花形は宮城からボールを受け取り、体全体を使ったダイナミックなポンプフェイクで河田を抜いてシュートを決める。
花形の技巧に盛り上がる観客たち。
しかし、秋田選抜はあくまで冷静に、宮城にゾーンプレスを仕掛ける。
だが、宮城一瞬の隙をつき、ダブルチームをすり抜けた。
その後仙道にボールが渡り、神と三井のツインシューターがそれを寄越すように声をかける。
「でこひろし、どっちに出すかな」
「シューターの選択肢を2つも用意するってのがいやらしいわね、あの海南の監督」
と黛も成り行きを見守る。
だが、仙道はそのどちらにも出さず、すぐ後ろから走りこんできた宮城にそのままハンドオフパス。
三井と神のどちらかにボールが渡されると思っていた秋田選抜は一瞬反応が遅れてしまう。
だが、流石に河田雅史は甘くなかったようだ。
一気にシュートを決めようとゴールに詰め寄る宮城の前に立ちはだかり、宮城のシュートのタイミングでブロックに跳ぶ。
しかし、そこから更に宮城が外に待機する神へとボールをパスした。
そして、再び神がスリーポイントシュートを決めた。
「うわああああーーー!!!!!神来たーーーー!!!」
「全弾命中だああああ!!」
「5点差!!!神奈川リードを広げたぞ!!!!」
後半に来て再び秋田選抜にリードする神奈川選抜。
観客たちもこの試合の行方を固唾を呑んで見守っていた。
「すごい命中率ね、相変わらず……」
黛が神のスリーポイントの精度に改めて舌を巻く。
も頷き、
「うん。でも今のは宮城センパイとでこひろしもすごかったね。2人のシューターが確実に決められるタイミングを作ってた。最後三井センパイもフリーだったもん」
「仙道が一度宮城に戻したことで、牧と仙道にはなかった新たなリズムが生まれたな」
赤木も続いて同意した。
「それっすよね~。でこひろし敵だとヤバイけど味方だともっとヤバさがわかるもん」
は、ベンチで少なくとも今は味方のはずの仙道を睨みつける流川楓をチラッと見ながら「ヤバイヤバイ」と連呼した。
そして、魚住が不思議そうに言った。
「……ところで、『でこひろし』とはなんだ?」
90.スタ→トスタ→
試合はその後、一進一退。
差を詰められることもなければ、大きく差を広げることもなかった。
秋田選抜の監督堂本は動かない。
「……ちょっとまずいかもなー」
後半開始6分が経過したところで、はぼそっとつぶやいた。
「どうして?けっこう調子良さそうだけど」
黛が首を傾げる。
コートでは、相変わらずツインシューターを軸に宮城がゲームメイクをしている。
一見すると神奈川は順調そうに見えるだろう。
だがしかし、
「そーなんだけどさ。実際宮城センパイもよくやってるし。ただ、調子がいいのに点差が全然開かないってのは……マズくない?」
「……確かに……」
赤木もの指摘に同意し、
「そして秋田は今、牧と宮城の交代によるリズムを掴めていない。……逆に言うと、秋田はまだ準備段階だ。ここからが宮城にとっても正念場だな」
と、続けた。
「う~ん。海南のキャプテンと比べるといまいち不安よね。宮城先輩」
黛が唇に指を当てながら不満そうに言う。
は「あの人と比べりゃなんだって不安だよ」と、牧の安定感が凄すぎるのだと暗に言った。
でも、
「な~んかもう1個欲しいよね、なんか」
と、思うのはも一緒だった。
(なんか……あとひと押しで試合の流れを変えられるような……『なんか』)
はジッとコートを眺める。
の漠然とした発言と思考に反応したのは、意外なことに魚住だった。
魚住は、コートにいる仙道の目つきがほんの一瞬変わったのを見て、
「安心しろ。その『何か』は仙道がやるだろう」
と言った。
試合が動いたのは、そこから2分後の事だった。
点数は68-65で神奈川のリード。
しかし、どちらも試合を決定づける流れを持っているわけではない。
そんな膠着状態の時だった。
ボールを持った宮城が、三井がスクリーンを掛けたのを見てカットイン。
すかさず三井のディフェンスについていた松本が宮城にスイッチ。
それを受けて宮城が再び三井にパスを出した。
三井のディフェンスは松本とチェンジした深津だ。
選手も観客も、全員三井のスリーポイントを警戒する。
だが、三井のシュートはフェイクだった。
深津はそれを見抜き三井から視線を外さない。
三井は「やるじゃねえか」とニヤリと笑ってゴール下の仙道へとパス。
その仙道に詰め寄るのは河田。
(でこひろしとあのツナクレープセンターとの対決だ。どうなる……?)
仙道はターンアラウンドをして河田を抜こうとするが河田はかわせない。
だが次の瞬間、仙道がノールックで後ろにパスを出した。
河田は完全に意表を突かれた形になり反応が遅れた。
ボールに走りこんでいた宮城がそれを受ける。
「おお、やるー!」
もその即席とは思えない鮮やかな連携に感心してしまう。
魚住が言っていた『何か』とはこの事だったのだろうか、と一瞬考える。
そして、が考えた一瞬の内に、河田に止められてしまった宮城が、今度は仙道にノールックパスを出した。
すぐに仙道に深津がついた。
仙道は深津をゴール下に押し込み、ブロックされながらも強引にシュートを放つ。
それを見ていたは「あ」と思わず声を上げた。
同じ光景を思い出したらしい赤木も、渋い顔でうなずいて言った。
「宮城もオレもあいつにやられたんだ」、と。
――ピ――――――!!
あの日のように笛がなり、仙道が倒れて、シュートが入った。
(うわー。うわー。やっぱ狙ってやってるんだ、あれ)
が夏の予選の引き続き仙道の試合の流れを作る才能と、それを実行できる卓越した技術に若干引いているのと、
「ファウル!!!!黒④番!!プッシング!!!」
審判が秋田工業の④番深津一成に4つ目のファウルを宣告するのは同時だった。
「わああああ――!!!!!深津4つ目だあああああ!!!!」
「仙道!!!!」
「仙道がやった――!!!!!!」
仙道が天井を仰ぎ見ながらガッツポーズをするのを見て、赤木は「まさにあの時と同じだ。4ファウル……」と慄いた。
黛も綺麗な顔を歪ませている。
「あいつ……今は味方だからいいけどよ……」
黛が他校の先輩の手前繕っていたキャラも忘れて仙道に戦慄する。
「国体が終わったら、男子はまたこれを相手にしなきゃなんねーってわけだ」
も「ヤバ」という顔をしながら黛の言葉を続けた。
ただ魚住だけは、仙道のスーパープレイに沸く観客たちの歓声を心地よく聞きながら、「言っただろう。仙道がやる、と」と少し顔をほころばせていった。
そして、
『メンバーチェンジ!!秋田』
秋田選抜は深津を下げて、代わりのガードを出した。
「だれ?あの人?」
が黛の質問に答えるためにパンフレットで答えを探すより、赤木が答えるほうが早かった。
「一ノ倉だな。凄まじいスタミナでへばりつくようなディフェンスをする男だ」
「ふぅん?でもあのキャプテンを下げれたんだったら上出来だよね、宮城センパイも」
「そうだな。宮城があの場面で怖気づかずに河田に突っ込んでいったからこそ仙道と深津のマッチアップが生まれた。予想以上に仕事人だな、宮城は」
魚住も宮城のゲームメイクを褒める。
秋田選抜の窮地に、会場の観客たちのムードもなんとなく「神奈川が勝てるのでは」という空気になってきた。
だが、キャプテンの不在程度で崩れるようなモノなら、秋田選抜は、いや、山王工業は長年王者と呼ばれていない。
このあと、会場にいる観客たちは、すぐにその事実を実感することになる。
神奈川ボールで再開した試合は、まずはインサイドの花形へ。
秋田選抜との戦いにおいて、野辺と花形のマッチアップは唯一と言っていいほど神奈川に分があるポイントだ。
花形もここは外させない、と言わんばかりに気迫のこもったプレイを見せる。
だが、野辺を振りきって出したはずの三井へのパスは、
――バシイ!
「沢北だ!!」
「行けえ!!沢北!!なんとかしろおおお!!!」
観客の、そしてチームの期待と声援を一身に背負った、秋田選抜のエース沢北栄治がスティールした。
そのまま神奈川の陣営にドライブする沢北。
宮城が止めに入るも、沢北はバックロールで宮城を抜き去る。
しかし、そこには仙道がすでに戻っていた。
「よ――し!!よくぞ戻っていた仙道!!」
「止めろ仙道!!沢北を止めろ!!」
仙道もまた、観客とチームの期待と声援を背に沢北に挑む。
だが、
――ザシュ。
沢北は仙道に突っ込んでいかず急ストップし、スリーポイントラインの手前でシュートを放った。
「おおおお――――――――!!!!!3点!!」
「沢北!!」
「同点に戻したぞ!!!」
観客たちが騒ぎ立てる。
秋田選抜の勝利にゆるぎはないと、会場中に訴えかけるようなプレイだった。
「恐ろしい男だ……。今一番ほしいプレイをいとも簡単にやってのけた。沢北栄治……。これが山王のエースだ」
赤木もまた、沢北栄治のセンスをしかめっ面で褒め称えた。
も(すごいなー、あいつ……)と溜息とともに沢北を見る。
沢北栄治は、どこまでも自分の力を試してやろうと思っているような目をして仙道を見ていた。
(あ、流川と一緒だ。あの目)
男の子のする目だ。
(ううん、違う)
何かに、情熱を傾ける者のする目だ。
そしてそれは、
――ザシュ!
「うわああああ!!!!神だああああああ!!」
「何発目だ!?またもや3点!!!」
「仙道だ!仙道を止めないかぎり追いつかれるぞ!!!」
やっぱり、とは別の世界の人間がする目だと思ったのだった。
沢北栄治の活躍で一度は消えたかに思えた神奈川選抜の勢いは、先ほどの神のスリーポイントのおかげで息を吹き返したようだった。
ツインシューターと仙道の連携のおかげで後半10分を切った現在、神奈川のスコアは76点。
なんと、秋田より8点リードしていた。
そして、ある男達が再びコートの戻ってくる。
神奈川は三井、宮城をベンチに下げて、流川、牧の両名をコートに出した。
現在コートにいる神奈川選抜の選手は、牧、神、花形、仙道、流川。
スタメンでの勝負である。
会場中が「いよいよ勝利へ畳み掛ける気か」と言う目で神奈川選抜の選手を見ている。
それに対して、キャプテン深津を欠く秋田選抜は、
「なーんか、いやに静かだね」
という印象だった。
勝機を伺っている、とか、流れを待っている、という雰囲気ではない。
ただ、コンスタントにプレイをしている。
それに対して、
(流川の目ぇ、こわっ)
流川楓の、なんとピリピリしたことか。
今の流川には、相手への声援も、自分に対する声援も聞こえてはいないだろう。
今の流川楓にはもう、沢北栄治を倒すことしか考えられていない。
まずは流川が、仙道がさばいたパスからスリーポイントを決める。
だが、その直後に沢北が高速ドライブで突破しスリーポイントを沈めた。
これでまだ点差は変わらない。
しかし、牧のゲームメイクによって点を取ることだけに集中させてもらっている流川は、またすぐさまミドルシュートを決めた。
その流川の点取りマシーンのごとき強気な姿勢に会場は熱狂する。
だがそれでも、
「くっ!」
「ふんっ!」
――ピ――――――!
「プッシング!白⑧番!バスケットカウント・ワンスロー!」
花形が、河田にゴール下で圧倒され、ゴールをねじ込まれてしまった。
「ガッちゃん……!」
が悲痛な声を上げる。
赤木は倒れてしまった花形を、それでも「仕方がない」という表情で見ていた。
仕方がない。河田と花形では、河田のほうが1枚上手だ、と。
河田は会場の熱気を一身に浴びながら、淡々とフリースローを決める。
そして河田は、
「1点縮まったな」
と不気味につぶやいた。
河田のクレバーなパワープレイに、秋田びいきの客が歓声を上げる。
もちろん、神奈川びいきの客も、ここまで来たからには勝ってもらいたいと、一層声を張り上げて応援する。
試合は残り8分30秒を切り、いよいよクライマックスを迎えていた。
そんな中、は、なんと、
(帰りたい……)
このようなことを思っていた。