「ギャハハハ!花道のやつ、ちゃんのことわかんねーでやんの!」
「なっ、違うぞこれは!オレはちゃんとさんだと理解して……」

桜木と試合を見ていたらしい桜木軍団たちも、ぞろぞろとこちらに向かってきた。
桜木はしどろもどろと言い訳をしている。

「よ、ちゃん、マユカちゃん」

水戸洋平がいつもの調子で挨拶してきた。

ちゃんたちも来てたのね」
「話しかけてくれればよかったのに」

晴子と彩子に言われ、はドウモ、と挨拶をした。
桜木たちがいた席の方を見ると、安西が座っていた。
やあ、という感じで手を上げられる。
はそれにもドウモ、という感じでペコリとした。

「ダメよ、桜木花道。急に走り出したりしちゃ。まだアンタはリハビリ中の身なんだから」
「う、すみません……!」

彩子に注意されて桜木は再びペコペコとした。

「こいつ、ちゃん見つけた瞬間急に走り出しやがってよぉ」

からかうように大楠が桜木の肩をバンバン叩いた。

「あら、カワイーところあるじゃない」

飼い主を見つけた犬みたいなもんね、と黛が言った。

「でもその割には最初ちゃんだってわかってなかったぽいけどな!ぎゃはは!」

そんな桜木を、野間が再び笑い飛ばした。
桜木軍団、今日も絶好調である。
せっかくなので一緒に自販機まで向かうことになった。
マネージャーたちは一応選抜メンバーへの差し入れも持ってきているらしい。
湘北の他のバスケ部員たちも、割と桜木軍団達の近くで観戦しているとのことだった。



 そんな話をしながら、ふと、水戸洋平は先程の自分たちのやり取りに疑問を思った。

「……花道のやつ、最初黒髪になったちゃんのことちゃんだってわかってなかったのに、なんで話しかけたんだ?」

少し集団から離れて歩く水戸洋平のその言葉に反応したのは、黛繭華だった。

「は?……大方、誰かと勘違いしたんでしょ?」
「うーん、でもなぁ……」

花道に女の知り合いなんていないぜ?バスケ部以外に、と水戸は輝かしい桜木花道の連敗の記録を思い出しながら言う。
もしいたら、自分たちだって知ってるはずなのに、と。

「ふーん?じゃあ、髪の毛黒くなったが好みと一致してて話しかけたとか?ほら、アイツそういう娘好きなんでしょ?」

黛は赤木晴子を指して言った。
きっと一瞬が清楚な女の子に見えたのよ、とあまり考えてなさそうな推理を披露した。

「……うーん?それもなぁ……。花道は可愛い娘見つけたからってホイホイ声を掛けにいけるような性格じゃねーし、まして好みの女の子だったらなおさらだぜ?」

水戸は、流石に桜木のことをよく理解して黛の推測の矛盾点を指摘した。
そうしたら「じゃ、本人に聞けばいいでしょ。私がそんなこと知るわけないじゃない」と機嫌を損ねてしまったようだった。
そんな黛のことを、水戸は苦笑いしながらなだめた。

(本当は、誰だと思って話しかけたんだ?花道……)



89.The 摩天楼ショー




 ハーフタイムの終わりが近づき、達は「また後でね」と桜木たちに別れを告げ再び同じ席に戻った。

「はいセンパイ。魚住サンもドーゾ」
「おお」
「スマンな」

は2人にもスポーツドリンクの入った缶を渡した。
そして、試合が再開する。

「あ、メンバー変わってる」
「おお、三井か……」

後半、神奈川は選手を入れ替えた。
流川をベンチに下げ、三井を出したのだ。

「あーあ。流川引っ込んじゃったね」

どこかで桜木花道が高笑いしているのが聞こえた。

「だが、まだ後半出番はあるだろう。むしろ心配なのは宮城だな……」

赤木が湘北の先輩として、宮城に出番があるか心配している。
は「う~ん」と唸って、「まあ使い所っすよね」と言った。
なんせ宮城にはガード陣で唯一、「山王工業に勝った」という経験がある。
必ず、使われるタイミングはあるはずなのだ。
高頭が牧と藤真をベンチに下げてでも宮城を使いたいと思う、タイミングが。

「ま、とりあえず三井センパイ応援すっか。三井センパーイ!がんばれー」

は最近そこそこ仲の良い三井のために、大きな声で応援してあげた。
のその声が届いたらしく、三井はギクッとした後きょろきょろ見渡してを見つけ、カッコつけたように手を上げてその挨拶に応えてみせた。

「おー、なんかやる気っぽいね」
「高頭監督は神と三井で点取合戦をする気だ。気合も入るだろう」

神奈川のツインシューターを見て魚住は言った。

「外から打つためにはやはりインサイドが要だ。花形のセンターとしての実力が試されるタイミングでもあるな」

赤木がコートを見渡しながら魚住の言葉に続く。
始まる前から期待の高まるラインナップである。
そして、その期待通り、いや、期待以上の動きを神奈川は早速見せた。

「あの8番、花形!!あいつ上手いぜ!!技巧派のセンターだ!!」
「パワーは野辺、テクニックは花形ってとこか?」

神奈川から始まったボールに、すぐに牧は仙道と三井を使ってボールを花形に回した。
そして、野辺との1on1を軽やかなステップワークで交わした花形。
三井のマークを外し、ヘルプに来る沢北。
それを見た花形は、沢北が来る前に三井へとパスを渡す。

(さすがガッちゃん。周りがよく見えてる!)

は「そうそう、ガッちゃんといえばこれだよ!」と、花形のバスケを絶賛した。
だが、その三井には深津が迫っている。
三井は牧にボールを渡す。
牧には松本がつく。
会場の誰もが再び牧のパワープレイが炸裂すると思った。
しかし、

(あ、神がフリーになった)

そう、牧と花形の狙いは最初からこれだった。
フリーになった神に、牧がすかさずパスをする。
神はいつも通りのシュートを放つ。
スリーポイントシュートが、決まった。

「すげぇ!さすが海南の牧と神だ!」
「隙がない!」

一連のプレイに赤木と魚住も感心する。

「インサイドの花形に渡して、ディフェンスを収縮させて、外から射抜いたか」
「花形が1ON1を制することで、ディフェンスがローテーションせざるをえなくなる。そして、パスを回していく中で神が空いたというわけか」

それに対して、何故かは鼻高々と花形を自慢した。

「ね?ね?すごいでしょ?ガッちゃん!」
、あんたヤケに元気ね」

流川が活躍したときだってそんなにはしゃがないじゃない、と黛に言われてしまった。
仕方がないのだ。にとって花形は家族のようなものである。
兄と慕う花形が活躍すればそりゃ嬉しい。

「じゃあ、流川はなんなのよ」
「えー?……なんだろー。」

はちょっと考える。
そして、

「ママ……の、代わり、かなぁ?」

と言った。

「……父親じゃなくて?」

の発言に、黛が「え……ないわ~」という表情で訝しむ。
だがは訂正すること無く、「うん、ママだよ」と肯定した。

(だからアタシ、流川に認められたいなって思うんだな、きっと)

は自分の言葉にウンウンとうなずいた。
そのためには今、部活も勉強も、ちょっとは頑張っているのだ。



そして、実はこのコートにもひとり、チームのため、安西のため、そして大学の推薦のため、……あと、最近ちょっぴり気になっている女子に良いところを見せるため、1つ頑張ってやろうじゃないかと闘志を燃やす男がいた。
その名も、三井寿である。



 秋田選抜を迎え撃つ形で後半早々3点を計上した神奈川選抜。
続くディフェンス、三井寿は持ち前のバスケセンスで、なんと沢北のオフェンスを止めてみせた。
身体能力では圧倒的に沢北に分がある中、三井はコースを読んでいたかの如く沢北の行く手を阻んだのだ。

「おおっと!?」
「沢北、戻すピョン!!」

深津の声に沢北は一度ボールを戻す。

「すごいな三井センパイ。流川があんな苦戦してた相手あっさり止めちゃったよ……」

一連のプレイには呆けたような声を出した。
赤木も少し苦い顔をして三井のバスケセンスを認めている。
だが、流石に2度目は読みが外れたらしく、沢北にあっさり抜かされてしまう三井。
しかし、それでも沢北が放ったミドルシュートは、リングに嫌われて弾かれてしまった。
仙道がリバウンドを奪う。

「あの沢北って人、三井センパイにペース乱されちゃったって感じすかね?」
「そのようだな。沢北も、まさか流川の交代で入ってきた三井に開始早々してやられるとは思ってなかっただろうからな……」

さすが、3年で唯一バスケ部に居座ってエース面しているだけあるな、とは思った。
だが、本日上調子の三井寿のバスケは、まだまだこんなものではなかった。
仙道は牧にパスを回し、牧はカットインで中に切り込もうとする。
そして海南の得意のパターン、中の牧から外の神へとパスを出す。
しかし、これは松本にカットされてしまう。

「神奈川の脅威のパターンも、ここじゃそう何度も決めさせてもらえないみたいね」

黛がつぶやく。
今度は秋田の速攻。
ボールは松本、沢北と渡り、前を走る深津へ。
牧が深津につく。
その2人の横を松本が走り、深津にボールを出すよう求める。
深津は一瞬視線だけを松本に寄越し、牧はその視線に反応して松本を見た。
深津は牧が自分の視線に反応した一瞬の隙に牧を抜いてみせた。

「うまい!!!」
「さすが深津!!!」

観客も盛り上がる。
だが、次の瞬間。

――ドン!!
――ピ――――――!!

「オフェンス!!チャージング!黒④番!!」

ホイッスルが鳴響く。
一瞬の出来事に、会場の観客たちは当人たちより少し遅れて事態を理解した。
コートに倒れる2人の選手。
1人は、焦りの表情を浮かべて手を挙げる深津。
そして、もう1人は、不敵な笑みを浮かべる三井寿だった。

「うわああああああああ!!!!!!チャージだああ!!」
「深津、3つ目!!!!!」
「神奈川の⑦番!!!!」
「三井がやった――――!!!!」

会場がようやく状況を理解して大いにエキサイトする。
深津の一瞬の視線に反応した牧が抜かれる、とこれまた一瞬で判断した三井が、深津のドリブルコースを塞いでいたのだ。
そして、三井とぶつかった深津に3つ目のファールが告げられた。
コート上では牧が感謝と危機感3:7くらいの表情で三井に「助かったぜ。よくやった」と話しかけている。
三井は「まあな」とニヤリと笑ってみせた。

「さすが三井センパイだね~。サキチィいたら泣いて喜んでたぞ……」

三井のビッグプレイに、は今日は神奈川でお留守番の藤崎のことを思い出していた。

「秋田の④番、これで3つ目すよね。やばくないですか?まだ後半始まって3分しかたってねーのに」

は赤木に状況を整理するように話しかけた。
赤木も頷く。
これで秋田選抜はだいぶ苦しくなったはずだ、と。

「だが、秋田は深津を代えないだろうな。深津の代わりはいないし……、きっと、このくらいのピンチは、何度も乗り越えてきたはずだ」

果たして、赤木の予想は正しかった。
秋田ベンチに動きは見えない。
むしろ、動いたのは神奈川だった。
藤真と高頭が会話をしている。

そして、

「メンバーチェンジ!」

審判の声に会場中が注目する。

「む?」
「何?」
「ウソ」
「あ、宮城センパイじゃん。がんばれー」

神奈川選抜は、牧を下げて宮城リョータを投入してきたのだ。