と仙道が女子の試合が行われる会場に向かうと、扉のすぐ近くの席にすでに花形透と黛繭華がいた。
後ろの席だったのもあって、前後合わせて3列ほど余裕があった。

「ああ、。仙道も。ここ、座るか?」
「ガッちゃん。ん、じゃあ座ろっかな」
「オレもお言葉に甘えて……」

花形の隣に座る黛の隣には腰掛け、仙道はの隣の席に座った。
仙道は「ホントは魚住さんたちと落ち合う予定だったんだけど……」ときょろきょろあたりを見渡している。
しかし、ぱっと見渡して見つからないのだったらこの場にはいないのだろう、と仙道はあっさりと椅子に深く腰掛け直した。
確かに、魚住ほど大きい人だったら普通すぐに見つかる。

「女子の方に顔出してんのかねぇ。ウチからも何人か選ばれたからよ」
「ふーん。陵南からも選ばれてるんすか。あれ?つーか次の試合、何?」

の疑問に黛は呆れる。

「何ってあんた……そりゃ、愛知選抜対神奈川選抜でしょ」



94.邂逅




試合開始までだいぶ余裕があるのでのんびりしていたら、ちょうど撤収し終えたらしい神奈川選抜の面々が、たちと同じ出入り口から入ってきた。

「あら、ちゃんたち、ここにいたのね」
「うん。ごめん、先行ってた」

ううん、いいのよ、と赤木晴子は湘北メンバーや桜木軍団とともに、たちの後ろの席に座った。
と、思いきや。

「仙道、テメーなんでここにいる」
「ん?ああ、オレ『オジャマ』ってやつか」

流川楓が、あろうことか他校の先輩である仙道彰に退くように言ってきた。
も(えー。さすがにそれシツレイすぎじゃね?)と思いつつことの成り行きを見守る。
仙道はあっさりと席を移動し、の隣には結局流川が座った。

「おい流川、何だよそれ」
「別になんでもないっす」

その光景に三井が野次を飛ばすが流川は相手にしない。
それどころかにガンを付けて、「テメーさっきなんで来なかった」と文句を言ってきた。
はもごもごと「いや、控室には行ったんだよ?」と言い訳をするが、流川は納得しそうにない。
的には逆ギレして「オメーがノートを石井から受け取ったのがワリーんだよ!」と言ってしまいたかったが、それを言うとなんだか自分がひどく惨めになる確信があったので言えなかった。
なので仙道に助けを求めようかと思ったが、仙道は相田彦一から「これ忘れとりましたよ」と控室にあったであろうタオルを受け取って「ワリ、サンキュな」と答えているだけだった。

(なーんかアタシ、でこひろしといると最終的にロクな目にあわねーよな)

「理由を答えろ」と言いたげな眼光で睨んでくる流川を見て、は(流川は『こころせまし』だな……)と新たなアダ名を勝手につけていた。
そんな流川に、問答無用でゲンコツを食らわせるものが現れた。

――ゴンッ。

「イッテ」
「そこのワガママ女は負け犬に用はねーんだとよ。オマエもいちいち突っかかるな」

鉄拳制裁をした張本人・翔陽の藤真健司はそのままどかっと流川の隣に腰掛けた。
流川はムッとした顔をするが、負けてしまって格好がつかなかったのは事実だったので「……ッス」と藤真に返事をして、それ以上に食って掛かることはなかった。
の前の席には海南メンバーが横並びに座り、の隣には相田彦一が座った。
そして、最終的に魚住がこちらに気がついたようで仙道と福田に労いの言葉をかけながら2人の隣に座った。
しばらくして、愛知選抜・神奈川選抜の両チームが入ってくる。

「わー、あの人背たかーい。アサヒよりあるんじゃね?」

が愛知選抜のひとりの少女を指して言った。
会場内もその少女に注目しているようで、「あれが噂の……」という雰囲気になる。
こちらでも、の発言にが反応した。

「ああ、渡久地 伶央奈(とぐち れおな)さんね。碧海学園の。身長は確か190近くあったはずよ。……あなた達と同学年」
「え?アタシらと?」
「大きいわね……」

と黛は再び渡久地と呼ばれた選手に注目する。
短くした髪からはハツラツとした印象を受ける。

(へー。あれで1年生なんだ……)

と、は改めて驚いた。

「っていうかあなた達、バスケしてるんだから碧海学園の3人位は覚えておきなさいよ。1年生ながらにIH出場経験のある全国区よ?」

に叱られてしまって、と黛は「いや~」と照れ笑いで返す。
しょうがない、あまり興味がないのだから。
そんなの様子を見て、は呆れたように溜息をついた。

「今年、2年連続でIH優勝した碧海学園の1年生レギュラーといえば、渡久地、榊原、西園寺の3人よ。西園寺なんかはスタメンで、決勝もフルで出場してたんだから。もっとも、今回の国体は故障が原因で辞退したらしいけど」
「へー」

解説を聞きながらは適当に相槌を打つ。
の隣では、相田彦一が興味深そうにメモを書いていた。
も(1年生でレギュラーなんて凄いなー)とは思うが、あまり関心が湧かなかった。
全国大会なんて、どうしても自分には無縁のことのように感じてしまう。
そうこうしている試合が始まる。
噂の渡久地怜那がセンターサークルに立っている。

「あー、やっぱあの子がジャンパーか」

試合が始まり、愛知選抜の渡久地がボールを弾いた。

「よく見ておいたら?あれが今後3年間、女子バスケ界に君臨し続けると言われている碧海学園の女王のひとりよ」

鋭い声を出して告げるの気迫に、も思わずゴクリとつばを飲んだ。
が、

――ピ――――――!!

「メンバーチェンジ!愛知!」

「あれ?」

試合開始して1分も立たない内に、渡久地怜那はベンチに下げられてしまった。
牧が、「……まあ、周りに比べると、お世辞にもあまり上手いとは言えなかったしな」とつぶやいた。
どうやら、渡久地はただのジャンパー係だったらしい。

「渡久地サンいなくなっちゃったよ?先輩」
「う、うるさいわね!だいたいその名前で呼ばないでよ!中学の頃のあだ名ななんて恥ずかしいんだから!」

がおどけてからかうと、はプンスカと怒った。
その近くでは神が、「オレは別に恥ずかしいとは思わないけどなぁ」と小声で呟いていた。
その後は試合が通常通り行われ、愛知と神奈川は一進一退の攻防を繰り広げていた。
愛知選抜は全て、IH優勝校である碧海学園のメンバーで形成されているらしく、全員がとても女子とは思えないぶつかり合いのディフェンスで挑んできている。

――ピ――――――!!

「オフェンス!チャージング!白④番!」

愛知のディフェンスに対応しきれなかったらしく、神奈川選抜の選手がファウルを宣告される。
それを弾みにしたらしく、続く愛知選抜のオフェンス、今度は愛知の選手が相手からファウルをもぎ取りながらシュートを入れるというビッグプレイをやってのけた。

「す、すごい……!」

相田彦一がペンを握りしめながら思わず呟く。
そして、少しさみしそうな顔をしながら、

「ほんまやったら……ここに、さんもおったんやろか……」

と言った。
彦一の後ろの席に座っていた仙道にはその言葉が届いたらしく、仙道は愛知と神奈川の両選手を見ながら、「さあ、どうだかな……」と答えた。
そしてしばらくして、神奈川選抜が選手を交代した。

「あ、村上先輩や!センパーイ!頑張ってくださーい!」

相田彦一の大きな声が届いたのか、交代で現れた陵南の村上裕子はにっこり笑ってこちらに手をぶんぶん降ってきた。

「裕子ー!頑張って!」
「ゆうこりん、いけるよー」

海南のと神も、同じ中学出身の村上を応援している。
福田は大声で応援することがあまり得意ではないのか、「……頑張れ」とぼそっと呟いていた。
村上を投入しても愛知優勢という構図はあまり変わらず、前半は24-33で幕切れとなった。



「どーかな。このままズルズルいっちゃいそうな感じだけど」

休憩時間中、は戦局をそう読んだ。
愛知選抜の選手たちのディフェンスが非常に堅いのだ。
ディフェンスが有利ということは、その分オフェンスのチャンスが多いという事にもなる。
何か打開策を打たないかぎり、点差はこれからもじわじわと広がっていくに違いない。
だが、は「でも、まだあの子が出てないから。わからないわ」と言った。

「あの子?」

は首を傾げる。
再びは呆れたように言った。

さん……、神奈川選抜よ?立花さんが出ないわけないじゃない。神奈川選抜の監督・立花天馬の秘蔵っ子。立花天音さんのことよ」

隣では清田信長が「そーだそーだ。少しは勉強しろ」と調子に乗ったことを言ってきたので、は清田の席を蹴っておいた。

(『立花さん』ねぇ。そう言えば、赤木センパイも前に注目してるとか言ってたな)

IH出場が決まった翌日の部活で、そんな会話をしたことを覚えている。

(どんな人なんだろ)

その疑問は、後半開始してすぐに解かれることになる。



「神奈川選抜は選手を変えてきたぞ!」
「立花だ!立花・妹がとうとう出てきた!」
「これはわからなくなったぞ……!」

後半が始まり、コートに立つ選手が変わったことに気がついた観客たちがにわかに騒ぎ始める。
隣の席に座る流川も、女子選手たちを鋭い眼光で睨みつけていた。
も少し前のめりになり、一体どんな奴が出てきたんだ、と覗きこむ。
そうしたら、

「あ!!」

と、は思わず大声を上げて立ち上がってしまった。

「なんだ」

流川が不審そうな目でこちらを睨む。
だがは興奮してそんな流川の態度を気にもとめず、「あの子だよ!」と指した。
コートで見つけた、立花天音の姿を。

「ほら、夏休みの前に一回会った女の子……!やっぱり……こういうところにいる子だったんだ……!」
「……?お、おう」

夢見る少女のように熱く、夢中になって立花を見つめるの姿に、流川は驚きを隠せないようだった。
流川だけではなく、黛も、花形も、も、(が他のバスケ選手に関心を持つなんて……)と驚愕していた。
しかし、は周りの様子など目に入って無いようで、「そっか、立花……。立花天音っていうんだ、あの子……!」と興奮気味に呟いた。
後半から新戦力として投入された立花は、周りの選手や観客の期待に応えるように活躍を見せていった。
ガードとして参戦した立花は、周りを囲まれても氷のような冷静さでパスをさばき、得点を重ねていく。

「す、すごいじゃない、あの子……」

愛知選抜を相手に引けをとらない立花の健闘ぶりに、黛も舌を巻く。
もすっかり立花に心奪われたように、「うん、すごい、立花……天音」と返事をした。



 しかし、優勝候補の愛知選抜は、ひとりの1年女子の存在でどうにかなるほど甘くはなかった。
最初こそは立花に翻弄されたが徐々にマークを修正し、神奈川選抜の弱点を着いてきたようだった。
神奈川選抜の弱点、それはもちろん混合チームならではの連携不足である。
すべて碧海学園で構成されている愛知選抜とは、そこで徐々に差が出てきてしまったようだった。

(ダメだ……パスが通らなくなってきた……。ていうか、)

――誰も、立花からボールを受け取ろうとしていない……?

村上裕子は必死にコートを走り回り相手のディフェンスの隙を作ろうとしているが、他の選手の動きが悪いのだ。

(なんだか……嫌な感じ)

立花の活躍で一時は縮まった点差も、今ではどんどん引き離されて40-53になってしまっている。
どうにかロースコアな対決に持ち込んではいるが、それは村上のパスカットがうまいからだ。
攻撃のリズムがうまくいってない。

(あっ)

――ピ――――――!!

立花が出したパスを誰も受け取れず、アウト・オブ・バウンズ。
折角のチャンスを誰も活かしきれていない。

(アタシが……あの子を助けてあげれたらいいのに)

は、立花天音を見てそう思ってしまった。

――ピ――――――!!

再び笛が鳴る。
どうやら神奈川選抜が2度目のタイムアウトを取ったようだった。
後半残り5分を切っている。

「何か巻き返しを狙える策があるといいんだが……」

牧紳一が首をひねる。

(ううん、ダメだよ)

――多分、負けちゃうよ。立花。

は男子の試合を見た時と同様、残り時間がまだある状態でも勝敗の行方を理解していた。
よく「勝負は最後まで何があるかわからない」とは言われるが、それは相当実力が拮抗している時だけだ。
ましてやほどの実力の持ち主にもなると、地力や試合の流れで勝負の結果など読めてしまって当然なのである。
神奈川選抜のベンチから、監督の叱り飛ばすような声が聞こえる。
は見なくてもわかった。
叱られてるのは、立花だ、と。

――言い訳しないで。どんなに味方の動きが悪くても、パスが届かなかったらあなたの責任なのよ、。それができないなら……。

昔、母に言われた言葉が蘇る。
は再び気分が悪くなり、席を立って会場から出ようとした。

「まゆまゆ……ちょっと外出てくる」
「え、ええ……」
「大丈夫か、

花形と黛が心配そうに声を掛けてくる。
2人はすこし足をどかして、の移動するスペースを作ってくれる。
その時だった。
ガシ、後ろからと腕が引っ張られる感覚がした。
が思わず振り返って確認すると、

「テメー、また逃げる気か」
「る、かわ……」

なんだかひどく怒っている様子の流川楓が、の腕をガシっと掴んできたのだった。