熱狂する会場。
剥き出しの闘志をぶつけあう選手達。
(もう、試合観てたくないな……)
は、こういう試合が好きではない。
(ガッちゃんがこれ以上負けるとこ見るのなんて、やだもん)
ピリピリとした緊迫感の中行われるレベルの高い試合というものが、根本的に好きではない。
(早く神奈川に帰って、皆でバスケしたい)
はここに来る前、黛に不思議なことを言われたことを思い出した。
『あんたってさ……、バスケあんまり好きじゃないわよね……』
そんなことないよ、とは思った。
部活の仲間や友達とバスケをするのは楽しいし、そんな仲間達と一緒に戦って勝てたら嬉しい。
だからアタシ好きだよ、バスケ。
はそんな風に思っていた。
(だから、こーゆーの、好きじゃない)
コートの立っている彼らは、ただ勝利のために自分の能力と才能をぶつけあっている。
そのために、メンバーと仲良かろうが悪かろうが団結しているし、実質山王工業の秋田選抜はともかく、神奈川選抜の間にもある程度の信頼関係がすでに生まれている。
勝利のために、という目的が一致しているからだ。
国体の練習中、なんてまとまりのない奴らだと監督の高頭に呆れられているとしても、その目的さえあれば彼らは団結できるのだ。
でもきっと、その感覚は、
(勝つとか、負けるとか、いちいちそんなこと考えてバスケしてたくないよ、もう)
にはまだ、わからない。
91.RIDE ON TIME
「なんだか攻撃のリズムが悪いな……」
どうにも攻めあぐねている印象を受ける神奈川を見て、魚住が言った。
そう、試合時間は残り8分を切った現在、明らかに神奈川のシュートに行く回数が減っている。
秋田選抜の未だ尽きることのないスタミナと、それにモノをいわせたゾーンプレスが後半に来て、いよいよ効いてきたのだ。
シュートが打てない神奈川。
24秒タイマーが鳴る寸前、流川が無理な姿勢からシュートを打つ。
しかし、外れる。
リバウンドを取ったのは秋田選抜の野辺。
まだまだ走れる秋田選抜は、豪速球でパスを回して速攻を決めた。
神奈川選抜は、秋田選抜に5点差まで詰め寄られていた。
「まったく、さっさと打ちなさいよね」
だらしないんだから、と黛は神奈川男子の体たらくぶりを詰った。
確かに、客側から見ても神奈川選抜の勢いが衰えているのがわかる。
「リバウンドかな……」
はコートを見てつぶやいた。
リバウンドが取れないから、神奈川は今、どうしても攻撃のリズムが悪くなってしまう。
思い切りの良いシュートが、打てないのだ。
秋田選抜には高校バスケ界屈指のリバウンダーである野辺と、化け物センターの河田がいる。
いくら花形や仙道と言えど、そう簡単にリバウンド争いに勝てるものじゃない
「せめてあと1人……強力なセンターが神奈川にいたらなぁ……」
はジトッとした目で隣に座る魚住と赤木を見た。
そうしたら、赤木に頭をぐわしっと掴まれて「試合を見ろ」、と向きを変えられてしまった。
「いたいー。なにするんすかもー!」
「オレたちは引退したんだ。その話はもうナシだ。……それに、失礼だろう。あいつらは今も懸命に戦っている。それを『引退した奴らが出たほうがマシだった』なんて言われ方は、されたくないな」
「……すんませんしたー」
割と真剣に怒られてはちょっとへこんだ。
(なんだよ、ちょっと言ってみただけじゃんかー)と心の中で文句を言う。
だから好きじゃないんだ、こういう雰囲気は。
高レベルの真剣勝負は、選手だけじゃなく観客の目つきも変えていく。
は昔、その目が怖かった。
というか、今も怖い。
だって。
(ママも……アタシのこと、そんな目で見てくるんだもん……)
怖い。
それに耐え切れなくなって、は昔潰れかけた。
そんな時に支えてくれたのは、今隣にいる男の妹、赤木晴子だった。
だがは、そんな赤木晴子を拒絶して……。
(やだな、嫌なコトばっか思い出しちゃう)
センターの河田が、なんとスリーポイントシュートを撃った。
「うわあああああ――――!!!!河田の3点だああああああ!!!!」
「出た――!!!!秘密兵器!!」
「さすが河田!!高校最強センターだ!!!!!」
そのシュートが決まり、会場中が河田に陶酔するように熱狂する。
(帰りたいなぁ……もう)
花形が負けるところも、神奈川が負けるところも見ていたくない。
(だって、皆怖いんだもん。流川みたい)
――そして、ママみたい。
は無意識にそう思った。
仙道のミドルシュートはすんでのところでブロックに跳んだ河田の指先があたってしまったらしく、軌道がそれてリングに弾かれる。
リバウンドは、再び秋田の野辺に取られてしまった。
花形に個人技で負けることはあれど、リバウンドだけは決して譲るつもりはない、と言わんばかりの気迫だった。
花形の表情にも悔しさがにじむのがわかった。
(ガッちゃん……)
せめて、あと1人、強力なリバウンダーがいたら。
(もし、桜木がケガしてないで国体に選ばれてたら…)
もう少し、楽しい気分で試合を見ることが出来たのに。
秋田の攻撃に沸く会場の中、は1人俯いていた。
その後速攻を決められてしまい、残り時間6分を切った段階で神奈川は秋田に同点に追いつかれてしまった。
83-83。
スコアこそ一緒だが、勢いがまるで違う。
更に、秋田は「これで止めだ」と言わんばかりにキャプテンの深津をコートに戻してきたのだった。
そして、沢北のドライブが早速始まった。
流川はついていくが河田のスクリーンが入ってしまう。
仙道もすかさず沢北のシュートをブロックする。
が、沢北はブロックされたままジャンプシュートをねじ込んだ。
「うおおお――――!!!沢北――――!!!!!」
「バスケットカウント!!!3点プレイだ!!」
「さすが沢北!!!」
沢北はフリースローレーンに立ち、先ほど抜いた流川に得意げに「流川、これで勝負ありだ。夏の借りは返すぜ」と言って挑発をした。
が、その割にはフリースローを外してしまい、会場が一瞬妙な空気になった。
「なんかあの坊主頭、めちゃくちゃうまいんだけどイマイチ締まりの悪いやつね……って、。なんて顔してんのよ。気分でも悪いの?」
の様子がおかしいことに気がついた黛が、心配そうに尋ねてくる。
は「ちょっと……」と答えた。
赤木と魚住も心配してくれる。
沢北の外したシュートのリバウンドは、秋田の河田に取られてしまった。
(……外、出ようかな)
ここにいると、気分が悪くなってしまうのだ。
ここには、ピリピリとしたバスケしかない。
桜木のように、を楽しませてくれるようなバスケをする人はいない。
その時、仙道が河田をブロックするというスーパープレイを見せるが、それでもの胸には何も響かなかった。
(楽しくない)
ブロックしたボールは運の悪いことに秋田の選手の側に転がってしまい、神奈川はとうとう秋田に5点のリードを許してしまった。
は、(アタシ、なんでこんなところ来ちゃったんだろう)と後悔していた。
折角の休みなのに、わざわざ栃木まで来て、楽しくもないバスケを見て。
(……でこひろし、なんかする気だ……。あんな人でも、ああいう目ぇするんだもん)
仙道が、牧になにか声をかけるのが見えた。
その仙道の提案を飲んだらしい牧が、仙道にボールを集める。
仙道は、何と河田をドライブで抜くことに成功し、更にブロックに来た沢北の目の前で、なんと、スクープショットを放ってみせた。
スクープショットは沢北の十八番である。
それを目の前で決めてみせるという仙道の大胆不敵さに、会場中が仙道コールに包まれる事態となった。
「ほら、私の残りのジュースあげるから飲みなさいよ。あと4分だし、どうせなら最後まで見たほうがいいでしょ」
「うん……」
は浮かない気分でごくごくとスポーツドリンクを飲んだ。
だいぶぬるい。
でも、怖いくらいの熱気に満ちた会場の中でなら、そのぬるさも有りがたかった。
「まったく」
すっかり元気を無くした様子のに、黛が大きく息を吸い込んだ。
「オラアルカワー!しっかりしろよテメー!!ヘコんでんじゃねーかタコ!!!」
そして、美貌に似つかわしくない汚い野次を飛ばした。
黛の本性を知っている赤木はやれやれ、という風に頭を抱え、魚住を含め周りの観客たちはぽかーんとしていた。
そして、黛の野次が届いたらしい流川が、こちらを向いた
流川は「なんて顔してやがる」と言わんばかりにを睨む。
はそんな流川から目をそらした。
先ほど会場中の度肝を抜いた仙道が、「さあ行こーか」とチームに発破をかけた。
先ほど1人で得点を決めた仙道に、当然ながらマークがきつくなる。
だが、それこそが仙道の狙いだ。
沢北と野辺に囲まれた仙道が、後ろにノールックパスを出す。
後ろに走りこんでいたのは、牧。すかさずボールをアウトサイドへと展開。
ボールは流川に渡り、ノーマークでミドルシュートを決めた。
「おっしゃぁ!ほら、流川ようやく点入れたわよ!」
「う、うん」
エキサイトしている黛に肩を揺さぶられて、はとりあえずうなずいた。
魚住は赤木に「あの子あんな子だったか?」と小声で訪ねていた。
神奈川はようやく攻撃のリズムを取り戻しつつあった。
その為、次の秋田の攻撃はなんとしても止めたいところであった。
しかし、そうさせてくれないのが、河田雅史という男の恐ろしいところであった。
仙道と花形がダブルチームで河田につくも、河田は軽やかなステップワークでそれをもすり抜ける。
そして、シュート姿勢に入る。
花形がブロックのために懸命に跳ぶ。
しかし、結果は、
『ファウル!!!白(神奈川)8番!!バスケットカウントワンスロ――――!!!!』
だった。
「ああああああ!!!!河田ねじ込んだ――――!!!!」
「ダブルチームをものともしねええええええ!!!!」
相変わらずの河田のパフォーマンスに驚嘆の声が上がる。
黛は再びしょげていくを見て「あ――!チクショウ!役に立たねーなあのメガネ!」とキレた。
は「ガッちゃんの悪口いわないでよ」と怒ったが、あまり聞こえてはいなさそうだった。
そしてさらに、秋田はゾーンプレスを展開。
だが、神奈川もこのままやられっぱなしではいられない。
というか、ここでやられっぱなしになったら、本当に試合の流れが決まってしまう。
試合の流れを読むのに長けた仙道は、そのそのことを理解しているのだろう。
再びすさまじい集中力で、沢北と深津のダブルチームを抜く。
松本のカバーをもバックロールで抜き、そのまま河田と野辺のいるインサイドへと突っ込む。
「すごいぞ仙道!まさに沢北級だ!!」
「まさか沢北と同じ学年にあんな奴がいるなんて!」
仙道のことをこの大会を通して初めて知ったであろう観客たちの驚きの声が聞こえる。
「だが流石の仙道も河田には太刀打ちできまい」
秋田びいきの客がそう言ったのとほぼ同じタイミングで、河田が仙道を止めに入った。
だがその瞬間、
「あああああああ!!!!!出た――!!!!」
「また出た――――!!!!仙道のノールック!!」
仙道は再びノールックパスをさばいた。
そこにいたのは、流川。
――ドガ。
と、派手な音を立てて、流川はダンクシュートを決めた。
「流川!!!!!!!!」
「ダンク来た――――――――――!!!!!!!!!」
「仙道、流川のスーパープレーだ!!!!!!」
もはや絶叫に近いくらいの歓声が会場中に地鳴りのように響いた。
黛も「すごいじゃない!ほら喜びなさいよ!!」と興奮して見せている。
それでも、にはどうしても、この試合を心の底から楽しめる心境にはなれなかった。