ変わりましたね。顔見ても一瞬誰かわかりませんでしたよ」
一瞬をまじまじと見たあと、いや~似合う似合う!お美しい!と調子のいいことを言い始めた桜木に、黛と一緒に呆れる。
(でも、ま、いっか)
は、花の咲くような笑顔で言った。
「久しぶり、桜木!」